ばなな。やく。たべる。
#13 みんなたのしそうでいいね
「あの、白石さん。何してるんですか」
キャンプをはじめて、五日目のこと。
仕事用のスマートフォンに、三鷹さんから困惑気味の電話がかかってきた。
「何って、えと」
何をと言われても。
質問の意図がよくわからなかったので、そのまま答えてみる。
「バナナを、焼いてます」
「そうじゃなくて」
「シナモンと、粉砂糖を振って、食べます」
「……楽しんでますね、キャンプ」
うん。楽しい。
五日も経つとキャンプ場も発展してきて、今ではちょっとした村のようになっている。たくさんのパーティがここを拠点にしていて、見ているだけでも飽きなかった。
「あのですね、白石さん。白石さんがキャンプをはじめてから、とんでもないことになってます」
「えと、何がですか?」
「色々です」
「いろいろ」
色々って言われても……。
何かまずいことがあっただろうか。一応、キャンプをしつつも救助要請にはきちんと対応してると思うんだけど。
「あなたが建てたキャンプは、今や探索者界隈の一大センセーションとなりました。利便性もさることながら、探索者同士が頻繁かつ積極的に交流を取ることで、これまでになかったようなコラボがどんどん生まれています。結果として創出されたのは、多くの探索者を巻き込んだ超大規模のエンターテイメントスキームです」
なんか、またむずかしいこと、言いだした。
三鷹さんは時々よくわからない横文字を使うことがある。たぶん、何かの呪文だと思う。
「……なんですかその、すきーむって」
「簡単にご説明するとですね。白石さん、大型コラボって盛り上がるじゃないですか」
「えと、はい。そうですね」
「配信者が百人集まったら、それはもうすっごく盛り上がるじゃないですか」
「それはそうですけど……。でも、そんなにたくさん集めるなんて、あんまり現実的じゃないっていうか」
「現実にしたんですよ。あなたが」
ええー……。
いや、まあ、たしかにそういう考え方もできるかもしれないけれど。別にこれはコラボとかそういうのじゃなくって、ただみんなで集まってキャンプしてるだけで……。
ついでにお喋りしたり、仲良くなったり、一緒に探索したりとかやってるらしいけど。別にここでキャンプしなきゃいけないってわけでもないし、基本的にはそれぞれがそれぞれのやりたいことをやっているだけだ。
「でも、みんなでキャンプしてる、だけですよ?」
「そのゆるさが良かったんでしょうね。探索者なら出入り自由で、自分のやりたいことをやっていい。だけど隣を見たら、似たような実力の探索者が何かをやっている。ちょっと声をかけてみよう、となるのは自然な流れです」
「はえー」
「リスナーの方々も、普段見られない配信者の生活風景や、これまでなかったような交流がたくさん見られて大喜びしてますし。連日SNSのトレンドに入ってますし、昨日なんかネットの記事にも取り上げられていましたし。とんでもない反響です」
「はわぁ」
「結局のところ、集まれる場所と遊べるものさえ用意しておけば、後は自力で面白いものを見つけてくるんでしょうね、配信者って人たちは。そんじょそこらのイベントよりよっぽど盛り上がってますよこれ。企画屋泣かせもいいところです」
「そんなこと言われましても」
なんだかもう、三鷹さんは別世界の話をしてるんじゃないかって思えてきた。
そんなことが本当にこのキャンプ場で起きてるのだろうか。私はただ、バナナを焼いてるだけなのに。
だけど、まったく思い当たらないってわけでもない。
キャンプをはじめてから、なんとなくリスナーが増えたような気がする。普段はそんなに気にしないんだけど、ふと気になって配信画面を確認してみた。
「……いちまんにん」
いつもの視聴者数の、三倍以上の数字がそこにあった。
三鷹さんから電話がかかってきたから、今は配信はミュートにしてあるんだけど。そうこうしている間にも、リスナーたちのコメントがひっきりなしに流れている。
「え、えと、あの、三鷹さん」
「なんですか」
「一万人って、多いんですか……?」
「…………」
帰ってきたのはしばらくの沈黙。そして、三鷹さんは優しい声で言った。
「気にしないでください」
「な、なんでこんなに、いるんですか?」
「なるべくしてなったというか」
「はわわ……」
「ちなみに、昨日の救助対応中はもっと多かったです」
昨日の、と言うとあれか。
原生密林内での救助活動だ。二つのパーティが合同で探索していたら、密林に生息する恐竜型の魔物に襲われたらしい。
救助対応自体は特に問題なく片付けたんだけど、よほど怖い目にあったのか、要救助者たちが狼狽していたことをよく覚えている。助け出した彼らは、引きつった顔で「赤鬼を見た」なんてことを言っていた。
……なんだろう、赤鬼って。あの辺りにそんな魔物なんていなかったと思うんだけど。
「まあ、このセンセーションの中心人物ですからね、あなた。そんな自覚はまったくないんでしょうけど」
「ど、どうしましょう、三鷹さん。バナナ、焼いてる場合じゃないですよね?」
「大丈夫ですよ、悪いことではありません。それに、このブームが過ぎ去ればいくらかは落ち着くはずです」
「でも、歌ったりとか、踊ったりとか、したほうがいいのでは」
「したいんですか?」
「……できないです」
「ふふっ」
慌てて変なことを口走ったけれど、よくよく考えなくても私にそういうのは無理だった。
人前でそんなことをするなんて、私にはちょっと難しい。想像するだけでも具合が悪くなってきそうだ。
「白石さんはそのままでいいんですよ。特に意識せず、いつも通りにしてください」
「で、でも、一万人ですよ、一万人。本当に、何もしなくても、いいんですか?」
「そうですねぇ。今のところは救助要請もないようですし。それを食べ終わったら、ちょっとお散歩なんかしてみるとよいかもしれませんね」
「そんなので、いいんですか?」
「そういうのがいいんです」
「……?」
「平常運転。それでいいんですよ、あなたは」
なんか、諭されたような……。
いや、まあ、それでいいって言うならそうするんだけど。どのみち、私に何か面白いことなんてできないんだし。
……いいや、視聴者数のことは一旦忘れよう。どうにでもなれ。私には、私にできることしかできないんだから。
「それはさておき白石さん。こっちでも今、すごいことになってるんですよ」
「まだあるんですか……」
私としてはもうお腹いっぱいなんだけど、まだあるらしい。勘弁してほしかった。
「単刀直入にお伝えすると、日療への募金が凄まじい勢いでぶん回っています。この五日間で、年間活動資金の三〇%に相当する金額が集まりました」
「へえ、そんなに」
「反応薄いですね」
「あんまり、ピンとこなくて……。えと、それって、すごいことなんですか?」
「とんでもなく。日療の偉い人から、これは一体何事かと緊急の呼び出しを受けるくらいには」
「わぁ」
三鷹さん、怒られてしまったのだろうか。それはちょっと申し訳ないことをしたのかもしれない。
「……あの、もしかして、ご迷惑をおかけしてしまいましたか」
「いえ、悪いことではないんです。ただ、あらゆる意味で想定外だったので、こっちは今てんやわんやになってて」
「私がバナナを焼いてる間にそんなことに……」
「いえ、バナナを焼く前からそうなってたんですけど」
関係ないんだ。よかった、バナナに罪はない。
「あのですね、広告効果がすごすぎたんです。このイベントを通して、ほぼほぼ全ての探索者に対して私たちの活動について知っていただけたようなものですから」
「はえー……」
「しかもそれだけじゃなくて、配信者の方々が利用料くらいの感覚でとんでもない額の募金をしていかれますし。それを見た各配信のリスナーの方々も、追従して募金されますし。おかげで今、うちの経理が目を回してます」
よっぽど大騒ぎになっているらしい。やっぱり私、バナナを焼いてる場合じゃないのかもしれない。
「さて白石さん。このセンセーションの立役者って誰だと思います?」
「……仮設トイレ、ですか?」
「ふふっ。なるほど、そう来ますか」
三鷹さんはくすりと笑う。
「あなたと蒼灯さんですよ。あなたにはもちろん、蒼灯さんにも正式に感謝を伝えるべきだと考えています」
「あ、はい。それは、私からも、言いたいです」
蒼灯さんには本当によくしてもらっている。このキャンプの立ち上げに協力してもらったのもそうだし、今だってキャンプの顔役として運営に尽力してくれていた。
キャンプ地はみんな仲良く使ってもらっているんだけど、それでもやっぱり問題は起こる。それらの問題に対処しているのは蒼灯さんだ。
蒼灯さんは顔が広い。一人では解決できないような問題も、近くにいる探索者に声をかけてあっという間に解決してしまうのだ。
「このキャンプが回っているのも、蒼灯さんのおかげですからね。彼女の人脈がなければ、ここまで上手くはいってなかったでしょう」
「蒼灯さん、すごいですよね」
「しかし、一人で回すのも大変でしょう。これは蒼灯さんと相談してからですが、もし彼女さえよければ、日療としてもこのキャンプに本格的な支援をしようかと考えています。運営面でも、物資面でも」
「え、いいんですか?」
「もちろんですよ。喜んでご支援させていただきますとも。必要なものがあれば、なんでも言ってください」
迷惑だなんてとんでもない。日療から本格的な支援をもらえるなら、蒼灯さんもきっと喜んでくれるはずだ。
となると、えっと。今、このキャンプ場に必要なものと言えば……。
「なんでもって、どんなものでも、いいんですか?」
「大抵のことはできると思いますよ。うち、避難所運営のノウハウならどこよりもありますからね。キャンプにも活かせるはずです」
「じゃあ、えと……。鳥小屋、とか」
「鳥小屋、ですか?」
「あの、キャンプ場の近くに、きれいな鳥がいて。観察できるように、鳥小屋があったら、みんな喜ぶかなって」
「……なるほど、白石さん」
三鷹さんは、聞いたことのないほど優しい声で続けた。
「蒼灯さんに代わっていただけます?」
「……はい」
悲報。
私、戦力外通告。
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