第53話 貴方は誰で、ダレか?
「ありがとう、礼を言う」
落ち着きを取り戻した女性。赤いショートヘアー、黄色の瞳。女性の体に刻み込まれていた裂傷は一つもない。私の魔法で完全に跡もない状態にしたから。でも服は流石に直すことができなかったので、ローブを渡した。
ボロボロのままが忍びなかったからであり、決して、肌色が多めで目のやり場に困ったからではない。
「死を覚悟した」
私が回復する前が風前の灯だったんだ。助けられて良かった。
「あの、お名前は」
カーソルで確認済みだけど、会話をしないと話は進まない。
「あたしは......ミランダだ。家名は......ない。ただのミランダ。よろしくな」
あれ? なんで隠すんだ、この人は??
「私はユミナと言います。ミランダさん」
「ミランダっでいいよ。あたしもユミナと呼ぶから」
「それでは、ミランダ。よろしくね。ところで......その」
「何故、こんな場所にいるんですか、か?」
「はい......」
人の身で海底都市に到達はできない。私やカプリコーン、アリスは研究所にあった超高度な文明の結晶の様な物体、潜水艇でたどり着いた。でも、NPCのミランダは見るからにあのパンツ紳士と同種ではない。パンツ紳士がSFの住人なら、ミランダは中世よりファンタジーの住人。
「こんな身なりだけど、あたしは海賊をやってるんだ」
「海賊っ!? 海賊ってあの......自由に生きる海の人たち」
私の例えがおかしかったのか、腹を抑えながら笑っていた。ミランダの笑顔を見て、ホッとしている。さっきまで死の淵にいた人間とは思えない、明るい女性だった。
「あはは。そんなところだ!!」
「じゃあ、この海底都市にはお宝探しを......」
海賊で未知の舞台なら、お宝探しが定番だろう。ワクワクドキドキの冒険。だが、いくつか疑問が残る。私の勝手なイメージだけど、海賊は船で航海する人たち。私たちが海底都市に来た時には廃材と化した元船はたくさんあった。でも、元船たちは何十年も経過した劣化ぶり。決して数日から数週間で風化した物は見当たらなかった。それに、ミランダのクルーたちもいなかった。牢屋エリアが他にもあるなら別だけど......わざわざ私たちと同じ牢屋に入れる対応をした。ミランダのクルーも捕まっているなら一緒に入れた方がいい。脱出されると思った? いや、なら私たちと同じ牢屋に入れる必要はない。
あれこれ考えても、分からないもんだ。それにきっとここから......
神妙な面持ちのミランダが視界に入る。
「その予定だった。でも......」
ミランダは唇を噛んだ。
「裏切られたよ......」
私も、隣にいるカプリコーンも目を見開いたに違いない。カプリコーンに、いや、星霊にとって、”裏切り”の言葉を心を締め付けられる恐怖の言葉。
「海底都市に辿り着き、海棲人とは仲良くしていたんだが、副船長のオーヴェルが王室の宝物庫にある宝を奪った。宝物庫を守っていた衛兵や給仕を手にかけ、そのまま逃亡。全ての罪を私になすりつけた……それが今の結果だ」
人は欲に抗えない。それは、リアルでもVRゲームでも同じ。人は欲求が満たされないと不快な気分になる。誰もが安全に過ごしたい。でも、危険に直面すると恐怖を味わう。だから、人は自分に降りかかる危険を回避するために行動を起こす。例え、誰かを蹴落としても安全という欲求をに満たすために。
「どうして、船長に罪を……」
副船長は、言わば船長の右腕のポジション。絶対的な信頼を置き、背中を預け合う間柄と認識している。でも、ミランダの副船長を務めたオーヴェルだっけ? 性別不明の者は簡単にミランダと縁を切った。しかも生命も奪って、逃げた。
「前々から計画されていたんだ。船の船員の一部は私のやり方に不満を持っていたんだ。オーヴェルはそんな人たちを集め、あたしを降ろす準備を着々と整えていた。まさか、こんな海底都市で実行するとは夢にも思わなかったけど……あたしもまだまだだな……」
「だからって、あんな……」
確かに自分たちと交友関係を築いた外部の者たちが自分の私利私欲のために簡単に裏切り、自国の民を殺害した。当然、怒るのも多少はわかる。でも、事実確認をすれば済む話。いや、第三者があれこれ考えても当事者たちではない。彼らにしか分からない心境がある。だからこそ、歯痒い。何もできないんだから......
強く握られた私の拳にミランダはそっと手を置いた。
「君は優しいな……会ったばかりのあたしに。さっきまでは人を信じられない状態になっていた。ユミナのおかげで越えずに済んだ。ありがとう!!」
「でも……もうすぐ」
「そうだな。恐らく君も隣にいる君の従者たち。そして、あたしも処刑されるだろうね」
「何か策はあります。何か……」
せっかく、ミランダが
「海賊として生きていると決めた時から、覚悟はしている。死ぬなら最後は海の中で、かな」
口では決まっている感じだが、ミランダの顔は、
何か心残りがある顔だった。私はその答えに近いモノを持っている。
「本当にいいんですか」
「えっ?」
「他にやり残したことがあるのではありませんか、ミランダ」
ミランダは私を正面から見ずに会話を続けた。
「どうして、そんな事を言うんだ。最後にこんな綺麗な海底都市に行けたんだ。思い残すことは何一つないよ」
別の話に切り替えてきたか。仕方がない、少し踏み込むか......
「家族には会わないつもりですか?」
言葉では表さなかったが、表情が肯定した。
誰かにもう一度、会いたい。そんな顔をミランダは浮かべていた。
「家族って……あたしは天涯孤独。自由な世界を求めて、海賊になったんだ」
傷ついたミランダの顔を見た直感的な感覚を味わっていた。偶然とは、怖い。カジノオーナーでもあり、私が財宝集めをする羽目になった人物、ヴェラ・モヘング。赤髪なんてゲームではありきたりのカラーヘヤー。でも、顔の造形はどうだ。私が出会ったNPCたちが高度なAIが搭載されている、一人一人個性の塊。それだけ、NPCに力を入れている運営がNPCの顔のパターンをケチるとは考えにくい。ならば、答えは一つだ。
「ミランダ。いえ、ミランダ・モヘングさん」
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