有名配信者に見つかってバズるいつものやつ(バズらせる方)
#10 うろうろ
:すごい場面に出くわしてしまった……
:タイミングがいいのか悪いのか
:いやあ、青春っていいですね
:もうちょっと見てたかった
:邪魔する形になっちゃったけど、あの二人大丈夫かな
:あそこまで行けばさすがにくっつくだろ
:ごちそうさまですわ
救助を終えても、リスナーたちはまだ騒いでいた。
これでもまだ静かになった方だ。現場に出くわした時なんか、完全にお祭り騒ぎになっていた。
どう見ても青春真っ只中だった要救助者二人。大騒ぎするコメント欄。それに挟まれて、どうしたらいいかわからなくなる私。
真堂さんに「いいから、さっさと助けてこい」と言われていなければ、今でもあそこにいたかもしれない。
:迷宮にいたってことはあの二人も配信者なんだよね?
:まあそれはそうね
:あの人たちのチャンネル見に行ったけど、ただ二人で迷宮潜ってるだけの配信だったよ
:あんまり配信者っぽいことしない、いわゆる記録配信だった
:かつてのお嬢と同じスタイルかー
:でも、お嬢に見つかったせいで今向こうのコメント欄すごいことになってる
:冷やかしとご祝儀が乱れ飛んでる……
:人がバズる瞬間ってやつを見てしまった
何やってんだこいつら。いやマジで。
騒ぎたくなる気持ちはわかるけど、あんまり変なことはしないでほしい。他の配信者さんに迷惑をかけちゃいけないことくらい、私でもわかるぞ。
それに、ああいう時期に冷やかすのもよくない。周りが囃し立てたせいで、変に意識してこじれたりしたらどうするんだ。二人には二人の時間があるんだから、そういうのを大事にしてあげてほしい。
さすがにこれは放っておけない。私は私にできるなりに、彼らに呼びかけようとした。
「……あの」
:了解です、お嬢
:はい撤収撤収
:向こうの配信に行った奴ら帰ってこーい
:お嬢の言葉は絶対やぞ
:すみません、チャンネル登録くらいはしてもいいですか?
「えと」
:いいらしいよ
:冷やかすのはダメだけど、ちゃんと応援するならいいってさ
:温かく見守ろうね
:あの二人には上手くいってほしいなぁ
:幸せになってくれ
ま、まだ何も言ってないのに……。
最近のこいつらは恐ろしい精度で私の思考を読むことがある。あんまり喋らなくていいので楽といえば楽だけど、正直ちょっと怖かった。
まあ、いいや。救助対応も一通り片付けたし、探索でもしようか。
最近は救助活動にも慣れてきて、以前に比べると手早く片付けられるようになってきた。そのおかげもあってか、こんな風にぷらぷらと散歩している時間も多い。
以前だったらこういう時間は、迷宮の奥深くを目指したり、貴重な資源を採集したり、強い魔物を狩ったりして過ごしていた。
私は迷宮が好きだ。迷宮には多くのスリルと、それに見合う報酬がある。この身一つで危険区域を渡り歩き、困難を成し遂げていくことに、私は達成感を覚えていた。
だけど最近は、それと同じくらい好きなことがあって。
「んー……」
人を助ける、というか。
自分で迷宮を探索するのもいいけど、誰かの探索活動の手助けをするのも、悪くないなと思っている私がいた。
:お嬢?
:どした?
:なんか物足りなさそうな顔してんね
うちのリスナーたちも、なんでもかんでもわかるってわけではないらしい。
まあ、私自身ですらよくわかってない感情だ。そこまで読まれたらもう意味がわからない。
なんとなしに物足りなさを感じつつ、海鳴り島を散策する。
いいや、あんまり狩りって気分じゃないし。今日は採集でもしようか。
海鳴り島の奥地に足を向ける。大自然に踏み入って、森をかき分け山を登ること数十分。青白い輝きに包まれた霊泉にたどり着いた。
この泉で汲める高密度の魔力水はマナアンプルの精製材料だ。持って帰ればきちんとしたお金になる。
採取用のボトルに水を汲んで、ふうと一息。
「きれい」
:せやね
:いい景色
:いいなあ迷宮、俺も探索者になろうかなぁ
:ここまで来るの大変だぞ
:大変だけど楽しいよ
最近忙しかったし、たまにはこういう時間もいいだろう。
泉のほとりに腰掛ける。湖から立ち上るひんやりとした冷気と、風が織りなす木々のささやきを感じながら、しばらく何もせずにぼうっとしていた。
と、そんな時。
「……?」
遠くから聞こえる足音と話し声。誰か来るらしい。
ほどなくして団体さんがやってくる。男女混合、五人組のパーティだった。
「あ、ども」
「こんにちはー」
「……ん」
先頭の男女と目が合ったので会釈してみる。探索者同士、迷宮ですれ違ったら挨拶くらいはするものだ。まあ、私はあんまりしないんだけど。
人も来たことだし、そろそろ行こう。立ち上がって、うんしょと伸びをする。
「あれ、あの子って」
「あの白衣と腕章……」
「もしかして、あの?」
向こうの五人は、私を見て何かひそひそと話していた。
ややあって、先頭にいた男の人がこっちに近づいてくる。これは来るな、という予感があった。
一応、心の準備をしておく。
「あの、すみません」
話しかけられた。はいな、なんでしょう。
「もしかして、日療の白石さんですか?」
「ん」
そうですよ、こんにちは。
最近は名前が知られてきたせいか、こんな風に話しかけられることがたまにある。
知らない人に話しかけられるのは、正直怖い。だけど、話しかけられた以上はできる範囲で対応するようにしていた。
会釈を返すと、彼のパーティメンバーがまたひそひそと話し始める。
「すごい、本当にソロなんだ……」
「あれがあの撲殺天使……」
「こんなところで何してるんだろう」
「やっぱり撲殺じゃないか?」
…………。かえろっかな。
最近は撲殺なんてやってないんだけど、一度ついた汚名ってやつは中々雪げないらしい。撲殺天使なる不名誉な二つ名は、今でもついて回っていた。
「あの、白石さん。よかったら握手してもらえませんか?」
「……?」
話しかけてきた彼は、そんなことを言う。
握手って、なんでだろう。私と握手して、何かいいことあるのかな。
別に握手くらいしてもいいんだけど、理由がわからなくて困惑する。そんな私の沈黙を否定と取ったのか、彼は取り繕うように続けた。
「じゃ、じゃあ! 実は俺、怪我してて。もしよければ、治療とかって――」
「見せて」
あ、怪我してるのか。そういうことならやりますよ。
:握手はNGだけど治療はOKなのか……
:基準バグってない?
:塩対応なのか神対応なのか判断に困る
:救助対応でしょ
:それはそう
怪我をしている箇所を見せてもらう。
彼の右上腕部に広がる、細かな擦過傷。そこまで深い傷でもないし、出血ももう止まっていた。
大した傷じゃない。これなら、ちょっと風祝をかければすぐ治るだろう。
ウェストポーチからシリンダーを抜こうとした時。前の救助対応からつけっぱなしにしていたインカムが、着信を知らせた。
「……ごめん、電話」
「うす」
目の前の彼にことわって、通話に出る。
「白石くん、ちょっといいか」
インカム越しに真堂さんの声が届いた。
この人は私のオペレーターさんだ。
最初は話すのにもちょっと緊張していた相手だけど、最近はこの声にも少し慣れてきた。前よりは、身構えずに話せるようになったと思う。
「それくらいの傷なら回復魔法を使うまでもない。通常の手当てで十分だ」
「でも、魔法の方が、確実ですよ?」
「それはそうだが、君の魔力にも限りがある。これくらいの怪我で使っていたら、いざという時に困るだろう」
「その時は、マナアンプルで」
「気軽に使うな、あんなもの」
……だめかぁ。
マナアンプルは即座に魔力を補充できる特効薬だが、使用には大きなリスクを伴う。使えば使うほど効きが悪くなるし、短期間に打ちすぎれば魔力中毒になってしまう。ぽんぽん打っていい薬ではなかった。
しょうがない、言われた通りにしよう。私はポーチから救急箱を引っ張り出した。
手当ての基本は洗浄と止血だ。血はもう止まってるから、丁寧に水で洗って、乾かさないようにキズ用のパッドを貼る。消毒は必要なさそうだ。
あとは傷が化膿しないように、定期的に洗浄とパッドを交換すればいいだけだ。探索者は傷の治りも早い。これくらいの傷なら、数日も経てば跡も残らず治るだろう。
私は彼に予備のパッドを差し出した。
「これ、えと……。化膿、しないよう、定期的に。……ね?」
「あ、はい。大丈夫です、わかります」
基本的な手当のやり方は、探索者協会でも広く教えられている。説明の手間がはぶけたのは、私としてはありがたかった。
だけど、知っているということは、これくらいの手当てなら自分でもできたわけで。
わざわざ私に声をかけたってことは、やっぱり回復魔法を使ってほしかったんじゃないのかなって思ってしまう。
どうしよう、風祝を使ったほうがいいのかな。でも、真堂さんには使うなって言われたし……。
「んー……」
ちょっと迷った末に、私は魔力を消費しない回復魔法を唱えた。
「……いたいの、いたいの。とんでけー」
「でぇふっ!?」
唱えた瞬間、彼は激しいリアクションを取った。
よろめくように数歩下がり、耳まで真っ赤にして懸命に笑いをこらえている。
「え、と。大丈夫……?」
「だ、大丈夫っす……。いや、マジで、回復しました。ありがとうございます……!」
「……?」
こらえきれずに噴き出した彼を、彼の仲間たちがばしばしと叩いていた。
え、なんだなんだ、この反応。私、そんなに変なことした……?
:お嬢?????
:なにしてる??????
:オーバーキルでしょこれ
:楓ちゃんの片鱗を感じた
:すみません、今のボイス目覚ましに設定してもいいですか?
:腹よじれるほど笑ってる
「……白石くん」
インカム越しに、真堂さんからの苦言が届く。
「患者を興奮させてどうするんだ、君は」
い、今の、私が悪いの?
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