この子、一体誰なんやろなぁ……

 #16 どうしよ


 ここまでのあらすじ。

 夜の森で、逃げ出した女の子を捕まえた。


「ねえ、あの」

「な、なんだよ……」

「私のこと、知ってるの?」

「し、知らねえっ! 離せ、ばかっ!」


 身をよじる少女を取り落とさないよう、ぎゅっと掴む。少し力を込めると、彼女はびくっと体を震わせて大人しくなった。

 さっきからずっとこんな調子なのだ。なぜかわからないけれど、私に対して妙に怯えているというか。

 まるでこの子、私のことを知っているようだった。


:この子、どっかで見たことある気がするんだよな……

:俺も俺も

:なんだっけ、たしかに見覚えはあるんだけど

:俺わかったかも

:え、マジ? 

:でも、突飛すぎて自分でも自信ない


 リスナーはリスナーで、彼女に見覚えがあるらしい。

 抱きかかえたまま少女をキャンプまで連れ帰る。彼女は何度も逃げ出そうとしたけれど、それらは全て無駄な抵抗に終わった。

 ひとまず事情を聞こうと、自分のテントに放り込む。


「な、何する気だよ、こんなところで……っ!」

「えと。だから、話を」

「うるせえ! お前と話すことなんかねえよ、この変態!」


 へ、変態って……。変態って言われてしまった……。

 まあ、その。嫌がる少女を自分のテントに連れ込んで、ってのはたしかに誤解のある状況かもしれないけれど。

 私はただ話を聞きたいだけだし、それにそもそも。


「女の子同士だから、大丈夫だよ」

「!?」


:お嬢???????

:言い方ァ!!!!!!

:そうだよね……女の子同士なら、変態でも大丈夫だよね……

:百合乱暴ですか!? 百合乱暴ですよねこれ!?

:パンツ脱いだ

:ここから先は有料会員のみとなっております


 なんか、すごい勢いで誤解されていた。ちゃうて。

 少女は顔を真っ赤にして、涙目で私を睨みつける。いや、待って。本当に違うんだけど。


「あのー……。白石さん」


 どうしたもんかなこの状況。そう困っていると、私のテントに蒼灯さんがやってきた。


「テントの中からすごい会話が聞こえてきたんですけれど……。これ、どういう状況ですか?」

「蒼灯さん。あの、ちがくて」

「言い訳は署で聞きましょうか」

「ちがくて……」


 あのね、蒼灯さん。本当にちがうの。私、ただ、話を聞きたかっただけで。


「なるほど。今日一日、この子からの視線を感じたと……」


 一通り説明すると、蒼灯さんは矛を収めた。


「そういうことなら、話を聞きたくなる気持ちもわかりますが」

「ね、ね。だよね」

「事情聴取はあくまでも任意です。強引なのは、ダメですよ」

「あー……」

「九時二十一分。白石楓、現行犯逮捕」


 逮捕されてしまった。悲しい。

 だけどまだ弁論の余地はあるはずだ。


「でも、この子。夜の森に一人で行っちゃって、危なかったから」

「だから保護したと。なるほど、釈放」

「わーい」


:あの、何やってんですか

:漫才しとる場合ちゃうぞ

:わーいではない

:この二人、仲良くなったなぁ


 たしかに。蒼灯さんと遊んでる場合ではない。

 例の少女に目を向けると、「何やってんだこいつら……」とでも言いたげな視線とかちあった。ごめんて。


「では。お話、伺わせていただきましょうか」


 蒼灯さんが彼女と話してくれるらしい。正直、お話が苦手な私としてはありがたかった。

 蒼灯さんが前に出ると、少女の目が丸くなる。


「お前、まさかあの時の……?」

「おや、どこかで面識が?」

「い、いや。知らねえ、覚えてねえ……」


 そう言って、少女は蒼灯さんから目をそらす。


「まず、お名前をお聞きしてもいいですか?」

「名前なら一度名乗っただろ。魔法使いのルリリス。ルリリス・ノワールだ」

「ああ、そういえば」


 その名前には聞き覚えがあった。今朝やって来た人たちの中に、そんな子がいたような気がする。

 あの時、一気に自己紹介されたこともあって、半分以上は頭からすっぽ抜けている。人の名前を覚えるのはちょっと苦手だ。


「白石さんをストーキングしていたそうですが、それはなぜ?」

「……前に、あいつに私のものを取られたんだよ。それを返してほしいだけだ」

「ふむ。それはどういうものですか?」

「それは、その……」


 少女――ルリリスは少し口ごもる。

 答えたくなさそうだったけれど、私には彼女が求めているものがわかる気がした。


「もしかして、これ?」


 ウェストポーチから取り出したのは、透き通るような純黒の魔石。

 それを見せると、ルリリスは大きな反応を示した。


「そ、それ! 私のだ、返せ!」

「えと、ルリリス、さん。これは、私が手に入れたもので」

「違う! 私のなんだよ、返せよ!」


 ルリリスは魔石を奪おうと手を伸ばすけれど、身のこなしならまず負けない。

 狭いテントの中で繰り広げられる、私と彼女のささいな争いを、蒼灯さんは一歩引いた位置から見ていた。


「あの、白石さん。ちなみに、その魔石って」

「リリスの魔石」

「あー……。なるほど、そういうこと」


 蒼灯さんは、何やら深く考え込むような仕草をした。


:え、マジ?

:もしかしてそういうこと……?

:いやでも、そんなことってあるの?

:聞いたことないけど

:前例がないっていうか、前代未聞っていうか

:もし本当だとしたらとんでもないことだけど


「……次の質問ですが、リリスさん」

「違う、ルリリスだ!」

「失礼、ルリリスさん。白石さんに怯えていたようですが、それはなぜでしょうか」

「なんでって、当たり前だろ!?」


 ルリリスは訴えるように声を張る。


「その女は鬼だ! 悪魔なんだ! あんな酷いことする人間なんて初めてだ! めちゃくちゃ怖かったし、とんでもなく痛かったんだからな!」

「なるほど、酷いことをされた、と。具体的には?」

「そ、そんなこと……! 恐ろしくて、私の口からはとても言えねえよ……!」


 そう言って、ルリリスはぶるぶると身を震わせた。

 ……いや、あの。ちょっと夜の森で追っかけたりとかしたくらいで、そんなに酷いことした覚えはないんだけど……。


「白石さん。ライター持ってます?」

「あるよ」

「火を点けてみてください」


 ……?

 よくわからないけれど、蒼灯さんに言われた通りにしてみよう。私はウェストポーチからターボライターを取り出して、しゅぼっと火を点けた。


「ひっ」


 その瞬間、ルリリスは悲鳴を上げた。


「お、おい、やめろよバカ。火なんかつけてどうするつもりだよ。怖くないぞ、本当だぞ。あの時はちょっと油断したけど、炎の扱いだったらお前なんかより私の方がずっとずっとうまいんだからな……!」


 彼女は涙目になってぷるぷると震えながら、そんなことをまくしたてた。


:あー……

:そういやそんなこともありましたね

:懐かしいなあれ、何ヶ月前だっけ?

:そりゃあんなことされたらトラウマにもなるわな……

:自信満々で繰り出した渾身の魔法を相手に奪われる絶望感よ


「白石さん。次は、拳を握ってもらえます?」

「えと、なんで?」

「いいから、お願いします」


 ひとまず、蒼灯さんの言う通りにしてみた。

 拳を握りしめて、ファイティングポーズを取ってみる。今からお前を殴るぜいぇいいぇい、みたいな格好だ。


「い、いや……っ!」


 途端、ルリリスはその場にへたりこんだ。


「な、なんだよ、殴る気かよぉ……。やめろよそういうのって、よくないんだぞ。すっごく痛いし、怖いんだぞ。だからやめろよ、もうやめてよぉ……。いい子にするから、もう悪いことしないからぁ……。お願い、これ以上殴らないで……」


:めっちゃ効いてる

:しっかりトラウマ植え付けられてて草

:いや、あれは誰だってトラウマになるやろ……

:見てる俺らですらキツかったもんな

:リリスちゃんかわいそう

:ルリリスやぞ


 ついには錯乱したように、彼女はうわ言をつぶやく。

 何か深いトラウマがあるらしい。ルリリスは激しく取り乱していた。


「めっちゃ面白い……」

「あの、蒼灯さん?」

「ああ、もう大丈夫です。ありがとうございます」


 拳を握るのをやめる。それでもまだ、ルリリスは座り込んでぷるぷると震えていた。

 ……さすがにちょっと、かわいそうになってきた。

 震える彼女を抱きしめる。びくりと身を震わせるルリリスの背中を、安心させるようにぽんぽんと叩いた。


「た、たすけて、ころさないで……。やだ、もう、死にたくないよぉ……」

「大丈夫。怖くないよ」

「燃やさないで……殴らないで……。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「大丈夫、大丈夫。誰も、酷いこと、しないから」

「ほ、本当……?」

「うん。怖い人なんて、いないよ」


 できる限りで優しい言葉をかけてみる。

 私ってやつも少しは成長したらしい。少しくらいなら、私にもこういうことができるようになっていた。


:お嬢は優しいなぁ(白目)

:この子をこうした張本人なんだよなぁ

:とんでもないマッチポンプを見た気がする

:優しさってなんなんだろうね

:これが飴と鞭です、か


 ルリリスをなだめつつ、私は蒼灯さんに抗議の目を向けた。


「蒼灯さん。いじめちゃ、ダメ」

「いじめたわけではないんですけどね……」

「かわいそうでしょ」

「ああ、はい。まあ、そういう見方もありますね」


 蒼灯さんは少し含みのある言い方をした。

 ……蒼灯さん、誰に対しても優しい人なんだけど、この子にはちょっと態度が刺々しいような。なんだろう、気のせいだろうか。

 まあいいや。とにかく、今はルリリスをなだめよう。


「ルリリスさん、落ち着いた?」

「あ、ああ……。まあ、その……」

「何かあったら、相談して。力になるから」

「お前……。もしかして、いいやつなのか……?」

「私は、ルリリスさんの、味方だよ」


 なだめていると、ルリリスは段々と落ち着きを取り戻す。

 そろそろ大丈夫だろうか。体を離すと、ルリリスの震えは止まっていた。


「ツッコミどころしかありませんが……。面白そうだし、まあいっか」


 一方蒼灯さんは、一歩引いたところでそう呟いた。

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