緊急事態発生! 迫りくる試練の時……!!(難易度:D)

 キャンプ場に人が増えるほどに、暗黙のルールってやつができてきた。

 ゴミは決まった場所に捨てましょうだとか、トイレはきれいに使いましょうだとか、そういった当たり前のことだ。

 そんな暗黙のルールが、今日また一つ追加されたらしい。


「あれ」


 なんか、空が広い。そう気がついたのは、キャンプ場の中を散歩している時のことだった。

 昨日まであったものが、今日になってなくなったような。そんな間違い探しのような違和感に悩むこと数秒。


「あ」


 わかった、ドローンだ。私たち配信者の後ろを追尾している、ドローン・カメラがなくなったんだ。


:お、気づいたっぽい

:さすがに観察力はあるか

:察し◯


 ドローン・カメラは探索者一人につき一台持っているものだ。たぶん、たくさん飛んでいると邪魔だからってことで、キャンプ場ではステルスモードにすることにしたんだろう。

 私も自分のドローンカメラをちょいちょいと寄せて、ステルスモードを起動する。搭載された光学迷彩がドローンの姿を透明に変えた。

 これ使ってるとバッテリーの持ちが悪くなるんだけど、移動電源車のおかげで充電ならいつでもできる。特に問題はないだろう。


:地味にすごいよな、ドローン・カメラ

:先端技術の結晶ではある

:安いモデルでも一台で二十万とか平気でするから……

:いいやつになると百万とか二百万とかするらしい

:いいやつでもそんなもんなんだ

:金銭バグってますよ


 ステルスドローンを追尾させて、私はまた散歩に戻った。

 午前中は比較的仕事が少ない時間帯だ。探索者たちもまだ出かけたばかりなので、怪我人も救助要請もそうそう出ない。

 午後や夕方になると加速的に慌ただしくなるんだけど、それまでは手が空くことも多い。そんな時間は、見回りがてらキャンプの中を散歩するようにしている。


「白石さーん。ご相談したいことがあるんですけど、今いいですか?」


 そうやって歩いていると、蒼灯さんに声をかけられた。


「どしたの?」

「昨日、探索者ではない一般の方々をここに招聘したじゃないですか。電気や水道設備の設置のために」

「うん」


 昨日キャンプ場に持ってきたインフラ設備は、私たち探索者の力だけで設置したわけではない。一般人の技術者を何人かここまで護衛してきて、彼らの協力の下で設置した。

 探索者ではない一般人が迷宮に足を踏み入れることも、制度的には認められている。世の中には、プロの探索者を護衛につけて迷宮を見学するツアー、なんてものもあるらしい。


「あれを受けて、他にもこのキャンプに来てみたいと希望する一般の方がちらほらといまして」

「む……」


 個人的には、あんまり好きじゃない。

 なんだかんだと言っても迷宮は危険地帯だ。多少なりとも命の危険を覚悟してくる場所だと思っている。観光気分で来られても、正直困るというか。

 私の渋い顔を察してか、蒼灯さんは苦笑した。


「気持ちはわかります。ただ、観光客ってわけでもないんですよね」

「えと、どういう人?」

「天文学や生物学なんかの学者さんです。このキャンプに滞在して、迷宮内で本格的な調査活動をしたいと言っていました」


 ああ、なるほど。そういうことか。

 それならむしろ喜んで協力したい。この迷宮の謎が少しでも解き明かされるなら、探索者としては万々歳だ。

 だけど、すぐに承諾できるというわけでもなくて。


「いいと思う。だけど、キャンプ外での安全は、ちょっと」

「ええ、そうですね。そこはきちんとした護衛の探索者を雇ってもらいましょう」


 私たちは集まってキャンプしているだけで、組織だって行動しているわけではない。ここにいる探索者が何をするかは、それぞれの勝手だ。

 キャンプ場までの送り迎えくらいなら、手の空いている探索者に頼めば協力してくれるだろう。しかし、長期的な護衛は善意の協力の範疇を越えている。

 キャンプ外での調査活動をしたいのなら、お仕事として護衛の探索者を雇ってもらいたい。その方が問題も出ないと思う。


「となると、学者と探索者の仲介屋が必要ですね。私がやってもいいですけど、さすがに手一杯気味ですし。日療の方にサポートしていただくにも、この分野は専門外でしょうから……」


 蒼灯さんは呟きながら考え込む。


「白石さん。日療経由で、探索者協会に連絡は取れますか?」

「できると、思うけど。なんで?」

「餅は餅屋です。協会にお願いして、仲介用の職員を派遣してもらえないか聞いてみましょう。日療からの正式な依頼であれば、さすがの協会も動いてくれるでしょうし」


:あー、協会かぁ……

:動いてくれるかなぁ

:あいつらまーじで腰重いからな

:まあまあ、協会の仕事ってチュートリアル係だから


 内心苦笑する。気持ちはわかるけれど、触れるにはヒヤッとする話題だった。

 我らが探索者協会は腰が重いことで有名だ。初心者向けの講習やパーティメンバーの紹介なんかは精力的にやってくれるけれど、中級者以上の探索者に対しては基本的に何もしてくれない。

 とは言え新規探索者の育成には積極的なので、彼らが仕事をしていないってわけではないんだけど……。


「三鷹さんに、電話してみる」

「お願いします」


 協会が動いてくれるかはわからないけれど、試してみる価値はあるだろう。

 三鷹さんに電話をかけて、簡単に事情を説明する。

 彼女は快諾すると共に、こんなことを提案した。


「なるほど。それなら、我々も一枚噛ませてもらってもよろしいですか?」

「えと、何をですか?」

「日療からも人員を派遣させてください。探索者志望の救助隊員をそちらに派遣して、キャンプ内で実地研修させます。立場的にはあなたの部下にあたる方々なので、好きなように使ってもらっていいですよ」

「ぶ、部下……?」


 部下って、あの部下? 私、部下がいるの……?


「あ、あの、何もかも、初耳なんですけど」

「あれ、言ってませんでしたっけ? 元々日療でも、迷宮内での救助活動ができる人員を育成していたんですよね。ただ、それだとあまりにも時間がかかりすぎるから、あなたにご協力いただいているわけで」

「えと……。それは、聞いたことがあるような」

「その育成途中の人員が彼らです。探索者としては新米レベルですが、救助隊員としては優秀ですよ。雑用があればどんどん押し付けちゃってください」

「で、でも、部下って」


 急に部下をつけられたって、正直困る。

 部下なんて、どう接したらいいのだろう。うまく使える気なんてこれっぽっちもしなかった。

 ぱ、パワハラとかしちゃったらどうしよう。裏で陰口叩かれたり、証拠を揃えて訴えられたりしちゃうのかも……。

 なんか、考えてるだけで、具合悪くなってきた……。


「そう深刻に考えないでください。特に用がなければ、放っておいても大丈夫なので」

「ほ、本当ですか……?」

「ええ、もちろん。こちらで手配を進めておきますから、よろしくお願いしますね」

「……わかりました」


 三鷹さんからの電話はそれで切れた。

 なんだか、とんでもない無茶振りをされてしまったような気がする。いやでも、放っておいてもいいなら、喜んでそうするんだけど……。

 うごうごしていると、蒼灯さんがたずねる。


「白石さん、どうでした?」

「やってくれるって。でも、えと。日療からも、人が派遣されるらしくて」

「へえ。よかったじゃないですか」

「……私の、部下なんだって」

「あー、そういう……」


 私はほとんど半泣きになって、蒼灯さんに助けを求めた。


「ど、どうしよう。私、部下なんて、どうしたらいいかわかんない」

「……白石さん」

「蒼灯さん……」

「がんばってください!」

「蒼灯さぁん……」


:見捨てられてて草

:蒼灯さん、なんかにこにこしてない?

:面白いから見ていようって顔してるぞこいつ

:さすがあおひー、迷ったら面白い方を取る女

:いやでも、ただ部下と会うだけやぞ? そこまでか?

:お嬢にとっては超高難易度クエストだから……

:がんばれお嬢、俺らも応援はしてるぞ

:応援しかできないけどな!


 蒼灯さんは助けてくれないし、リスナーたちも頼りにならない。

 私は一人で部下という脅威に立ち向かわなければならないらしい。迫りくる試練を前に、私はぷるぷると身を震わせた。

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