お嬢の救命RTA

 配信枠を変える暇はなかった。

 前の配信枠をそのまま使って活動を開始する。転移魔法陣を使って二層に移動し、迷うことなく駆け出した。

 迷宮二層、樹海迷宮エバーリーフ。広大な樹海が広がるこの迷宮は、探索者に与えられる序盤の試練だ。


:二層かぁ、ここ難しいんだよな

:入り組んでるし罠も多いし方向感覚狂うしとにかく広いし……

:魔物自体はそこまで強くないけれど、純粋に自然が手強い

:まあ、お嬢なら大丈夫でしょ


 今回の目的地は悪疫の巣穴。大樹の空洞に広がる、ちょっとした洞窟だ。まずはその入り口まで行かなければならない。

 風走りのシリンダーを再起動。足に旋風をまとい、宙を蹴った。

 一蹴りするごとに体が宙に跳ねていく。一歩、二歩、三歩と、空を踏みながら加速して、飛ぶように空を駆け抜ける。


:なんか飛びはじめたぞ

:おー、風駆けじゃん

:風走りの応用技やね

:久々に見たな、お嬢のこれ

:マジで急いでる時しかやらないやつだ


 この技、魔力消費が激しいから普段遣いはなかなかできない。あと、空を飛ぶのって結構目立つのだ。目立つのはあんまり好きじゃない。

 とは言え今は緊急事態。迷いなく空を駆け抜けて、大樹の根本に着地した。

 大樹の根本には大きなうろが空いていて、中は洞窟のようになっている。その洞窟には、白く粘ついた蜘蛛の巣が張り巡らされていた。


:うっわよりにもよってここかよ

:蜘蛛の巣地獄じゃん

:クモが苦手なやつは配信閉じとけ

:グロい死体が見たくないやつも


 シリンダーを一つ使う。発動した魔法は、風起こし。その名の通り、強い風を巻き起こすだけの初歩的な風魔法だ。

 行く手を阻む蜘蛛の巣をまとめて吹き飛ばし、ためらうことなく奥に進む。ぶちゃっと、ブーツの下で子蜘蛛が潰れた。

 途端、洞窟の壁を張ってあらわれる、二匹の大蜘蛛。


:ひぎゃああああああああああ

:むりむりむりむりむり

:このサイズはマジで勘弁してください!

:俺、探索者にだけは絶対ならねえ

:なんでお嬢は目の前にこれがいて平然としてるんだよ


 慣れたから。

 風研ぎのシリンダーを使って、刃に風をまとう。やることは簡単。まず、まっすぐに突っ込んでくる蜘蛛の攻撃を避けて裏を取る。

 次に、蜘蛛の内臓がたっぷり詰まったお腹を切り捨てる。これだけだ。


:グロいってグロいってグロいって!!!

:倫理フィルタああああああああああ

:諦めろ、お嬢がそんなもんつけるわけないだろ

:これは人道的な救助活動なので大丈夫です

:配信的には何一つ大丈夫じゃないです


 続いて二匹目も同じように処理する。蜘蛛はお腹が柔らかくて、切りやすいから処理が楽だ。動きが素早いのが厄介だけど、足の速さなら私は負けない。

 蜘蛛を切り捨てて奥に進む。この洞窟は何度か訪れたことがあるし、地形は大体頭に入っている。スマホに表示された救援信号の位置座標と、頭の中のマップを照合して……。

 ああ、これは、あの場所か。


:お嬢、躊躇なく進むよな……

:これでも年頃の娘さんなんだよな

:悲鳴とかってあげないのかな

:お嬢がそんな配信者っぽいリアクションするわけないだろいい加減にしろ

:配信者なんだよなぁ


 行く手を阻む敵を素早く斬り伏せて、一秒でも早く奥へと進む。タイムアタックでもしているかのように、一分一秒を削りながら、とにかく奥へ。

 やがて私は、目的の座標に辿り着いた。

 そこは悪疫の巣穴の最深部。この巣穴の女王たるそれの巣穴だ。

 天井には蜘蛛の餌食になった動物が収められた繭がいくつも吊り下がっていて、その中に二つ、真新しい人間大の繭があった。

 あれが要救助者たちか。小刻みに動いているから死んではなさそうだけど、女王蜘蛛に敗北してああなったなら、相当まずい状態だ。


 侵入者の存在を感知した女王がのっそりと出てくる。それはまるで、洞窟の壁そのものが動いているのかと見紛うほどに大きな蜘蛛だった。

 女王蜘蛛と戦うのはこれが初めてではない。私はこれまで、先代だか先々代だかの女王蜘蛛を何度も斬り伏せている。

 しかしそれは、簡単な相手であることを意味しない。


:こいつの顔見るのも久々だ

:半年ぶりか

:前倒した時のクリアタイムどれくらいだっけ?

:七分ちょっと

:間に合うのか……?


 今回の目的は人命救助。ただ仕留めればいいってわけじゃない。

 人命救助は一分一秒を争う。長々とこいつの相手をしている暇はない。

 必要なのは、速さ。何よりも速いこと。それ以外のことはどうでもいい。


:どうすんだ、お嬢

:女王蜘蛛って結構硬いぞ

:あれでボス格だからな、いくらお嬢でも瞬殺は無理だろ

:お嬢、スピードはあるけどパワーはそこそこだから

:それでもお嬢なら……お嬢ならきっとやってくれる……!


 真っ向勝負は難しい。なら、真っ向勝負なんてしなければいい。

 ポーチに突っ込んでいた秘密道具を取り出す。探索者の必需品、ってほどでもないけれど、あったら便利な素敵なオモチャだ。

 その名も、焼夷手榴弾。


:は?

:現代兵器マジ?

:え、効くのか?

:いや、魔力の練り込まれてない火なんて魔物には効かないはず

:あいつら、魔力加工してない装備じゃいくら攻撃したって意味ないし

:でも、お嬢がそんなこと知らないはずなくね?


 魔力による装甲を持つ魔法生物にダメージを与えるには、同じく魔力を練り込んだ武器を使うしかない。マシンガンだのアサルトライフルだのを持ち込んだところで、通常兵器では魔物には通じない。

 しかし、効果がないのは直接的なダメージだけ。

 炎から発せられる熱と光。それが呼び起こす原初的な恐怖は、動物としての本能を確かに揺さぶる。

 放り投げた焼夷手榴弾から勢いよく炎が吹き上がる。その火は蜘蛛の外殻を焦がすことはないが、本能的に火を恐れた女王蜘蛛はその場から大きく飛び退った。


:効果あるのか……

:ダメージはなくても怯ませられるんだ

:いやでも、手榴弾使って怯ませるだけってどうなんだ?

:魔力加工した装備使うよりはマシなんじゃね

:迷宮用の装備って平気でウン百万とかするから……

:これは文句なしのプロ探索者、なお配信者としては


 怯んでいる間に、風駆けを使って空を駆ける。天井から吊るされた二つの繭を回収し、両手に抱えて着地する。

 ……フル装備の探索者二人分。なかなか重たかった。


:重そう

:普通の女の子がクソデカ繭二つ抱えて走り回る絵面よ

:トータル百五十キロくらいか?

:まあ、探索者って体に魔力が馴染んでて、普通の人間よりも身体能力高いから

:お嬢はあれで結構なゴリラやぞ


 要救助者の回収には成功した。あとはここを脱出するだけだ。

 いまだ炎を嫌がっている女王蜘蛛に背を向けて、風走りで洞窟を逆走する。大体の敵は道中に倒してある。最短最速で外に出ればいいだけだ。

 飛び出すように洞窟の外に出て、大樹の根本に着地する。このあたりは比較的敵の少ない場所だ。


「海斗! 奏夜!」


 大樹の側から、三人の男たちが走ってくる。

 この二人のパーティメンバーだろうか。彼らは繭に包まれた二人に駆け寄って、必死の顔をしていた。


「二人は大丈夫なんですか!? まだ、生きてるんですよね!?」


 そんな風に詰め寄られるけれど、私にできるのは顔をしかめることだけだ。

 日療からもらったマニュアルに、こういう時の対応はきちんと書いてあった。訓練だってちゃんと受けた。その内容に従うなら、こう言えばいい。


 ――落ち着いて、要救助者に触れないでください。これより救助活動に入りますので、あなた方三名は周囲の魔物を近づけないよう、ご協力をお願い致します。


「あ、あの、落ち……。えっと、近づかないで。魔物、を……」


 いかがだろうか。

 これが我がコミュ力の為せる技である。


:お嬢、めちゃくちゃ困ってる

:うろたえてる場合ちゃうぞ

:おちつおちちちちおちつけけけ

:ここまでノーミスだった女、ここに来て初めての窮地

:女王蜘蛛よりはるかに苦戦してる


 ……ごめん、無理。人間にはできることとできないことがある。本当ごめん。

 彼ら三人も、困ったような微妙な顔をしてしまっていた。誰だよ、この空気作ったやつ。私か。私だよなぁ。

 まあ、いいや。反省は後でしよう。今は目の前の仕事をやらないと。

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