第52話 娘の正体と女海賊

 現状、脱出方法が確立していないので、じっと牢屋で過ごすことにした。


「アリス、寝てる?」


「えぇ、ぐっすりと。きっと疲れたのでしょう」


 私はストレージから、束になっている用紙を取り出した。

 ある人物の研究内容。研究所にいた時、カプリコーンから渡された。


「カプリコーン、この内容って......」


 ペラペラっと流し読みした。


「アリスの実験。様々な動植物の細胞、機械じかけの物質を移植することで延命措置をしたことですね」


 最愛の妹を救いたがために非道の道を進んだ男の生涯。人の時間では、絶対に妹を救うことができないと悟った男は自らも人体実験をして、長生きした。一人、暗い研究室で様々な研究をしていた。結果的に妹を条件付きで救えた。でも、時間が男を変えた。幾度も自身を変えた弊害で醜い怪物へ成り下がった。完璧な人の構築を目指して、いろんな街から人を攫い、人体実験を施した。私が倒した、筋肉がむき出しのカイブツも元は人間だったのか。今となっては証明ができない。水槽に入っていた女性たちはそのままにしてある。一歩でも外に出せば、砂になる。そのままの方が彼女たちも安心すると思う。


人工生命体ホムンクルスに近い存在ですね。天命をまっとうしたアリスの体に維持装置を埋め込んだのでしょう。それでも、上手くいかずあらゆる素材を入れた」


「結果、アリスの命は助かった。でも、アリスは人には戻れなかった」


「実験の影響で被害にあった動植物は......機械仕掛けの生命体になり、あの孤島で生活していた」


「私が......倒した。それと、ありがとうね、わざわざ私を抱きしめたのは、アリスに見えないようにしたんでしょう」


「記憶を失い、言語もままならない状態であっても、”もしも”の状況はありえます。アリスにとってはあまりに残酷な内容ですので......」



「私が引き取っていいのかな」


 私の問いにカプリコーンは即座に回答しなかった。

 アリスの兄でもあるフォンラス・アーテンを亡き者にしたのは自分だから。

 私のとってはゲームの敵キャラ。でも、アリスにとってはこの世に存在したたった一人の肉親。


「アリスが大きくなり、理解できる年齢になれば......話をするべきでしょう」


 カプリコーンの精一杯の解答だった。


「そうだね、が来たら私が話すよ。例え、どんな未来になっても受け入れるよ」


「あまり、お一人で抱え込む必要はございません。私たちがいます。そのことだけはお忘れないように......」



「ありがとう............」


「ご主人様。笑顔と上を見ましょう」


「『笑顔と上』?」


「私は......いや、私たちはご主人様の笑顔に惚れ、進むと決めたのです。美しくもあり、周りの者たちに勇気を与える笑顔。だから、笑顔を絶やさないでください」


「カプリコーン!」


「下を向くと上げるのに途方もない歳月を有します。でも、再び上を向くと、違う景色が見えます。徐々に活力も漲ります。”な〜んだ、自分は殻に閉じこもっていただけか”と前向きになれます。だから、私たちと一緒に前を向きましょう!!」





「そっか、そうだよね!!! 何かお礼しないとね。あっ、さっき私の胸揉んだからチャラか」


「あれは......そうです。朝ごはんを食べる感覚です。もしくは、毎日行う日課のようなものです」


 私の胸を揉むことがルーティーンってか!?


「なので、ご主人様。何かプレゼントを。ご主人様でもいいですよ」


 頭、噴いているのか。誰が私プレゼントしないといけないんだ。


「ヴァルゴばかり、ズルイです。私もご主人様にマーキングしたいです」


「聖なる種族でもあった天使が、大欲情だいよくじょうしてどうするのよ」


「一緒にお風呂に入ってくれるのですか??」


「はぁ!? あー......あっ。大浴場だいよくじょうね。お風呂に入るなんていつもしてるじゃん」


「いつもは、邪魔者がいるんで。二人きりがいいのです!!」


 欲に素直なのは評価するけど......ダダ漏れなのはちょっと。改修してもらわないと。


「天使は今やカタチだけです。星霊に欲は制限されていません」


「初登場時に言っていたセリフとは、真逆ね」






 結果、カプリコーンのやりたい事をさせようと決定した。なんか一瞬だけ隣の牢屋が燃えた気がする。


 アリス......大丈夫だよね?


 階段を降りる音が響く。数は三つ。二つはしっかりと歩いているが一つは変な音だ。引きづられている、そんな音だった。


 通路を歩き、カプリコーンとアリスが入っている牢屋を抜ける。

 海棲人の兵士二人が足を止めた。彼らの間には私が聴いた通り、引きづられた者がいた。腕を持ち上げられ、運ばれた赤髪の人。


「その人は?」


 私の質問に一切答えない兵士たち。

 牢屋の扉が開く。脱出のチャンスと考えたが、今は目の前のボロボロの人が気になり、行動は起こさなかった。


「お仲間とのご対面だ」


 そう言った兵士は赤髪の人を私に放り投げた。

 息はある。でも、酷い状態なのは明白だ。これはまるで......


「貴様らの処遇はもうすぐ決まる」


 それだけを言い残し、兵士たちは牢屋のある階層から姿を消した。



 抱き抱えた人————女性だった。

 身体は裂傷だらけ、着ている灰色の服もボロボロで薄汚い。息も荒かった。


「助けないと。【回復・極ヒール・オーバー】」


 自分のMPが牢屋の術の影響で大量に消費されたが、今はそんな心配をしてはいけない。

 緑色の光が赤髪の女性を包む。傷が次第に消えていく。同時に正常の息をし始めたので安堵した。


 回復を飲みながら、私の膝で寝ている女性の髪を触る。顔を見ると私は首を傾げた。


(この人、誰かに似ているような......)


 視線に注力すると、名前が頭上に出現した。あれ? この名前......


「ご主人様、大丈夫ですか」


「うん、今は安静にしているよ」


 カプリコーンはゾッとする低い声を発した。


「アイツら、ゲスな真似を......」


 兵士たちは私の処遇が決まると言っていた。あの言葉から導かれる答えは......


 自分の手が震えているのがわかった。このゲームのレーティングでは絶対にあり得ない展開。私のゲームライフが他プレイヤーたちと全く別の道を歩んでいたとしても、起きないだろうと踏んでいるが。いざ、自分も目の前の女性と同じ行いを受けると思うと、怖かった。


「ご主人様......」


「ダメだよ」


「何も言っていませんが」


「私の代わりに自分が犠牲になるっていうなら、金輪際、口もきかない」


「主が辱めを受けるくらいなら、安いものです」


「自分の命を大切にしなさい!! これは命令よ!!」


「............」


 数秒、沈黙してからカプリコーンが口を開いた。


「かしこまりました、ご主人様」


 とは、いったもののどうするか。時間は刻一刻と進んでいる。このまま何もしないと本当にアレな展開が待っている。脱出をしなくては。


 私とカプリコーンのやりとりでなのか、女性が目を覚ました。目だけを動かし周囲を観察している。次は手を自分の顔まで動かし、じっと見つめたのち涙を流し始めた。


「大丈夫ですか」


 私の声に反応し、体を跳ね起こした。

 視線が合う。


「あの......えっと......」


 勢いよく抱きしめられた。反動で背中が地面にぶつかる。

 抱きついた女性がすすり泣きをやめるまで、私は動かないことにした。

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