CMの途中ですが、ここで一旦番組です。

 #19 きをつけて


 間一髪、ってやつだった。

 本当に危ないところだった。あと一歩でも遅れていたら、どうなっていたかわからない。


:あっぶねええええええええええええええ

:セーフ!!!!!!!!! セーフです!!!!!!!!!

:さすがに飛びすぎだってお嬢

:宇宙見えたときはどうなるかと思った……

:俺さ、人間って地に足をつけて生きるべきだと思うんだよね

:もう地面着いた? 画面見て大丈夫?

:高所恐怖症のリスナーもいます


 一時は成層圏まで飛びそうになって、ようやく地上まで戻ってきたのがついさっき。

 ルリリスが改良したシリンダーはあまりにも性能が良すぎる。いつもの感覚で使ったら、とんでもない目に合わされた。

 だとしてもそれは、私のミスだ。


「遅くなって、ごめん」


 背中にかばう少女に声をかける。

 ……彼女の腕は治せるだろうか。高度な回復魔法なら、四肢欠損だってなんとかなることもあるけれど。


「白石、さん……」


 息も絶え絶えに、彼女は言う。


「すんません。後、任せます。そこにいる、山田ってやつだけでも、助けて、やって、ください……」

「大丈夫」


 そんな悲観的なことを言う気持ちも、わからなくはない。

 想定外のトラブルに加え、相手はよりにもよってあの呪禍だ。私だって勝てるかどうかわからない。

 それでも。


「誰も、死なせない」


 御託はもういい。反省も後でする。

 今は、この二人を助けることに集中しよう。そのために私はここに来た。


「あー……。これだよなぁ。これが、本物、だよなぁ……」


 とうに限界だったのだろう。そう言い残して、少女は気を失った。

 地面に伏せた彼女に風祝をかける。すべての傷を塞いだわけじゃないけれど、最低限出血は止まった。

 ひとまず、この子はこれで大丈夫。搬送するまでは持つだろう。

 残る問題は一つ。

 呪禍だ。


「…………」


 一歩飛び退った呪禍は、私を注意深く観察していた。

 居心地の悪い視線だった。考えがまるでわからない。

 何を考えているんだ、こいつは。何を意図して襲ってきた。


:なんだこいつ……

:呪禍って人は襲わないんじゃなかったか?

:いや、捕食対象じゃないってだけのはず

:なんで襲ってきたんだ?

:縄張りに近づきすぎたとか?

:それにしては敵意がないような……?


 たしかに敵意は感じない。その一方で、矛盾するようだが殺意を感じる。

 恨みはないが、とりあえず殺してみよう。呪禍は、そんな値踏みするような殺意を放っていた。

 まあ、いい。

 考えるのは後だ。それよりも、さっさと呪禍を倒して、要救助者たちを早くここから――。


「っと」


 殺意が、薫った。

 予備動作のように殺意を放ち、呪禍が動いた。

 初撃、爪での斬撃。袈裟斬りに振るわれたそれを、半身になってすり抜ける。

 追撃、牙での咬撃。たしかに速いが踏み込みが甘い。一歩下がれば、それでもう当たらない。

 連撃、尾での槍撃。体ごと回転して、長い尾で薙ぎ払う。範囲は広いが、大振りな分モーションは遅い。


「えい」


 身をかがめて回避しつつ、すれ違いざまに尾を斬りつける。

 筋肉質な細身の尾は、見た目相応に硬い。斬ってみたけど、ほとんどダメージはなさそうだ。

 そして、終撃。呪禍は一度身をかがめ、大口を開けて飛びかかった。

 鋭い牙。長い舌。灰色の口。

 尻尾よりは柔らかそうだ。


「ふっとべ」


 左手に用意していたシリンダーに魔力を通す。

 発動したのは風起こしのシリンダー。ただ強い風を巻き起こすだけの、基本の風魔法。

 しかしそれはただの風ではない。ルリリスによる魔改造を施された、極限の風だ。


「風刺し」


 槍のように研ぎ澄まされた、圧縮された風を解き放つ。

 ねじれ、逆巻く、螺旋の風槍。コンマ数秒を削るように生まれたそれは、反応を許さない速度で呪禍の口内へと突き刺さり、爆風を巻き起こして弾け飛ぶ。


:すげえ……

:完全に見切ってる

:そうだった、この人って日療の白石さんなんだった

:これでキャンプ場の白猫と同一人物ってのは無理があるでしょ

:これが六層魔物ソロ討伐者か……

:探索者最強の一角は伊達じゃない


 呪禍は大きく吹き飛ばされたが、すぐに立ち上がった。

 やつの口からだらだらと血が流れる。傷は負わせたが深手じゃない。これくらいで音を上げるような相手じゃないだろう。

 まだ、勝負はここからだ。

 呪禍が跳ねる。木々を飛び移りながら、凄まじい速度で立体的に森を駆ける。

 揺れる木々から木の葉が散って、物理的に視界を覆う。この舞い散る木の葉の中で、あの速度で駆け抜ける呪禍を追うのは難しいだろう。

 と、言っても。


「ん」


 どうせ後ろだ。

 ぴゅんぴゅん飛び回るやつは、死角を狙いに来るもんだと相場が決まっている。

 駆け抜ける音が変わった瞬間、振り向きざまに背後を斬りつけると、ジャストタイミングで呪禍の爪牙と私の剣が甲高い音を立てた。

 反撃は予想していなかったのか、呪禍の体が硬直する。

 いい隙だ。よし、殴ろう。


「風潰し」


 風降ろし派生、風潰し。暴風のハンマーで叩き潰す風魔法だ。

 空から振り下ろされた風槌は、呪禍の体をしたたかに打ち据える。

 衝撃のあまり、呪禍の体が地面から跳ね上がる。そこに横薙ぎのハイキックを叩き込むと、吹き飛んだ呪禍は後ろの木に叩きつけられた。


:つっっっっっっっっっっっっっっっよ

:何もかも読み勝つじゃん

:負ける要素がない

:呪禍圧倒してるってこれマジ?

:スピード型のやられて嫌なこと完全に心得てますねこれは

:お嬢も速度特化型だからね


 私たちみたいなスピード屋が一番嫌がるのは、こういったカウンター主体の戦法だ。

 ただ、カウンタースタイルとは高い練度が求められる戦法だ。相手に攻撃の主導権を委ねる以上、一手間違えれば取り返しのつかないことになる。


 その点、呪禍はいいカモだった。

 こいつは速いが、直線的すぎる。意図がいちいち明確な分、狙いが読みやすい。

 おそらくは格下としか戦ってこなかったのだろう。優れた身体能力を押し付けるだけで、勝てるような相手としか。


:これ、このまま勝てんじゃね?

:倒しちゃえば全部解決じゃん

:いけいけいけいけ

:六層クラスがなんぼのもんじゃい!


 いいや。六層の魔物は、そんなに甘い相手じゃない。

 呪禍は姿勢を変える。四肢で地を踏みしめ、体のバネを取って、低く唸った。

 ヤツの雰囲気が変わる。より鋭利に、より残忍なものへと。

 そして、呪禍が吠えた。

 精神を削るような悍ましい叫びだ。畏怖を呼び起こす、威圧的な叫び声。

 それが身を貫いた時、ぞわりと、悪寒が走った。


「風守り――っ!」


 とっさに魔法を展開する。

 風巡り派生、風守り。風の盾を展開し、敵の攻撃を散らす防御魔法だ。ベースとなる風巡りを小型化したような使用感で、防御範囲こそ小さいが魔力消費は大幅に減っている。

 しかし、咆哮を受け止めた風盾は、急速に強度を失って溶けるように消えていく。魔法が消えそうになって、あわてて魔力を注ぎ足した。


:なんやこの声……

:気味が悪すぎる

:ただの叫び声じゃないなこれ

:もしかして、これも魔法か?

:魔力を籠めた咆哮なら観測例があるけど


 あの叫びを聞いた瞬間、体から力が抜ける感覚がした。

 あれはただの叫びじゃない。もっと悍ましい、呪いのような何かだ。

 やはりこいつ、まだ何か手札を隠し持っている。

 こうしている間も、呪禍は絶え間なく叫び続けている。防いだところで状況は好転しないらしい。

 それなら、こちらから攻めるまでだ。


 歌うように叫び続ける呪禍に攻め込む。風走りの魔法で瞬間的に加速し、剣にまとった風研ぎの一撃を首筋に振るう。

 しかし、呪禍は器用に首をそらし、私の攻撃を回避した。

 速度では私が勝っている。それでも呪禍は反応してみせた。

 つまりそれは、私の動きが読まれたということ。

 返す刀で呪禍は爪を振るう。私は攻撃を中断し、大きく後退を余儀なくされた。


 こいつ……。今のは、カウンターか。

 幸いにも、今の攻防で呪禍は咆哮をやめた。目的こそ達したが、私は歯を噛みしめる。

 この魔物、たったこれだけの攻防で覚えたのか。対スピード型の戦い方ってやつを。


 戦いの中で生じた呪禍の変化。また一つ、難易度が上昇したことを肌で感じる。

 それでも、負けるつもりなんてさらさらないけれど。


「ひ、ひえぇ……。なんですか今の、なんですか今の……っ! な、なんか、声聞いただけで、林檎のご気分が悪くなってきたんですけどぉ……!」


 荷車の側にいた少女が、具合悪そうにうずくまる。

 ……私には、戦いよりも優先しなければならないことがある。

 私の仕事は呪禍を討つことじゃない。要救助者の二人を、無事にキャンプまで連れ帰ることだ。


「えと、そこの人」

「は、はいっ。り、林檎のことですかっ!?」

「備えて」

「何をですかー!?」


 答えるより先に、シリンダーに魔力を籠めた。

 発動したのは風起こしのシリンダー。

 行使したのは、すべてを吹き飛ばす暴風だ。


「飛んでけ……っ!」


 ルリリスに改造されたシリンダーは、私の魔力を凄まじい規模の暴風へと変換した。

 土石流のように放たれた爆風は、呪禍を激しく吹き飛ばす。やつの体も、やつの後ろにある大樹も、何もかも根こそぎに。

 膨大な運動エネルギーの投射。指向性を持った大嵐。

 木々を削り、地面を砕きながら、嵐は空へとまっすぐに突き抜けていく。


:やっば

:なにこれぇ……

:ついにレーザーまで撃ちだしたぞこいつ

:あの、これはなんていう魔法ですか?

:おそらく風起こしですね

:本当にただの風起こしですか……?

:聞かないでください、我々だってはじめて見たんです


 暴風の魔法が収束すると、そこに呪禍の姿はない。

 後に残ったのは、なぎ倒された木々と、めくれ上がった地面だけだった。

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