第43話 同じ女性を愛してしまったライバル同士

「落ち着いた? アシリアさん」


 震えていたアシリアさんに、背中をさすりながら状態を確認した私。


「はい、ありがとうございます......ごめんなさい」


「私は......別に、気にしては......慣れていますので」


「ヴァルゴ......」


 鋭い声が響く。私を見るヴァルゴ。数秒見つめ合い、私は首を横に振る。


 私の意図を汲み取ったヴァルゴはアシリアさんの前にひざまづき、自分の手をそっと置いた。


「アシリア様の謝罪を受け入れます」


 受け入れた印と称して、アシリアさんを抱き締めるヴァルゴ。



 うんうん。女同士が仲良くなる姿は良いわね。この後の展開を考えると......アシヴァになるのかな。

 いや、意外とヴァアシへと。どちらになっても非常に、絵になる。


 ニヤニヤしていた私をジト目で見ている二人。


「お嬢様......何を考えていらっしゃるんですか」


「ユミナ様......お顔が何か変です?」


 目を逸らし、棒読みな言葉を発する私。

「今日のお空、綺麗ね」









『ヴァーシュ』の教会。


 仁王立ちしているカトレアさん。縮こまりながら正座しているアシリアさん。

 何か......デジャブな光景。


「聖女様......」


「はひぃ」


 絶対に怒られると思ったアシリアさん。だが、カトレアさんの行動はアシリアさんにとって予想外の行動だった。

 抱き締めたのは厳格な女性司教ではなく、孫を安否を心配する祖母がそこにいた。


「心配......かけないでください。アシリア」


アシリアから涙が零れ落ちていた。

「カ、カトレア......」



「ユミナ様、ヴァルゴ様......本当にありがとうございました」





 その後、アシリアさんとカトレアさんは自分たちのホームに戻る支度をしていた。目的地は攻略の最前線とされている十二番目の街『サングリエ』。アシリアさんとはこのまま一緒に冒険するのもの楽しいかもしれないが、聖女としての責務があるのでここで別れてします。こればかりは仕方がない。


 ヴァルゴとアシリアさんが森の中に入っていく。

 追いかけようとしたがカトレアさんに呼び止められたのでそっちへ行くしかなかった。








 ヴァルゴは出発目前のアシリアに呼ばれ、人気のない森の奥へ足を進める。


「もうすぐ......出発ですよ、アシリア様」

 歩く足を止め、ヴァルゴの方へ体を向けたアシリア。


「最後に......お伝えしたいことがあって」


「お嬢様に聞かれたくない内容ってことですか」


 ヴァルゴの質問にうなづくアシリア。

「私は......ヴァルゴ様に嫉妬していました」


「嫉妬ですか......」


「ユミナ様のことが好きなんです......でも、あの方の隣には......ヴァルゴ様がずっといらっしゃった」


 その後、アシリアは自分が想っている事を全て目の前のヴァルゴに吐き出した。そこには慈愛に満ちた聖女としてのアシリアではなく、一人の恋する乙女であるアシリアしかいなかった。僅かな時間しか一緒に過ごすことしかできなかった。初めての感情が爆発し、もっと、もっとあの方の笑顔を見たい。でも、自分がその笑顔を少し曇らせてしまったことを悔やんでいる。自分の好奇心が、自分と関わったことで過酷な状況を生み出してしまったと。


「あの時......私が捕まらなければ。ヴァルゴ様も苦しくなることは......」


「あれは......アシリア様のせいでは」


「それでも、罰は受けないといけません。私は......もう、お二人に会わないことにします」


 ヴァルゴはアシリアに歩み寄る。

「情けないですね......聖女様」


 上を向け、ヴァルゴの顔を見上げる。

「そうですよね......私は」


「そうではありません」


 目を見開くアシリア。

「えっ......」


「私の......昔の知人にアシリア様と同じ悩みを持っていた方がいました」



「私と同じ悩み......その方は?」


「............初代聖女です」



 優しい目で口角を少し上げるヴァルゴ。

「彼女も好きな人の前では前に進むことができずにいました。自分の好きな人が誰かと添い遂げていても彼女は毅然とした態度を取っていた。私たちには何でもない顔を見せて、誰もいない所で......一人、泣いていました」


「どうしてですか」


「アシリア様と理由は同じです。自分がやったことで好きな人を不幸にさせてしまった。それを償う形で彼女はその方から離れました」


「それでは......初代聖女様は、ずっと罪を背負って......お過ごしに」


「いえ、いつの間にか吹っ切れていました」


「............は?」


 アシリアは自分でも中々に間抜けな声を出してしまったと、恥ずかしい思いをした。

 目が点になっていて、目の前のヴァルゴ様は何を行っているのか理解できずにいた。


「キッカケがあったとかですか?」


 首を傾げるヴァルゴ。

「それが分からないんです。昔の仲間も誰一人、何で吹っ切れたのか心当たりがないと」


「初代様は......私なんかよりお強いですね」


「ただ......」


「『ただ』?」


「まぁ、元々引っ込み思案な性格ではありましたが......吹っ切れたことがきっかけで態度が真逆になっていて。『いつまでもクヨクヨしては、生きている意味はない。終わった想いを糧にあたしは幸せになってやる』と......」


「............『クヨクヨしては、生きている意味はない』」


「アシリア様の場合は、終わっていません。なので......いつでも、かかってきてください」




 アシリアはヴァルゴの顔を見る。ニッコリ笑顔だった。

「お嬢様......ユミナ様はこんなどうしようもない私をこれまでと同じように側に居てもいいとおっしゃいました」


 ヴァルゴの頬が赤くなる。同時にお辞儀をしていた。

「それに......アシリア様のおかげで......私の......ゴニョゴニョを貰ってくれましたので。むしろ、感謝しています!!

 ありがとうございました!!!」


 震えそうな声を出すアシリア。

「えっと......それは、つまり」


「私が一歩リードです!!」


 アシリアにVピースを決めるヴァルゴ。ドヤ顔がここまで似合う者は早々、いない。


 眉間に皺が生まれるアシリア。自分がどれだけマイナスな感情を出していたのに、目の前の女騎士さんは自分のお陰で愛する人から『初めて』を。マイナスな感情は一気になくなり、新たな決意が生まれる。


「まだです」


「えっ?」


「まだ、ヴァルゴ様のモノになったと決まったわけではありません」



「ですが、ここまで私との差が開いては」


「『初めて』だけですよね。私なら、その先だって覚悟はできています」


「聖女は清く正しい存在です。そんな低俗なことを」


「ヴァルゴ様も誇り高い騎士ですよね。ましてや、ユミナ様の従者。従者が主を襲っても良いのですか?」


「痛いところを突きますね」


「それに、やはり一緒にいたと思える存在は年齢的に近い方が何かと問題なくことが進むと思われます」


「恋に年齢は関係ありません。愛の前では瑣末さまつな問題です。現に私は一緒に、寝ています!」


「なんて......羨ましい事を」


「年齢を持ち出す時点でアシリア様はどう足掻いても私に勝つことができません」


「負けません!! 過去は過去。終わったことをいつまで引きずってもいけない。私が行うことは一つです」

 アシリアは揺るぎない眼差しをヴァルゴに向ける。



 不敵な笑みを浮かべるヴァルゴ。

「では、貴方はどうするのですか?」


「ユミナ様の一番は......私です」


「吹っ切れたようですね......」


「見ていてください! 必ずヴァルゴ様よりも上に行きます。決意表明ってやつです!!」


「その挑戦、受けて立ちます。もしかしたら、私の圧勝で幕を閉じるかもしれませんが!!」


「あは......あははははははははははははははははははははははは」


「ふふ......ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」




 笑い合うヴァルゴとアシリア。街に近くの森でもモンスターは存在する。草むらに潜んでいたモンスターたちは今か今かと待ち構えていた。だが、森で話している捕食対象を見て、震えていた。そして、静かにその場を立ち去る。




 荷物をカトレアさんの馬車に運んでいた私、ユミナは背筋が凍る感覚を味わう。

 常備薬と同じ位置付けになっているお馴染み、過労死さんの【清浄なる世界へヴィム・エブリエント】を発動していた。


「誰かに......攻撃されている? 状態異常にはなっていないけど......もしかして、ゲームの不具合でも発生したのかな?」














「では、ユミナ様。お世話になりました。お会いしましょう!!」


 私たちはアシリアさんとカトレアさんを無事送ることができた。


「ねぇ、ヴァルゴ」


「どうかしましたか、お嬢様?」


「いや、その顔が......」


「いつも通りだと思いますが?」


「そ、そうよね。いつも通りよね。さぁ、宿屋に行きましょう! 伝えたいことがあるし......」


 おかしいな? ヴァルゴの顔、若干怖いんだけど......アシリアさんとなんかあったのかな?

 喧嘩別れになってないと良いけどな......乙女心は同性であっても手強い。


(負けませんよ......アシリア)









 馬車に揺られているアシリア。


「......カトレア」


「どうかしましたか、アシリア」


「『サングリエ』に着いたら、聖女としてより精進して行きます」


「ど、どういう風の吹き回しですか」


「私は......今の地位に満足していました。もっと自分はできる事を証明したいんです」


「何かあったそうですね。今のアシリアからは真剣さがあります。分かりました、このカトレア。アシリア聖女様を立派な聖女にして見せます。覚悟は良いですか?」


「勿論!! あともう一つ、聖女関連と一二を争う位に大事なことがあってね!! 直ぐに教えて欲しいことがあるんだけど」


「凄い気迫ですね。それで何を教えて欲しいのですか?」











 笑顔でアシリアは隣にいるカトレアに告げた。


「花嫁修行を教えて欲しいのよ!!! 若しくは女性を、”女”にする技術を!!!」





 少しの間。



 カトレアはアシリアの言葉に返事ができずにいた。今、自分が思っている事をアシリアに伝えることは簡単だ。だが、それが出来ないくらいに精神的にダメージを負うってしまい、黙って馬の手綱を引いていた。


(どこで、育て方を間違えてしまったのでしょうか......はぁ〜)


 アシリアは見上げる。星々が飛び交う空。

 目を見開き、好敵手に宣言した。


(負けませんよ......ヴァルゴ)








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る