「その力は特異なものだ。君が思っている以上にね」

 シリンダーに刻まれた術式に火を入れる。

 巻き起こるのは逆巻く風。剣に絡みつく風は、するりと流れて刃を為す。

 軽く振るえば、風の余波が下草に波を描いた。


 これはただの風研ぎだ。しかし、今までとは明らかに感触が違う。

 疾く、鋭く、それでいて静かに。風は刃の周りに無駄なく留まり、音もなく高速で回り続ける。

 まるでサビの落ちた歯車のようだ。力の流れが美しく整理された術式は、少し魔力を通すだけでもするすると力が湧き上がった。


「風研ぎについては術式を整理しただけだ。エネルギーのロスを省き、魔法の収束力を向上させた。今までよりも軽く、速く、よく斬れる。だが、そのシリンダーの真価はそこじゃねえ。楓、やってみろ」


 ルリリスに促されるまま、より多くの魔力をシリンダーに流し込む。

 カクッとした手応えと共に、魔力の流れが変わった。

 魔力の通りは重くなったが、出力の上がり方も格段に違う。一の魔力が十になり、十の魔力が百になる。注ぎ込めば注ぎ込んだだけ、シリンダーは私の力に応えてくれた。

 風研ぎの派生型、風断ち。

 巨大な風刃を生成する大技だ。

 これは大技相応に魔力消費の多い魔法だった。しかし、魔力の通し方に少しコツがいるけれど、驚くほどに消費が減っている。


「可変式魔力回路。自信作だぜ」


 ルリリスは得意げな顔で言う。


「規定値以上の魔力量が流れた場合、魔力増幅回路に自動で接続する。多少重たくなるがめちゃくちゃノビんだろ? 一度その出力までノセてやれば、ランニングコストもそうかからない。今までより格段に使いやすくなってるはずだぜ」


 更にシリンダーに通す魔力量を増やす。最大量までつぎ込むと、シリンダーはうなりを上げて魔法を紡ぎ出した。

 荒れ狂う風が刃を生み、数多の風刃が宙に浮く。

 一枚、二枚、四枚。六枚、九枚、十二枚。

 大小あわせて十二の風刃が、くるくると風に遊ぶ。その一枚一枚が、断ち斬るには十分な切れ味を有していた。


「そいつがトップスピード。言ったろ、倍の性能にしてやるって」


 風研ぎ派生、風車。風魔法屈指の殺傷能力を誇る大魔法だ。

 これまでは六枚の風刃を同時に操るのがせいぜいだったけれど、今では十二枚を生成してもなお余裕があった。

 シリンダーへの魔力供給を切ると、魔法はほどけて風に散る。それを見送って、私はルリリスに振り向いた。


「どうよ、気に入ったか?」

「すごいよ、これ。ぜんぜん違う」

「だろ?」


:ルリリス、めっちゃドヤ顔してんね

:いや実際すげえよこれ

:ほぼ別物じゃん

:俺の知ってる風研ぎじゃない

:あの子、ただのポンじゃなかったんやな……


 今まで使っていた魔法とは一体なんだったのか。そう疑問に思ってしまうほどの変貌ぶりだ。

 しかも変化を遂げたのは、風研ぎだけじゃなくて。


「他のシリンダーも調整済みだ。弱点を改善し、長所を伸ばしてある。色々試してみな、相当使いやすくなってるはずだぜ」

「ルリリス、ありがとう!」

「だからお前、そういうのは……。あー、もういいや。いいからほら、試せって」


:お目々きらっきらしてる

:新しいオモチャ貰った時の顔してら

:お嬢ってこういうの好きだよなー

:よかったねお嬢

:まあ、映像にはいつもどおり後頭部しか映ってないんですけどね


 返してもらったシリンダーを順番に試してみる。

 風走りは出力が大幅に向上し、風降ろしは使い勝手が改善されていた。風巡りは消費魔力量が改善されていて、風起こしに至ってはもはや別物だった。

 どの魔法も、短所を補い、長所を伸ばすチューニングだ。なんていうか、センスがいい。どうやって使うかをきちんと意識した、使用者目線の改造が施されていた。

 ただ、変わっていない魔法もあって。


「風祝は、あんまり、変わんないね?」

「それなぁ。解析してみたんだけど、無理だ。私にゃその魔法はいじれねえ」

「そうなの?」

「大体さ、回復魔法って分野が特殊すぎんだよな。そんな魔法使うのなんて人間くらいのもんだ。私らじゃ発想すらもできねえ」

「え、なんで?」


 ルリリスは複雑な顔をする。


「あんな楓。普通、魔法ってのは魔力を魔力のまま使う。火の魔法だったら魔力の炎を作るし、水だったら魔力の水を生成する。お前が使ってる風も同じだ。炎も水も風も、魔法で作られたもんは魔力からできている」

「うん」

「でも、回復魔法は違う。あれは魔力を生命力に完全に変えちまうんだ。魔力を不可逆的に変質させる魔法なんて、魔力から生まれてきた私らからしちゃ考えもしねえよ」


:はえー……

:回復魔法ってそんなに他の魔法と違うんだ

:だから適性持ちが少ないのかな

:むずかしくてよくわかんにゃい

:誰か食い物でたとえてくれ

:出たな理解力の足りないデブ

:ほぼ暴言で草

:普通、獣は生で肉食うけど、人間は焼いてから食うじゃん。しかも一回焼いたら生には戻せない。獣からしたら信じらんねえよな、って話。

:たとえられるやつもなんなんだよ

:相変わらず微妙にわかりづらい

:無茶振りに答えただけ偉いよお前は


 そんなわけで、風祝に関してはルリリスでも改良できないらしい。

 まあ、この魔法については最初からあんまり不満はない。特に困ることもないだろう。

 最後に、純白のシリンダーを手に取る。それを見て、ルリリスは少し渋い顔をした。


「あー、その魔法なんだけど……。可能な限り調整はしてみた。一応、試してみ」


 こくりと頷いて、純白のシリンダーに魔力を通す。

 術式に魔力が走り、ゆるやかに魔法が励起していく。

 周囲にさわさわと風が巻き起こるものの、それは魔法と呼べるほどのものではなく、魔力の供給を切ると風もぱたりとやんでしまった。


「……まだ無理、かも」

「だよなぁ。さすがにそれが限界だわ」


 ルリリスは深くため息をついた。


「バカでかい風車をそよ風で動かそうとしてるようなもんだ。どんなに油を差したって無理がある。そいつを発動させるには、もうひと工夫いるだろうな」

「そっかぁ」


 ネックになるのは、やはり魔力だ。

 私の持つ魔力量じゃ発動するには遠く及ばない。このシリンダーを使うには何かが必要だ。もっと、根本的な、何かが。

 そう考えていた時、白衣のポケットに突っ込んであるスマートフォンが、ぴるぴると着信を知らせた。


:あ

:おや

:もしやこれは


 電話に出る。かけてきたのは、やっぱり真堂さんだった。


「白石くん、今いいか。救助要請だ。君に対応を――」

「行きます」

「あ、ああ。頼んだ」


 いつもいつも間の悪い人だけど、今回ばかりは都合がいい。

 ちょうど、試したいシリンダーが山ほどあるんだ。実戦で試しちゃいけないって決まりはないだろう。


「ルリリス、行ってくる。また後で!」

「おう。気をつけろよー」


:出動か

:いくぞいくぞいくぞ

:気合入ってんねお嬢

:今日はテンション高いな

:いつもと違うことしてミスんなよー


 わかってる。救助に手抜きなんてしない。いつも通りに、全力だ。

 スマホに届いた位置座標を確かめる。そして、風走りのシリンダーにいつも通り・・・・・に魔力を通し、両足に風をまとってダッシュで現地に――。


「へ?」


 シリンダーが猛烈に唸りを上げる。

 魔改造されたシリンダーにいつもと同じ量の――改良されたシリンダーにとっては、明らかに過剰な量の――魔力が流れ込み、凄まじい爆風が私の両足から放たれる。

 やばい、と思ったときにはもう遅かった。


「わー」


 勢いよく吹き飛んでいくピンポン玉のように、私の体は、天高く打ち上がっていった。

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