※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

 #3 おしらせがあります


「はじめます」


 配信をつける。今日は、ちょっと緊張していた。

 一週間ぶりの配信だ。たった一週間とも言える。どちらにせよ、私にとっては怒涛の一週間だったのは確かだ。

 今日の階層は迷宮三層・大海迷宮パールブルーの、人気のない静かなビーチだ。

 波の音がさざめく青い海を背に、手頃な岩場に腰掛けて、私はカメラに向き合っていた。


:お?

:珍しいアングル

:まさかお嬢を前から見られる日が来るなんて

:お顔助かる

:配信者の顔がこんなに貴重なことある?

:お嬢はある


 いつもは私の後方に追尾させているドローン・カメラを、今日は正面に置いている。こうしてカメラに向き合うなんて、果たしていつぶりだろうか。


:一週間ぶりだけどなにかあったの?

:お嬢が一週間も配信しないなんて珍しいよね

:これまで毎日のように迷宮に潜ってたのに

:それもそれでおかしいんだけど


 私は迷宮が好きだ。毎日のように迷宮に潜ってもまったく苦にならない。探索者は天職だと思っている。

 配信者は……。正直、向いてないと思うけど。

 だけど私はこれから、その配信者っぽいことをしなければならない。


「今日は、お知らせが、あります」


:はい

:なんでしょう

:いい子にして聞きます

:ぼくたちはちゃんとお話を聞けるいい子です


「がんばって、話すので、聞いてください」


:がんばって

:負けないで

:大丈夫? ちゃんと話せる?

:無理しないでね


 お話するだけで、こんなに心配される配信者がいるだろうか。ちょっと情けなくなってきた。

 ここにいるのは、同接百人前後のいつもの視聴者。そのほとんどが名前を覚えている相手だ。緊張する必要はないってことは、わかっている。

 深呼吸。一回、二回、三回。

 ……よし。


「私に、スポンサーがつきました」


:マジ?

:おー、ついにスポンサーか

:お嬢の実力を考えると当然ではある

:おめでとうお嬢、ありがとうお嬢

:スポンサーってどゆこと? どっかの箱に入ったの?


「探索者事務所に所属したわけではない、です。だけど、個人配信者でもない、と思います」


:うん?

:どういうこと?

:スポンサーがついただけなら、個人配信者のままなんじゃないの?


「強いて言うなら……。企業所属? です」


:??????

:企業に所属したなら、それはもう事務所所属の配信者なのでは……?

:え、なになに? どういうことなの?

:結局どっちなんだってばよ


「私は、ある組織の一員となりました。ただし、配信活動の主体は、私です。なので、ええと……」


 なんて言ったらいいんだろう。言葉がうまく出てこない。


「……どうやって説明しよう」


 そのまま言ってしまう。私の言語能力はこの辺で限界を迎えつつあった。

 我ながら、いくらなんでも不甲斐なさすぎる。ちょっと泣きそうになってきた。


:ゆっくりでいいよゆっくりで

:ちゃんと聞くから

:急かしてごめんな


 うちのリスナーあったかい……。ありがとう、ちゃんと話すから。もうちょっとがんばってみる。


「えっと、えっと。とりあえず、これ、見てもらえたら」


 困ったときに使ってください、と渡されていたスライドの存在を思い出す。マネージャーさんお手製のスライドだ。

 膝の上にどんと置いて、スライドの一枚目をめくる。そこに、いきなり核心が書いてあった。


「私は、日本赤療字社の、所属探索者になりました」


:はあ!?!?!?!?

:日本赤療字社って、あの日療?

:おいおいおいおいどういうことだってばよ

:ごりっごりの公的機関じゃねえか

:探索者事務所とかいうレベルじゃなくて草


 日本赤療字社。国内最大の医療法人だ。

 災害救護をはじめとして、医療や福祉など幅広い人道的支援を行う全国的な法人団体。その名前は、この国で生きる人なら誰しも聞き覚えがあるだろう。


「私は、日療所属の探索者として、その活動に協力します。主な内容は、迷宮内における要救助者の救助、です」


:日療のスタッフになったってこと?

:なんでお嬢が?

:お嬢に務まるのか? この子、迷宮探索以外はかなりのポンだぞ?

:そりゃ探索者としては文句なしの一流だし、回復魔法も使えるけど

:というかそもそも、日療が探索者を雇うってどういうことだよ


 これまでの比じゃないレベルでざわついていた。うちのリスナーは元々コメント率が高めだが、これにはさすがにコメントも沸く。

 ああ……。流れが速い、追い切れない……。いや、追えたところで、私はコメントにリアクションするスキルなんてないんだけど……。


「これ見て……」


 そんなわけで、私は早々にギブアップした。

 次から次へと浴びせられる質問の嵐に、私の処理能力はオーバーフローした。ぐるぐるした頭で次のスライドをめくる。

 大事なこと、話さなきゃいけないことは、全部ここに書いてある……はず。


:迷宮内に立ち入ることができるのは探索者だけ。ゆえに、迷宮内の傷病者に対して、これまで日本赤療字社は手を出せなかった、と

:そこで日療でも探索者を育成しようとしていたが、肝心要となるヒーラーの育成に難航していて……

:一般の探索者の中から、優秀なヒーラーを確保しようとしていた

:可能ならば、組織に所属していない自由な立場にいる探索者で

:迷宮内で高度な探索活動を取れる実力者であることが望ましい。なるほどね


 そうそう、そういうこと。

 迷宮は国内屈指の危険地帯だ。この場所では日々たくさんの負傷者が発生するけれど、その危険性ゆえに医療機関の介入は限定的なものにとどまっていた。

 救援活動はそのほとんどが探索者たち自身の手によるもので、医療スタッフにできることは救助されてきた傷病者を看護することだけだ。


 そういった状況を変えるべく、日本赤療字社は子飼いの探索者を確保しようとした。

 日療が探索者に求めた条件は三つ。回復魔法を扱えること。ある程度の深さまで潜る実力を持っていること。どこかの組織に属していない、自由な立場を持っていること。


:そんなのお嬢しかいないじゃん

:適任すぎて草

:すげえ、お嬢のスペックがここまで見事にハマるなんて

:でも、お嬢はそれでいいの? お嬢は探索がしたいんでしょ?


「うん。だから、配信活動の主体は、私が決めていいみたい」


:ふうん?

:もうちょっと詳しく


「普段は今まで通りに配信する。だけど、救助要請があった時は、優先して現場対応に当たる。それだけ、です」


:ああ、じゃあ配信スタイルは大きく変わらないのか

:事件があった時に動く感じなのね

:それならよかった


「それに、困ってる人は、助けたいし。だからね、悪いことじゃないよ?」


 人助けをすること自体は今までもあった。あの蒼灯さんって人が初めてじゃない。

 人を助けることは嫌いじゃない。たしかに私はコミュニケーションが苦手だけど、だからって人が嫌いというわけではないのだ。


:ええ子や……

:お前一生推してやるからな覚悟しろよ

:さっさと収益化申請通せよ配信者のクズにして人間の鑑が

:ご祝儀なげさせてくれなかったら暴れちゃうもんね

:なんだこのツンデレ共

:日療に募金すりゃいいだろ


 それは本当にそう。

 とまあ、ここまでが前置きだ。これから私は、もうちょっとだけ頑張って配信者っぽいことをやらないといけない。


「なので。あらためて、自己紹介を、させてください」


:自己紹介!?!?!?!?!?!

:お嬢が!!!!!???? あのお嬢が!!!!!!????

:ビッグニュースが多すぎる

:セ カ ン ド イ ン パ ク ト

:自己紹介するだけで、日療所属に並ぶ衝撃を放つ女

:フロア熱狂してます


「いい機会だから。マネージャーさんに、色々決めたらいいって、言われちゃった」


:マネージャーさんナイスすぎる

:マネージャーも日療の人なのかな?

:色々って? なに決めるの?


「タグとか、ファンネームとか、そういう配信者っぽいやつ」


:うおおおおおおおおおおおおおおお

:ついに俺らに名前がつくのか!!!!!

:まさか配信の感想をSNSに書ける日が来るなんて

:今まで「お嬢の配信」とか「お嬢のリスナー」とかで通してたもんな……

:パブサに引っかかんねえのなんのって


 名前すら名乗れていなかったこと、ちょっとは気にしていたのだ。

 もともと隠したかったわけじゃないし。これまでの禊も兼ねて、ここで明かしてしまおう。

 次のスライドをめくる。そこに、私の名前が――。


「……あれ」


 震える白衣のポケット。そこに突っ込んでいたスマートフォンが着信を知らせていた。

 これは日療から提供された、迷宮内でも使用できる専用のスマホだ。これにかかってくるのは仕事の電話だけ。

 つまりそれは、要救助者が出たということで。


「白石です」


 すぐに応答する。配信の流れなんて気にしていられなかった。


:さらっと名乗ったぞ

:名前、白石なのか……

:ええんか? これで

:ほとんど放送事故みたいなもんやないかい


「配信中すまない。早速、君に対応してもらわなければならない案件が出来た」

「場所は」

「迷宮二層、悪疫の巣穴エリアだ。細かい座標は端末に送る」

「すぐ行きます」


 この人は私のオペレーターだ。現場担当である私に指示を出してくれるお兄さん。

 応答は最小限に。電話が切れると、すぐに位置座標がスマホに届いた。

 スライドを片付けて走り出す。風走りのシリンダーも使って、全速力だ。


:あれ、自己紹介は……?

:配信者としてそれでええんか?

:でも緊急なんだからしょうがなくない?

:俺らにできるのはお嬢を見守ることだけよ

:お嬢はお嬢の道を行け


 ごめん、リスナー。配信者としてあるまじきことかもしれないけど、それでも今はこっちを優先させてほしい。

 君らの相手は、また今度だ。

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