第87話 ビンタ大扉甘く、過去はリトル・半透明

 ヴィクトール魔法学園、二階右。


 ・薬学魔法部屋



 すり鉢にシオガエルの爪とアールコウモリの翼、を入れ、すりつぶす。

 顆粒にした後、生成水が煮えている鍋にゆっくり注いでいく。

 お玉似の道具で撹拌しないとうまく溶けない。でも力任せにかき混ぜるとダメな魔法薬になる。


「最後は......ヒキヒキ毒鳥の......体液を三滴っと」


 ドクロマークのラベルが貼られている瓶に入っている液体を慎重に垂らす。一滴でも分量をミスると別のクスリに変貌を遂げる。二滴だと麻痺薬。四滴だと混乱薬。


「本当に合ってるのかな......」


 教師NPCから渡されたレシピを見る。

 使い古された用紙に羅列されている文字は、ちゃんと私が鍋に入れた素材と分量が記されていた。


 初めは生成水で、純水な水。すりつぶした素材を入れたら毒々しい色になった。これを飲んだら間違いなく死亡してしまう。


 因みにプレイヤーがヴィクトール魔法学園の敷地内で死亡した場合、寄宿舎にリスポーンされる。もちろん、個別部屋で、魔法学園をちゃんとこなしている熟練プレイヤーの部屋は自分色に染まっているとか。


「体液入れたら......緑色になった」


 紫や緑色の液体なんて服用してはならないのが一般常識。


 素材を全て入れてから五分後。


 専用小瓶に煮えた液体を入れる。



 ・毒薬【品質:1】



 魔法使い系統が生産したアイテムには【品質】がアイテム名の隣に表示される。【品質】レベルは最高で”20”。つまり、私が作った毒薬は最低レベルのアイテム。


 完成したのは素材から想像できた通り、毒薬のポーション。自分で飲むと毒状態になる。モンスターに向けて投げれば30秒だけ毒状態にできるアイテム。【品質】レベルが”20”になった毒薬を使用した場合、二分の一の確率で即死するらしい。



「魔薬師を習得していないから、品質も最低レベルか」


 レシピ通りにやっても初心者と熟練者の経験値は違う。料理と原理は同じ。ちゃんと素材を扱っても、下処理が上手くできていない影響で品質レベルも左右される。


 魔薬師を習得すればアイテム製作時、なんとなく良い仕上がりにするための感覚を味わう。その気づきの工程を上手にやることで【品質】レベルが格段に上がる。



 出来た毒薬を持って、教師NPCのアークヌッキ先生に提出した。


「で、出来ました」


「うん、合格......」



『クエストクリア。アークヌッキ先生の薬学魔法:初級編』


 ヴィクトール魔法学園の教師陣のクエストは授業を受けることが大前提。初級編のクエストは【品質】が”1”でもクエストクリアになる。態度は無愛想だけど......【品質】レベルが上昇すれば態度が変わる仕様となっている。


「それでは、今度は素材アイテムの収集から製作まで自分だけでやるように」



『《アークヌッキ先生の薬学魔法:中級編:その1》を開始しますか。 ”はい”or”いいえ”』



 ”はい”を押し、薬学魔法部屋から退室した。


「『その1』ってことは......」


「ポジティブに考えください、ご主人様」



 私の隣にいるのはカプリコーン。ヴィクトール魔法学園にはNPCの魔法使いも所属している。NPCの生徒の中には王族や貴族も存在する。一人では慣れないと言うことで、学園に申請すれば、一人だけ従者も入学扱いで敷地内にいられる制度がある。



 廊下を歩いている私とカプリコーン。


「今日は授業はいいかな」


 ”魔術師”のクエスト受注可能にするための必須クエストはクリアしている。あとは私が試験官NPCの元へいくだけ。


 さっさと”魔術師”になって実践経験を積みたい。でも、寄り道をして、のんびりいくのも悪くはないかなって......

 それだけ魔法学園は飽きなかった。


「私としては、もう少し魔法を学んでほしい所ですが......」


「ねぇ、今から『魔法使いの集い場』に......行こう......まただ??」


 窓から見える綺麗な放物線。物ではない。人間だ。


「あっ、飛んでいる......」


 魔法学園に入学して幾度も見てきた光景。私の魔法学園生活の日常の一部として浸透していた。


「今日もですか......人間とは不思議な存在です。ご主人様は行かないのですか?」


「いいの?」


「お顔が『行きたい』でしたので」


「さっすが、私の執事様だね!!」


 微笑むカプリコーン。





 ヴィクトール魔法学園の敷地内を西側に進むと、何百年以上もその地に建っている建築物がある。

 ヴィクトール大図書館は、古めかしい石造りの外観と街一番の高さを誇っている。



「扉にビンタされてる」


 私の上を通過したのはヴィクトール大図書館の入り口に備え付けられている両開きのにビンタされ吹っ飛ばされたプレイヤー。


「頭から地面に刺さりましたね」


 吹っ飛ばされたプレイヤーは地面にめり込んでいた、頭から......


「窒息死して、消えた......」


 死亡して、寄宿舎へリスポーンしているだろう。


「無理だろうと思いますが、本当に行かれますか?」


「うん!!」


「過去に、無謀な方の執事としてお側にいました。ご主人様は皆と同じ目をしています。くれぐれもご注意を、ご主人様」



 ヴィクトール大図書館は入れない。ヴィクトール魔法学園の創立以来、大図書館に入れたのはたったの二人。

 一人はヴィクトール魔法学園の創立者のエヴィリオン・ヴィクトール。昔、『スラカイト』に存在していた有名な女性賢者。




 もう一人は、記録もなく誰なのかは不明となっている。






「まったく......『エヴィリオン・ヴィクトール』の名前にふれるなんて」


 ”ヴィクトール”の名前は学園に来る前に一度、目にしたことがある。にも記されていたし......


「創立者とは書いていなかったな〜」


 大図書館の入り口に着いた。

 私はゆっくりと視線を動かす。円筒形をした石造りの塔。壁には幾重にも風雨に晒された傷跡も多い、それでも荘厳な様相の建物だった。


「さてと、目の前まで来たのはいいが......」


「やはり、無策でしたか」


 這い寄り、顔を覗かすのはカプリコーン。


「急にやめてよ、心臓が止まるかと思った。実際、どうするかなって。敵意があれば、攻撃する」


「ヴァルゴに似てきましたね」


「私の戦闘の先生だからね〜」


 とりあえず、『熱火の魔法棒』から『星刻の錫杖アストロ・ワンド』に変更し、防具も変えた。タウロス製の『熱火の魔法棒』でもそこいらのモンスターに遅れを取らない。『星刻の錫杖アストロ・ワンド』にしたのは単に気合を入れるため。



 夜空の光を放つ。


 大図書館のバカでかい扉は意思がある。入ってくる者へ攻撃をしてくるモーションをとる。

 入ろうとする者が絶えないのは大図書館にあるあらゆる分野の書物が溢れているからだ。NPC視点では古代の書物や歴史的遺産書があると語り継がれている。入り知識を吸収した者は歴代最高の魔法使い、”賢者”になれると。


 プレイヤー目線では、誰も入ったことがない未知の場所。誰よりも恩恵をあやかりたいのが一番。先の存在になりたい欲がある。


星刻の錫杖アストロ・ワンド』を構えて準備万端。カプリコーンもレイピアの『熾星の細剣セラフィム』を抜刀して構えている。


「来たわね......」


 扉が鈍く重い音を出しながら開く。思いつくのは扉が変形して腕のようになり、殴ってくる。図書館だから書物がモンスター扱いで攻撃をしてくるとか。恐ろしいのは塔自体がモンスター化した場合。さすがに塔が攻撃対象になったら諦めるしかない。








 扉が開いてから五分が経過した。


「攻撃、ないですね」


 不思議に思うカプリコーン。


 歩く私。

「ご、ご主人様!?」


「カプリコーンは待機」




 中央だけ光があった。吹き抜けのホールになっており、太陽の光が天井のガラスを突き抜け一階まで照らす。

 埃と塵が充満していた。私以外誰もいない証拠。一日ではない、軽く数百年は経過している空気だった。

 一階は長テーブルと長椅子が置かれている。近くには巨大な四角いキューブが浮いていた。


 奥には二階に進める階段があるだけの簡素な場所だった。


 上を見上げると壁いっぱいの書棚と動く橋。橋はいったん置いといて、私の目に留まったのはどの階層でも、書物で埋め尽くされていた。


「まさに壮観......」


 あと、なんだろう。体が心地いい。大図書館に入ってからだ。


「今なら、特大の攻撃魔法が撃てる気がする」


 一人言だった。一緒にきたカプリコーンは外で待機している、私以外に大図書館にはいない。


『それはオススメしないわ、小娘ちゃん〜〜!!』
















 聞き覚えがあった。いや、”あった”ではない”ある”だ。


 全身が警戒する。囁かれた声に対して臨戦態勢をとる。

 大図書館からの攻撃ではないと直感している。私の後ろから聞こえた声を忘れることができない。

 人を小馬鹿にし嘲笑う声。


 振り向き、声の主を睨む私。


「どうして......っ!」


 空中に浮かぶ本。開きっぱなしの本はの服と同じ暗めの青味をだす緑色の光を放出していた。

 開きっぱなしの本の中心には立っていた。


「......随分、半透明で小さくなったわね。オバサン!!」




 星霊で、蛇遣い座で、私が倒した......オフィュキュース。


 私を見下ろすオフィュキュースは不敵な笑みを浮かべた。


「相変わらず、生意気な小娘ちゃんだね!! ふふう〜」

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