だが、エニグマはもう死んでいる
話は前後するが、俺の配信に視聴者が少ない最大の理由は、俺が声ありの配信をしていないからだ。
ほとんどの配信者は、実況プレイや雑談をしながらゲームするものだ。
が、俺はそうしていなかった。
なぜなら俺にとって、この時間はソーシャル・バッテリーを回復させるためのものだからだ。しゃべるのはエネルギーを使うし、あまり自然体ではいられない。
それでも、ちょっとしたあこがれはあった。
だから数週間前に、いちどだけ試したことがあった。そのときプレイしてみたのはルシオンではなく、少し前に配信者界隈で流行った、とあるゲームだった。
壺に入ったおじさんが、つるはしを使って崖の上に昇っていく、シュールなゲームだ。
ちょっと間違えるだけで真っ逆さまに落ちてステージの最初からやりなおしになる、正直クソゲーのたぐいだが、昔から興味があってやってみることにしたのだ。
だが、結果は芳しくなかった。
『声小さい』
『よく聞こえないでーす』
『つまんね』
『はやくルシオンに戻れ』
そんな不評に溢れて、落ちこんだ俺はすぐにルシオンに帰った。自分が声あり配信に向いていないことは、一瞬でわかった。
それ以来、もう声を入れるような気の迷いは起こさないと誓ったわけだ。
どうやら、あの配信のときにもlili-love-77さんはいたらしい。コメントがあまりにも辛辣だったため、ぜんぶは読まなかったからか、まったく気づかなかった。
コーラを飲み干すと、俺はよく考えてみた。
……少なくとも、lili-love-77さんは俺の声あり配信を望んでいる。
彼女は上客で、いつもたくさんコメントをくれる。
俺はそれにいつも励まされている。
ほかでもない彼女のリクエストなら、聞いたほうがいいかもしれない……。
俺は配信設定画面を開いて、マイク設定をいじった。単純に、オフをオンに替えれば、それだけで声が入る。ゲーム音声との調整は済ませてある。
正直、緊張する。心臓がバクバクする。
だが、ここは俺のチャンネルだ。俺のしゃべりが嫌なら見に来なければいいのだ。そう自分に言い聞かせて、マイクをオンにした。
「ここんばんは。と、匿名熊、です。リリリクエスト? があったので、声を入れてみました。きき聞こえていますか? フヒ」
……フヒ?
なんで今フヒって言ったんだ? いきなり変な引き笑いをやってしまった。俺は咳ばらいをして、コメントをおそるおそる覗いてみた。
『お。声入りだ~』
『匿名熊さんの声はじめて聴いた』
『こんばんは~』
思いのほか、普通のコメントだけだった。
でもlili-love-77さんは無反応だ。
とりあえず、俺はゲームを再開することにした。カジュアルマッチ、つまりランク戦ではない気軽なフリーの対戦に入って、またソロゲーを開始する。
『主さん、キャラはかならずメレンをピックしますけどこだわりがあるんですか』
そんな質問があった。これもlili-love-77さんじゃなかった。
「ええっと、はい、そうですね。俺はいつもだいたいソロなんで、生存力が高いキャラがいいな、と思って。それで、メレンにしています」
現在ルシオンには、二十体のキャラが参戦している。それぞれのキャラには固有の特性、つまりアビリティがある。
俺の愛用するキャラ〈メレン〉は、敵に与えた分のダメージを貯めておいて、いざというときに自分の体力を割合で回復できる。
強いは強いが、かなりダメが取れるプレイヤーじゃないとあまり有効活用できないから、一般的には上級者向けとされているキャラだ。
『見た目ピックじゃなくて?w』
正直なツッコミに、俺は少し笑ってしまった。
俺もまた正直に答える。
「いやー、性能もですけど、見た目もそりゃ好きです、はいw」
メレンはギャルっぽい女の子で、このゲームの人気キャラだ。
設定的には医者で、かつ超能力者らしい。設定を盛りすぎじゃないかとも思うが、それが逆に功を奏しているのか、SNSではよくファンアートが描かれているようだ。
『メレンのおっぱい最高ーーー』
『メレンは味方にいるとめっちゃいい』
『主さん正直やなw』
コメントがきゅうに増えてきた。やはり声があると全然違うみたいだ。
かなり嬉しい……!
俺は調子にのって、いつもとは違うスキルを選んだ。
ルシオンの特徴として、各キャラクターにはひとつだけ任意のスキルを持たせることができる。パッシブ効果と、必殺技にあたるアルティメット(ウルト)は固定なのだが、スキルのほうは自由選択なのだ。
このスキルが、なんと百二十種もある。そのせいでサービス開始当初のバランスは最悪だったが、今では度重なるアプデを経て、まあまあいい調整になっている。
俺が選んだのは、俺がいちばん好きなスキル――〈ヴェロシティ〉だ。
自分で選んでおきながら、俺はちょっと躊躇した。というのも、配信ちゅうはあまりヴェロシティを使うつもりはなかったからだ。
だが、今はとにかく気分がよかった。せっかくコメントしてくれているひとたちに、いいところをみせたい。とくにlili-love-77さんにみせたい。
『ヴェロシティ?』
『めずらし』
『カススキルw』
そんなコメントが流れてくるけど、これは無視する。
みんな、ヴェロシティの本当の強さを知らないのだ。
それを今からみせてやる。
巨大な魔界の島がモニターに映った。
今、プレイヤーたちは上空を移動するワープポイントで待機している。各プレイヤーは、ここから好きな場所に向けて降下することができる。
俺が行くのは決まっている。ミッドシティという、島の中央にある市街地だ。ミッドシティは超人気スポットで、カジュアルだと半数以上のプレイヤーが集まることもある。ザ・バトルロイヤルという感じの場所だ。
俺は端のビルに降りると、手早く物資を漁った。
銃を拾い、シールドを拾い、弾を拾い、銃の拡張MODを拾う。
運がよくて、俺の好きな銃がすぐにみつかった。〈ペインバッカー〉という四点バーストのアサルトライフルで、これは食らったダメージによって与えるダメージが増えていく特殊ギミックがあるから、メレンと相性がいい銃だ。
まだ近接武器を装備できていないが、待っていられなかった。もう周囲では銃声が起きている。はやく参戦しないと、俺のぶんのキルが取られてしまう。
となりのビルに移動する前に、二階に向けてグレネードを投げておく。起爆する直前くらいのタイミングで、俺は一階の階段からピークした。
ちょうど敵同士が撃ち合っているところだったので、背中ががら空きだった。手早く一体を撃って、キルを奪う。死んだやつと戦っていたプレイヤーがすぐに乱入に気づくも、リロードが間に合っておらず、こっちもパパッと倒せた。
そのタイミングで、俺のスキルゲージが溜まった。
ルシオンでは、時間経過や与ダメージで、スキルやウルトのクールタイムが短くなる。キルを取るとすぐに溜まるから、強いプレイヤーがどんどん強くなっていく仕組みだ。
ビルの外から足音が聞こえた。俺の乱入に気づいたプレイヤーが、いったん立て直すために出て行ったのだろう。
だが逃がさない。俺は二階のバルコニーから外に出ると、敵を追いかけた。
相手がこちらに気づいて車の陰に隠れた。よく基本がわかっているプレイヤーだ。遮蔽物を使うというのは、シューティングゲームの基本にして奥義だ。
しかし、この状況ではもう関係ない。
俺は、キーボードのQキーを押した。
スキル〈ヴェロシティ〉が発動する。するとメレンが、一気に加速した。その速度がはやすぎるせいで、相手のいる場所を大幅に追い越してしまう。
ヴェロシティは、加速スキルの一種だ。
キャラクターが爆速になるかわりに、耐久力がしばらく20%にまで落ちる。
つまり、一発でも掠れば瀕死になるということだ。
だが、一発も撃たれなければ関係ない。
そう、撃たれる前に、相手をキルすれば――
俺は加速した瞬間に、だれもいない視界から照準すべく、一気にマウスを振った。
こちらの加速に驚く相手の頭に向けて、左クリックを二回。
四点バースト×二。
二発のヘッドショットと六発の胴体ヒットで、相手が一瞬で倒れた。
――うまくいった!
これは、俺の得意技だ。ヴェロシティからの強制ハイセンシのなかで振り向いて一気にキルを取る技を、この精度でできるやつはそうはいまい。
俺は思わず笑みを浮かべてサブモニターをみた。
が、そこにあったのは、俺の思っていたようなコメントではなかった。
『は?』
『なに?今の』
『チート?』
そこには、賞賛のコメはなかった。
「う……」
いや、しかし、こういう反応もじゅうぶんに考えられたことだ。チートじゃないのは、このまま画面をみていてもらえばわかるはずだ。
それよりも解説したほうがいいだろうか。
とはいえ、言えることはあまりないのだが……。
俺がどう言えばいいかわからずに固まっていると、突然、画面の外から弾が飛んできた。棒立ちしていたメレンに、べつの部隊の敵が一斉射撃してきたようだ。
ゲームオーバーだ。ああ、またくだらない死に方をしてしまった。
『やっぱり』
そのとき、ようやくlili-love-77さんのコメントがきた。
やっぱり? と俺が首をかしげたのも束の間、続きが表示された。
『やっぱり、匿名熊さんって、すごい!!!!!』
『ほんっっとにすごい!!!!!! うますぎる』
『今のヴェロシティなんて、ほとんど『エニグマ』じゃん!!!』
ぞくっ、ときた。
「ゆわっぁ!」
変な声を出して、俺は思わず配信を終了するボタンを押してしまった。
やってしまってから、俺は「あ」と思った。
つい反射で、指が勝手に……。
サブモニターをみると、配信がきゅうに終わって戸惑っているコメントが流れていた。lili-love-77さんも、困惑していた。
その上には、さきほどの一文があった。
ほとんど『エニグマ』じゃん――
その文字列をみると、俺は気分が優れなくなる。せっかくソーシャル・バッテリーが充電できていたというのに、これでは本末転倒だ。
配信を再開しようか迷ったけど、やめておいた。
もういい時間だし、あしたも学校だ。
「……次に配信するときがあったら謝ろう。ブレーカーが落ちたとか言っておけば、べつに大丈夫だよな……」
俺は、ゲームに疲れてしぼんだ目をよく揉んだ。
そうしながら、考えた。
エニグマ?
そんなわけがないだろう。だって、あいつはもうゲームをやっていないのだから。
エニグマはとっくに死んでいて、もうにどとゲームをすることはないのだから。
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