ごめん、やっぱ難易度Cくらいあるかも(笑)

 #16 どうしよ


 翌日。

 それらは、濁流のように押し寄せてきた。


「天文学者の天井です。迷宮という場においては我々が若輩者です。至らないこともあるかと思いますが、お手柔らかに頼みますよ」


 人の良さそうなおじいちゃん。


「植物学者の植村だ。見渡す限り新発見だらけで、年甲斐もなくわくわくしている。フィールドワークをする際は、是非とも探索者諸兄の胸を借りたい」


 気合十分のおじさま。


「生物学者の、生駒です……。魔力性特殊生物群――俗に言う、魔物を専門に研究しています。つ、つまり、魔物学者、です。ふへへ……。なんだか、ファンタジーみたいですよね……」


 ちょっと怪しいお姉さん。


「鍛冶師の九重。学者ではありませんが、技術研究のために来ました。いくらか設備を持ち込んだので、装具の整備や器具の製作などでお役に立てるかと思います」


 つなぎ姿のお兄さん。


「ま、魔法使いの、ルリリス・ノワールだ。お前らなんか、怖くないんだからな……!」


 なぜか涙目になっている、自称魔法使いの女の子。


「探索者協会から来ました、双葉です……。わ、私、まだ新人なんです。いきなりこんな場所に派遣されるなんて、聞いてないよぉ……」


 大きなカバンを抱きかかえて、ぷるぷると震えている少女。


「日本赤療字社所属ゥ! 迷宮救命士訓練生の、炎山ッ! 及びッ!」

「焔火ィ!」「火城ォ!」「火影ェ!」「火野原ァ!」

「五人揃ってェ!」

『熱血救命戦隊、フレイムファイブッ!』


 …………。

 なんか、その。すごいひとたち。


「あおひさん、あおひさん」

「なんですか白石さん」

「楓はもう、おうちにかえりたくなってきました」

「こらこらこらこら」


 だってだって、だってだよ。目の前で暑苦しくポーズを決めるこの人たちが私の部下なんて、私はちょっと信じたくない。

 助けてほしい、と蒼灯さんを見上げる。結構必死に。むしろ懇願気味に。


「あ、蒼灯さん、あの。あのあの、えと」

「……白石さん」


 蒼灯さんは菩薩のように微笑んだ。


「私、お仕事があるので、また後で」

「えっ」

「がんばってくださいね、白石さん!」

「えぇー……」


 そう言って蒼灯さんは、探索者協会の人を連れてどこかに行ってしまった。

 それを合図に、キャンプ場にやってきた一般の方々はめいめい散らばっていく。あとに残ったのは、私の部下を自称する不審者五人だけ。

 ……私も、自分のテントに帰ろっかな。


:本当に見捨ててったぞあの人

:まあ、蒼灯さんは蒼灯さんで忙しいから……

:泣かないでお嬢、俺らがいるからね

:がんばれお嬢、がんばれがんばれ

:いやあ、これが部下ってのは中々持て余すぞ

:またすごいのが来たなぁ


 わかってくれるのはリスナーだけ。うちのリスナー、今日もあったかいなぁ……。


「大隊長殿ォ!」

「ひっ」


 あったかいコメントによしよしされていると、部下を自称する不審者が突然大きな声を出した。


「あらためて自己紹介いたします! 手前は炎山、本隊の隊長を預かるものであります! 大隊長殿に置かれましては、どうかお見知り置き願います!」

「え、えと、その。大隊長、というのは……?」

「大隊長殿のことであります! 大隊長殿は、本隊に対する上位指揮権を有しております!」


 せ、説明になってないよぉ……。

 勝手に変な役職に就任させないでほしい。それに、指揮権を預けられたって、私には彼らの指揮なんてできない。そういうのは私よりも真堂さんの方が適任だ思うんだけど……。


「本隊は迷宮内での訓練を命じられております! つきましては、大隊長殿のご指示を仰ぎたく!」

「へ、え、え? 指示、というのは……?」

「訓練内容について、ご教示願います!」


 え、それ、私が指示するの……?

 彼らが迷宮で訓練をするとは聞いていたけれど、面倒を見るとは聞いていない。むしろ聞いていたのは、放っておいても大丈夫、みたいな話なんだけど。


「ちょっと、あの。確認します」


 スマートフォンを取り出して、電話をかける。

 電話をかけた先は、困った時の真堂さんだ。


「真堂さん、真堂さん、助けてくださーいー……」

「どうした。またカレーか?」

「えと、その、あの。私に、部下が、ついたみたいで」


 かくかくしかじか。


「なるほど……。そういうことか」


 電話先から返ってきたのは、苦々しい声だった。


「現場指揮が必要なら俺が担うこともできる。だが、指導というのは悪いが専門外だ」

「私だって、専門外です」

「だろうな。それにそもそも、三鷹のやつが君に指導を頼むとは思えない」

「というと……?」

「おそらく、この件は彼らの勘違いだ」


 ああ……。なるほど。そういうことなら納得する。

 彼らは訓練のためにここに派遣されてきて、ここには迷宮救命士としての上司に当たる私がいる。よって、訓練についての指示は私に仰ぐべきだと判断したのかもしれない。

 つまり、これはまったくの誤解。私が彼らの指導をする必要なんてないのでは……?


「だが、君には迷宮救命士として多くのノウハウがある。それを伝えることには大きな意義があるだろう」

「え」

「できれば彼らの訓練につきあってやってくれないか? 何もかも面倒を見る必要はない。時間がある時に、探索者としての基本を教えてやってくれたらそれで十分だ」

「ええー……」


 やれと仰るか。やれと仰るのか、あなたは。


「まあ、無理にとは言わないが……」

「うー……」


 やりたくない。本当にやりたくない。心の底からやりたくない。

 しかし、真堂さんが言う通り、彼らを訓練することに意義があるのも事実だ。


 日療による迷宮内での救助活動は未だ試験段階にある。日療だけですべての救助要請に対応できているわけではないし、救助の大半は今でも一般の探索者たちの手によるものだ。

 それもこれも、迷宮救命士の数がまったく足りていないから。三鷹さんが求人を頑張ってくれているんだけど、ヒーラーの希少性からあまり上手くいっていないらしい。


 だから、迷宮救命士の数が増えれば、私たちはもっと救助活動の手を広げられる。

 もっと多くの人を助けられる。もっと多くの命を救える。

 もっと多くの、明日を守れる。


「やり、ます」


 だったらそれは、私の仕事だ。


「悪いな、白石くん。一つ貸しにしておいてくれ」

「……真堂さん。うまくいったら、褒めてください」

「あ、ああ」


 電話を切る。腹はくくった。仕事は仕事だ、やるしかない。

 あらためて私は、隊長さんに向き合った。


「えと、じゃあ。まず、基本的なことから」

「了ッ! いざ、よろしくお願いしますッ!」

『よろしくお願いしますッ!』

「ひぃん……」


 まず、大きな声を出すの、やめてもらえない……?

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