努力 未来 A BEAUTIFUL STAR

 #15 すごかった・・・


 決めた。

 私、ムキムキになる。


:あの、お嬢?

:なんで急に筋トレをはじめたんですか

:まさか昨日のか!? 昨日のあれでか!?


 翌朝。寝起きの頭をはっきりさせた私は、早朝のキャンプ場で筋トレをはじめた。

 今日から一生懸命筋トレして、腹筋を割ろう。私もムキムキボディを手に入れるのだ。


:どういうことなの……

:そんなに筋肉が好きだったのか

:だとしても自分で鍛えようって発想になるかぁ?

:そこはこう、筋肉質な人を好きになったりするものなんじゃないですかね

:お嬢だぞ、他人に何かを求めるなんて思考回路があるわけないだろ

:人を好きになるとか以前の問題だった……?

:大丈夫かこの子


 筋肉はいいものだ。鍛え抜かれた肉体は何物にも代えがたい輝きを放つ。

 大自然と調和しつつも確かな存在感を放つ肉体美は、こと迷宮において至高の芸術品と言っても過言ではない。

 それに筋肉には実用性もある。その真価はリリス戦でも発揮されたじゃないか。この身に宿る魔力が尽きた時、最後に物を言うのは肉体なのだ。

 そう、筋肉はすべてを解決してくれる。みんなも体を鍛えよう!


:鍛えたって、お嬢の場合そんな変わんないと思うぞ

:普段から十分すぎるほど運動してるのに、この細さは体質的に向いてないとしか

:そもそも探索者の身体能力ってほとんどが魔力依存だから、筋肉増やしたってあんまり意味ないし

:むしろお嬢はもうちょっと肉をつけた方がいい、色々な意味で

:蒼灯さんと並ぶと、なんかこう、ね

:微笑ましさがね、ちょっとね


 うるさいうるさい。文句あるか。私は筋肉がほしいんだ。

 どれだけ剣を振り回しても肉一つつかなかったこの細腕だけど、今度こそはムキムキの筋肉をつけてみせる。英雄ヘラクレスやアキレウスのような、ハイパーマッソォを手に入れるのだ。


:丸太担いでスクワットしてる……

:トレーニングとかいうレベルちゃうぞ

:いや絵面よ

:通りすがりの人たち三度見くらいしてますけど

:あの、お嬢ってパワーはそんなにないんじゃなかったですっけ

:(五層探索者の中では)スピードタイプ

:お前のようなスピードキャラがいるか


 最近あんまりやってなかったけど、久々にやると楽しいな、筋トレ。

 ワークアウトを済ませて、続きまして走り込み。

 早朝のよく澄んだ森を軽快に駆け抜けていく。朝もやに包まれた森はしっとりと露に濡れていて、やや肌寒いくらいの空気が心地よい。

 木々の間から差し込む朝日がなんとも神秘的だし、時折命を狙って襲い来る魔物も刺激的だ。

 散歩も好きだけど、こんな風にランニングするのも楽しい。

 あらためて思う。私、やっぱり、迷宮が好きだ。


:ちょっとした障害物みたいなノリで魔物狩るのやめーや

:あの、何度も確認して申し訳ないんですけれど、迷宮って危険な場所なんですよね

:世界屈指の危険地帯やぞ

:迷宮内では複数人行動が基本だし、入る前には念書を書かされるような場所だよ

:本当なら十分に安全確認しながら進まなきゃいけない場所を、遊歩道みたいなノリで走ってやがる……

:もう突っ込むの疲れたよ俺

:まあ、お嬢が楽しそうだしいっか……


「えっほ、えっほ」


 てってこてってことキャンプ場近くの森を走っていると、大きなブナの木が見えてきた。

 一見して何の変哲もない木だけど、この木の枝には鳥小屋が吊り下げられている。

 この鳥小屋、実を言うと日療から提供された支援物資だったりする。三鷹さんにお願いしたアレ、一応届けてくれたのだ。

 昨日の今日で入居者なんていないと思うけれど、ちょっとだけ期待して覗き込んでみた。


「あ」


:あ

:おや

:おるやん

:いい物件に目をつけましたね、君


 設置して早々、鳥小屋には来客がいた。

 緑色の翼を持つ、尾の長いすらっとした小鳥だ。私が覗き込んでも逃げる様子はなく、それどころか興味津々と近寄ってくる。

 かわいい。大変にかわいい。とってもとってもかわいらしい。

 でも、なんとなく、どこかで見た覚えがあるような。


「……この子、私のピラルク、取ってった子じゃない?」


:え、マジ?

:あー、たしかにそうかも

:なんか緑の鳥いたな、そういや

:よく覚えてるなぁ


 間違いない。あの時逃げていった鳥の中に、こんな風に尾の長い鳥がいたような気がする。

 同じ個体かどうかまではわからないけれど、まあ、この子ってことにしちゃおう。


「人のご飯を取った上に、勝手に住み着くなんて。悪い子だ」


:そうだそうだ

:お嬢のピラルクを返せ!

:無銭飲食に不法滞在たぁ、ふてぇ野郎だ

:食費と家賃を払え

:撫でさせろこの野郎


「食べる?」


 ウェストポーチからナッツの小袋を取り出して、いくつか手のひらの上に転がす。

 野鳥はひょこひょこと鳥小屋から顔を出して、私の手からナッツを一粒くわえて持っていった。


:かわいい……

:人に怯えないなぁ

:好奇心旺盛な子だ

:いい子が入りましたね

:なんて鳥なんだろ、この子


「それも、ツケにしとくから。またね」


:草

:極悪取り立て人お嬢

:鳥だろうと無銭飲食は許されぬ……

:人にやさしく鳥に厳しい

:次もまた愛でさせろよ


 ばいばいと手を振って、私はランニングに戻った。

 引き続きてってこてってこ走っていると、今度は向かいから探索者の一団がやってきた。

 男女混合、十人ほどの団体さんだ。最低限の武装はしているけれど、全体的に身軽な姿。この人たちも朝のランニングをしているらしい。


「あ、白石さん。おはようございます」

「お……はよう、です」


 と、突然すぎて、びっくりしたけど。

 よし、なんとか、挨拶はできたぞ。がんばった。


「白石さんもランニングですか?」

「えと……。はい」

「うちらも今、みんなで走ってて。よかったら白石さんも来ませんか? 一人だと危ないし」

「へ、え、え?」


:あっ

:まずい

:これは……どうだ……?

:大丈夫か……?


 先頭を走っていた女の方がそう提案する。それは、私にはあまりにもハードルの高いお誘いだった。

 会ったばかりの人たちと一緒に何かをするなんて、人間業と思えない。(強弁)

 ましてや相手は、ろくに話したこともない相手を気軽に誘えてしまうコミュ強だ。(断定)

 そんな人たちの中に私のような弱小存在が混ざろうものなら、周囲から放たれる存在値の圧力により自我が致命的に欠損し、最悪の場合命に関わる事態になりかねない……!(超早口)

 むりだ。しんじゃう。わたし、まだ、しにたくない……!


「え、え、えと、その。あ、あの……」

「……やめときます?」

「ご、ごめんなさい……!」


:あー……

:ですよねー

:お嬢にはちょっと早かったか

:まあ、その、どんまい


 頼みを断るというのも、それはそれでハードルが高くて。

 頭の中がぐるぐるして、逃げるように走りだしてしまった。

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