お風呂配信(♂)

 #14 わぁ


 翌日。

 キャンプ場に電気が通った。


「電気だ……」

「迷宮内に電気が通ってる……」

「これが文明の光……」

「お電気様のご加護がありますように……」


 キャンプ場に灯された文明の光に、探索者たちは祈りを捧げていた。とりあえず彼ら、なにかあったら崇めるらしい。

 迷宮一層は坑道内にLEDライトやサイレンなんかが配備されているけれど、二層以降は迷宮の広さと危険性から設置が追いついていない。そういった意味でも、電気の開通は新たな時代の訪れを感じさせた。


 電気文明をもたらしたのは、日療から貸し出された移動電源車。トラックの荷台に発電機が乗っかったすごいやつだ。

 この車、二層の入り口までは転移魔法陣を使い、そこからキャンプ場までは探索者が護送して運んできた。

 移動電源車の護送にご協力いただいたのは、キャンプ場で暇そうにしていた探索者の皆さん。迷宮内を走るトラックの図が珍しいようで、蒼灯さんが声をかけたらみんなノリノリで手伝ってくれた。


「まさか、たった一日でこんなものまで手配できるとは……。日療も本気ですね」


 キャンプ場に届いた移動電源車を見て、蒼灯さんは引き笑いを浮かべていた。

 発電機がほしいと言ったのはこの人だけど、車ごと持ってくるとは思っていなかったらしい。彼女の考えだと、業務用の発電機を一つ借りられたら御の字だったとか。


 数時間後、電気に続いて水道も開通した。

 別のトラックで運ばれてきたのは、大型の浄水器と給水タンク。近くの川からポンプで汲んできた水を、勢いよく浄水する装置だ。

 それに付随して浄化槽も設置された。これは生活排水を溜めて、きれいな水になるまでゆっくりと処理してから川に流してくれるやつ。

 水回りが整備されたことで、いよいよ気兼ねなく水が使えるようになってしまった。


 電気と水。主要インフラの二大巨頭が整ったら、ついにはこんなものまで作られる。

 そう、お風呂である。


「三鷹さん、野外入浴用の設備も、貸し出せるって言ってたけど」

「たしかに、それを借りるのも一つの手だったんですけどね」


 蒼灯さんと一緒に、キャンプ場の片隅を眺める。

 そこに集まった探索者たちは、自分たちで製材した木材でトンテンカントンとやっていた。


 彼らのDIY魂も行き着くところまで行き着いて、今ではキャンプ場に山小屋なんてものまで建てられている。そんな彼らが次に建てようと目論んだのが、銭湯だ。

 まだ電気と水が整備されたばかりなのに、もう銭湯の建設工事が始まっていた。テンションの上がった探索者ほど仕事が速いものはない。優れた身体能力と魔法に物を言わせて、工事は急ピッチで進められていた。


「自分たちで作るのも楽しいですからね。これもキャンプの醍醐味でしょう」

「うん。みんな、楽しそう」


 銭湯が完成したのは、その日の夜のこと。

 木製の浴槽に天幕を張っただけの簡易的な作りながら、それは確かにお風呂だった。

 ボイラーで温められたお湯のなんと素晴らしきことか。キャンプをはじめて六日間。澱のように溜まってきた疲労がぽかぽかと溶かされて、まるで天にも昇る心地だった。


 ちなみにこのお風呂、探索者たちには大好評だったけれど、リスナー的にはそうでもない。

 それもそのはず、女子風呂は当然のように撮影禁止だ。あちこちのリスナーがやんやと不平を言っていたけれど、どんなにお願いされたって、中の様子を映すわけにはいかない。

 なお男子風呂は当然のように撮影OKで、堂々と入浴配信をやっているらしい。

 たぶんあいつら、アホなんだと思う。


「白石さーん。一緒に違法ミラーしませんかー?」

「!?」


 お風呂上がりに自分のテントでねろねろしていると、蒼灯さんが犯罪教唆を持ちかけてきた。


「え、えと、蒼灯さん。法を犯すのは、だめだと、思う……」

「ああいや、そうじゃなくて。男子風呂の入浴配信、一緒に見ませんかっていうお誘いです。無許可のミラーになるんですけど、友だちなのでたぶん大丈夫ですよ」

「そっ……! そういうのは、もっと、だめだと思う!」

「ひひひ、そうですかそうですか」


:あおひー????

:にこにこしながらとんでもねえこと言い出したぞこいつ

:おいよせやめろ、お嬢には刺激が強すぎる

:蒼灯さんも好きなんですねぇ……

:いやでも、野郎どもの筋肉祭りは見たいだろ

:ムッキムキやぞ、ムッキムキ

:え、どういうこと?

:あいつら、風呂場で自慢の筋肉見せつけあってんのよ

:ボディビル大会みたいで普通に面白いぞ

:あー、なるほどそういう感じね


 え、筋肉祭り……? ムッキムキ……?

 ああ、そっか。そういう主旨のやつか。決してその、変な意味じゃなくって。

 そういうことなら、えと、その。

 ……興味がないわけでも、ないっていうか。


「あ、蒼灯さん。その配信って、モザイクとかって、かかってる?」

「ええ、まあ。大事なところは見えないようになってますけど」

「そっか……。えと、その、それなら」

「ちょっとだけ、見てみますか?」

「……うん」

「へっへっへ。そうですよね、そうですよね」


:お嬢????????

:お嬢が興味を示した……!?

:やっぱお嬢も好きなんですねぇ……

:そりゃあね、お嬢も女の子だからね

:もしかしてこの子、筋肉フェチか?


 蒼灯さんの隣に移動して、彼女が持ち込んだタブレット端末を横から覗き込む。

 映っているのは、男子風呂の中を映した配信画面。その中では、鍛え抜かれた筋骨を宿すたくましき男たちが、覇を競い合うように己の肉体を雄々しく誇示していた。

 しかも、全裸で。

 しかも、全裸で……!!!


「見てください。この人、腕が丸太くらいありますよ」

「わー……」

「こっちの人はすごい大胸筋してます。腹筋もバッキバキですよ、バッキバキ」

「わぁー……」

「こちらの方はイケメンさんですねぇ。いかにも細マッチョって感じで。白石さん的には、細マッチョとゴリマッチョ、どちらがお好みですか?」

「わあぁぁ…………」

「白石さん?」

「わあああぁぁぁぁ………………」

「あの、白石さん?」


 わああああああぁぁぁぁぁぁ……………………。

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