ゆ◯キャン👊🏻

 テントの設営と言っても、やり方がわかっていればそこまで難しくはない。

 テントを広げて、ポールを立てて、ペグを打つ。最後にフライシートを被せたら完成だ。


:手慣れてんね

:お嬢ってこういうのうまいよな

:一人ならなんでもできる女

:二人以上になると?

:喋らなくなる

:いつもと変わらんやん

:ふふ


 テントを立てるのは久々だったけれど、やり方は体が覚えていた。

 今回立てたのは大型のドームテント。一人で立てるのは大変だったけど、そこそこスムーズに立てられたほうだと思う。


:テントでっか

:ファミリー用か? これ

:お嬢なら四人は住めるサイズ

:でかいテントはいいぞ

:本気で住むつもりか?


 いや、そうじゃなくて。ここで手当てとかする予定だから、ちょっと大きめのにしたんだ。

 ちなみに本格的な救護テントというわけではなく、あくまでもキャンプ用品だ。ちゃんとした支柱を使うタイプのテントはさすがに一人じゃ立てられない。

 テントを立て終わったら、中にマットとラグを敷く。寝床は寝袋じゃなくて、エアーマットと掛け布団。折りたたみ式のテーブルやチェアなんかも置いたりして、内装を簡単に整えていった。

 そして、最後に。


「よし」


 テントの入口に折りたたみテーブルを設置して、その上に日療の募金箱を置く。これで完成だ。


:よしではないが

:なんでここに募金箱置いたの……?

:こんなところに誰が来るんだよ

:少なくとも誰のテントかは一目でわかる

:表札みたいなもんか?


 じゃ、ご飯取ってこよっか。

 持ってきた食料もあるけれど、せっかくだし現地調達だ。個人的には、キャンプで一番楽しいところだと思っている。


 迷宮には、数は少ないが魔物以外の生き物もいる。草木に潜む昆虫や、賑やかにさえずる小鳥なんかがそれだ。

 普通の生き物は狩っても魔石にならないし、身が残るので食べることもできる。今回狙うのは、そういった普通のお魚だ。

 キャンプ地近くの川に行って、折りたたみの椅子とクーラーボックスを置く。持ってきた釣り竿に仕掛けとエサをつけて、ひゅいっと投げた。


:迷宮って何が釣れるの?

:さぁ……

:三層なら魚の魔物もいるけど、ここ二層だし

:わりと普通の魚もいるよ

:たとえば?


 ピラルクが釣れた。わーい。


:嘘だろおい

:アマゾン川かよ

:普通だけど普通じゃない

:ちょっとご飯取ってこようってノリで釣っていい魚ちゃうぞ

:世界最大級の淡水魚がひょいっと出てきたが

:釣り人ワイ、迷宮探索者になることを決意

:落ち着けよく考えろ


 よし。今日はこれ食おう。

 クーラーボックスにピラルクを押し込んで、キャンプ地に持ち帰る。さて、どうやって食ってやろうか。

 一応、キャンプ用のクッカーセットも持ってきてあるんだけど、なんといってもこのサイズだ。小さめの調理器具に任せるにはちょっと荷が重い。

 そんなわけで、もっと大きい調理器具を用意することにした。

 焚き火だ。


:おもむろに枯れ枝を集めはじめたが

:焚き火台まで持ってきてやがる……

:準備が良すぎない?

:全力でキャンプ楽しむ気だぞこいつ

:もうやりたいようにやってくれ


 焚き火台を設置して枯れ枝を組む。下の方に仕込んだ固形の着火剤に、ターボライターで火を点けた。

 焚き火の底に点った小さな炎。それを絶やさないよう、風起こしのシリンダーでゆるやかに空気を送り込むと、炎は徐々に大きくなっていった。


:一瞬で火点けるじゃん

:キャンプ初心者の詰みポイントを軽々と抜けていく

:科学も魔法も使いこなす様は紛うことなき熟練探索者

:相変わらずサバイバルスキルは高いんだよな

:でもなんでだろう、この安心して見ていられない感じ


 続いて、クーラーボックスからピラルクを取り出す。

 ウロコ取りでバリバリやってから、お腹を裂いて内臓を抜く。それから、焚き火台に設置した焼き網の上に、ででんと横たえた。


:丸焼きしだしたが

:ピラルクってこうやって食うもんなの?

:ピラルクの食べ方なんて誰も知らねえよ

:いや普通に捌くんじゃないか

:少なくとも丸焼きはしない

:ワイルドすぎない?


 あとは焼けるのを待つだけだ。焚き火の側に椅子を持ってきて、私はしばらくぼうっとしていた。

 目を閉じれば、ぱちぱちと薪の爆ぜる音が心地よく眠気を誘う。焚き火の熱が外気に冷えた体を温めてくれて、なんだか一眠りしたい気分になってきた。


「むー……」


 まだ日は高いけれど、ちょっとだけ寝てしまおうか。そんなことを考えていた。


:眠そう

:焚き火ほったらかして寝ちゃダメよ

:というかここ迷宮内やぞ

:魔物寄ってきたりしないのかな

:一応ボス部屋だし、普通の魔物は入ってこないはず

:人気があるうちはボスもリスポーンしないから、安全っちゃ安全だけど

:それにしたってだよ


 …………。

 炎って、なんか、いいよね。

 じっと見てると心が落ち着くっていうか。

 火って綺麗だ。とても綺麗。ゆらゆらと揺れる火先を見ているだけで、時間なんていくらでもすぎていく。


:この子ずっと火見てるけど……

:ちょっと怖くなってきた

:ストレス溜まってるのかな

:つまりストレスのあまり家出したってこと……?

:点と点が線で繋がってしまった

:家出説が俄然濃厚に

:これくらい普通だぞ、俺も仕事辞めてから家でずっとロウソクの火見てるし

:元気だして

:こいつの話も聞いたほうがよさそう

:闇の深いリスナーもいます


 何も考えずにぼうっと炎を眺める。束の間、ここが迷宮であることも忘れて、静かな時間を過ごしていた。

 半分くらいうとうととしていたかもしれない。そんな私のまどろみを切り裂いたのは、白衣のポケットから鳴り響いた着信音だ。


「はい」


 ふわついていた意識を叩き起こし、通話に応答する。

 このスマホは日療から支給されたものだ。これにかかってくるのは仕事の電話だけ。つまりは要救助者が出たということで、寝ぼけている場合じゃなかった。


「白石くん、君に対応してもらいたい件がある。要救助者二名、そこからだとそう遠くない位置だ。行けるか?」

「行きます」

「それと……」


 スマートフォンに送られてきた位置座標を確認していると、真堂さんは探るようにたずねた。


「……何か、悩んでることがあるなら聞くぞ」

「……? 悩みなんて、ないですよ?」

「そうか……。なら、いいんだが」


 え、なんで? なんで今心配されたの?

 最近は救助のお仕事にも慣れてきたし、問題もそこまで起きていないと思うんだけど。なにか危なっかしいところがあっただろうか。

 気にはなるけど、今は救助が優先だ。風走りのシリンダーに魔力を通し、両足につむじ風をまとった。


:出動か

:いくぞいくぞいくぞ

:キャンプ中でも仕事の電話……うっ、頭が……

:この場合、仕事中にキャンプしてるんだよなぁ

:お嬢、行く前に火消して! 火!


「っとと」


 そうだった。ありがとう、リスナー。

 火消し壺に薪を突っ込んで密閉消火。手早く焚き火を始末してから、私は救助に向かった。

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