第2話 経験をしない魔術師に未来はない

 大図書館の中で、本を閉じる音が鳴る。


「と、まぁ......波乱万丈の人生を送りました」



 閑散とした大図書館。利用者が現在私しかいない以上、人がいないのは仕方がない。


 外では今日も大地が揺れている。大図書館を閲覧したい者が殺到し、狂乱している。BGMにはいささか似合わない曲。騒音とも呼べる狂騒曲は、ずっと閉じこもって読書している私を書物の世界から抜け出してくれる。


 リアルなら、時間を忘れて読書漬けになるのは大いに結構。


 でも、私がいるのはゲームの世界。適度にログアウトしないとリアルの体に影響が出る。なので、呼び戻してくれる存在はありがたい。



「ユミナの人生は飽きないな。吸血鬼の国など、この大陸では伝承レベルだしな〜」


 私の話を興味深く聴いていたのは本。ではなく、エヴィリオン・ヴィクトール。ヴィクトール大図書館、ヴィクトール魔法学園を創立した偉大な賢者。私はケンバーと呼んでいる。



 生前は私のメイン武器でもある星刻の錫杖アストロ・ワンドを修復した偉い人。

 星刻の錫杖アストロ・ワンドが保管されていた部屋に置かれていた日記が今のケンバー。


 魔法使いを生業としている者は、日常生活でも魔力が垂れ流している。ごく少量なので枯渇する事はない。魔力はペンを伝わり、日記に記された文字に広がる。ヴィクトール大図書館では、エヴィリオン・ヴィクトールの身体的特徴から魔力が満ち溢れている。魔力を自在にコントロールできない半端者がヴィクトール大図書館で魔法練習をするなら暴走し、体内から爆発する事もある。


 なので、書物に記載されている魔法の類は一度、ヴィクトール大図書館を出て練習するしかない。


「それにしても、皆、毎日飽きず来るな〜」


 少し前までは気にせずヴィクトール大図書館を出入りしていた。しかし、度々、歴史上二人しか入る事を許されていないヴィクトール大図書館に平気で出入りしている私を見て、「もしかして、余裕なのでは」っと考える者達が現れた。


 結果、毎日如何なる時間帯でも捨て身の覚悟で突っ込んでくるプレイヤーやヴィクトール魔法学園の生徒NPCとイキイキ迎撃に励んでいる入り口の大扉さんとの激闘が繰り広げられている。掲示板では私とコンタクトをしたいトッププレイヤーまで登場する始末。


「人間は目的のためには手段を選ばない。いいわね、小娘ちゃん!!」


「はいはい、肝に銘じます。オバサン〜」


 忠告でも言葉の端端に嗤いを滲ませながら話すのはオフィュキュース。オフィュキュースもまた、本として第二の人生を歩んでいる。各地に存在するとされる石像の正体。それは、昔この地を守りし星霊族。十三人存在し、オフィュキュースは蛇遣い座としてかつて守護していた。しかし、他の星霊を裏切り、自分以外の星霊を石化させた。


 ひょんなことからオフィと対決し、勝利した。消えゆくオフィから託された書物。書物の中身はオフィの自筆で綴られた魔法に関する内容や自分の過去などが記されていた。


 魔法を多用しているオフィ。結果、ヴィクトール大図書館限定ではあるがこうして復活を遂げた。運の良いことに本の上で半透明状態のオフィは会話できるが戦うことはできない。報復を考えなくて済むのはありがたい。


 本棚に収まっている本を抜き、床に座る。


「ユミナよ、私が提示した試練だから強く言えないが......読み終わった本を本棚に戻してくれると助かるだわさ」


 大理石で作られた上品な床に蔓延る本の山。興味のある本を腰を据えて読み、終わったら本を置き、次の本へ。そんな行動を繰り返した事で各階層には床に放置されているいっぱいの本が出来上がった。


「仕方ないわね」


 ストレージから手のひらサイズの本を二冊、取り出す。

 No.13とNo.18と彫られた書物に魔力MPを大量に注ぐ。


 本は開かれ、魔法陣を突き抜けたのはコウモリと猫。

 ヤミコウモリ伯爵三世の冒険鬼【魔術本:No.13】、ミステリーCAT in black【魔術本:No.18】を入手した事で私は使い魔を召喚できる様になった。

 因みに同時召喚はしていない。ナンバー魔術本は特性上、相性の良し悪しが存在する。一回、【魔術本:No.18】を入手した瞬間に試しに同時召喚したら、見事に失敗して【反魔】の状態異常にかかっていた。なので、召喚するタイミングをずらして召喚している。


「コーちゃん、NEーちゃん。本の片付け、お願い!!」


 コウモリを模した黒灰とネコを模した黒金は主の命令で散らかっている書物を片付ける。


 とがめる口調のケンバー。


「ユミナ、自分で片付けるだわさ」


「今、『ヘンブリー式、魔法基本理論:序』を読むのに忙しいから」


「はぁ〜 これが今の魔術師か〜」


「ねぇ〜 ケンバー。『熱気入門』と『ネッテルの恋』と『ラミア図鑑』、取ってきて〜」


「ジャンルが違いすぎる......」


 私の前から本が立ち去る。


「いや、待て!? 私は持てないぞ!?」



 私、ユミナの物語は爆音と書物の山から始まるのだった。





⭐︎⭐︎⭐︎

晴れ時々人。お近くの住民は空から人が降ってきますので十分、お気をつけてください。



《”魔導師”の試練:魔獣の行方》:3/24

・??ノサ????ノ前【魔術本:No.4】

・ヤミコウモリ伯爵三世の冒険鬼【魔術本:No.13】

・ミステリーCAT in black【魔術本:No.18】



『ヘンブリー式、魔法基本理論:序』→気体系魔法のお話。どうして、気体は温度が高いと水が溶ける量が少ないのか。他にも圧力の増減、体積に依存するなどなど......


『熱気入門』→熱気球の原理→風属性の魔法を用いて、袋内に空気を入れ、浮遊できるか。


『ネッテルの恋』→研究者でもあるリールズ・ネッテルに、教え子のダイアナ・ウィルソンが恋心を抱く俗世媒体。

(リアルではこれを百合小説と言う。10歳差なんて愛の前では瑣末な問題〜)


『ラミア図鑑』女性の体、蛇の下半身で代表的なラミア。しかし、環境や数多くの俗信から別種のラミアがいることが判明した。タイトルに図鑑と記されているが稀代のラミア博士でもあるリビュラー・エンプーロンの半生と彼が愛してやまないラミアの生態が半々の書物とされている。

「私はラミアを愛しているんだぁぁぁあああああああ!!!!!!!」

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