逆転する悪魔のパラベラム ~かつて最強と呼ばれた伝説のソロプレイヤーが、クラスの女子に頼まれてゲーム大会に出場し無双する話~

呂暇郁夫@書籍5冊発売中

プロローグ

配信はたのしい





 ソーシャル・バッテリーの話をしよう。


 ソーシャル・バッテリーとは、人間が持つ社交性の充電ゲージのことを指す。

 最近アメリカだかなんだかで流行りはじめた、コミュニケーションに難がある人々のための単語らしく、ネットの記事で偶然読んだときに、俺はいたく感動した。

 こんな便利な言葉があったとは。


 学校、会社、その他もろもろ……。さまざまな社会の場で、ある種の人々は自分の社交ゲージがごりごり削れていくのを自覚している。

 俺の場合は高校生だから、学校だ。

 俺は可能なかぎり、ソーシャル・バッテリーが週末まで持つように努力している。が、がんばっていても、どうしても持たないときはくる。


 そういうときはどうする?

 決まっている。俺はパソコンのスイッチを押す。

 OBS Studioを立ち上げて、twitchと連携させる。

 それから、人気FPSゲーム〈ルシファー・オンライン〉を起動する。

 配信画面に自分のゲーム画面が映っていることを確認したら、終わり。

 あとはもう、死んだ目でゲームをするだけだ。

 至福のときだ。


「あーーーーーーー充電されるーーーーーーー」


 思わずそんなひとりごとが漏れてしまう。

 俺は死んだ目で敵を撃ち続けている。今いるのは激戦区だから手元は死ぬほど忙しいが、そのかわりに心はどこまでも穏やかだ。

 でっかいビーム弾が相手にぶち当たってゴア表現が起きるたびに、平和を感じる。

 そしてなにより、バッテリーの充電を感じる。


 とくに右上に表示されるキル数が増えていくときは、精神の回復が顕著だ。

もっとだ……もっと敵プレイヤーの死を……と願っていると、周囲から銃声がしなくなってしまった。

 どうやら、一帯の敵をほとんどキルしてしまったらしい。


「ああ……もう充電できナイ……」


 しかたなく、俺は周囲の死体が遺した物資をきちんと漁ることにした。

 その前に、サブモニターでコメントを確認する。

 現在の視聴者数は、32人。総コメント数はたった27件。そのコメントも「すご」とか「うま」とか「使っているマウスなんですか?」とか、それくらいのものだ。

 世間一般的には、俺は無名の弱小配信者といったところだろう。だが、それでよかった。わずかでもファンがいれば、俺はそれでかまわなかった。


「使用デバイスは概要欄にもありますが、XtrfieのM42です……っと」


 そうコメントを返して、ゲームを再開させる。

 そのまましばらくプレイして、一戦が終わったとき。

 俺は、さきほどに比べて大量のコメントがついていることに気がついた。


:匿名熊さんいつみてもキャラコンやばーーーーー

:今のトラッキングエイム人間技じゃないって😢

:ストレイフえっっっぐ

:むしろエッッッ


 わざわざ名前をたしかめなくとも、だれだかすぐにわかった。

 lili-love-77さんだ。

 このひとは、よく俺の配信を見に来ては、たくさんコメントを残してくれる。

 こう呼んで正しいのかわからないが、上客だ。

 俺は嬉しくなる。

 lili-love-77さんはめちゃくちゃ素直に俺のプレイを褒めてくれるからだ。

 それに……言動をみるに、おそらく女の子だ。


 俺のプレイしているゲーム〈ルシファー・オンライン〉には、女性ゲーマーも多い。というより単純にプレイ人口が多くて、全世界に3.4億人もいるそうだ。

 3.4億人。想像もできないくらい、途方もない数字だ。

 日本の総人口の何倍もある。アクティブユーザーでいっても2億人弱らしいから、現在の覇権ゲーといって、まったく差し支えないだろう。


 アメリカのゲームだが日本でも大人気で、しかも有名ストリーマーやら芸能人なんかもたくさんやっているから、それで女子プレイヤーも相応に多いというわけだ。

 そういうわけで、このlili-love-77さんが女の子というのはぜんぜんありえるわけで……そうすると、俺が普通以上に緊張してしまうのも無理はない。


 画面では、俺の操る女性キャラがフィールドを走っているところだった。

 今は、単純な移動フェーズだ。

〈ルシファー・オンライン〉――略してルシオンは、いわゆるバトロワ系のサバイバルゲームだ。

 ゲームがはじめると計60人のプレイヤーが広いマップに落とされて、命を奪い合う。

 銃やナイフなどの武器のたぐいはフィールドに落ちていて、毎回プレイするたびに新しく拾わなければならないという仕組みだ。


 マップが広いため、自分と近い場所に降下した部隊を倒しきってしまうと、次なる敵を倒すためにひたすら走り回るはめになる。その時間はけっこう暇だ。

 俺はとにかく銃が撃ちたい。銃を撃てば撃つほど、ソーシャル・バッテリーの回復を感じる。明日からも生きていけるという実感が持てる。

 画面が退屈だからコメ欄を確認すると、またlili-love-77さんのコメントがあった。


:匿名熊さん、声入れしないんですか? 解説とかあったら聞きたーーい


 俺は、ウッと思ってしまった。

 しかもタイミングが最悪だった。ちょうど隘路で、敵部隊と遭遇した瞬間だった。銃声がしてから気づいた俺は、スキルを使う間もなく蜂の巣にされてしまった。

 ゲームオーバーだ。ルシオンは三人でやるゲームだが、俺はわざわざソロでもぐっているから、自分がやられたらその時点で終わりだ。

 せっかく今シーズンはキルデス20をめざしていたのに、大幅なロスだ。


:w よそ見?w

:うわぁぁ

:めずらしーやられかたで草生える。うちのコメに驚いた?w


 最後のがlili-love-77さんのコメントだ。俺は眉間を軽く揉んでから、ホストコメントを打ちこんだ。


『ちょっとだけ休憩です』


 俺はコーラを手に取った。俺はコーラが好きだ。こいつは緊張をやわらげてくれる……と思いきや、心臓の音は止まらなかった。われながら小心者だと思う。

 またコメントがついた。


:匿名熊さん、ちょっと前にツボじじやってたとき、声を入れてましたよね。すぐやらなくなって残念でしたー

:ちょっと音量小さかったけど、またやってほしいな

:対戦ちゅうがアレなら待ち時間だけでもぜひっっっ


「……え?」


 今度こそ、俺はかなり驚いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る