第29話 星蛇姫が世界の全てを呑み込む

「も、もう十分ですぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!」

 不思議な踊りをしながら走り去るアシリア聖女さん。右腕を回しながら、左腕を蛇のようにしならせている。意外と器用だね。


「行った……」


「行きましたね……お、お嬢様」


「どうしたの?」

 ヴァルゴは私の背中に腕をまわす。こちらの心情を確認せず、離れた距離を詰められた。引き寄せられた私の顔はヴァルゴの鎧と密着するかたちとなっている。背中から腰に移動していたヴァルゴの腕。伝わるのは私を逃さんばかりの強い力。無機質で何も感じれない鎧との接触をなんとか剥がし、上を見上げた。


「ヴァルゴ……?」


「どうして……」


 先ほどのアシリアさんよりかは聞き取れるがその声はかぼそかった。その上、早口で話す。まるで初めからこちらに聞き取られる気がないように見えた。


「貴女は誰にでもそのような行動を取られるのでしょうか」


しばらくして密着していた腕がゆっくり解かれ、ヴァルゴから体を離していた。


「お嬢様は……私があ、悪魔でも……平気ですか」

 震える声で私に訊いてきた。


「私はヴァルゴが悪魔でも気にしないけど……だってヴァルゴはヴァルゴだし!!」


 正気を取り戻したような表情を出すヴァルゴ。

「そうでした、貴女様は……」


「ほら、行こう! 流石に聖女があんな奇妙な動きをしていたら本当にファンの人が精気が削られるだろうし……」


 私もアシリアさんを追う。

 少しの間、ヴァルゴとカトレアだけの空間が出来上がる。


「貴女は良い主をお持ちですね!」


「私にとっては太陽のような存在のお方です」


「そのようですね。それと、先ほどの石像なのですが……」




 地下から教会内に通じる扉を開けた私。

「アシリアさん、一旦落ち着いてからファンの……!?」


 そこはスタンダードな聖堂の室内だった。

 現在夜ということで、月が出ているけど教会の中は薄暗い。そのため良く見えないが、壁は白を基調とし、所謂正統派な作りだと思う。上には美しいステンドガラスがはまっており王道な雰囲気になっている。

 真ん中は高級感ぽいレッドカーペットに左右には重厚感のある木製の列席椅子が備え付けられている。私が開けた扉の右側には正面に対して低い3段ぐらいの階段があり、その先には神父がよく使っているかもしれない教卓のような縦長の机が置いてあった。


 やけに静かだった。アシリアさんも以前ちらっと見た騎士風の人たちもいなかった。

 外は相変わらず騒がしいこともあって余計、聖堂内の静寂が際立つ。


「アシリアさん……どこですか?」


 突然、杖が床に当たる音が聖堂内に響く。奥の方から影が動き私の方へ足を進めている。


「久しぶりだね……乳臭いガキ」


『スーリ』の酒場で占いをやっていたオフィュキュース。酒場であった時は老婆の見た目だったが、今は20代後半のような見た目に変貌していた。


「こんな所で再会するなんて……オフィュキュースさん」


「やはりというべきか……アンタが私の依頼を完了してすぐ、石像が消えていたね〜」


「偶然って怖いですね。私には関係ないですけど」


「は〜あ……見くびられたものね。めんどくさい……私に杖を見せなさい、【カンムリ】」




「なんで……!?」


 前に突き出されていたのは星刻の錫杖アストロ・ワンド

 自分の意思では星刻の錫杖アストロ・ワンドは出していない。コイツに星刻の錫杖アストロ・ワンドを見られたら即、攻撃を仕掛けてくるからだ。だから、オフィュキュースを目撃した瞬間に初期装備でもある魔法使いの杖を装備していた。なのに、いつの間にか右手に持っていた魔法使いの杖はなくなり、代わりに深い青紫色の水晶が嵌め込まれている黄金の錫杖。


 星刻の錫杖アストロ・ワンドが右手で持っていた。


「どうして……」


「はい、ビンゴ!!【カンムリ】解除」


 やばい、攻撃が来ると予想していたが、いつまで経ってもオフィュキュースから攻撃が来ることはなかった。時間にして10秒。短いようで長い時間がそこにはあった。


(追撃できるならしたいけど出来ないのよね〜)

 オフィュキュースが発動したスキル。オフィュキュースが所持している黄道スキル【カンムリ】の効果。

 発動者は対象者を見ないといけない。発動者の目を見た者は発動者の命令を一つ絶対に聞かないといけない。これを防ぐことはできない。効果発動後は約10秒間、発動者は全身麻痺状態となる。麻痺中は黄道スキルの【カンムリ】を発動している状態のため他の魔法やスキルは発動できない。完全に無防備な状態。



「やはり、そのスキルはなくすべきですね……」

 冷淡な声が聞こえた。


「私は欲しいって言ってない。王が渡したものだから存分に活用しているだけ」


「そして、相変わらずのデメリット効果」


「対策ができないのは苦しいわ。何百年経って研究したけど解決策は見出せなかった」


 私の隣に立つヴァルゴ。

「ところで私の主に何をしているんですか……オフィュキュース」


「ふ〜ん! 随分とそのガキにご執心ね、ヴァルゴ!!」


 私の後ろから現れたのはヴァルゴとカトレアさんだった。カトレアさんも事態を把握しアシリアさんを探すがどこにもいない表情を浮かべていた。


「ここじゃあ、なんだし北にある古城で待っているわ」


「私たちが誘いに乗ると?」


「これを見てもそう言えるのかしら」


 オフィュキュースの下。影から出てきたのは1匹の蛇。蛇が咥えているのは————


「ひ、卑怯よ」

 アシリアさんが捕まっていた。彼女は気絶しているのか目を開けていない。


「待っているから……それとどうせ、ヴァルゴが持っているんでしょう? アリエスの石像」


「知っていたのね、この教会の地下にあるのを……」


「ちゃんと石像も持ってきてね! それじゃあ、バイバイ!!」

 オフィュキュースは影の中に消えていく。伸ばした私の手は掴むことが出来ず体は倒れるかたちとなる。


「クソッ……あのババア」

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