今日はのんびりやっていこう
#4 おしごと
「はじめます」
つぶやく。今日の配信だ。
本日のロケーションは、迷宮一層洞窟迷宮ストーンメイズ。その中ほどにある地底湖に私はいる。
この地底湖には発光性のコケがあちこちに生えていて、あたりはぼんやりとした薄明かりに包まれている。壁にかけられた工業用LEDライトが照明をくれているが、それを差し引いても幻想的な区画だった。
:ついに来たな
:今一番熱い配信者
:あの超大手法人団体に所属した、話題性ナンバーワンストリーマー
:それでいて視聴者数は不動の女
:それ本当に話題になってんのか?
:俺らの中では話題だから
今日も変わらず、私の配信はこんな感じだ。
コメントをする人たちもいつものメンバー。リスナーたちの仲もよく、完全に内輪のノリが形成されてしまっている。
閉じたコミュニティと言えばその通りだけど、私は結構こんな空気感も気に入っていた。
:お嬢、新衣装おめでとう
:衣装? なんか変わった?
:腕章がついた
:ほぼ差分やないかい
:お嬢にとっちゃこれでも新衣装なんだよ
ああ、これか。
この腕章は日療から支給されたものだ。真っ赤な布地に、天使の翼をかたどった意匠。でかでかと刻みつけられた救急の二文字。
業務中はできるだけこれをつけてくださいと言われていたので、いちいち外すのも面倒だし、白衣につけっぱなしにしていた。
:ていうか、お嬢って白衣の下いつも適当だよな
:ショートパンツとTシャツて
:初期装備かよ
:女の子なんだからもっとおしゃれせんかい
うるさいな。動きやすけりゃなんでもいいんだよ。
どうせ服なんて探索してたら汚れるし。洗いやすくて替えが効くならぶっちゃけなんでもいい。防御力よりも速度を偏重する私のスタイルだと、装備なんて適当だ。
:顔もいいし声もいいのに、なんでこうなったかなぁ
:ちゃんとするとこちゃんとしたら、普通に人気出そうなのに
:素材は満点、調理はゼロ点
:今でも十分かわいいやろがい
:よく見ればかわいい、ただしよく見れば
:お嬢には他の配信者たちと並ぶと絶対に埋もれるタイプのかわいさがある
:お嬢、アイドルってよりは親戚の女の子って感じする
これ、褒められてるのかな……?
まあ、いいや。それよりも今日は、みんなに見せたいものがある。
「これ」
つぶやいて、カメラの前に剣を出す。
新品の剣だ。刀身はやぼったく、作りも粗末だけど、一応片手剣ではある。
:おー、新しいの買ったんだ
:前のボロッボロだったからなぁ
:これ安物じゃない?
:初心者が使うようなレベルの剣だけど
:お嬢の稼ぎなら、もっといい剣買えるでしょ
:なんで今さらこんなものを
コメントの反応は散々だった。
確かに安物ではあるんだけど、私としては結構気に入っていたりする。
「初めての、お給料で、買いました」
:宝物じゃねーか!!!
:よかったなお嬢!!!!! いい剣だぞ!!!!!!
:人の命を救って手にした剣、誇らしくないの?
:そう聞くと、この剣が輝いて見える……
:最高の一振りだ、見てるだけで涙が出てきた
:手のひら返すのはえーなお前ら
わかってくれたようで何よりです。
まあ、安物だってことは自覚している。私だっていつまでもこんな剣を使う気はない。お金が溜まったら、ちゃんとした装備を買うつもりだ。
新しい剣の試し切りも兼ねて、今日は一層をうろつく。時々出会った獲物を切ったり切らなかったり。無目的に、ただぷらぷらと歩いて回っていた。
:今日も一層か
:試し切りは大事
:これだけ瞬殺だと試し切りにもならなさそうだけど
:剣がなまくらでもお嬢の腕ならそんな変わんねーな
:は? 聖剣オジョウカリバーなんだが?
:もうちょっと語呂のいい単語なかったんか
:この前は忙しかったし、たまにはこういう日もいいっしょ
確かに、あの時は忙しかった。あの、Blue……なんとか、プロジェクト。の人たちに続いて、救助要請が立て続きに二件も入ったのだ。
なんとか全部助けられたけれど、その日はそれだけで終わってしまった。勤務初日から慌ただしい一日だった。
:結局ファンネームとかも決められてなかったんだっけ
:タグもまだだぞ
:なんなら自己紹介もちゃんと聞いてない
:せっかくだし今やりなおす?
「む……」
そう言われると、そうだけど。どうしようかな。
個人的にはあんまり気乗りしない。話すの、疲れるのだ。
あの日は覚悟を決めて一生懸命頑張ろうってつもりだったけれど、今突然やれって言われても、心の準備ができていない。
だけど、あんまり引き伸ばすのも悪いし。どうしようか。
:お嬢?
:俺にはわかる、今の「む」はお嬢が悩んでる時の声だ
:プロリスナーかよ
:でも多分実際そう
:お嬢、今じゃなくてもいいんだぞ
:また今度気が向いた時にな
うちのリスナー、あったかいなぁ……。
どうしよう、お言葉に甘えちゃおうか。だけど私も日療所属の探索者になったわけだし、ちゃんとするべきところはちゃんとしないと。
「わかった、やる」
:お嬢!!!!
:成長したな、お嬢……
:おじさんはもう泣きそうだよ
:お前らお嬢のなんなの?
:親戚のおじさんだけど
:自分をお嬢の親戚と思い込む精神異常リスナーたち
カメラを操作して私の前にもってくる。
緊張する必要はない、はずだ。落ち着いてやろう。
カメラをきちんと見て、私はゆっくり話しはじめた。
「日本赤療字社所属。探索者の――」
その時だった。
迷宮内に、つんざく警報が鳴り響いたのは。
:!?
:え、なになに急に
:迷宮内緊急警報!?
:何事?
:自己紹介、また聞けなかった……
壁にかけられたスピーカーから、警報と避難命令が鳴り響く。それらが響き渡る中、白衣のポケットが震えだした。
「白石です」
「白石くん、君に出動を要請したい。迷宮内で大規模な魔力変動が起きた。場所は一層の黒鉄坑道。被害の発生が予期される。行けるか?」
「すぐ行きます」
「頼む」
電話を切って走り出す。
黒鉄坑道か。ここからそう遠くない、すぐに現場につくはずだ。
:速報あった、黒鉄坑道で魔力変動だって
:うわ、そんな浅い場所でかよ
:しかもかなりの大規模らしい
:これ下手したら相当死ぬぞ
:すまん、魔力変動って何?
:知らんのか
:迷宮内に不定期に起こる魔力災害の一種だよ
魔力変動。それは、迷宮に踏み入れるものたちを試す大いなる災いだ。
私は初めて経験するものではないけれど、今でもこの警報を聞くと身構えてしまう。
:迷宮内に漂う魔力って層ごとに一定なんだけど、その魔力量が突然変動して、本来ありえないような大量の魔力が溢れ出しちゃうの
:するとどうなる?
:大変なことになる
:魔物たちが元気になる
:大量の魔力を浴びた魔物たちが一斉に活性化する
:人がいっぱい死ぬ
:オーケー、つまりやばいんだな
一度魔力変動が発生すると、数日間に渡って層の危険度が瞬間的に急上昇し、それまで安全だった場所が一瞬にしてレッドゾーンに切り替わる。ベテランの探索者ならまだしも、初心者が魔力変動に対応することは極めて難しい。
探索者に高度な対応力を求める迷宮の試練。それが、魔力変動だ。
:それってお嬢は大丈夫なの?
:お嬢は大丈夫だよ
:この人は慣れてるから
:いつかの時なんか、魔力変動の渦中に居たけど平気で探索続けてたし
:次から次へとあらわれる暴走した魔物を、無言で淡々と切り刻んでたやつか
:あの時は怖かったなぁ
:どっちが魔物だよって感じだった
いつの話だよそれ……。
そういったことがあったのは否定しない。魔力変動が起こると魔物の湧きが増えるし、ドロップする魔石の質も良くなる。あまりにも美味しかったので、あの時はついつい長居してしまったのだ。
まあ、そんな風に慣れたら稼げたりもするけれど、それでも災害は災害だ。ましてやここは迷宮一層、多くの初心者で賑わう過密地帯。そんな場所で魔力変動なんて起ころうものなら、何が起こってもおかしくはない。
迷宮を走り抜け、ほどなくして現場に到着する。
周囲は激しい戦闘音と、血臭と、悲鳴のようなものがごちゃまぜになっていた。
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