7話 敗北の日
俺は、メロンフラペとやらを飲んでいる。
否、飲まされている。
緊張のあまり味もわからない……などということはなかった。
めちゃくちゃうまい、なんだこれは。
すぐ目の前では、赤城さんがニコニコと俺を観察していた。
こちらの出方を窺っているのか?
しかし、なぜ。そちらが呼び出したというのに。
ともあれ、俺はなにか言うことにした。
「赤城さんは、よく来るのか? ここ」
「んー? うん、来るよー。タタ……あ、多々良ね? が好きだから、よく付き合うの。下に旅行雑誌がめっちゃあるの知ってる? それみんなで読んでー、架空の旅行計画とか立てんの」
「架空の?」
「そそ。ゆーてみんな、まとまった休みってそんなにないからね。
ま、あたしも同類なんだけどねー、と言って赤城さんは笑った。
そうか。赤城さんのように配信もやっているゲーマーは、あまり自由な時間が取れないのか。それは彼女の友だちも同じ状況らしい。
芸能人ばかりが集う芸能高校などもあるらしいが、LC学園は、それの新たなかたちといえるのかもしれない。
「それで、俺に話というのは?」
覚悟を決めて、俺はみずから本筋に迫った。
「赤城さんに声をかけられるとは意外だったよ。知ってのとおり、俺はただのクラス委員長だからな。勉強以外のこととなると、たいして手伝えることはないし」
本気で委員長モードに入ると、自然と言葉が出てくる。
「それとも、学内でなにか催しをやりたいとかか? たとえば、だれかのサプライズパーティとか。それなら都築先生に言えば、きっとなんとかしてくれると思うが」
赤城さんがなにも言わないから、俺がひとりで話し続けてしまう。
「あるいは……」
「ごめん。聞き方さ、ずっと考えてたんだけど、やっぱりなにも思いつかないから、言うね――りりらぶなななな」
俺の言葉を、赤城さんが途中で止めた。
「……ごめん、なんだって」
「りり・らぶ・なな・なな。わかるでしょ」
今度はゆっくり、赤城さんは言い直した。
なんかの呪文か?
りり・らぶ・なななな……なにか、ひっかかるものが……
……lili-love-77?
「ヒョッッ」
思わず、喉の奥から変な声が出た。
なぜだ??
どうして赤城さんがlili-love-77さんを知っているというんだ???
「あは、わかるんだ? ああ、やっぱり。よかったぁ」
心底安堵したようなため息を、赤城さんは吐いた。
「あたし、めっちゃ運いいかも! これなら、一気に可能性あるじゃん……!」
「なななななななんのことだ。おおおおお俺はなにも」
「言い逃れはさせないよ? 証拠はアガってんだから。いいんちょくん――いや、ルシオン配信者の『匿名熊』さん!」
思わず身を引いた俺の両肩を、赤城さんが掴んだ。
その目はほとんど血走っていて――口角は、まるで肉食獣のように上がっていた。
食われる。
そんな予感が頭をよぎって、俺はかなり強い力で席を立とうとした。
それを、赤城さんは女子とは思えない腕力で止めた。
「待って、まだ帰んないで! わかる、わかるから! いきなりびびるよね、ネットストーカーかと思うよね! それはわかっているから、おねがい、話だけでも聞いて」
「話、って……」
「いいんちょくん、おねがい――あたしといっしょに、電甲杯に出てくれない?」
パンッと顔の前で手をあわせて、赤城さんはそう懇願してきた。
俺はというと、完全に表情が引きつっていたと思う。
――美人局か、そうでなければ冗談。
ああ、翠よ。どうやら、聡明なお前でも読めないことがあったみたいだぞ。
高校二年の七月。
くしくも、十三日の金曜日。
入学から一年以上、ほとんどその化けの皮を剥がさなかった俺の委員長ロールが、ひとりのギャルの前に敗れ去った日だった。
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