第76話 出会いは偶然

 ◇


 街の中は温泉で発生した煙か鍛治で発生した煙なのか定かではないが煙で充満している。流石に視界を悪くするほどの量は発生していないが、それでも風景の一部として溶け込んでいる。温泉街エリアを東に進むと鍛治エリアに到着する。煙と熱気に包まれている鍛治エリアは基本、NPCやプレイヤーの鍛治師たちが意見交換や協力して『火上加煙かじゅうかけ』フィールドで鉱物や素材を集め、より品質の良い武器や防具を生成している。


『ラパン』に滞在しているプレイヤーは半分が旅館気分を味わう者たち。もう半分は鍛治に命をかけている者たちとなっている。


 少々暑苦しい場所でもある鍛治エリアに純白のウエディングベールを被っている者がいた。

 見た目は二足歩行している雌牛。上半身はビキニ、下半身はダボダボな鍛治ズボンで中々にインパクトがある格好をしている。そんなパンチがある者が更に純白のウエディングベールを被っていたのなら好奇の目に晒されていること間違いない。しかし、鍛治エリアにいる者たちは皆、誰もその存在に気づいていない。


「ここはいい。アタイの聖地だな」


 面白い物を作る奴も入ればひたすらに同じ物を作り練度を高める者。同じ鍛治師として加わりたい気分がある。

 だが、今ここで純白の霊奏シルク・ヴェールを取れば、一気に注目の的。そうなれば自由に散策もできず探しているモノにも辿り着けない。


「さてと、次は......?」


 別の場所も見ようと方向を変えた瞬間に目に入ったものは煙嵐だった。前を爆走している者とそれを追いかけている者達が発生させたのだろう。うん? 一番前を走っている者......もしかして。


「あっ!! タウロス。助けてぇええええ!!!」


「お嬢ぉおおお!?!?!」


 アタイの主でもあるユミナ様。城の工房で製作した『炎削の鷺ドリューエン』をちゃんと装備していて嬉しいぜ。なにぶんブーツからハイヒールに変わったことで歩くのに慣れないと言っていたが走るまでには使いこなしているんだろうと。それにしても、何故追いかけられている。


 純白の霊奏シルク・ヴェールの効果は一定時間、装備者を周りから認識させないようになっている。お嬢の場合はアタイたちの居場所が知覚できるのでこうして普通に会話ができる。



『その装備の出所を教えてくれ!!』

『その装備に使われている素材を教えろ!!!』

『その杖の入手先を教えてください!!』

『それを作った鍛治師を紹介してください!!!!』


 同じ言葉が飛び交っている。



 唖然とした。だが、なんとなく理解した。アタイが作った装備品や星刻の錫杖アストロ・ワンドが鍛治師たちを熱狂させたのだろう。だからお嬢は逃げているのか......すまぬ、お嬢。


「鍛治、頑張ってねぇえええ!!!」


 お嬢の後ろにいる者達に捕まえられないように持ち前の加速スキルをフルに使っているんだろう。

 いつの間にかアタイを過ぎ去り、姿が見えなくなった。















 ◆


 私の馬鹿と過去のユミナを呪っていた。


「なんでこんなことになっているのよ。ただ話しかけただけなのに......」


 初めは温泉街にいるプレイヤーに話しかけていて、ちゃんと会話できたことが嬉しくてそのまま鍛治エリアにいるプレイヤー達にも話しかけたことがこの不運の始まり。純白の霊奏シルク・ヴェールも布を上げた状態でないと人に認知されないから仕方がなく上げて会話していたから簡単に周りにいたプレイヤーや鍛治師NPCが目を光らせ、私を捕獲しようと躍起になっている。


「それにしても、タウロスが作ったのはそんなに珍しいんだ」


 それもそうか。私の現状の装備は、私とアクイローネ、それにクイーンさんしか知らない『叫棺きょうかんの洋館』。そこに出現するモンスターたちもゲームでは馴染み深いお化けモンスターでも中盤の街やフィールドには出てこない。当然、ドロップした素材も誰もが知らない未知の素材たち。生産アイテムを日夜、製作している鍛治師にとっては宝石箱みたいなんだ、今の私は......


「だからって、もう少し慎みを覚えていいと思うんだけど......」


 まだ付いてきている。人数はざっと十名程度。初めのころよりかは人が減った。それにしても、星刻の錫杖アストロ・ワンドや外付けのステータスアップ、私の加速スキルでも追いかけてくるところを見ると、残っているプレイヤーは私以上にこのゲームをやりこんでいる者たちと見た。上位陣なのかな......って今はそんなこと考えている暇はない!?!?



「再び、力を貸して」


【チャージング・アクセルフォース】、【暴走の代償リミテッド・アサルト】、【煌めくシューティング・流星スター】。私が持っている加速系統のスキル。チャージング・アクセルフォースは俊敏値と回避率の上昇スキル。暴走の代償リミテッド・アサルトは高速移動できる代わりに使用するたびにHPが消費されていくスキル。


 二つとも通常のスキルなのでリキャストタイムが終わるまでは一定期間、AGIが上昇するスキル、煌めくシューティング・流星スターだけで走っている。【EM】が尽きるまではある意味、無尽蔵に使用できる《星霜せいそうの女王》専用スキルや魔法。本当は【仲絆の力パワー・オブ・ブレイブ】も起動したかったが戦闘中に発動できるのが条件。なので使用はできない。


【状態異常スキル】はもれなく条件から外れている。追いかけられているから敵だよね? こんな時だけ判定厳しくないかな......


 他にも【隠者の努力】はフィールドで起動することで一定確率で狙われにくくなるスキルだから使用不可。私が後ろにいるプレイヤーに攻撃すると、私が街の衛兵NPCに斬り殺されてしまう。なんとも理不尽な世界。


「あれね......」


 見える範囲が補正される、【フォーカスアイズ】で登れそうな建物を発見。ジャンプ力補正がかかる、【ホッパームーブ】でよじ登る。屋根についてから猛ダッシュ。







「やっと......撒けれた??」


 流石に建物をよじ登る行為をするプレイヤーはいなかったのか、後ろには誰一人として追いかけてくる者はいなかった。


「ニンゲンコワイ......ギャバァ!?!」


 カタコトを言うまで疲弊していた私は、立っている屋根が脆いことに気づかず落下してしまった。







「誰ですか......ゴホッゴホッ」


「ごめんなさい、落ちてしまって......」


 埃が舞うので姿は確認できないが女性の声だった。

 視界がクリアになったことでその姿も露わになる。


 黒髪ショートで鍛治の服を着ているから鍛治師なんだろう。


「ぎゃああぁ!!!」


 どうやら作業中に私が落下したのが原因で鍛錬途中のアイテムがダメになり嘆いていた。


「どうしてくれるんですかぁあああ!!!」


 胸ぐらを掴まれ体を前へ後ろへ移動させられた。落ち着いたのかやっと解放された私。


「本当にすみません。弁償します」


「そういう問題では......!?!?」


 私の装備を隈なく見てくる女の子。時間にして数秒の凝視だったが私の流れている時間はゆっくりに感じた。


「分かった、とりあえず私の工房の弁償代と貴女の装備に使われている素材を教えて。それで手を打ってあげる」


「お金はなんとかなるけど、素材の方は......」


「もしかして、もうない?」


「はい、すみません。でも、今からとってきますので。十分だけ待っててください」


「えっ、えぇ......それじゃあ、お願い。あと逃げ出さないようにフレ登録して」


 私の前にフレンド申請のウィンドウが表示された。

 名前は......カステラ。なんとまぁ、甘い名前だこと。


「逃げませんよ、これでいいですか?」


「へぇ、ユミナって言うんだ。なんかよく分からないけどよろしく」


「それじゃあ、先にこれ渡しておきますね」


 私はカステラにお金が入っている麻袋を手渡した。

「すみません、それしか持っていないので......」


 扉を勢いよく開け、走る私。


「えっ!?!? 50万ノターって多いよ、これ。行っちゃった」


 ......


 ..........


 ....................



「えっと......ここで良いのかな」


 私は異空間転送の把手安住の地へを手に持ち、建物の壁に設置した。


「お邪魔します!」


 灰色の渦巻きが空間を支配している感じ。抵抗感があるけど、弁償のためだ。


「本当に着いた」


 《ボルス城:移動可能エリア》

 ・『リリクロス』:ボルス城

 ・『リリクロス』:烙戦強兵らくせんきょうへい深森しんしん

 ・『スラカイト』:叫棺きょうかんの洋館

 ・『スラカイト』:叫棺きょうかんの洋館(ロンドン・ヒル)

 ・『スラカイト』:異林暗波いりんあんは

 ・『スラカイト』:ラパン

 ・『スラカイト』:火上加煙かじゅうかけ


「項目が増えている」


 私が行ったところが自動的に記録されるのだろう。これは便利すぎる。アイリスとラグーンとベイに感謝するしかないな、これ。


『ラパン』とタッチすれば地図に表示された足跡のどこかに転送できるらしい。これは後で試すとして用があるのは『叫棺きょうかんの洋館』。



「なんじゃ、ユミナではないか。丁度良い所に来てくれたの。お前に話が......」


「すみません、今は素材が欲しくて。では〜」








 いたいた、待ってよお化け達〜

 何も逃げることないじゃん。

 ちょっと前まで私を脅かすのに命燃やしていたのにさぁ〜

 そもそも幽霊に命ってないか。

 逃げないでよ〜、私たちの仲じゃない。

『アイGジェネ』、『アイGジェネ』っと。

 凍らせてからの【螺旋状の乱射ジャイロ・マグナム

 素材ゲット。ではまた会いましょう......オホホ〜






「お待たせしました」


「おぉ......本当に十分くらいの時間でしたね。その白い布切れがドレスになったんですか」


「はい。あの、本当にすみませんでした」


「いや、よくよく考えればボロ屋根に住んでいる私が悪いような。凄いですね、この素材。見た目に反して良物ですね」


「気に入ってくれたのなら幸いです。それじゃあ、私はこれで......そうだ、もしも奇妙な石像があったら教えて欲しいです」


「石像?」


「もしも、でいいので」


「よくわからないが、わかったよ」


「ありがとうございます。では、失礼します~」




「なんか嵐のようなプレイヤーだったな。ユミナか......覚えておこう!!」


 しかし、何故だろう。ユミナを見てから心がざわつくのは。長時間ログインした弊害なのか。


「さてと、折角貰った素材を......うん?」


 カステラが見たのは度々、入っているオニキス・オンラインの掲示板。その中に気になるスレがあった。


「『ラパンに現れた純白のウェディングドレスを着たプレイヤーの情報、求む』か。まさかな......」


 カステラはウィンドウを閉じて、ユミナから頂いた素材で新しい生産品を作るのだった。










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