第31話 これが俗に言う......お姫様だっこ

 両開きの扉を開ける。顔を上へ向け高らかに宣言した。

「さぁ、囚われの聖女様を救いに行きますか!!!!」








 教会の外にいた大勢のプレイヤーたちはヴェールを被っている聖女の後ろに聳え立ち大きな両開きの扉が開いたのを目撃した。


 ある者は息を呑んだ。

 ある者は更なるサプライズに心を振るわせた。


 またある者は聖女に不埒なことをするために背後からの奇襲と考え、自然と走っていた。



 聖女の熱に浮かれていた者たち。熱も元である聖女の後ろの光景に誰もが釘付けになる。

 加えて扉が開いた瞬間に響く一人の女声。何を言ったのか半分も理解した人もいない。









 注目の的となっているユミナはヴァルゴたち星霊を遥な時間、石像として閉じ込めたオフィュキュースへの報復を決意。

そして知り合った聖女である友人のアシリアを救助するイベント。


 ユミナ自身も知らず知らずの内にテンションがハイになっていた。我に帰った時には時すでに遅かった。


 自分を見る視線が無数。好奇と唖然としている人々の姿。瞳を左右に向け自分に向けられていると理解したのはそう遅くなかった。


「あ……あ……あ」


 口をパクパクして単語一つしか発するのが限界だった。

 同時にこのアバターから溢れることは決してないのは重々承知。だが、今のユミナは普段絶対にしないことを実行してしまい汗顔の至りに達していた。



 静寂に包めれた世界で私は持っている星刻の錫杖アストロ・ワンドを天にかざす。


 月からのエネルギーを供給してもらい【EM】が半分まで回復した。全快にしても良かったが道中でやろう。そう心に決めたユミナは隣にいるヴァルゴに告げた。


「…………この場から離脱しましょう」


 淡々と自分に命令を下す主の表情を見たヴァルゴはある種の納得の顔をした。


「お嬢様……失礼します」


 ヴァルゴはユミナの背中と脚に手を回し、横向きに抱え上げた。された側でもあるユミナは「もうどうにでもなれ」の境地にいるのでヴァルゴの肩に片手をかける。


 もう一方の手はあることに使うため温存している。自分に抱きつく形をとり、しっかり離れないのを確認したヴァルゴは地面を蹴り、前へ跳躍した。






 ヴァルゴの足は跳躍を終え、下へ。


 本来なら人々がいる場所に着地する。しかしヴァルゴは地面に着地することなくで踏ん張る姿勢をとった。驚くほど静かにヴァルゴの足は空中に置かれた。

 ヴァルゴが生み出した透明の板。そう、透明の板。下からは丸見えである。



 上の光景ヴァルゴの下半身を見た男どもは良いものを見た、の表情を出していた。そんな気味の悪い男の顔を周りの女性陣が見過ごす訳がない。

 初めましての人もいればパーティーメンバー、時には敵対関係などなど様々な事情のある女性プレイヤーはこの時ばかりは全員が刹那的時間で一致団結を見せた。




 利害が一致したのだ。その後は皆様がご想像した通りの結末。



 そんなことは知らないし周りの視線もどうだって良いで無関心のヴァルゴは自分が出現させた見えない足場を踏み込み、更に前方へ跳躍した。



 本日の夜空には、月を背景に空を滑空する青紫髪の女騎士とその女騎士に”お姫様抱っこ”されている桃髪の女魔法使いがいた。



 後から聞いた話なんだけど、一瞬だけ『ヴァーシュ』のメインストリートから男性プレイヤーがいなくなったらしい。残ったのはを、汚物を扱うような冷酷な瞳で見下す姿勢となっていた女性プレイヤーや女性NPCだけだったとか。怖い事件だね〜













「お嬢様……両手で私を掴んで欲しいのですが」


 ヴァルゴはため息を吐きながら空を移動していた。ヴァルゴの言うことは正しい。片手でヴァルゴにしがみつくより両手でしっかりと抱きつけば絶対ではないが離れることはない。でも、今の私には例え落ちるかもしれない状況だったとしても片手は残したかったのだ。何故かって……それは……


「もうお嫁に行けない……」


 いくら自分のテンションがおかしかったとはいえ、往来で何を叫んでいたんだと。

 ことの重大さに気づいた時には物凄く恥ずかしい思いをした。残った片手で自分の顔を覆う。


「アアアアァァァッァァァァァァ!?!??!?!」


 多分、ヴァルゴから見たら顔を隠しても赤面の事実を隠せてないとバレバレの状態なのかもしれない。一度大声で叫びながらスカイダイビングをしてこの世界から離脱したい気持ちにおそわれていたので、一回セルフ処刑実行してリフレッシュへ。


 と、考えていたがどうせ生き返っても『ヴァーシュ』の宿屋に戻るし窓から見た景色が先ほどやらかした私のことで話は持ちきりと思うと踏み切れずにいた。

 それからヴァルゴが『落ちないように』と私の体をホールドしているので最終的な対応は片手仮面だけにした。過去一に君臨するかもしれない黒歴史が更新されたことで悶絶していた。


「暴れると本当に落ちますよ、お嬢様」


 くねくね動いている私をヴァルゴが叱責した。私は騙されないから……自分の片手仮面の隙間。指と指の間から見えるヴァルゴの顔は決して怒っているものではなく、私が失敗したことで苦しんでいるのを恍惚とした表情でうっとりしている目で見ていた。その顔は幸福感で満ちており、この上ない喜びや快感がそこにあった。やっぱり……ヴァルゴさんはと私のヴァルゴ辞典も更新された。



星々が輝く空にオレンジ色の光が移動していた——――目的地へ。

ただ、一直線に飛来していく。

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