ひねくれ毒舌ツンデレ自虐屋生きるの下手くそ根は真面目

 呪禍。

 迷宮二層に突如出現した、未知の強力な魔物だ。

 その危険性や特異な生態については、キャンプ場で幾度となく周知されていた。絶対に近づかないように、という強い警告とともに。

 この女、山田林檎は、その呪禍が仕留めた魔物の死骸を持ち帰ってきたと言う。


「あ、言っときますけど、呪禍とは接触してないです。見つけたのは魔物の死骸だけです。お触れは遵守してるんで、そこんとこよろしく」


:うーん?

:どうだこれは

:いや普通にアウトでしょ

:下手に呪禍刺激して、なんかあったらどうする気だよ


 正直、かなりグレーな行為だと思う。

 呪禍に対する基本方針は不干渉と非接触だ。いたずらに刺激するような真似は慎んでほしいと、キャンプ場の運営から再三に渡って通告が来ていた。

 ……まあ、私はあのキャンプ場では外れものだ。ルールを守れなんてこと、わざわざ言うつもりはないけれど。


「別に、とやかく言う気はないけどさ。こんなもん持って帰ってどうするんだよ」

「決まってんじゃないですか。食べるんですよ」

「……は?」

「魔物、食べてみた。次の動画はこれで決まりですね!」


 …………は?

 動画の、ネタだって?


「よければ七瀬さんも出演します? 七瀬さん、ツッコミのキレ良いし、私のボケにツッコんでくれたら映えると思うですよね。もしかしたら今度こそバズるかも――うわっ!」


 荷車から手を離す。

 バランスを崩した荷車は、その場でこてんと横転した。


「ちょっと、何するんですかー!」

「帰る。そういうことなら手は貸せない」

「あ、あれ、七瀬さん? もしかして怒ってます?」

「もしかして怒ってる」


 当たり前だ。怒らないわけがない。

 呪禍の獲物を持ち去って、しかも食べるだと。それも、動画のネタなんかのために。

 別に人が何をしようと関係ないし、興味もないし、勝手にやってくれたらいいんだけど。


「危ないだろ、バカ。そんなことのために、助けたわけじゃないんだよ」


 私はもう、彼女と関わってしまったから。

 だから、これくらい言う権利は、あるはずだ。


「……そんなことのため、じゃないです。そんなことまでしないと、数字って取れないんです」


 山田は声を震わせて、しかし、はっきりと言った。


「私は数字がほしいんです。もっともっと、光の差す場所に行きたいんです。今はこんな底辺配信者やってますけど、いつかはきっとブレイクして、いっぱいチヤホヤされて、承認欲求をビタビタに満たしたいんです。褒めてほしいんです。認めてほしいんです。すごいって言ってほしいんです。もっともっと輝きたい。もっともっと光を浴びたい。そのためなら、山田林檎はなんだってします」


 いっそ素直なほどに、欲望まみれなその言葉は、妙にギラギラと輝いていて。

 だけどその奥に、臆病で傷ついた心が垣間見えてしまった。


「……それとも、七瀬さんも、こんな林檎を愚か者だと笑いますか?」


 私は山田林檎のことを何も知らないけれど、叩きつけられたそれは、もしかすると彼女の本心だったのかもしれない。

 だから私も、真面目に答えた。


「バカだよ、大バカだ。夢だの理想だのを掲げれば、何やってもいいってわけじゃないだろ」

「うっ……。七瀬さん、あの。そこちょっと、痛いとこかもしれないっす」

「ならもっと言ってやる。呪禍に近づいたのもアホだけど、魔物食べるなんてもっとアホだ。食べられるかどうかもわかんないものをネタのために食うな。毒だったらどうすんだよ、ドアホ」

「でも、食べたら美味しいかもしれないじゃないですかー!」

「それで死んだら親御さんになんて言うつもりなの?」

「……パピィとマミィの話を出すのは反則ですよぅ」


:ド正論パンチが唸る唸る

:七瀬の毒舌が有効活用されてるとこはじめて見た

:素直じゃないし口も悪いけど、根は真面目だよな七瀬って

:人のために怒れるのはお前のいいとこだぞ七瀬

:七瀬が怒ってるとこ、なんか好きだわ


「……だけど」


 後ろ手で中指を立てる。クソみたいなコメントを投げるカスどもに向けて。

 私がひねくれていることなんて、私が一番知っている。

 自分でも思うさ。しょうもない意地張って、いっつもリスナーと喧嘩して。私には、白石楓のような純粋さなんてものはかけらもない。

 それでも、私だって。

 夢とか、希望とか。そういった無邪気にきらきらしたものは、嫌いじゃない。


「山田。お前の夢は、気に入った」


 荷車にもう一度手をかける。さっさと上げろと合図を出すと、山田は慌てて壊れた荷車を支えた。

 荷車は再び動き出す。困惑気味に、山田はたずねた。


「あの、七瀬さん……? もしかして、手伝ってくれる感じだったり……?」

「手伝うけど、食べるのはなし。これはキャンプ場にいる学者先生に引き渡そう。呪禍対策の足しになるかもしれないから」

「え、でも、動画は?」

「研究に協力しました、って動画にしな」

「えー! そんな地味なのバズるわけないじゃないですかー!」

「そういうことを一つ一つ積み重ねるんだよ。見てる人はちゃんと見てくれてるから」


 頑張れば報われるなんて、そんなのは夢物語だってことくらい知っている。

 だけど、そう信じなくっちゃ、やってられないことだってあるだろう。


:いいこと言うな七瀬

:少なくとも俺らは見てるぞ

:一発でバズったってしょーもねーぞ山田

:知ってもらうのは大事だけど、定着させるのは結局のところ地力だしなぁ

:七瀬もがんばれよ、そのうちいいことあるから


 ……うっさいな、本当に。

 キャンプに来てかれこれ四日。いまだに白石さんには話しかけられていないし、友だちの一人も作れていない。

 救助対応で得たのは奇妙な知己で、リスナーとも喧嘩してばっかりだ。

 今日も今日とて空回り。骨折り損のくたびれ儲け。

 だけどそれも、遠い未来のなにかに繋がるかもしれないから。


「七瀬さん七瀬さん」

「ん」

「七瀬さんって、ツンデレさんですね」

「うっさいな」

「七瀬さんにも夢とかってあるんですか?」

「なんだよ急に」

「だって七瀬さん、夢のこと話したら、急に優しくなったから。もしかしてって思って」


 ……アホなことやりたがるくせに、そういうことは敏感なのか。

 夢を持つ人間には独特の気配がある。遠い何かに向けて、一心不乱に突き進むような指向性が。

 私のそれは、ひどく曖昧で分かりづらいものだと思うんだけど、山田は感じ取ったらしい。


「まあ、夢ってほどじゃないけど、一応」

「聞きますよ。林檎、いい女なんで」

「自分で言うかなそれ」


 ……別に、誰かに聞いてほしいわけじゃないんだけど、まあいいか。

 それに、ちょうどリスナーたちに話そうとしていたことだ。こいつに話したって同じだろう。


「私さ。自分の回復魔法、あんま好きじゃないんだよね」

「はあ!? なんで!?」


 まだ話の枕なのに、山田は大きな声を出した。


「なんでですか、それがあったらめちゃくちゃモテるじゃないですか! いらないってならくださいよ、その才能!」

「そんないいもんじゃないよ。これがあるせいで、自分の価値ってものが嫌でもわかる。私は、回復魔法以外に何の取り柄もない人間なんだなって、散々思い知ったから」

「いや、でも、そんなこと――」

「山田だって、私に回復魔法が使えるって知らなかったらパーティに誘ったりなんかしなかったでしょ?」


 そう返すと、山田は押し黙る。

 その沈黙も、私にとっては慣れたものだった。


「白石楓の下位互換。私、そんな風に呼ばれてんの」

「……誰ですか、そんなひどい呼び方しはじめたやつ」

「私」


 色んな人にそう言われた。リスナーたちにも散々言われた。

 だけど最初にその言葉を使い始めたのは、他でもない私だった。


「自分が一番わかってんだ。私は、あの人には勝てないんだなって」


 私は白石楓には勝てない。

 あの人のような力も、あの人のような純粋さも、私にはない。

 ここにいるのは、ひねくれた意地っ張りの、みっともない下位互換だ。


「……わかりますよ、七瀬さん。よーくわかります」

「なにが?」

「その鬱屈した思いを、あの純粋小娘にぶつけたいんすよね。その気持ちは大変よくわかります。林檎だって一度や二度、いや三度や四度は思いましたもの。ポッと出のくせにバズり倒しやがって、妬ましいったらありゃしません」

「違うんだけど」

「だけど、今刃向かうのは分が悪いです。こういうのは炎上するのをひたすら待って、火種ができたら徹底的に叩くのが定石です」

「おいゴミカス、お前私のことなんだと思ってんだ」

「ひねくれ毒舌ツンデレ自虐屋生きるの下手くそ根は真面目」

「言って! いいことと! 悪いことがあんだろーが!」

「あとツッコミのキレがいい」


:わかってんな山田

:やるじゃねーか山田

:見る目あるな山田

:全部当たってるぞ山田

:初対面なのに解像度たけーな山田


 うっさいよ。何もかもうっさいし言い過ぎだよ。生きるの下手くそとか言われなくてもわかってんだよ、バカ。


「あのね、山田。私はそこまでひねくれてない。そんな鬱屈した感情なんてもってないっつの」

「じゃあ、どう思ってるんですか、あの人のこと」

「憧れてる」


 迷いなく言い切る。

 迷いなく言い切れた自分を、少しだけ誇りに思った。


「憧れたんだ。回復魔法なんていう呪われた才能を、あんなにも美しく使いこなすあの人の姿に。ああなりたいって、心底思った」


 全部本当だ。嘘も偽りも一つもない。

 だから言葉はするすると出てきた。


「私はあの人に会いたい。会って、話して……たぶん、こう言いたいんだと思う。私も、あなたみたいな迷宮救命士になりたいです、って。――それが、私の夢。ね、大したことなかったでしょ」


 本当に簡単なことなんだ。ただ会って話すだけでいいんだから。

 だけどその簡単なことが、こんなにも遠い。私ってやつは、つくづく巡り合わせに恵まれない。

 私の話はこれで終わりだ。感想の一つくらいはくるものかと思っていたけど、山田は一言も発さない。

 かと思うと、嗚咽めいたものが聞こえてきた。


「山田? どうした?」

「……七瀬さぁん」

「なぜ涙声」

「めちゃくちゃいい話じゃないですかぁ……」

「そ、そう?」

「七瀬さん、叶えましょう、その夢。林檎は七瀬さんのこと応援しますから……!」

「いや別に、応援されるほどのことでもないんだけど」

「林檎はいい女なのでぇ……!」

「どういう感情よそれ」


 彼女は涙声でそんなことを言う。

 なぜこいつが泣いているのかはわからないけれど、根っこはいいヤツなんだなってことは、なんとなくわかった。


:なあ、七瀬

:俺らのコメントも読んでくれって、七瀬

:無駄だよ、七瀬はこういうコメントだけは絶対に拾わないから

:本当にひねくれてるよなこいつ

:俺らだってな、これでも一応お前のこと


 ……うっさいよ、本当に。

 意識して読まないようにしていたコメントが、ふとした拍子に目に入る。いつも通りに、私は途中で読むのをやめた。

 そんな言葉は、私には必要ないものだから。


「七瀬さん。これ持って帰ったら、白石さんとこ行きましょうよ。それで全部話すんです」

「いや、急に押しかけたら迷惑でしょ」

「大丈夫です、林檎も一緒に行きますから!」

「何一つとして安心できないんだけど……」


 この山田とかいう女。考えなしのきらいはあるけど、少なくとも悪いやつじゃなさそうだ。

 妙な巡り合わせだったけど、これも何かの縁ってやつかもしれない。そう思うと、なんだか色々と諦められるような気がしてきた。

 こいつとなら、一回くらいパーティを組んでやってもいいのかも。そんなことを考えながら、私たちは壊れた荷車を殺意。

 殺意、殺意、殺意。

 濃密な殺意が。どろりと濁った、殺意が。

 すべての思考を、塗りつぶした。


「え」

「は?」


 私は振り向く。山田も振り向く。暴力的な殺意の源へと。

 そこにいたのは、ひょろりとした手足と、長い尾を持つ、黒い異形。

 やつの名は、呪禍。

 呪われし獣が、そこにいた。

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