第60話 ここがアタシのターニングポイントよ

「それで幸せなの?」


「えっ!?」


「アリエスは本当に幸せなのかって聞いてるの」


 主からの質問に返答に困るアリエス。だが、自分の体のことは自分が良く知っている。過去の誤りは二度としないと心に決めた、でも......もしも......


「し......幸せ......になりたいです。こんなアタシでも幸せになれるなら......なりたいです」


「そっか。このユミナ様に任せなさい!! 後、『こんなアタシ』なんて言わないでよ。ヴァルゴもそうだったけど、みんな等しく幸福になれるんだから」


「あの......ヴァルゴはどうしてああなったんですか?」


 話していいのか......ヴァルゴの本当の姿を言わなければ大丈夫か?


がさぁ」


 何のことか分からずキョトンとした顔のアリエス。


「あれ、ですか?」


 そうだった。私とヴァルゴにしか通じない言葉だった。


「オフィュキュースのこと。私とヴァルゴと敬意を込めて”あれ”と呼んでいる」


「”敬意”とは真逆の意味合いだと」


 面白いことを言うわね、アリエス。あんな悪辣で自分勝手で自己中変態蛇遣いは敬わないと。


「で、オフィュキュースはヴァルゴの過去をベラベラ喋っていてね」


 顔面蒼白になるアリエス。


「きっと過去を聞いた私とその後どうなるのか分かっているヴァルゴの苦しむ姿を見たかったんでしょうね」


「どうして......」


「まぁ、私はそんなオフィュキュースの企みを全無視したけど」


「えっ!?」


「当然じゃない。過去は過去。私が知っているヴァルゴが今のヴァルゴだしね〜」



 ニッコリ笑う私。それを直視したアリエスの頬が赤く染まる。


 突然の行動。アリエスは自分が装備している牡羊の星衣を解装した。煌めくエフェクトが舞いながらアリエスが着ていた純白の布地の修道服が消滅する。残ったのはアリエスの身のみ。ヴァルゴが装備を全部解装した時と同じでシンプルなインナーだけ。ヴァルゴみたいに凶悪なミサイルはない。絶壁ではなく少し丘があるけど、それを抜きにしてもアリエスの肢体は眩しかった。

 見上げながらジロジロ見てしまったことでアリエスの顔が更に紅潮する。体が震えもじもじするアリエス。


「あまり......見ないでください」


「そうしたいのは山々なんですが......目が離せなくて」


 ヴァルゴの時にも味わったが、意識が囚われている気がする。

 私が出会った女性NPCは私に対して魅力や誘惑を強制発動するスキルを持っているのではないのか。

 などとアホな思考していたが違和感があった。


「それが......原因?」


 インナーに覆われていない腕や足など肌色が多い部分、服を捲し上げて見えたお腹部分。アリエスの体全体に入れ墨のような模様が付いていた。ペイント類と考えたこともあったがどうやら体と一体化していて剥がすことは不可能。


「もう......いいよ」


 再び修道服を装備したアリエスは床に座る。目線を合わせるが、アリエスは即座に下斜め。床を凝視していた。


「すみません。ちょっとユミナ様を見ることができなくて......」


「あんな恥ずかしい格好をさせた主をまともに見れないのは仕方がないよ。今ここで攻撃されても文句は言わないから」


 なんか私が想像していた女王像から大きく逸れている気がする。女王ってこう威厳たっぷりで部下から信頼されているイメージなんだけど、今の私って従者を脱がす変態になっていないか? このままエスカレートしていった日には残念な女王になる......何処かで軌道修正しないと。


「いえ、そうではなく......」


 アリエスの顔は遂に、茹で上がったように真っ赤な顔へと変貌を遂げた。

 そして、アリエスの瞳からは雫が溢れ始める。腕を覆う長袖で涙を拭うが次々と溢れていく。


「だ、誰にも......言えなくて」


 アリエスは涙ながらに自分の体のことを私に話した。

 どうして入れ墨のような模様があるのか。頑なに誰とも触れようとしなかったのか。触れてもずっと謝罪していたのか。全てはアリエスが生まれながらに持っていたスキル、呪いのカースト救護ホーリーと聖女としての素質が原因。アリエスも当初は悪しき心を持った者が自分に触れたことで消滅したと考えていた。しかし聖女として選ばれ、活動をしていくに連れて呪いのカースト救護ホーリーは生物全体に影響を与えることを知った。


 勿論、呪いを解く方法を探していた。だが、結果は全てダメだった。むしろ呪いを解くために行なった魔法や儀式に反発を起こし、より強固な呪いへと変わっていった。聖女時代ではもう彼女の呪いを消すことができずにいた。



 呪いのカースト救護ホーリーという重い制約を抱えていても彼女の聖女としての力は本物だった。聖女の力は民衆には慕われ、自己防衛にも優れていた。彼女はそれでも良かったと。それを星霊に就任しても同様だった。

 自分に触れなければ、自分が誰かと触れ合うことを禁止すれば......生きていけると......何も難しいことはない。

 そう、難しくはないのだ。誰かの温もりを感じては............いけないのだ。




「......ありがとう」


 口角を少し上げる私。優しげで柔らかいその表情に思わず抱きつくアリエス。

 私はアリエスの羊の耳や髪を撫でる。私に触られて嬉しいのか甘い声が私の耳に伝わってくる。


「よしよし。ありがとね、話してくれて......」



「その、これからもユミナ様に触れてもいいですか?」


「勿論、バッチ来いってね!! 私がアリエスを幸せにしてみせるから」






「不束者ですが......これからもよろしくお願いします」


 アリエスの恥ずかしげな声。私に寄せる期待の声。眩しく太陽のような笑顔。どれをとってもアリエスは愛おしかった。



 それにしても......


「こっちは感動シーンだって言うのに......無粋ね」


 アリエスとの仲が深まったことは大いに嬉しい。側から見たら人の家に勝手に上がり込んで、荒らしている野蛮な奴らに対して駆除しているのに邪魔されたから怒る姿勢をとる。どっちが無粋なのかは......こっちか。


「ちゃんと考えてそうな見た目だこと」



 目線の先、今まで出会った半透明なモンスターとは違うお化けだった。

 体は二人分の人骨で形成され、上から不気味な冷気が漂う白いローブみたいな衣を全体に纏っている。骨には足がない、代わりに骸骨は空中浮遊していた。

 何人もの命を刈り取ったような殺意と鋭利さを両立させた片手剣を右手に構えている。


 左手に持っているのは鋼、鋼鉄、スチール。読み名はなんでも良い。


 見た目は凧型で鋼で構成されてそうな重厚感もあり、かなりの防御力があると見える。殺意と鉄壁で隙などはないと確信してしまうが更に厄介なことに頭が二つある。

 実は片方はただの飾りか討ち取った敵の頭を勲章としているだけなら若干のホラー要素はあるけどそれだけ強いと視認できる。

 しかし体半分同士はこちらを見て嘲笑っていた。か弱い女の子が二人だ、と考えているかもしれない。

 脳みそがない時点で思考もへったくれもないけど。それぞれ独立して動いており、右半分は緑色で左半分は白色という姿をしている。緑骨は剣を回しながらこちらを威嚇。対して白骨は盾を構えていつでも敵からの攻撃を防げる体勢をしている。



「アリエス......行ける?」


「勿論です、ユミナ様」



 敵......抹楯の悪霊ダーク・スピリットはこちらを完全に舐めている。後で吠えずらかかせてあげるから。こちらとの力量を見極めないあたりどうとでもなる。


 アリエスは白き輝きの星光の祝杖ウィンディメイ、私は深き青紫で輝く星刻の錫杖アストロ・ワンドを持ち二色の邪悪な幽霊に勝負を挑んだ。



















「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


 背中越しに伝わる長いため息。声の主は分かる。ただ顔は見ない。見るのが恐ろしいとかではない、ただベットでうつ伏せのまま動けずにいたからだ。

 アリエスの告白後、私はヴァルゴを連れて一時的に外に出た。今回の目的は叫棺きょうかんの洋館に生息するモンスターの素材などを集めるもの。元々人数が多かったので二人くらい抜けてもアイテム回収やモンスター討伐に遅れが出ることはない。ゲームの審査員でもある私は勿論、どうせ出現した瞬間にお化けモンスターを絶命させ、素材を荒稼ぎしているであろうヴァルゴが抜けても問題はない。


「やっぱり、お嬢......ユミナ様はドアホですね」


「主に対して暴言とは、覚悟は良いかしら?」


「そのようなお姿で言われても怖くはありませんが」


 私がうつ伏せのまま突っ伏しているのは、長い間、アリエスを抱きしめていたからだ。実際は私はアリエスの呪いのカースト救護ホーリーをダイレクトに受けていた。死なずに済んだのはもう労基から叱られるレベルまでに昇格? している清浄なる世界へヴィム・エブリエントさん......いや、これからは清浄なる世界へヴィム・エブリエント様と改めよう。


 私の体は呪いのカースト救護ホーリーが放つ高濃度の呪いの瘴気を浴びていた。まさか、清浄なる世界へヴィム・エブリエントでも完全には打つ消すことができないとは。ジリジリ減っていく度に回復魔法などで延命していた。清浄なる世界へヴィム・エブリエントでもダメだったんだ、簡単に呪いを解除できるレベルの叫棺きょうかんの洋館の呪いやそこに生息しているお化けモンスターが勝てるわけがなかった。呪怨と回復の反復運動を繰り返した結果......ボロボロになりました。でも悔いはない!




 安泰になったアリエスはみんなと合流して今も素材集めなどをしている。

 あれで良かったのか正直、分からないけど。あの笑顔は本物だった。


「アリエスの心を晴らすことには成功。でも、その結果......お嬢様がダウンしてしまうとは」


「良いの、良いの。私がやりたかったからやった。後悔は微塵もないわ!!」


「......ありがとうございました」


「何が?」


「私たちではどうすることもできませんでした」


「そんなことはないと断言できるよ〜」


「そ、それはどういう意味ですか?」


「さぁ〜 分からないな♩」



 ヴァルゴ......貴女が第一歩だったのよ。

 呪いのカースト救護ホーリーをその身に宿したアリエスは、過去に一度だけ善良な人に触れてしまったことがあった。恩人であり、育ての親であり、愛する者だった。例え禁じられた恋でもその心に嘘をつきたくなかった。

 それが過剰になり、その人を殺しかけた。自分の過ちで自分を縛った。もう会わない、会えないと。

 それが幸か不幸か......愛する者が幸せになってもいつも通りに振る舞った。


 星霊たちは”いつも通り”なのに気付き、アリエスを慰める言葉をかけた。しかしたった一人だけ慰めではなく、喝を入れた者がいた。まぁ、本人は覚えていないだろうとアリエスは私に言ってくれた。それもあって強く生きていこうと決心したとか。その後に石化されて何百年。生きる希望から絶望的な考えも巡らせてしまい過去の事で苦しんでしまったらしい。



 ベットに腰をかけるヴァルゴ。私の背中をさする。


「まぁ、私としてはこれ以上、ライバルが増えるのは嫌ですが」


「何よ、ヤキモチなんて、ヴァルゴには似合わないよ。それにライバルってアリエスだけでしょう?」


「ユミナ様は鈍感なのか、素直なのか......不思議なお方ですね」



 それって額面通りに受け取っていいものなのかな。


「それはそうと早く洋館に戻らないと......」


「やけにやる気ですね。初めの頃はあんなに怖がっていたのに」


「金のなる木を逃しては強者にはなれないんだよ、ヴァルゴ君」


「ちょっと何言ってるのか私には分からないですが」


 実はね、一階のとある部屋。散乱している家具類を退けるとね、地下に続く隠し部屋の入り口を見つけたのよ。

 この洋館は元々、豪華な屋敷だったに違いない。外装だけではなく内装も高価な調度品が多かった。そんな洋館に地下室。きっと隠された財宝があるに違いないわ。

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