1-2 GZ-001
「1493隊第一
自分で言っていて馬鹿らしくなる。
目の前の個体、もとい人物がそうでなかったら、こんな所はまとめてぶち壊されるべきだ。何の機能も果たしていない。
そうでなくても、ここはあってはならない場所ではあるが、残念ながらその意見に賛同する者はほとんどいない。昔も今も変わらずにくそったれな場所だった。
「何だよ?」
粗末なベッドの上で灰色の髪の女が寝返りを打ってこちらを見た。乱雑に後ろに束ねられたショートポニーテールの一房が赤く染まっている。
鉄格子越しであっても、その姿勢からじゃじゃ馬であることは伝わってきた。
檻の中にいるのがこれほど似合うのも珍しい。いや、そうでもないか。乱暴で力を持て余している個体はどこにでもいるものだ。
獰猛な性格はそのまま野獣のような挑戦的な瞳に表れており、自然体であっても威嚇するような素の雰囲気が獲物を狙うそれに近かった。
どんな世代にもナルコのような魔兵士がいる。
戦うためだけに生きている本当の戦士。尖りすぎた抜き身の刃。
ギィーズは少し懐かしい気分を覚えた。知らずに口角が上がる。
俺は今笑っているのか?
そんな感覚も新鮮だ。やはり何かが変わったらしいと、未だに自覚することがある。もう何回目だろうか。それとも、まだ数十回なのだろうか。
「出ろ。少し話がある」
処罰房の牢獄の檻を開ける。とりあえず飛びかかってくるかと思ったが、ナルコは気だるげにあくびをして言った。
「ここで話せないのかよ?」
生意気なのは想像通り。相手にしない。
「出ろ、と言ったはずだ」
この場で無駄話をするつもりはなかった。背を向けて歩き出す。
一瞬の間があって、黙ってついてくる気配がした。
処罰房の地下の階段を上り、そのまま小さな渡り廊下を経て塔の一つの螺旋階段をまた登っていく。
ナルコの両手の手枷と片方の足枷は外していないが、文句を言うでもなくついて来ている。意外にも従順だ。あるいは機会を狙っているのか。
いずれにしても面白い。
無言で塔の最上階を目指す。途中階にある待機部屋から出てきた警備兵が何か言いたそうだったが、こちらの腕章を見て黙って敬礼をしてくる。鷹揚に頷いてまだ登る。
ナルコは歩きづらそうだったが、何かに耐えるようにその足を動かし続ける。
時折、舌打ちしているのはしっかりと聞こえていた。
愚痴を声に出さないのはなかなか悪くない。
その尖塔は見張り台の一つだった。他の塔とも短い回廊でつながっている。申し訳程度の屋根もどきで風雨をしのぐ箇所に鐘が吊り下げられており、その周囲をぐるりと囲む足場だけの石畳がある。当直の兵士がいたので「少し外してくれ」と頼むと、敬礼して階下に消えた。盗み聞きもしないという意思表示の表れか、大分下がって行ったようだ。
腕章の効果が大きいのだろう。ここでは階級は絶対的効力を発揮する。
くそったれな制度でも、たまには役に立つ。
その考えにふと懐かしさを覚える。そう言っていたのは俺じゃなかったはずなのに、気づけば自分の口から出ているとは。その誰かを思い出そうとして、すぐにあきらめる。記憶なんてものは曖昧すぎて信用できない。この煙のように消えていくだけだ。数秒前のその形を覚えていられるはずがない。
お手製の手巻き煙草を吹かして待っていると、ようやくナルコが上がってきた。
「………っ」
荒い息を吐きながら、琥珀色の瞳で睨んでくる。魔兵士のわりに綺麗な視線だった。言葉を発しないのは疲れているからか、習慣がこびりついているせいか。
「吸うか?」
悠々と煙草を吸っているのが気に入らないのかと思って聞いてみるが、返事はなかった。
少し距離を開けて尖塔の端に立つ。
そこからは古臭い訓練所と見慣れた戦場が遥かに見えた。
そうして遠くを眺めるようにして、しばらく黙ったまま時間が流れた。
どこか遠くの眼下から、演習しているであろう見習いたちの喧騒が聞こえてくる。今日は戦場での戦いはない。不定期な襲撃ではあるが、あまりにも長い間やりあっているせいでなんとなく、衝突する日とそうでない日がはっきりと分かる。
情報部はそれを分析の賜物だと言うが、魔兵士たちは決してうなずかないだろう。そんなものは単なる経験則と勘に過ぎない。分かるやつには分かるというだけだ。
尚もギィーズが沈黙を続けていると、さすがに焦れたのか、ナルコが口を開いた。
「あの……」
一応礼儀を気にかけたような第一声だった。
こちらの腕章に気づいたのだろうか。牢屋にいたときとは違う態度だ。遠慮などするような性格には思えなかったので少し驚く。
「何だ?」
地下とまったく違う立場でのやり取りとなった。
「なぜ、ここに?」
「さあな。天気が良かったからかもな」
空は快晴だ。砂埃が舞う地帯であっても、この高さまでは飛んでこない。
「そういう意味じゃねぇよ……」
ぼそりと呟いたナルコの声は聞こえていたが無視する。
会話は重要だ。魔兵士というものは根底は同じに作られるが、その実色々な面で違いが出る。取り繕っているのか、そう思い込んでいるのか、あるいは何も考えていないか。そういう僅差が態度や仕草に出る。僅差ではないかもしれない。その振り幅も何気に大きいが、外からはそう見えないらしい。
その最たるものが言葉だという研究もあった。
個性があまり出ない。
そもそも、話すということを推奨されていないからだ。
第一であれば自由に会話は許可されているが、それでもおしゃべりな魔兵士というのは少ない。そういう風に躾けられている。つまり、ナルコがいま漏らしたような独り言というのは実は珍しい。思わず口に出たというその行為自体が、既にナルコの特徴だとも言える。
本当は違うことをギィーズは知っているが、それすら錯覚かもしれない。確かなことなど何もない。ならば、当て推量でかまわないだろう。
特殊なのは役職だけではない。その言動も含めて特殊だと分類されるのだ。それは翻って己にも返ってくることなので、深くは考えないことにする。
さて、ずっとこうしているわけにもいかない。あらゆることは有限だ。
ギィーズは本題に入ることにした。
「お前を俺の部隊に入れることにした。幾つか規則が変わるが、基本的にはいつも通りだ。質問があるか?」
ナルコはすぐには反応しなかった。内容を吟味しているのかもしれない。
更に数秒待つ。変化がない。
「返事は?」
催促すると、びくっとナルコの身体が反応した。なんだ、固まっていたのか。
「……了解」
少しバツが悪そうな態度で了承が得られた。おそらく予想外の命令だったのだろう。自分が逆の立場でもそう感じる。それだけ異例なことを言っているのは分かっていた。
「で、何か質問は?」
また逡巡の間。思っていたよりもナルコは思慮深いのか。傍若無人だと決めつけていた自分を少し恥じる。
「許可される質問のリストを知らない」
「規則が違うと言ったはずだ。俺との会話において、その手の制限はない」
「マジかよ……あ、失礼」
素で驚いた顔に吐息が漏れる。愛嬌のあるやつじゃないか。
「しゃべり方も気にするな。俺は細かいことにこだわらん。ちなみに、俺のことを知っているのか?」
「疾風狂」
間髪入れずに返ってきた。間違いなく知っているようだ。
「その名で呼ばれたのは久々だな。今じゃ『最年長』なんて爺扱いだ」
煙草の煙を吐き出す。長細く伸びて、伸びて、千切れた。もうなくなりそうだ。
「……本当にまだ使えるのか?」
低い声で問われる。
それは誰もが疑問に思うことだ。俺自身、信じられないと何度思ったことか。いや、今でも毎朝起きるたびに思う。もう、何もかも終わっているんじゃないかと。今日からスクラップになるんじゃないかと。どうしようもない不安を感じ、そうではないと納得し、それでもと繰り返す。
だが、その時はまだ訪れない。安堵する自分と、そうなったらなったで何か他に道があるんじゃないかと思う自分。風にふらふらと揺れている草木が思い浮かぶ。
あの儚い動きが不安を誘うかというと、意外と安定しているようにも見えて分からなくなる。結局、見方次第だと気づく。どう捉えるか、受け取るかだ。
例外になるということは、多分そういうものなんだろう。
これに関する限り、言葉は不要だ。
俺は無言で服の袖をまくって
ナルコの目は釘付けだった。魔兵士で興味を持たないわけがない。
その間に、ナルコの手枷を切断する。
一秒とかからない。呼吸をするようなものだ。
俺の魔器は鞭状のものなので、高速で振ればたいていのものはぶった斬れる。腕に衰えはない。まだ、ない。
「……すげぇ」
自由になった両手よりも、壊れて足元に落ちた手枷をナルコは見つめていた。
「お前のは剣だったか?」
「ああ、中剣タイプだよ」
魔器の種類は多岐に渡るが、剣はかなりオーソドックスな部類に入る。役職が特殊な魔兵士では逆に珍しい。
沈黙が降りる。
他に質問はないらしい。まだ遠慮しているのかもしれない。いや、そんな感情はないか。
「新しい宿舎への連絡がこの後入る。自室に戻っていろ」
ナルコへの勧誘はそれで終わりだった。
特に目立った反応はなかった。俺は何か期待していたのだろうか。たとえばどんなことを?
良く分からない。
何も思いつかない。
所詮、その程度の思考能力だ。
最近の特殊と最古の特殊で、その辺りに違いはあるのかすらも知らない。
とにかく、二本目の煙草の出番はなかった。
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