第55話 海底に降り立つ大天使

 

「お願いを聞いてくれて、嬉しいよ。やっぱり、旅のお供は会話だね。貴方もそう思わない?」


 手錠をかけられたまま、兵士の後ろについて行く。兵士と言ってもただの一兵卒ではない。グッダグの名前を持つ兵士は、このアトランティスでは将軍の位置に従事ている。二メートルの巨体に相応しい分厚いフルアーマー。持っている槍も他の兵士とは別物。種類は詳しくない。グッダグはカニを模した壮年人型。顎鬚部分が髭の代わりに鋭利な物がある。周りの兵士たちはグッダグを尊敬の念を抱いている様子。


「………………」


 前を歩いているグッダグ将軍に声をかけても返事がない。コイツ、さてはコミュ障だな。ダメだよ、少しの会話がないと。高い位に相応しい鎧を着ていても分かる屈強な体。ボディーランゲージの適正はあるだろうね。さっき筋肉に威圧されたし……


「不思議なやつだ。最後に石像を見たいだなんて」


 ぶっきらぼうな声。


 相手の心情を無視してケラケラ笑いながら喋り始めた。


「だって、せっかくこんな綺麗な都市来て、何も見ずに死ぬなんて勿体無いじゃないですか。でも、私の行動は制限されていますし、できることといえば、この都市の中心に聳え立つ巨大な石像に懺悔すること。それを理解してくれたから、こうして私たちを石像の前まで連行してくれたのでしょう?」


「せいぜい、今までの悪行を悔いてから首を落とせ」


「今更なんですが、私たち、この都市に何したんですか? さっきも話しましたけど、後ろを歩いている赤髪の女性とは全く縁もゆかりもない間柄だと、説明したはずですが……」


「あぁ、承知している。だが、友好関係を結ぶはずの人間がこうも野蛮だとこちらとしても適切な対応をしなくてはならない」


「赤髪の女性に聞きました。彼女の部下が海棲人を殺めたことを……」


「その事実を知り、怪しげな物体でこの都市に不当に入国したお前らを生かしておくわけがない。都市の安寧を守るために、四人とも死罪にするのだ」


「私が乗ってきた船は今どこに?」


「あれは我らが厳重に管理している。外からの物など滅多に来ないからな。十分に活用させてもらうよ」


 自身の都市を発展させるための道具を手に入れたのに、覇気が感じられない。男ならあんな機械仕かけの物体に謎の高揚を感じると思ったんだけど。生憎私には男性特有の気持ちはわからない。私含め従者たちは、『武器として活用できるなら何でもいい』の精神で研究所の兵器を見ていたな。若干、タウロスが目を輝かせていたけど、あれは鍛治師としての視点なのだろう。直すか改修するかが表情に出ていただけな気がする。まーその時に、タウロスが言っていたけど……


「もしかして、中に入れないんじゃないですか」


 図星だったのか苦しい顔をするグッダグ将軍さん。戦闘訓練は完璧でも対人、それも会話オンリーでは経験がないみたいだね。良いことを教えよう、グッダグ君。ポーカーフェイスを心がけることに精進した方がいいよ。何かと便利だから……


「貴様が開け方を教えてくれるなら、減刑できるぞ」


「生憎、私は自分が認めた相手にしか情報を与えません!! 人より長生きするらしいですから、長い年月をかけて研究してください」


 乗ってきた潜水艇は外装にタッチパネルが設置されている。しっかり見ると変な切れ目があり、触ることでタッチパネルが出現する。初めは数字のテンキーだったのに、タウロスやカプリコーンがプログラムを書き換えた。結果、ローマ字のパスワードを打つ羽目になった。


 で、案の定と言うのか、パスワードは『WE LOVE YUMINA』に変更されてた。


 パスワードを知った直後にユミナチョップを喰わらせた。あれほど、アホな行動を取る従者を粛清しないといけなかった。


 AIも学習すると利口になる者もいれば、私の従者みたいにある一点だけアホの集団になる。育てる者によって人生が左右されるとは......


 AIって意外と大変だなと感じている私。



「もうすぐ、着くぞ」


 牢屋があったのは意外にも海底都市にあるお城の地下だった。お城を出て、城下町を歩かされているわけだが、視線が痛い。実際に私たちは誰も何もしていない。だが、都市に住む住民は真実を知らない。答えだけを認知している。


「腰、もげる」


 遠くからでもはっきりと巨大だとわかっていたが、実際に目の前に着くと驚きしかなかった。首を限界まで上に向けたが足りず、わざわざ腰をそらす必要があった。


「最後に一個聞いていいですか?」


「なんだ?」


「この石像は、貴方たちにはどういう存在ですか」


「都市の守り神だ。昔存在したとされる人魚姫と同じ容姿とも相まって祀っている。本来なら、貴様らのような悪しき者が近づくことすらできない御神体だ」



「……それじゃあ、海棲人の人たちにとってはこの石像は神にも等しいってことか」


 膝を地面につきお祈りポーズを取る。チャンスは一度。牢屋内で幾度もフローチャートを組み、できる事は検証した。スキルの構成、MPもEMも十分にある。後はタイミング。


 カプリコーンと眼が合う。

 ミランダとアリスは少しカプリコーンから距離を離す。


「ねぇ、将軍さん。地上の聖なる者、見たくない?」



「【接触禁止ミカエル】、発動」


 白色の光は深海に棲まう生物には強烈だった。誰もが強い光に耐性がなく目を瞑る。周りにいた住民はそれで対処できた。さすがと言わざるべきかお城を守護する兵士たちは想定外の出来事にも瞬時に対応し始める。槍を構え、宙へ跳ぶ。彼らの固有スキルなのか都市特有の現象なのか定かではない。兵士たちは至って普通に海の中で泳ぐ魚の如く、飛び回る。


 兵士たちは皆、カプリコーンへ鋭い視線を向けている。石像の頭部から兵士へ微笑むのは十二枚の白翼を展開させた聖なるブロンド麗人。


 執事服は着ておらず、メタリックカラーを基調とした甲冑型の衣装を纏っている。口元以外に肌が露出していない構造。カプリコーンと一緒にいる私でさえ、一瞬誰だか分からないまであった。


 星霊前の種族に戻れるスキル、【接触禁止ミカエル】。翼を展開させるスキルは他にもカプリコーンは所持している。敢えて、時間制限のある【接触禁止ミカエル】を選んだかは、周りの反応で一目瞭然。


 展開した翼を、違和感なく自由に羽ばたかせ、跳び回っている。抜け落ちる羽根は宙を舞い、よりカプリコーンを神々しい化身に見せた。自身の種族しか知らない者たちは初めて出会った異種族。この世のものとは思えないお姿に魅了される者もいれば、外から来訪した得体の知れない畏怖の対象。それらも相まって、大天使姿のカプリコーンに様々な思惑が飛び交っている。



「改めて、カプリコーンと申します。生憎、真名をお教えすることはできません。そして、誠に勝手ながら、皆様には戦闘不能になってもらいます。それに……」


 熾星の細剣セラフィムを握ったカプリコーン。


「我が主ユミナ様をあのような悪臭部屋に閉じ込めたこと。万死に値する!!」


 カプリコーンの周囲が変化する。絶大なプレッシャー。自分の前に存在する生き物全てが攻撃対象。空間を軋ませながら、兵士たちへ攻撃を開始した。

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