【速報】白石楓、家出する。

 #11 いいことおもいついた


「はじめます」


 つぶやく。じゃ、今日もやっていこう。

 本日は迷宮二層、樹海迷宮エバーリーフ。転移魔法陣をくぐって、迷宮に到着した時からスタートだ。


:ごきげんよう

:今日もお嬢は元気だな

:なんかでっけえ荷物背負ってんね

:家出でもした?


 基本的には無目的な私の配信だけど、今日は珍しくテーマってやつがあった。

 私が背負っているのは大きめのアウトドアバックパック。この中には、四次元ウェストポーチに入りきらなかったテントや寝袋なんかが入っている。


:もしかしてキャンプセットか?

:あー、迷宮泊するんか

:なにそれ、迷宮に泊まるってこと?

:せやで

:日をまたいで探索する時とかにやるやつやね


 迷宮に泊まるのは久しぶりだ。

 初心者の頃はまだしも、最近は迷宮泊なんて久しくやっていない。私には移動用の魔法があるので、普通なら泊りがけで行くような遠隔地にも日帰りで行けてしまうのだ。


:なんか泊りがけでやりたいことあるの?

:たまにはキャンプしたくなったのかな

:迷宮泊、レジャーみたいで楽しいからね

:いや普通に命がけだぞ

:魔物が徘徊する空間で一晩過ごすの普通に怖くない……?

:そこはまあお嬢だし


 いや、まあ、そういう理由もなくはないんだけど。今回はちゃんとした目的がある。

 最近、救助要請外でも声をかけられて、治療を求められることがたびたびある。そういうケースに対応していて、ふと思うところがあったのだ。


「あのね、えと」


:なになに

:どしたのお嬢

:何かやりたいことがあるんだよね


 うん、ある。聞いてほしい。

 探索者にとって回復手段とは死活問題だ。回復魔法が使える探索者は貴重だし、ポーションも気軽に使えるほど安くない。

 応急手当なら誰でもできるけど、失った体力を即座に回復できるわけじゃない。協会常駐のヒーラーに頼めば安価で治療してもらえるけれど、それにはいちいち地上に戻らなくてはいけない。


「えっと……。その、あの」


:うんうん

:いかがされましたか

:ゆっくりでいいよ、ちゃんと聞くからね


 すなわち、迷宮内で誰でも手軽に使える回復手段なんてものはない。

 資金の潤沢な探索者なら、まだポーションでゴリ押すこともできる。だけど一層や二層の駆け出し探索者なんかは、一つ怪我しただけで撤退を強いられることもしょっちゅうだ。

 いちいちそんなことをしていたら、探索なんてままならないだろう。

 そんな時、もしも迷宮内に回復スポットがあれば、彼らの探索も格段に楽になるんじゃないかと考えた。

 ということで。


「私、もう、迷宮に住む」


 私自身が回復スポットになることにした。


:!?

:マジで家出かよ

:ついに人間が嫌になったか……

:おい待てお嬢早まるな

:どしたん? 話聞こか?


 説明をすっ飛ばして結論だけ話したら、凄まじい勢いで誤解されていた。

 恐ろしい精度で思考を読んでくるリスナーたちにも、これは伝わらないらしい。私、そんなに突飛なことしたかなぁ……。

 ま、いっか。そのうち伝わるだろう。


 ちなみに、迷宮に住むと言っても永住するってわけじゃない。とりあえず数日泊まって様子を見て、特にお客さんが来なければ、普通にキャンプして帰るつもりだ。

 キャンプ地に選んだのは川のほとりにある開けた空き地。いくつかの探索スポットに囲まれた、前哨基地にするにはちょうどいい場所だ。

 あと、景観がいい。景観がよければ気分もいい。大事なことだ。

 キャンプ地にたどり着いて荷物を下ろす。よいしょと、大きく伸びをした。


:おいここボス部屋じゃねーか!

:ここでキャンプする気か!?

:そりゃ開けてるけどさぁ!

:立地がいいってことは魔物にとっても一等地なんだよね

:あの、樹海の主くんバチクソ切れてますけど


 そういやいたな、そんなのも。

 空き地に陣取っていた巨大な雄牛が、荒々しく地を踏み荒らす。ぶもぶもと鼻を鳴らしながら、ねじれた双角を振り回して、暴れ狂いながらまっすぐ突っ込んできた。


 右手で剣を抜き、左手で風起こしのシリンダーを構える。

 シリンダーに魔力を通すと、引き込むように風が生じる。私にとっては向かい風に、雄牛にとっては追い風になるような形だ。

 追い風に背を押された雄牛は、凄まじい速度で突進してきて――。


「っと」


 二歩横に避けると、雄牛は勢いそのままに森へと突っ込んでいった。

 止まりきれずに木に激突した雄牛は、頭を強打して目を回す。その場にこてんと倒れ伏して、じたばたともがいていた。

 ゆっくり歩いて近づきながら、風研ぎのシリンダーを発動する。鋭く、荒々しい風が剣にまとわりついた。

 一応ボス格だし、ちょっと出力出しとくか。


:!?

:なんやあの風刃

:でっっっっっっっっか

:斬馬刀かよ


 なんか、最近、調子いいんだよね。

 剣に巻き付く巨大な風刃を真横に構える。巻き起こる旋風が、広場の草木を波立たせた。

 真横に一閃。回転して、もう一閃。コマのようにくるくる回りながら、連続して風刃を振り抜く。

 あわせて六閃切り裂くと、体力を削りきられた雄牛は大きく嘶いて崩れ落ちた。


:ええ……

:瞬殺かぁ……

:どうなってんだあの切れ味

:二層のボスとは言えどだよ

:お嬢、また強くなってない?

:お嬢の配信見てると、迷宮探索って実は簡単なんじゃないかって思えてくる

:あんなのできるやつ最上位層だけやぞ


 命を散らした雄牛は魔力に分解されて消えていく。残された魔石を拾い上げて、ポーチの中に放り込んだ。

 よし、お掃除完了だ。

 季節は夏。空を見上げれば、突き抜けるような夏空が目に映った。

 天気は良好、景色は満点。他に魔物の気配もない。空気は美しく澄んでいて、近くの川からは心地よいせせらぎが聞こえてくる。

 絶好のキャンプ日和ってやつだった。


「ここに住みます」


:住まないで

:早まるなお嬢

:文明社会に戻ってこい

:やべえよ、このままだとお嬢が野生に還っちまうよ

:お前らがいじめるからこうなったんだぞ

:俺らのせいなの……?

:そうかな……そうかも……


 はじめよう。楽しみだ。

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