今日はのんびりやりたかったのに……
さて、私はどこから救助すればいいのだろう。スマートフォンを確認してみるけれど、救援要請の位置座標は一つも届いていなかった。
……あれ。なんでだろう。
スマホをたぷたぷ触って、オペレーターさんに電話をかけ直す。
「白石です。現着しました」
「早いな……! すまない、救援要請が一気に入って情報が錯綜している。こちらで優先リストを作る、君はそこで待機してくれ!」
「え、あ、はい」
忙しいらしく、電話はすぐに切れた。
とは言われてしまったけれど、どうしようか……。
ただ黙って突っ立っているわけにも行かない。現に、あちこちから戦闘音が鳴り響いているわけだし……。
……ふむ。
:どうした?
:なんかトラブル?
:いや動き出したぞ
待てとは言われたけど、ここで待ってろとは言われてないし。いいや、勝手に動こう。
剣を片手に走り出す。向かう先は、とりあえず戦闘音が賑やかなところ。
工業用のLEDライトで照らされた坑道を駆け抜けて、ほどなくして現場が見えてきた。
初心者らしき探索者二人が、体長数メートルのトカゲ型魔物と対峙している。一人は足を怪我してその場に倒れ込み、もう一人は負傷した探索者を庇うようにトカゲに剣を向けていた。
:初心者キラーのトカゲ先輩じゃん
:デカさとは強さだってシンプルに教えてくれるやつ
:あのサイズの野生動物相手に、何の訓練も積んでない人間が勝てるわけないんだよね
通常時だったとしても初心者の手には余る相手だ。ましてや今は魔力変動により大幅に強化されている。
彼らがどれほどの探索者かは知らないけれど、見るからに苦戦していそうだし。やっちゃってもいいだろう。
地面を踏み抜いて、弾丸のようにまっすぐ飛ぶ。探索者たちとトカゲの間をすり抜ける瞬間、一刀くるんと振り抜いて、トカゲの首をすっぱ抜いた。
:ええ……
:だから速すぎるって
:ドローンカメラが追いつかねえ
:なんかやったってことはわかるけど何したのかは全くわからん
:気づいたら敵が死んでる
:初心者キラーとはなんだったのか
着地。剣を振って、血を払い落とす。
……うーん。やっぱ質悪いな、この剣。いい剣だったら、血がつく前に切れるんだけど。
まあいいや。それより、救助救助。
「あ、ありがとうございます。助かりました……」
探索者の一人が息も絶え絶えにお礼を言う。
息は荒いが、大きな怪我はなさそうだ。こっちは特に問題なさそう。
しかし、負傷したもう一人の方はそうもいかない。
見るからに初心者らしい女の子だった。足を怪我してその場に座り込んでいる。そこまで深い怪我ってわけでもなさそうだけど。
「あ、あの……?」
側に座って怪我の様子を見ていると、少女は怯えたような顔をしていた。
:お嬢、お嬢、声かけてあげて
:何も喋らないの怖いって
:無言であらわれて無言で敵を倒し無言で傷口を観察しはじめた謎の女
:一体何者なんだ……
ああ、そっか。そういえば、こういう時は声をかけてあげたほうがいいんだっけ。
「怪我」
「……え、え?」
「動かないで」
「は、はい……」
:うーん、これはバッドコミュニケーション
:そうだけどそうじゃない
:困惑されてますお嬢
:ま、まあ、お嬢にしては頑張った方なんじゃないか……?
:お話できてえらい
:お前らがそうやって甘やかすからこうなったんだぞ
……なんか、ダメだったらしい。ごめん。
まあいいや。ひとまず応急手当だ。これくらいの傷なら、風祝を使えばすぐに治るはず。
ウェストポーチからシリンダーを抜いて、魔力を通そうとする。
その寸前、なんとなく、血の匂いが気になった。
「……ん?」
彼女の傷口から垂れた血を指ですくって、匂いを嗅ぐ。
なんというか、薄い。魔力の匂いがほとんどしない。
指についた血を口に含む。味の方もやっぱり薄い。間違いない、これは……。
「ひっ……」
:お嬢! お嬢! 怯えられてますお嬢!
:突然人の血を舐めてはなりませんぞ!
:そんなばっちいものぺっしなさい、ぺっ!
:なんで舐めたの……?(ドン引き)
血を吐き捨てて、水で口をゆすぐ。それから彼女にたずねた。
「ねえ」
「な、なんですか、あの、怖いんですけど……」
「何回目?」
:あー、そういうことか
:よく気づいたな
:危ないところだった
:急に何かを察するリスナーたち
:何が起きてるんですか、一体
「え、えっと、何回目って、何がですか……?」
「すみません、彼女は今回の探索が初めてです。俺が連れてきました」
本人はわかっていなさそうだったけれど、相方の男の方が補足をくれた。
風祝のシリンダーをポーチに戻す。彼女はまだ、成りかけだ。この子に回復魔法は使えない。
:魔法って普通の人間には使っちゃいけないんだよね
:迷宮に潜りはじめてすぐの頃って、まだ体が魔力にうまく順応できてないから
:順応してない人に魔法をかけると、許容量を超える魔力が体内を駆け巡って最悪死ぬ
:いわゆる成りかけって人たち
:なんだそのえっぐい罠
それならそれで、魔法には頼らない処置をしなければならない。私はウェストポーチから救急キットを取り出した。
:なんかでっけえ箱出てきた
:どうなってんだあのポーチ
:四次元ポケットかよ
:そうだよ
:あのポーチ、次元加工されてるから
:マジかよ、超高級品じゃん
トカゲに噛まれたらしく、彼女の足首には歯型がついていた。出血しているが食いちぎられてはいない。これなら止血さえすれば歩けるだろう。
傷口を水でよく洗い流し、止血パッドを当てて圧迫止血。ある程度血が止まってきたらテープで固定すれば処置は終わりだ。
:手慣れてんね
:お嬢って普通の処置もできたんだ
:応急手当は全探索者の必修スキルだから……
:おっそうだな
:なおちょっと慣れるとポーションだの回復魔法だのでごり押す模様
「歩ける?」
「あ、はい。ありがとう、ございます……」
「すみません、助かりました。彼女は俺が連れて帰ります」
「気をつけて」
相方の男に支えられながら彼女は立ち上がる。そのまま、二人の探索者は出口へと向かっていった。
護衛まではしてあげられないけれど。ここなら出口まではそう遠くないし、あれくらいの怪我なら大丈夫だろう。
「……ふう」
:お疲れ、お嬢
:GG
:とりあえず一人助けられたね
:まだ終わってないけどな
一息つく。処置としては簡単なものだったけど、気分的には一仕事終えたものに近く。
「がんばった」
:お、おう
:楽勝だったように見えたけど
:敵も怪我も大したことなかったぞ?
「気をつけて、まで言えた」
:そっちかぁ
:なんかこの……なんだかなぁ……
:的確な救助から繰り出される、あまりにもポンコツなコミュニケーション能力
:えらいぞお嬢、よく頑張ったな
:だからそうやって甘やかすから
その時、白衣のポケットに突っ込んでいたスマートフォンがぷるぷる震える。オペレーターさんからの着信だ。
「白石です」
「すまない、遅くなった。近場から行こう。A-7地点にトカゲ型魔物に襲われている探索者が二名、向かえるか?」
A-7地点。どこだっけと思いつつ、坑道の壁にかけられたプレートを見る。
ここだった。
「もう助けました」
「……勝手に動いたな」
「ダメでしたか」
「いや、いい。よくやった」
ちょっと含みのある言葉だった。独断はさすがにまずかっただろうか。
でも、あんまり反省はしていない。助けられたならそれでいいと思っている。
「救助要請はまだある。白石くん、次の現場に向かってくれ」
「場所は」
「すぐに端末に――いや、このまま口頭で指示を出そう。インカムをつけてくれ」
「え」
インカムか……。
確かにそういうものも支給された。使い方も頭に入っている。だけど、実際に使うのは抵抗があった。
「通話……」
「どうかしたか?」
「繋ぎっぱなし、ですか?」
「ああ、そうなるな。支障があるか?」
ある。
問題はある。大有りだ。私の精神は、常に誰かと会話をしていなければならないという状況に適応していない。
一言二言の応対なら、まだできる。だけど、それ以上のことを求められると、かなり厳しい。
「あの……」
「なんだ」
「……なんでも、ないです」
「そうか。頼んだぞ」
とは言え、ここで異を唱えられるほどの胆力は私にはなく。
このオペレーターの人。頼りにはなるんだけど、たまに強引な時があるからちょっと苦手だ。
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