第22話 恥を取るか己を上げるか

「お嬢様、やはり頭装備を変更した方がよろしいのではないですか?」


 今つけているのは頭装備の白兎のバンド。見た目は完全に白いウサギ耳。バニーガールをコスプレするためになくてはならない必需品。まさかゲームで初めて着用するとは思わなかった。


「だって、これだけだもん。魔法攻撃の威力を上げてくれる装備品が」


 『白兎のバンド』は、VIT値がないにひとしい装備で自分も守れないがMAT値上昇に惹かれたので恥を忍んで装備している。でも……


「ヴァルゴ、周りを見ても私以上に危ない装備をしている女性が大勢いるから問題ないよ」


 幸か不幸かアシリアさんのファンの中には普段は現在解放されている街『サングリエ』にいて、わざわざ『ヴァーシュ』まで来ているプレイヤーが多いと聞く。


 最前線のプレイヤーは身につけている装備品も一級品ばかり。水着に似た装備品からハイレグを着こなしている人々がいた。


 本来なら布面積が少ない服を着た状態でモンスターから攻撃を受ければ確実に全損してしまう。さすがは、最前線の街で購入できるアイテム。問題なく攻撃を防げる。


 なので、見た目と防御力が釣り合っていない女性用装備を装備しているプレイヤーが周りにいる。私の『白兎のバンド』で疑っている顔をしていると今度、心労がたたるわよ。


















「風景が同じだとこうも滅入るとは……」


 現在、『ヴァーシュ』から『ティーグル』の中間地点にいる。名前は鐡重(てっちょう)の跡震(せきしん)。


 高い岩で覆われている岩石フィールド。初心しょしん指針ししんとはまた違い、全てが岩だけで構成されている。人の手が加わっていなく自然の力だけで完成された地帯となっている。鐡重てっちょう跡震せきしんでは鉱物や稀に化石がよく手に入るとされている場所。


「同感です。あとは、足場も石ころだらけで非常に動きにくいです」


 などと供述しているヴァルゴ。


 ……私は知っている。ヴァルゴ......石ころが散乱している不安定な場所でも、物ともしない戦いをしていたよ。


 ……あんなにスピード上げても転ばないのはさすがの一言。私も加速スキルをもっと欲しいなと思わずにいられなかった。



「おっと、新手だね」


 石で出来た鋭利なトゲの甲羅を背負うカメ……名前はストーン・タートル。見た目を名称にされた哀れなモンスターがいた。



 ストーン・タートルは甲羅に体を隠して私たちに襲いかかる。

 私は魔法の準備。ヴァルゴの方は……


「先手必勝です!」


 相変わらずの不安定な石ころの地面。地面を強く蹴って穿つヴァルゴ。

 想像できない速度で岩カメさんに向かって行った。自身の力に速度が加わったので、更なる力を生み出した。迫ってくる速度によりかかる圧迫感に、甲羅で顔を隠しているストーン・タートルがびくつく。


 ヴァルゴが持っているスキルに二渋選択バタフライエフェクト

 何処かの蝶の羽ばたき一つが最終的には大惨事になってしまうかも知れない現象と同じ名前を持つスキルがある。


 だけど、安心して欲しい。そんな現象は起きないと本人ヴァルゴが言っていたので。


 二渋選択バタフライエフェクトは敵の行動を予測できる。


 例えば、敵モンスターが攻撃を回避するために右に避けるとする。攻撃を仕掛けた者は体勢を変えて追撃を行う行動や別の作戦を考えないといけなくなる。しかし敵とてこちらの攻撃を黙って受けない。次の作戦を考えている、その一瞬の隙に敵からの攻撃を受ければこちらが不利な状況になる。


 ヴェルゴの持つ二渋選択バタフライエフェクトは自分の不利な状況を解消してくれる便利なスキル。


 相手の行動を瞬時に予測し最適解を導いてくれる。膨大な選択肢を一つの解にしてくれる。


 本人談であるけど、自分の視界には自分と敵の動きが薄ら人の形で表現されていて、数十手先に動きを見せてくれるとか。で、最適解が算出されたら赤い線に従えばいいと……


 なのでストーン・タートルがいかなるモーションを見せてもヴァルゴは目の前にいる。なかなかにホラー要素があるけど味方だと心強い。


 予測決定スキルを除いてもヴァルゴの行動は側から見たら正直、今まで戦ったモンスターとは比べられない緊迫感があった。ヴァルゴには面と向かって言えないけど。




 ヴァルゴが持っている二つの片手剣。


 彼岸の星剣ノヴァ・ブラッド赫岸の星劍デモニック・ステラ



 名前からして物騒極まりない。彼岸の星剣ノヴァ・ブラッドは黒色が強い直剣で刀身に細い紅の線が巻き付いている武器。一方の赫岸の星劍デモニック・ステラは暗い朱色の直剣。


 間近で見ると時間がたって黒くなった血にそっくりな色合いだった。


 若干、恐怖している自分がいた。まさに血に飢えている鬼神の如くストーン・タートルの甲羅を二刀流で斬っている。マトモに攻撃を受ければ、無事では済まない。



「——ッ!?」



 ストーン・タートルは足掻きと称してその場で独楽のように回転していた。


 ヴァルゴは空中で跳躍して地面に対して背中を向けた状態でジャンプし、バク転をしながら私の方へ着地した。



「すみません、お嬢様」



 補正なしの純粋な武器だけの力で倒せると思っていたヴァルゴ。


 しかし敵のストーン・タートルの甲羅が悩ませる硬さを誇っていた。にしても甲羅便利ね。


 攻撃の場合、皮膚が弱い部分は甲羅の中に隠して石トゲで突進すればいい。防御の場合は動かずにいれば相手の攻撃を防ぐ堅牢さ。なんて、攻守に優れているモンスターなんだ。カメが岩石地帯にいるのは置いといて……


「ありがとう、ヴァルゴのお陰で敵も消耗している」


 ストーン・タートルの甲羅を見てみると、突き刺さっていた石のトゲも何本か折れている。


 ヴァルゴはいい仕事をしてくれた。


 ただ一つだけ気になる。剣って斬撃属性じゃなかったっけ?


 斬撃属性なので甲羅に切り傷がつくのは当たり前。普通はそうなるはずなのに持っている剣でヴァルゴが行っている攻撃は打撃属性としてだった。甲羅全体も破壊されかけているのであと一歩の所となっている。



 二渋選択バタフライエフェクトの効果が切れたヴァルゴはその場でしゃがむ姿勢を取る。


 二渋選択バタフライエフェクトを使用した者は一定時間、動けなくなるデメリットがある。なのでしばらくはヴァルゴを休ませないといけなくなる。



 ヴァルゴが戦線離脱をしたことを喜んでいるのかストーン・タートルが元気になっているように見えた。


 おっ! もしかして、私なら倒せると踏んでいる訳だね。岩カメさんは……

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