第110話 真なる旅人

 ◆


 煙を彼の物語を紡ぐ朱呪ヒストリーメーカーで払う。

 回復薬を取り出す。ドロドロと濁った血に似た液体を飲み干すリーナ。


「毎度、血液を出さないといけないのが難点ね」


 リーナの頬に銀鎖が触る。


「いい子ね、もう少し吸収する血液量を減らして欲しいんだけど......」


 無理、無理っと人間がやる手をひらひらと振る銀鎖。

 彼の物語を紡ぐ朱呪ヒストリーメーカーには、装備者の血を吸収することで剣自体の攻撃力が大幅に上昇する能力がある。

 吸収した血量によって攻撃力上昇の持続時間も異なる。リーナが彼の物語を紡ぐ朱呪ヒストリーメーカーに与えた血の量を時間で換算すると一時間はバフが剣から消えない。


 接近して斬り込むのも、離れて斬撃を飛ばすのも威力は同じ。たとえ攻撃が命中して生きていたとしてもバッドステータス『血塊けっかい』が付与される。


 『血塊けっかい』が付与された者は時間経過で体内からHPが減る状態異常。効果を知らせるために吐血する。高度な状態異常回復をしなくてはならない。大抵の者は『血塊けっかい』で息絶える。


 リーナが使用したスキルは【血の妖クリムゾン】。彼の物語を紡ぐ朱呪ヒストリーメーカーで吸収した血を媒介にクリティカルが倍増するスキル。しかし、【血の妖クリムゾン】使用後吸収した血は減り、彼の物語を紡ぐ朱呪ヒストリーメーカーの刀身が半分だけ紅色になる不恰好な剣となる。




 リーナの顔は呆れしかなかった。


「口ほどにもなかった......あんな奴があの方と。まぁ、殺したからもう見なくて済むけど......」







「ちょっと!!」


 リーナの顔に、動揺が走る。声のする方角に視線を向けると埃を払うお邪魔虫ユミナが立っている。


「勝手に殺さないでよ。全く......」


 動揺は加速する。


「どうして......」




「魔術師ですから。奇跡の一つや二つ、お手のものよ!!」


 実際には運が絡んでいるけど......


 ヤバげな攻撃が当たる前に私は自身のLUK値を上げた。CAR、LUC上昇する【四願の福来ラッキー・クローバー】。LUC値が上昇する【好機姫幸】。爆上がりしたLUK値を元に【死突猛延】を起動させた。


 【死突猛延】はLUK値を参照して、一度だけHP1で生存できるスキル。現状のステータスでは態々、LUK値を増やす行為をしなくてもいいってくらいに幸運値を確保している。


 でも、【死突猛延】の条件に武具で得たステータスアップは対象外になっていた。スキルで自身のステータスを上昇させた場合は発動できるので、こんな回りくどい行動を取るしかなかった。


 しかも、変な状態異常になったから即座に『清浄なる世界へヴィム・エブリエント』で解呪。効果を見る前に呪いを祓ったから詳細をわからない。




 HPを全快にした私はリーナの剣を見る。


「その武器......ヴァルゴのと似ているわね」


 攻撃を受けて思い出した。道理で変な行動を取ったのか解決した。自分の血を媒介に強化する作戦だったなんてね。

 今までその考えがなかったのはヴァルゴと少し異なっていたから。

 リーナは自分で血を流し吸収させ強化していたが、ヴァルゴの場合は武器が直接血を吸う描写がないまま強化していた。だから、候補から外れていた。


 よくよく考えれば、ヴァルゴは形態変更(モデリング)で凛々しい騎士になっているが、あくまで変装皮のようなモノ。本体は血が滴る体となっている。ヴァルゴが持つ彼岸の星剣ノヴァ・ブラッド赫岸の星劍デモニック・ステラは装備者の血を吸収することで威力を上げるもの。持っている手から流れる血をそのまま吸収していたのかもしれない。




「......ッ!!」


 ”ヴァルゴ”の名前を発した瞬間にリーナの眉間に皺が寄る。

 憎悪が増えている感じがする。


「いいわ。とっておきの手であなたを葬るわ」


「それじゃあ、私も新参モノを使わせてもらうわ!!」


 ぶっつけは好きじゃないけど、何とかなると思う。


「まずは......」


 ストレージから一冊の本を出す。MPを注ぐ。


「来なさい!! コーちゃん!!」


 本は開かれ、魔法陣が出現する。魔法陣を突き抜けたシルエットは私の周りを飛ぶ。

 最終的には私の肩に乗る姿勢を取ったのは小型のコウモリ。


 コウモリのコーちゃんが出現したと同時にリーナは剣を地面に刺す。


 首にかけているのは歯車のチャームが付いているネックレス。リーナは引きちぎるようにネックレスを外す。

 ネックレスの鎖は飛び散り、地面に落ちた。歯車は軌跡を描き、光出す。



「『真遡解放しんそかいほう』」




 光は色を変える。渋く濃い紅紫、黒みをおびた深く艶やかな紅、時間がたった血のような暗い朱がリーナを包む。繭に亀裂が生じる。ひび割れたガラスは一枚一枚剥がれる———無数に群がる蝙蝠が飛び去るように。


 その下から出てきたのモノ。恐々とした気を纏う凶々の化身。


「抜け落ちたは、再び進む」


 瞳が深みのある真っ赤な紅色へ変化したリーナは微笑む。さすがはアイリスの血脈。美しさと妖しさを兼ね備えた妖艶な魅力を放つ。


 髪もより艶やか、美しく、誇り高き白銀になっていた。姿だけではなく右手に手袋をはめている。甲には砂時計のようなツールが付属していた。







 リーナは真祖の吸血鬼族のマリアと時幻族の男性との間に生まれた子。


 ハーフのリーナは父親の様に時間の中を旅する力が少なかった。それでも、無意識に発動してしまう力を抑えたのが『運命の歯車クロノ・ウルル』、リーナが首に掛けているネックレス。



「今のわたくしは、真祖でもあり、時間を旅する者」

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