経費申請はちゃんと出せ(真顔)
:お疲れ、お嬢
:いやー笑った笑った
:お嬢の知名度も上がったよなぁ
:撲殺天使ってなんだよ
:なんやろなぁ……
:それについては半分自業自得かも
救助の帰りに、私は迷宮二層に広がる森林をさくさくと歩いていた。
今日は他に救助要請は来ていないし、ついでにここで狩っていくつもりだ。お金は少しでも稼いでおきたいから。
「ちょっと、びっくりした」
:大丈夫だよお嬢、世の中ああいう人ばっかりじゃないからね
:あの人たちも悪い人じゃないからね、ちょっとテンション上がっちゃっただけで
:怖い人なんてそんなにいないよ、本当だよ
:人は誰しも内なる狂気を秘めている
:誰だ今の
:おいお嬢のことは丁重に扱え
:お嬢が人間嫌いになったらこの配信終わりだぞ
「あ、えと。そうじゃ、なくて」
感想を呟いただけで、リスナーたちによしよしされてしまった。こいつらは妙に過保護なところがある。私のことをなんだと思ってるんだろうか。
まあ、確かにそれもびっくりしたんだけど、私が言ってるのはそういうことじゃなくて。
「私にも、ファンっているんだなって」
:は?
:俺らのことなんだと思ってる?
:ここにいっぱいいるやろがい
:ぼくたち人間として見られてないかもです
:俺らはただの文字だから
:リスナーに人間性なんて必要ないんだよね
:お前ら教育されすぎなんだよなぁ
ああ、そっか。確かにそう言われるとリスナーもファンなのかもしれない。
でも、あんまりファンって感じじゃない気がする。この人たち、私が変なことやったら普通に怒るし。ある意味ファンよりも気安い関係だと思うけど、だからと言って友だちってわけじゃない。
なんて言うんだろう、この感じ。
「……リスナーは、リスナーじゃない?」
他に言い表す言葉も見つからなくて、そのまま言ってしまう。
だけど、それが一番しっくり来るような気がした。
:お、おう
:そうかな……そうかも……
:深いようで深くないようでちょっと深い
:少なくとも人間としては見られてなさそう
:お嬢が俺らという意志存在を認知してくれただけ感謝します
:感謝のしきいが低すぎる
:森羅万象に感謝しながら生きてそう
今日も楽しそうだな、この人たち。
それからリスナーたちは好き勝手に雑談をはじめる。それを眺めながら、私は黙々と魔物を狩っていた。
救助要請がない時は、うちの配信は大体いつもこんな感じだ。
リリスを討伐して以来視聴者数は増えたけど、私の配信は大きく変わらなかった。そんないつも通りの配信風景に、ちょっとだけ居心地の良さを覚える。
配信なんて、最初はただの義務でしかなかったはずなのに。
もしかするとそれは、この配信に訪れた数少ない変化ってやつなのかもしれなかった。
とまあ、そんな感慨に浸りつつ。
結構狩ったし、救助要請もこれ以上はなさそうなので。
「おわり。じゃね」
:あ、終わった
:だから配信切るの早いて
:またお疲れ様ですって言えなかった
:未来を読めなかった俺らが悪い
:リスナーに対する要求値が高すぎない?
:どこまで行く気だよお前ら
じゃ、帰ろっか。
転移魔法陣をくぐって地上に戻り、探索者協会の買い取り所に魔石を持ち込む。
今日の収入は五十万ちょっと。一応黒字だけど、短剣の消耗分を考えると芳しい成果とは言えない。
うーん、頑丈な武器がほしい。贅沢は言わないから、戦ってる途中に壊れない武器があれば……。
「お疲れ様です、白石さん」
協会をうろうろしていると、女の人に声をかけられた。
この人は三鷹さん。日本赤療字社の職員で、私のマネージャーさんだ。
おつかれさまです、と返事をすると、三鷹さんはにこりと微笑んだ。
「白石さん、白石さん。先日の経費申請が来ていないんですけれど、確認をお願いできますか?」
「……けいひ?」
「あ、忘れてたって顔ですね」
忘れてたというか、そもそも知らなかった。
最初の頃に説明されたような気もするけれど、完全に頭からすっぽ抜けている。聞いてもちょっと思い出せそうになかった。
「経費って、申請してもよかったんですか?」
「あなた、何のためにうちに所属したんですか」
「え、それは、人を助けるために」
「活動のサポートは事務所の仕事です。お仕事、させてくださいよ」
「でも……」
確かにそれはそういうものかもしれないけれど……。
だけど、私が所属しているのは日本赤療字社。探索者事務所ではなく、医療法人団体だ。
普通の探索者事務所であれば、収益の何割かを事務所に入れる代わりに色々なサポートを受けるのが一般的だ。だけどその辺、日療は勝手が違う。
日療は探索者のサポートを専門としているわけではないし、私も探索活動を通じて得た収益を日療に入れていない。その辺りの関係は、もっとドライなものだと思っていた。
「本当に、いいんですか?」
「ダメなわけないですよ。救助活動中にかかった費用についてはこちらに請求してください。通常の探索活動についても、可能な限りサポートしますから」
「でも、その、えっと」
「何か心配事でも?」
「……お金、すっごくかかりますよ?」
迷宮内での活動にはお金がかかる。すっごくかかる。
ポーション一本で百万円。この前使ったマナアンプルなんて、あれ一本で五百万円だ。
ちゃんとした剣を買おうとしたら一千万はするし、魔法技術の結晶とも言えるシリンダーに至っては億単位の値段がつくことだって珍しくない。
迷宮産業の物価は、世間一般と比べて完全に別世界だ。探索者事務所ならともかく、普通の企業が背負い切れるようなものではない。
「まあ、そう言われると苦しいところもあるんですけど」
三鷹さんは苦笑する。
日本赤療字社の活動資金はその大部分が寄付金だ。決して無尽蔵にあるわけではないし、無駄遣いが許されるものでもない。
一回の救助活動で数百万円の経費をぽんと請求してしまうのは、いくらなんでも気が引けた。
「正当な使途である以上はこちらで負担するべきお金です。あなた個人に背負わせるわけには行きません」
「私は、それくらい稼げますから」
「ダメですよ。そういう問題ではありません。きちんと請求してください」
そう言われたら頷くしかないんだけど……。
やっぱり少し、気になってしまう。本当にそれでいいんだろうか。
「しかし、そうですね……」
三鷹さんは独り言のようにつぶやいた。
「本格的なサポート体制を築くには、予算の問題は解決せねばなりません。もう少しタイミングを見るつもりでしたが、白石さんも気にされているようですし……。まあ、そろそろ頃合いですか」
その時の三鷹さんは、なんというか、大人の顔をしていた。
ややあって彼女は顔を上げる。にっこりとした微笑みの裏に、打算の色が透けていた。
「白石さん。収益化、通しましょっか」
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