4話 委員長の観察 効果:特になし
――意味がわからない。
どういうことなのか、さっぱりわからない。
朝のできごと以降、俺の精神はぐらぐらと揺れ動きまくっていた。
俺の思考リソースはすべて、無駄な推理に費やされていた。どうせ考えてもわからないというのに、俺は必死にこの謎の答えを探していた。
俺は無表情、不動の姿勢で一限を過ごし、二限を過ごし、三限を過ごし、四限になってようやくふと思いつき、離れた位置にいる赤城さんに目をやった。
彼女は、ぼんやりとしていた。
みるからに上の空だ。板書用に支給されているタブレットには、電子ペンこそ握ってはいるが、なにも書いていない。くるくると手先で器用にペンを回しながら、ぼーっと虚空をみつめていた。
俺の視線に気づいたか、ふと目があった。
にかっと笑って、小さく手など振ってくる。
あれに対応するための委員長マニュアルは、俺にはない。だから俺は軽い会釈だけ返して、教卓に立つ古典教諭のほうに向き直すしかできなかった。
赤城愛莉――彼女は、かなり特殊な経歴の持ち主だ。
赤城さんはゲーマーだが、それでいてほとんど芸能人でもある。
〈歌って踊ってぶっ放す〉がキャッチコピーの、ゲーマーだけを集めたアイドルグループで活動しているからだ。
三人ひと組のルシオンにおいて、同じグループのアイドルたちとチームを組み、国内のさまざまなカジュアル大会に顔を出しては、人気を伸ばしている。
その実力はかなりのものだ。ルシオンのランクマッチにおいて最上位である〈バロン〉にまで到達した経験があるというのだから、まず疑う余地はない。
また、個人的な意見をいうなら、彼女はプレイスタイルにも好感が持てる。
好みの戦法は、火力偏重。
アグレッシブに敵チームに仕掛けに行くタイプの
……等々と、どうして俺がこんなにも詳しいかというと。
まあ、ある程度は彼女の活動を追ってしまっているからだ。こんなこと、口が裂けても明かせないが。
なぜなら、そういうのは委員長のキャラではないからだ。
ともあれ、俺がなにを言いたいかというと――。
彼我の差について、だ。
俺と赤城さんのあいだには、すさまじい断絶の壁がある。なんといえばいいのか、キャラとして。
そういうキャラの性能差は、学校生活でも如実にあらわれる。
その証拠に、昼休みになると赤城さんの席を中心にしてひとが集まってくるし、俺の周囲にはだれもいなかった。
それは、この日もそうだった。
教室の窓際に、なんとも存在感のある女子の集団ができていた。
赤城さんのとなりにいる、ツーサイドアップの女子は別クラスの
得意
もうひとりは、赤城さんと多々良さんに比べると、少しだけ落ち着いた印象を与える女子だ。おもに髪の色が黒いという意味で。ただし赤いメッシュが入っていて、どちらかというとダウナー系のバンドガールのようにも見える。
名は
得意
三人とも得意なゲームジャンルこそ違うが、仲はいいらしく、よくいっしょにいるところをみかける。
「愛莉~~~たしゅけて~~~~~」
と、音ゲーマーの多々良さんがしょぼくれた顔でそう言った。
「おお、どしたどした」
「結局、あれからチャンネル登録者数増えないよぉ。もうだいぶ頭打ち。動画の投稿ペースはむしろ増やしてるのにおかしくねぇ~?」
泣きつく多々良さんに、赤城さんが説教をする。
「だからー、タラは配信メインにしたほうがいいんだってば。スクウィズのプレイ人口が減ってるのに配信の同接が増えてるってことは、みんな画面じゃなくてタラのこと見に来てんでしょ? ならいーじゃん、配信メインのがいいんだって」
「でも配信や~だ~~。緊張するし、しゃべることないし! 愛莉ぃ、またコラボしてよお」
「コメント拾ってけばどうにでもなんでしょー? あんまりわがまま言わないの。定期的に配信してれば、あとは切り抜き師が勝手に登録者増やしてくれっから」
だるそうに机に突っ伏す多々良さんと、足を組んで説教する赤城さん。それと、黙々とランチパックを食べ進んでいる瀬波さん。よくある光景で、これまではあまり気にしたことがなかったが、きょうは自然と会話が耳に入ってくる。
というよりも、単純に俺が昼休みに教室にいるというのがめずらしかった。
いつもなら、学食に行ってパンでも買って、そのあとはどこかしらくつろげる場所で存分に羽を伸ばす。いくら委員長といえども昼休みに教室にいないことは自然だから、昼休みは真の意味で俺の自由時間だといえた。
では本日はどうしてここにいるのかというと。
無論、敵情視察のためだ。
俺は、赤城さんの言動が気になってしかたがなかった。
おかげでなにも食えていない。とても腹が減った。が、腹の減りなど捨ておけるくらい、ほかに気にすべきことがあった。
「配信の世界はきびしいね」
女性にしては低音ボイスで、格ゲープロの瀬波十羽さんが言った。
「とわもやればいいのに! そしていっしょに苦しめばいーんだっ!」
「わたしはやらない。ストレスのほうが大きいってわかっているから――それより愛莉、お昼は?」
「んー、きょうは抜き。朝たくさん食べてきたからいいかなーって」
「きさま、痩せる気か……‼ また痩せてまたモテる気なのか、そうなのか……‼」
「もー、そんなんじゃないって。てか、あたしが根っからの砂糖人間なのは知ってんでしょー。そうじゃなくて、たんなるアレよ、なんていうか……」
赤城さんの言葉が、ふと止まった。
まずい。俺のことを見ている。
見ないでくれ――と反射的に思ってしまうが、俺のほうが観察してしまっていたのだからしかたがない。俺の落ち度だ。
そして問題はここからだ。
俺には、ひとつの疑問があった。
いや気になること自体は無限にあるのだが、そのなかでも大きいのは、なぜ放課後なのか、だった。言い換えれば、なぜ昼休みではだめだったのか、だ。
赤城さんが俺に話したいこととやらは皆目見当もつかないが、答えのとっかかりがそこにあるような気がする。
それとも、ただの偶然だったのだろうか? 口を衝いて出たのが放課後という言葉だった? それもまた自然だ。
ともあれ、大事なのは今この瞬間だ。
俺は、あまり昼休みに教室で話しかけられたくなかった。もしも俺が委員長ロールを間違えたとき、被害が甚大になるからだ。俺は、俺の印象を崩したくなかった。
赤城さんが席を立った。
「ん、どしたん、愛莉」
「なんでもー。ちょっと待ってて」
やばい。近づいてくる。
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