「僕もおすすめしないかな。今の君が挑んだって、勝つのは難しいだろう」

 #19 きをつけて


 そんなわけで、ひとまず呪禍は放置することになった。

 触らぬ神に祟りなし。向こうにその気がないのなら、こっちも無意味に近づかない。不干渉と非接触が対呪禍の基本方針だ。


 キャンプの撤収はしないけど、呪禍の情報をきちんと周知し、注意喚起を促す。色々と話したけれど、呪禍対策としてはそれくらいだ。

 少しだけざわつくキャンプ場。それを眺めつつ、私は考え事をしていた。


「んー……」


 頭の片隅に、真堂さんに言われたことが、なんとなく引っかかっていた。


「戦っちゃ、だめかぁ……」


:お嬢?

:戦いたかったんか……?

:あの魔物って六層クラスなんでしょ?

:どうやっても死闘になるでしょ

:やめとけお嬢、無茶すんな


 蒼灯さんから説明と告知があったので、リスナーたちも大体の事情を知っている。そんな彼らにもこう言われてしまった。

 ……六層の魔物を相手に実践経験を積める、いい機会だと思ったんだけどなぁ。

 楽な戦いじゃないってことはわかるけど、それでも私は呪禍と戦ってみたかった。


「……あのね」


:なんだなんだ

:どうしたんですか

:どしたのお嬢


 思い出すのはリリス戦の時のこと。

 あの時私は、リリスを相手に薄氷の勝利を得た。だけどあれは、手放しに喜べるものじゃない。

 私がもっと強ければ、あんなギリギリの戦いにはならなかった。勝つか負けるかの戦いに蒼灯さんを巻き込まなくてよかった。


「えっと、あの……」


:はいはいなんですか

:ちゃんと聞いてますよ

:ゆっくりでいいよ、ゆっくりで


 救助者として、目指すべきは完全勝利だ。

 一切の危なげなく、誰にも称賛されないくらい、当たり前のように人を助ける。それが私たちの理想だ。

 深層の魔物を相手に、その理想を貫くことがどれだけ難しいかってことは、よく知っている。

 だけどそれは、諦める理由にはならないから。


「だから、その……」


:迷ってんねお嬢

:いつも以上に言葉を探していらっしゃる

:お嬢のペースで大丈夫よ


 強くなりたい。

 強くならないといけない。強くならないと守れない。

 敵を避けてなんかいられない。強敵がいるなら挑みたい。本気の本気をぶつけられる相手と、命を削り合う死闘の中でしか、見つからないものがある。

 ……でも、呪禍と戦うのはダメって言われちゃった。


「あ」


:ん

:お?

:どした?


 ちょっと考えて、閃いた。

 別に呪禍じゃなくたっていいんだ。ちょうどいい相手がいるじゃないか。強敵だけど、戦ってもいい相手が。

 キャンプ場を見渡す。すぐそこに、醤油煎餅をくわえて、ふらふらと歩いている彼女がいた。


「ルリリス」

「んぁ? なんだ?」


 私は彼女に剣を突きつけた。


「戦おう」


 ルリリスは、くわえていた煎餅をぽとりと取り落とした。


「ころさないで……」


:あの、お嬢、お嬢?

:まーたお嬢がルリリスいじめてる……

:いじめちゃダメって言ったのあなたですよね?

:唐突なリリ虐がルリリスを襲う――!


 ちゃうて。



 *****



「お前さぁ。ちゃんと説明しろよ、マジで」


 ものすごーく不機嫌そうに、ルリリスは煎餅(他の探索者からもらったらしい)をバリバリかじっていた。

 半泣きになってぷるぷると震えていた彼女も、きちんと説明したら落ち着きを取り戻して、今はすっかりいつもの調子だ。


:あーね

:呪禍と戦わなくてもいいにしても、六層クラスの魔物と渡り合えるだけの力は持っておきたいってことね

:でも呪禍と戦うのはダメだから、訓練相手にルリリスを選んだと

:そこまで説明されたらわかるけどさぁ!

:相変わらず言葉が足りない


「やろ、ルリリス。手加減なし」

「やだよ。たとえ訓練でもお前と戦うなんて絶対にいやだ。なめんなよ、私の涙腺はそこまで辛抱強くねえぞ」


:なめんなよ、から出てくるセリフではないが

:脅しと同じノリで負けを認めるな

:涙腺ゆるふわ女子がよぉ

:この数日で何回この子の泣き顔を見たんだろう

:こちらルリリス保全委員会です。泣き顔資源保護のため、過度のリリ虐はお控えください。

:泣き顔って資源だったんだ


「いいじゃん、やろうよ」

「よくねえよ」


 ルリリスは拒否の姿勢を崩さない。

 いい案だと思ったんだけどなぁ、残念。


「つか、今の私はいいとこ四層レベルだ。練習相手にゃなんねえだろ。まあ、魔力核を返してくれるってなら、話は別だが……」


 私は首を横に振った。

 あれを返すつもりはない。少なくとも、今はまだ。

 ルリリスのことを疑っているわけではないけれど、このキャンプには他の探索者も多くいる。彼らのためにも、抑止力として魔石は持っておいたほうがいい。返すならこのキャンプが終わった後にするべきだ。

 って、蒼灯さんが言っていた。私はそのあたり、あんまりよくわかってないんだけど。


「とにかく、お前の相手になるつもりはねえ。訓練相手を探すなら他を当たりな」

「えー……」


 どうしよう。他にいるかなぁ。

 このキャンプには、少数だけど三層や四層の探索者もいるにはいる。誰かの付き添いだったり、探索よりも遊びに来たりしている人たちだ。

 そういった人たちも、そこそこ強いっちゃ強いんだけど……。


「やだ、ルリリスがいい」

「お前なぁ」


 それでも、“深層”を知っているのはルリリスだけだ。

 深層とは魔界だ。魔を識り、人を外したものにしか足を踏み入れる資格はない。

 あの領域を知ってしまった人外と、知らずにいられる人間の間には、とても大きな壁がある。その壁を知らない人たちを付き合わせるくらいなら、ルリリスの方がずっといい。


「勘弁しろって。これ以上言うんだったら、こっちにだって考えがあるぞ」

「どうするの?」

「すずに言う」

「あー……」


:ふふ

:先生に言うぞと同レベルの脅迫

:お前それでええんか……?

:三層探索者に泣きつくな六層魔物

:口開くたびにボロが出るなこいつ


 蒼灯さんに言われるのは、ちょっと困る。

 私がルリリスと二人で遊んでいると、蒼灯さん拗ねるのだ。ごはんの時に気まずくなるので、それだけはなんとしても避けなければならない。


「じゃあ、えと」


 どうしようかなと少し考えて、アイディアが浮かんだ。


「魔法のこと、教えて?」

「……へぇ」


 ルリリスは、にやりと口元に弧を描いた。


「おもしれえじゃん。お前、私から魔法を教わりたいって?」

「うん。教えてほしい」

「いやあ、そう言われてもなぁ。魔法って私の専売特許みたいなとこあんじゃん? そう簡単に教えてやんのも、なぁ?」


 ……そっかぁ。

 たしかにそれもそうだ。無理な頼みをしてしまったのかもしれない。


「……わかった、諦める」

「え」

「無理強いは、できないから」

「おい待て。楓。違う違う」

「?」

「もうちょっと。もうちょっと粘れ」

「……?」


:こいつ、フリ効かせてきやがった……!

:お嬢よりもコミュ力あるんじゃねえかこいつ

:俗っぽい魔物だなぁ

:お嬢、ついでにネタフリも教えてもらえ


「え、えと。教えて、くれるの?」

「いやあ、どうすっかなぁ! 楓がそこまで頼むんだったらなぁ!」

「えと、そこまででは」

「そこまで! 頼むん! だったらなーっ! しょうがねーなーっ!」


 結局どっちなんだろう。教えてくれるってことなのかな。

 わあわあと騒いでいたルリリスは、こほんと咳払いをする。


「いいさ、人間。本物の魔法を教えてやるよ。あんまりビビんじゃねえぞ?」


 よくわからないけれど、なんだかルリリスは楽しそうだった。

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