ゆ◯キャン👊🏻2 ~敗北、その悲しみを越えて~

 今回の救助は、そこまで難しいものではなかった。

 魔物を倒して、応急処置を施して、転移魔法陣まで護送する。私にとってはいつものことで、しかし誰かにとっては大事件だ。

 簡単な救助だった。当然に救えた。それでも、救った命の重みは変わらない。

 慣れるのはいい。だけど、馴れてはいけない。

 油断も慢心も、そのツケを支払うのは私ではない。支払わされるのは、助けを求めた誰かの命なのだから。


「助けられて、よかった」


:よかったね

:GG

:今日も無事でヨシ!

:慣れたもんですよ

:また救っちまったか


 よし。じゃ、帰ってキャンプの続きだ。

 夕暮れのキャンプ場に歩いて戻る。近づくほどに、甲高い鳴き声と羽ばたくような音が耳についた。

 音の正体はすぐにわかった。開けたキャンプ場の、ちょうど私が焚き火をしていたあたりに、たくさんの野鳥が群がっていた。


「あ」


 魔物ではない。普通の鳥だ。

 大小様々な野鳥たちが、火の消えた焚き火台に群がって何かを懸命につついている。

 つつかれているのは私のご飯。ピラルクだった。


:あー!

:ぴ、ピラルクー!

:鳥のご飯になっちゃった……

:おどりゃクソ鳥


 風起こしのシリンダーで突風を巻き起こし、群がっていた野鳥を吹き飛ばす。

 あとに残ったのは、鳥に食い荒らされたピラルクの残骸。もう、ほとんど骨しか残っていなかった。

 これは、さすがに食べられない。


「……助けられなかった」


:お嬢、ここに来て初めての敗北

:日療の白石さんにも助けられないものってあるんだな……

:人命を救助した代償はあまりにも大きい

:くそ、俺らがしっかりしていれば……

:しっかりしてたらなんなんだ?

:もっとお嬢を応援できた

:無力だよお前らは


 救った命の代償は、私の空きっ腹だ。

 どうしよう、ご飯なくなっちゃった。今から魚を釣り直そうにも、もう夕暮れだ。さすがに夜の迷宮をぷらぷら歩きたくはない。

 ……仕方ない。奥の手を使おう。


:おもむろにクッカーを取り出したが

:ちゃんとした調理器具もあるんだ

:まずは水を煮ます、か

:何作るの?


 コッヘルでお湯を沸かしつつ、ウェストポーチをごそごそする。

 取り出しましたるは、いざという時のとっておき。できれば使わずに済ませたかった非常手段にして、探索者必携の最終兵器。

 その名も、レトルトカレーである。


:あっ

:レトルトかぁ……

:まあしょうがないか

:なんだよレトルトだってうまいだろ

:いやでも、ピラルクからの落差がなぁ

:ピラルク食べたかったね……


 そんなこと言ったって、ないものはない。人は悲しみを乗り越えて生きていく。

 お湯を沸かして、レトルトカレーとレトルトごはんを湯煎する。しばらく温めてから、器によそって一口。

 …………。

 うん。


「普通」


:そりゃね

:外で食う飯は三倍美味いと言うが

:普通なもんは普通か

:探索者なら外で飯食うなんていつものことだしなぁ

:こういうままならなさもキャンプの醍醐味よ

:おいしいご飯はまた今度リベンジしよう


 このまま食べてもいいんだけど、せっかくのキャンプだし。なんとかならないかなぁ。

 よそわれたレトルトカレーを前に考える。どうしよう。どうすればここから逆転できるだろうか。

 …………。ふむ。


「真堂さん」


 私はポケットからスマートフォンを取り出して、真堂さんに電話をかけた。


「珍しいな、白石くん。そちらから電話をかけてくるなんて。どうかしたか?」

「あの、真堂さん。レトルトカレーって、どうしたらおいしく、なりますか?」

「……なぜ俺に聞く?」

「だって、悩んだら、聞けって」

「…………」


 返ってきたのは、絶句だった。


:そこで真堂さんに聞く??????

:この子マジで……ほんまに……なんていうか、こう……

:仕事中にこの電話がかかってくる真堂さんの心境よ

:真堂さん、うちの親戚の子が本当にすみません……

:出たなおじリス

:今回ばかりはおじリスの気持ちもわかってしまう


 今一番悩んでることだったから聞いてみたんだけど、これはちょっと違ったらしい。

 ……やっぱり難しいな、コミュニケーション。


「……そうだよな。君は、そういうやつだよな」

「ダメ、でしたか?」

「いや、いい。元気そうで何よりだ」

「……?」


 なんか安心された。なんで。


「濃い目に淹れたインスタントコーヒーを入れるといい。味にコクが出るぞ」

「苦いの、やです」

「……はちみつでも入れとけ」


 そう言って、真堂さんは通話を切った。

 はちみつかぁ、あったかな。ウェストポーチをごそごそ漁ると、奥の方から賞味期限ギリギリのはちみつが出てきた。

 レトルトカレーにひとかけして、くるくる混ぜてから一口。


「ん」


:どばっといったな

:かけすぎでしょ

:めちゃくちゃ甘いだろこれ

:はちみつカレーというか、カレーはちみつだよもう

:でもお嬢はにこにこしてるよ

:真堂さんもここまでやれとは言ってないと思う

:これを米と一緒に食うのは米に対する冒涜じゃない?

:さては味覚おこちゃまか?


 はちみつの味がして、おいしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る