今日も配信
#2 よくねた~
「はじめます」
配信を始める。今日も今日とて迷宮探索だ。
今日の探索箇所は迷宮一層、洞窟迷宮ストーンメイズ。広大な洞窟を舞台とした迷宮だ。景色は悪いが、この迷宮には探索の基本が詰まっている。
あと、敵が弱い。これが一番大事。
:わーいはじまったー
:馳せ参じましたお嬢
:珍しいね、今日は一層なんだ
うん。昨日のあれで疲れたからね。
迷宮探索で疲れたわけじゃないけれど、疲労は疲労だ。疲れているときに無理はしない。迷宮探索の基本である。
:昨日の救助、トレンドになってたね
:向こうの配信者が有名な人だったみたい?
:あっちの同接すごいことになってたな
:三万くらいあった
:向こうのコメントの流れ速すぎて笑っちまった
:さっき切り抜きも上がってたよ
:まじかよ、大手は仕事がはえーな
そうなんだ、と思って適当に聞き流す。
有名とか無名とか、気にならないわけじゃないけれど、少なくとも私には関係のないことだと思っている。
バズったとかトレンドとか、それらはショーウィンドウの向こう側のお話だ。私は迷宮を探索できればそれでいいから。
:お嬢のことも触れられてたよ
:誰にもお嬢の正体がわからなくて、謎のヒーロー扱いされてた
:あれだけ同接があって、誰一人としてお嬢のこと知らないのかよ
:ここにいる奴ら、誰か一人くらい教えに行かなかったのか?
:しないしない
:お嬢、そういうの嫌がるっしょ
「うん、嫌かも。だからありがとう」
うちのリスナーは、本当にいい子に育ったなぁ……。
リスナーは配信者に似るってやつかもしれない。積極的に育てたわけじゃないけれど、この子たちは私の嫌がることをきちんとわかってくれている。
こんな私が配信を続けていられるのは、彼らの協力あってのことだ。
:まあ、少しでも功名心があったらこういう配信しないよな
:今だに俺らに名前すら教えてくれないんだもん
:承認欲求の対極に位置する女だよお嬢は
:ストイックというかなんというか
:なんで配信やってるんだ定期
:でもそろそろ名前くらい教えてくれてもいいんじゃない?
名前かぁ。
別に隠すようなものじゃないんだけど、タイミングすっかり逃しちゃったからなぁ……。
まあ、どこかで言う機会もあるだろう。そのうちだ、そのうち。
:この適当すぎる配信タイトルもなんなんだよ
:よく寝たってことだよ
:せめて今日何やるかくらいは書けとあれほど
:お嬢がよく寝たってことがわかるんだからいいだろ
:それ以外に何がいるんだ
:やだここのリスナーこわい……
配信タイトルかぁ。やること書けって言われても、別にその日のテーマを決めてるわけじゃないし。私はただ、ぷらぷらと自分のやりたいようにやっているだけだ。
それでも、そうだな。今日やることと言えば……。
「えっと、今日は、迷宮を探索します」
:知ってる
:知ってます
:無理すんなお嬢
:俺が悪かった、お嬢の配信タイトルは最高だ
:お嬢はそれでいいんだよ
……あったかいけど、なんだかバカにされてるような気がしないでもなかった。
配信者である私を抜きにして、リスナーたちは好き勝手に雑談をはじめる。そんな光景もいつものことで、それを横目に眺めながら私は一層の敵を黙々と倒して回った。
一層の敵は簡単なもので、ほとんど苦戦することもない。それでも、魔石を回収すれば多少のお金にはなる。
:さすがに一層だと相手にならんな
:お嬢ってどこまで潜れるんだっけ
:最高で五層の中間あたりまでは行ってたよ
:れっきとした深層探索者じゃん
:ソロでそれは化け物すぎない?
:まあ、お嬢だし
:なんで今さらこんな浅い層探索してんの?
それにはちょっとした事情がある。疲れたというのもそうだけど、もう一つ。
私はカメラ――私の後方で、ふよふよと飛んでいる追尾式のドローン・カメラ――に映るように、自分の剣を晒す。
私の剣は、昨日の戦いですっかりボロボロになってしまっていた。
:うわひっど
:研いでないの?
:いや、研いだ上でこれなんだろ
:こりゃ買い直しだなぁ
:でもお嬢の剣って結構いいヤツだったよな
:いくらすんのこれ?
:これくらいの剣だと、安くて四千万
:四千万!?
そう、四千万。なかなかの額だ。
探索者としての稼ぎはそこそこあるけれど、このクラスの出費はさすがに気軽には出せない。
:そうだった、迷宮探索用の装備ってバカ高いんだった
:ただの剣に見えて魔法技術の結晶だからな
:武器はまだいいよ、シリンダーになると下手すりゃ億は行く
:探索者って大変なんだな……
:魔石が高値で売れるけど、それだけじゃなかなかね
:だからみんな配信で人集めようとするわけよ
:スポンサーがつけばかなり楽になるからね
ちなみに私は、配信でお金を集めるような活動はまったくやっていない。四年も配信しておきながら収益化すらまだだ。
まあ、そんなことをしなくても、魔石を売ればいいし。魔石は迷宮装備の素材になる貴重品だ。かき集めて売れば十分な収入になる。
:こりゃしばらくは浅い層でお金稼ぎかな
:協会に補助してもらえないの?
:さすがに無理
:探索者は何があっても自己責任よ
:じゃあ、昨日助けた探索者に請求するとか
:それだと名乗り出ることになるけど
:でも、これじゃあせっかく助けたのに丸損じゃん
:得がしたくて助けたわけじゃないだろ
「いいよ、これくらい」
コメントの流れを切る。
四千万は痛いっちゃ痛いけど、致命的ってわけじゃない。ちょっと頑張れば稼げる額だ。
それに、この剣だって元々かなりガタが来ていた。遅かれ早かれ、どのみちこうなっていただろう。
ちなみにこの一言、意思表示が苦手な私にしてはかなり頑張った。
:お嬢がそう言ってるならええか
:結論出たな
:お嬢がいいならそれでいい
:どこの層でもお嬢はお嬢だ
:せっかくだし一層攻略の参考にさせてもらうわ
うちのリスナーは、私の乏しい意思表示をきちんと汲み取ってくれる。本当にいい子たちだ。
出会った敵を片っ端から狩ってまわって魔石を集める。一層で得られる魔石は質も悪く、そこまで高く売れるわけじゃないけれど、集めて売ればちょっとは足しになるだろう。
ポーチの中も詰まってきたところで。
「おわり~」
:相変わらず唐突に終わるな
:配信切るのはっや
:またお疲れって言えなかった……
:いつか俺はあの子にお疲れ様って伝えるんだ
ちょっと早いけれど、今日は疲れてるしここまでだ。
探索者協会に戻って、買い取り所に魔石を持ち込む。四年も通っているからか、この辺のやり取りはなれたものだ。どさっと渡して、査定を任せて、そのうち口座にお金が振り込まれる。
私の収入源はこれだ。配信業の方ではほとんど――というか、収益化を通していないのでビタ一文稼げないんだけど、探索者としての収入だけでここまでやってきた。
なお、稼いだお金はもっぱら探索用の装備に溶けている。最近も新しいシリンダーを買ったばかりで、ちょうど懐が乏しかった。
……あのシリンダー売ったら、新しい剣もすぐ買えるんだけど。でも、シリンダー売るのはちょっとなぁ……。
まあ、いっか。せっかくだし、初心にかえったつもりで地道にやっていこう。
「失礼します。探索者の白石様でしょうか?」
協会でうろうろしていると、知らない人に声をかけられた。
ぱきっとしたスーツ姿の女の人だ。動きやすい格好をしている探索者ばかりのこの場所で、しっかりとした身なりはかえって浮いていた。
「えと、その……」
白石というのは私の名字だ。一体、私に何の用だろう。
うまく返事ができたわけではないのだけど、彼女は微笑んで続けた。
「お話したいことがあるのですが、少々お時間いただけますか?」
いただけない。
お話、というのが特にいただけない。私はお話をするのが好きじゃない。聞くのはいいけど、話すのは苦手だ。
「あ、えと、あの……」
「わかりました。では、こちらの話を聞くだけでも」
「……はい」
……わかったらしい。私、何も言ってないのに。
まあ、聞くだけでいいなら気が楽だ。私は小さく頷いた。
「お疲れのところでしょうし、手短に行きましょうか。率直に言うとスカウトです。我々は、あなたのような探索者を切に求めておりました」
「へ、え、え?」
す、スカウト……? スカウトって、あのスカウト? この人はどこかの探索者事務所の人で、私をスカウトしに来たってこと……?
それは嬉しい提案かもしれないけれど、私としては正直微妙だ。
別に私はどこかの事務所に所属したいってわけじゃない。人付き合いが苦手な私に、企業所属の配信者が務まるなんて思えない。
それに私は人気者になりたいわけじゃない。迷宮を探索できれば、それでいいんだ。
というか、私のことを少しでも知っているのなら、わざわざ私をスカウトしようなんて考えないと思うんだけど……。
「あの、なんで」
そんな思いから、なんとかして言葉を紡ぐ。
頭の中はいっぱいいっぱいだったけれど、私の口はどうにか動いてくれた。
「……なんで、私、なんですか」
「あなたには、誰かを助ける力がありますから」
彼女は明朗に続けた。
「あなたの救助参加率はとても高く、成功率もまた非常に高い。その高い人道精神は、弊団体が是非に求めているものです」
え、と。ありがとうございます、でいいのだろうか。
人を助けたのは昨日が初めてじゃない。これまでだって、そういう現場に出くわしたら、可能な限り助けるように務めてきた。
だけど、人助けなんて探索者としては当然のことだ。わざわざこうして褒められるのも据わりが悪くて、なんだかもにょもにょとしてしまう。
「それは、その……。当然のこと、ですし」
「当然、なんてものではありません。迷いなく人命救助に尽力するあなたの姿は、まさしく探索者の模範たるものでした」
「そこまででは……」
「ご謙遜なさらずに」
そんなこと言われても……。
私はただ、助けたいから助けただけだ。人道だとか、模範だとか、そんなことを考えていたわけじゃない。
「繰り返しますが、あなたは私たちが求めていた理想的な人材です。掛け値なしに、あなたしか考えられません」
そう言って、彼女は大きな茶封筒を差し出す。
「スカウトの詳細についてはこちらの書類に。一度でも目を通していただければ幸いです」
受け取ったそれには、ある団体の名前が記されていた。
知っている名前、なんてレベルじゃない。大手と言えば大手だけど、そんなくくりに収まる組織でもない。というかそもそも、探索者事務所ですらない。
それは、この国に住む人間であれば、誰もが知っている団体だった。
「いかがでしょう。救助活動、やってみませんか?」
日本赤療字社。
国内最大の、医療法人団体だ。
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