「焦ることはない。君たちが魔力に出会って、まだほんの十五年しか経っていないんだから」
「おい、嘘だろ……?」
私が行使した“魔法”を前に、ルリリスは愕然とつぶやいた。
「やべえやべえとは思ってたが、まさか、ここまでだと……?」
私、何かしてしまっただろうか。
ただルリリスから教わった通りに、魔法を使ってみただけなのだけど。
「お前、なんで……! どうして……っ!」
切羽詰まった声で、彼女は叩きつけるように叫んだ。
「なんでまったく魔法が使えねえんだよ!」
「え、だって、無理だよ」
「基本中の基本だぞ! こんな簡単なこともできねえのか!」
:うっ……
:やめてくれ、その言葉は俺に効く
:ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
:トラウマ刺激されてる人たちもいますね
:大丈夫? 9%のお酒飲む?
:軽率に万病薬を勧めるな
ルリリスの言う通りにやっているんだけど、魔法はうんともすんとも言わなかった。
というか、そもそも教え方が悪いと思う。こんなやり方で魔法なんて使えるわけないじゃないか。
「いいか、もっかい言うぞ。術式編んで、魔力通すだけだ。難しいこと一切ない。これができなきゃ話にならねえ、教える以前の問題だ」
「えと、ルリリス。質問、いい?」
「なんだよ」
「術式編むって、どうやるの?」
「は?」
魔力を通すのは、たぶんできる。
それはいつもやっていることだ。シリンダーに魔力を通すのと同じことだと思う。
だけど、術式を編むってのは、どうやったらいいのか検討もつかなかった。
「どうやるも何も、術式を編むんだよ。普通に」
「どうやって?」
「いや、その、だから。ただ式を書くだけっつうか……」
ルリリスは頭を悩ませていた。
「……なんつうんだろ。歩くのってどうやるの、って言われてる気分だ」
「当たり前のこと、なんだ」
「意識したこともねえな。どういう術式を編むかならともかく、どうやって編むかなんて考えたこともねえ。強いて言うなら……、そうだな。頭の中で構築した術式を、魔力核に演算させる、みたいな」
「……魔力核?」
:あ
:ふむ
:ほう
「私、魔力核、ないよ?」
「あー……。そっか。そういや、そうだったな」
ルリリスは額に手を当てて天を仰いだ。
「理解した。なるほどな、だからお前らは魔道具なんて使ってんのか」
「えと、どういうこと?」
「魔力核ってのは魔力の制御装置なんだ。私たちは、魔力核で演算した術式に魔力を通すことで魔法を使ってる。だけどお前らに核はないだろ?」
「うん」
「核がなければ自力で演算できない。そこでお前らは、わざわざ物質に術式を刻み込んで代用してるってことだ」
:ふーん?
:わかるようなわからないような
:すまん、ちょっとわかりづらかったから食い物でたとえてくれ
:人間さんちにはキッチンがないから、出来合いのものをレンチンして食うしかないってこと
:それ余計わかりづらくない?
:なんでも飯でたとえるなデブども
「じゃあ」
ポーチから純黒の魔石を取り出す。リリスの魔石だ。
「これ食べたら、魔法、使えるのかな」
「おまっ……。おいバカ、食うな! 私のだぞ!」
:おいこらお嬢
:まてまてまてまて
:そんなの食べちゃいけません
:どういう発想してんだこの子
:お嬢って結構変なもん食うよな……
:この前も川で釣ったフグ普通に食おうとしてたし
:フグを川で釣った……???
「いいか楓、落ち着け。他人の魔力核なんて取り込んだっていいことねえぞ。よっぽど相性が良くない限り、拒絶反応が出て体壊すだけだ。使い物になんかなりゃしねえ」
「でも、呪禍は、食べてるよ?」
「あいつはそういう生き物だろ。真似すんな」
:相性がよかったらいいんだ
:臓器移植みたいなもんか?
:これまで魔石食った人間っているんかな
:何人かいるけどみんな魔力中毒になって体壊してるよ
:何人もいるのかよ
:人間さん変なもん食い過ぎでは?
「つか食うな。返せ。私のだ」
「やだ」
「返せよ!」
「やーの」
取ろうとするので、ポーチの中に魔石を隠す。
ルリリスは不機嫌そうに舌打ちをした。
「でもさ」
「んだよ」
「ルリリスも、魔力核、ないけど。魔法、使ってるよね?」
「お前が持ってっちまったからな」
ルリリスはふくれっ面で言う。
「ご心配にゃ及ばねえよ。蘇生した時に新しい魔力核が作られた。まあ、本来の魔力核に比べりゃだいぶ性能も落ちるがな」
「そっか……」
なんにせよ、魔力核がなければ魔法は使えないってことらしい。
……使ってみたかったんだけどな、魔法。ちょっと、残念だ。
「お前にはシリンダーがあんだろ。別にあれがダメってわけじゃねえ」
しょんぼりしていると、ルリリスはため息交じりに続けた。
「状況に応じた魔法をその場で構築することはできねえが、わざわざ演算する手間は省ける。柔軟性よりも即効性を取った形だ。短所もあれば長所もある。それなら戦い方次第だろ」
ポーチから取り出したシリンダーをいじる。
私のスタイルは高速近接戦闘だ。なんだかんだ言っても、突っ込んで斬るのが一番性に合う。それなら即効性のあるシリンダーの方が、私には合っているのかもしれない。
「だが、シリンダー魔法を使うとなると、大きな問題が一つある。いいか楓、心して聞け」
ルリリスは、ひどく真面目な顔で続けた。
「お前に教えることはなにもない」
「そんなぁ」
「魔法なんて演算のやり方が全てだよ。それができないってなら、授業はこれで終わりだ」
「ええー……」
:うーんこの
:パワーアップイベントがキャンセルされることってあるんだ
:なるほど、つまり免許皆伝ってことね
:ポジティブなやつもいます
「でも、えと。使い方、とかって」
「十分使いこなしてんだろうが。そっちは私がビビるくらいだ。ただ風を起こすだけの原始的な魔法で、私の千代火桜が完封されるなんて思いもしなかったわ」
「千代火桜?」
「火桜めっちゃ出すやつ」
:あー、リリス戦のあれか
:最後の最後で出してきたやつね
:あの魔法、そんな名前だったんだ
:そういやあれ、ただの風起こしでカウンターしてたな
:相変わらずバトルセンスは鬼
「まあ、教えることはなんもねえけど、そのシリンダーってやつに手を加えることはできっかもな」
彼女は私の手からシリンダーをひったくる。
しげしげとそれを眺め、ルリリスはにやりと口元をゆるませた。
「甘い甘い、ぜんっぜん甘えよ。術式に無駄がありすぎだ。私だったら、この倍は性能出せるぜ」
「改良、できるの?」
「秒だこんなもん。持ってるシリンダー全部出しな」
そう言われたので、私は彼女に手持ちのシリンダーを差し出した。
攻撃の要である風研ぎ。便利な移動魔法の風走り。風魔法の基本とも言える風起こし。
ちょっと癖のある拘束魔法の風降ろしに、暴風の結界を展開する風巡り。そして、回復魔法の風祝。
最後に、純白のシリンダー。
「……ん?」
ルリリスが目をつけたのは、その純白のシリンダーだった。
「お前、この魔法……」
「あ、それ。気になる?」
「いや気になるだろ。これだけ明らかに別格っつうか……。もしかしてこれ、お前の切り札か?」
:あのシリンダーってなんだっけ
:見たことないかも
:お嬢、あんなシリンダー持ってたっけ?
:外見だけじゃ何の魔法かわかんないな
リスナーたちが知らないのも無理はない。
だってこのシリンダーは、まだ一度も使ったことがないから。
「それね、使えないの」
「使えない? なんでだ?」
「消費魔力が、多すぎて。私の魔力、全部入れても、使えなかった」
「ああ……。たしかに、わけわかんねえ燃費してんな、これ」
このシリンダーを買ったのは、迷宮三層で蒼灯さんを助けるちょっと前のこと。シリンダーショップでたまたま見つけたこの魔法に一目惚れして、有り金をはたいて買ってしまったのだ。
……まあ、そうまでして買ったこのシリンダーも、結局使えなかったわけなんだけど。
「多少なら改善してやれっけど、それでも発動しねえだろうな。大幅に出力落とせば、一応使えるようにはできっけど……」
「やだ」
「嫌か」
「どうせなら、フルパワーがいい」
人には譲れないものがある。私の場合は、これがそれ。
「魔法って、ロマンだから」
私はぐっと拳を握って力説した。
:こいつ、実用性よりもロマンを取りやがった……
:お嬢ってたまに小学生みたいなこと言うよね
:画面映えガン無視のエグい戦法使い倒すくせに
:赤鬼事件の話はやめろ
:まあまあ、一本くらいは趣味シリンダーがあってもいいじゃないですか
:趣味で買うには高すぎるんだよなぁ
発動さえすれば、本当に綺麗な魔法なのだ。それを損なうなんてとんでもない。
今は使えなかったとしても、いつか使えるようになるかもしれないじゃないか。そんなもしもを大事にできる人間でありたいの。
「わかってんじゃねえか。そうだよなぁ、魔法っつったらロマンだよなぁ」
そう言って、ルリリスは指先で魔法を操った。
おそらく次元魔法の一種だ。空間に小さな穴が開き、彼女はその中から美しい羽ペンを取り出す。
「上等だ、出力も燃費もマシマシのモリモリにチューニングしちゃる。発動さえすりゃぶっトぶ代物に仕上げてやんよ」
ルリリスはにやりと笑って、羽ペンをしゅるんと回した。
かと思うと、気恥ずかしそうに眉をひそめる。
「……おいなんだよ、何笑ってんだよ」
「え、笑ってた?」
「ちょっとな」
:ほう
:わかってきたじゃないか小娘
:どうやら貴様にも見えたようだな……
:ふん、ようやく三級ってところか
:後方腕組みお嬢検定上級者さんたちさぁ
自分の頬を触る。
たしかに、ちょっと笑ってたかもしれない。
「ルリリス」
「なんだ?」
「ありがとね」
「ばーか。言わなくていいんだよ、そういうのは」
「ルリリスが、訓練したくなったら、いつでもつきあうから」
「お前、まさかそれお礼のつもりか……?」
魔力を通した羽ペンで、ルリリスはシリンダーに刻み込まれた術式を書き換える。
黙々とした作業だけど、いつまでも見ていられる気がした。
だって、楽しそうな人を見るのは、楽しいから。
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