第2話 ラノベ作家が大逃走!!

 あれから俺達は、夜のやみだけがたよりの逃避行とうひこうを、ほころびにまみれた袋小路ふくろこうじから袋小路ふくろこうじへともぐ彷徨さまよい続けながら。

 どうすればい? 何処どこに行けばい? 逃げるあてなんて、だけど何処どこにもありはしない。

 ネオンにしずんだ街の真ん中に、格好かっこう生贄いけにえの俺達がこのままおどり出るわけにもいかない。


「川原先輩」


 誰かの好奇心こうきしんあおりながら、あかあかとえ続く街灯がいとうけ、そこら中にまれた壁々をつたいながら、けれどわずかに項垂うなだれ落ちて、ついにそのままそこにへしゃげすわりこんだ文野ぶんのさん。

 先頭に立って俺達をいてくれる年下先輩とししたせんぱいのその気丈きじょうさは、勿論もちろんうれしかった。

 だけど、文野ぶんのさんだって先輩せんぱいだって。


「俺はこのまま角若かどわか本社に行って、田中一郎たなかいちろうに会います。だから――」


 送られてきたメールの意味するところなんて、まったく分からなかった。

 俺の正体しょうたいだって? 俺には何も無い。あるはずもない。ひび割れた日々をつまずき歩いて来ただけの、全くのうそっぱちなんだ。

 ただ汗をぬぐい息を切らせながら、どろだらけの夜をひざからずっと絶望ぜつぼうかったみたいにふるえてる文野ぶんのさんだって、今更いまさら角若かどわかれていくわけにはいかない。俺との関係を金銭で“はかっている”のだと、一方的に決めつけていたことだって、今更いまさらじることしか出来やしないから。


「……そうはいきませんよ」


 荒い息に両肩りょうかたふるわせ、その視線しせんさだまらないまま文野さんがしぼり出した、雨溜あまだまりにねたみたいなその決意の声が。


「このまま暴漢ぼうかんにでもおそわれて、ただペチャンコになるだけなんて御免ごめんですし、何より自分のやったことの後始末あとしまつ位、自分で出来なくてどうして……!」


 からまりそうな両手足で懸命けんめいにもがきながらも、何とか立ち上がろうと。


「とにかく、やるしかないって」


 薄汚うすよごれたビルの壁面へきめんにもたれたまま先輩が、俺達の目線の先で、前に進むための勇気をふるい起こしてくれるみたいにうなずいて。

 けれど、年下先輩とししたせんぱいには何の関係もないことに、ただ巻き込んでしまったから。だからこそ、これ以上取返とりかえしがつかなくなる前にって。 

  

あきらめないこと! やれるったらやれるって! 絶対に!」


 くるりと向こうを向いたそのままで力強くそう言って、高らかにかかげた右手が作ったピースサインは、凛々りりしいまでのまるでジャンヌ、あたかもオスカルみたいに。

  

 「何とかならないことなんてないってば。こうしたい、ああしたい、こうなればいいってあなたが思うことを、今出来る限りやればいいだけのこと。後悔こうかいなんてもっとずっと後で、向こうから必ずやってくるんだから」


 ……ゆっくりとあおいだ先に見はるかす、くらいままのあの空に、この夜が終わるまで必死にしがみつこうとしている星達が、狭いこの路地裏ろじうらで身じろぐ俺達とかさなったまま。


「行きましょう。私達が一緒にいること、そこにきっと何か意味があるはずですから」


 文野ぶんのさんもそううなずいてくれたから。



 ように街中をくぐ最中さなか、我を忘れてひときわざわめく声々が、あちこちからひびき渡る。


偽物にせものラノベ作家をつかまえれば、懸賞金けんしょうきんが出るらしい」

「きっと、本物のZOU3の居場所いばしょを知ってるにちがいない。 絶対ぜったいつかまえるんだ!」

「本物のZOU3を、あいつが殺したらしいんだって! ゆるさない!」

「アカウントに侵入しんにゅうして原稿げんこうぬすんだんだって!」


 息を殺すわずかな日々にりながら、街中まちじゅうの監視カメラや狂気きょうきを運ぶ人達の目をけ、夜の雑踏ざっとうかすかにだけ聞こえる場所を探しまぎれながら幾夜いくやかを過ごし、それでも手繰たぐり続ける先を必死ひっしつかみ進みながら。

 連日、あらゆるネット上のどこそこからも、街中まちじゅうの自販機にさえ、俺達を探す文言もんごんが貼り付け並びつどい、あらん限りの感情をけしけかる連鎖れんさがどこまでも続いて、犯人さがしを続ける饗宴きょうえん血煙ちけむりを求める日々をどこまでも侵食しんんしょくし広げ続けながら、この仮初かりそめの日々を染め上げていくように。


「しかし、まさかここまでとは……」


 雑踏ざっとうさらなるかさなり合う雑踏ざっとうを生んで、尚更なおさらひしめきおおい、ごった返す日中ひなかの中にようやくまぎ辿たどり着いた駅ビルの頭上、俺達をおおいつくす大型モニターを見上げた文野ぶんのさんが、かすれた声でつぶやいた。



「お願い!フラグの神さま!! 劇場版 End of the World!!! 情報公開スタート!!」


 そこには、ギャラクシーバトルへん前日譚ぜんじつたんだろう主要しゅようキャスト達がSFテイストなままにぶつかり合うアニメーションが、画面一杯にきらびやかにかざられた予告編にっかって、大仰おおぎょうなまでに演じられていた。


「しかし本当にいつからこんな……わけが分からない」


 動画のテロップから分かる様に、制作委員会方式で各資本しほんからの出資しゅっしつのっていることからも、ここまでの流れを統括とうかつしていた文野ぶんのさんが、まったくこれを知らされない立場にいないはずがない。

 本編の改変劇かいへんげきからわずかに数日、その賛否さんぴがけれど、あらかた代理だいりZOU3への同情に収束しゅうそくしていくさまとは逆に、いまだ正体も知れぬ俺への憎しみだけが、街中に拡散かくさんされていくだけで。



「冒険にぐ冒険と、ライバルあふれる新しい本編ほんぺんつながる物語が今始まる!!」



 高らかなナレーションに立ち止まった人々の歓声かんせいが、背中しあちらこちらから聞こえてくる。

 代理だいりZOU3は、俺達が作り上げた“にせの物語”の中に、みずからが打ち立てたスキャンダラスな劇中劇げきちゅうげきくさびでも穿うがった挙句あげく、ここまでの全てを計算していたとでも?

 内情を知っているこちらからすれば、それこそ強引なパワープレイによる幕引まくひきにしか見えないけれど、エンタメの趨勢すうせい正論せいろんも何もあるわけがない。

 新作にいろどりを采配さいはいしたビジュアルは完璧かんぺきだった、このターゲティングの手法も。

 だからこそ、そこから俺だけが消えてしまえばいいだけのはずだ。

 旧来きゅうらいのファン層は、俺が偽物にせものだった事実を知って、そのままフェードアウトするだろう。

 俺自身のファンは、その絶対数がZOU3の復活に胸躍むねおどらせた人達の数でしかない。願望と相対化そうたいかされた真実を前にして、そこにとどまる人達なんて、それこそいやしない。それだけ本物のZOU3が、偶像化ぐうぞうかされていたってことだから。

 

「作品に関心が高い人々が集まった場所はなにより危険ですし、さあもう行きましょう」


 モニターの映像にばかり気を取られていたけれど、文野ぶんのさんにそううながされてあわてて通り過ぎた駅入り口付近に、映画化のPR用特設とくせつブースが組まれて、そこに人だかりが出来ていた。

 地下鉄が運ぶ匿名性とくめいせいのふるまいにまぎれて、俺達は角若かどわかに向かうためにここに来たんだから。

 構内こうないを行き交う喧騒けんそうを抱えた人々の、目まぐるしい足取りさえ追い越しながら改札かいさつを通り、年下先輩とししたせんぱいを先頭にくだりのエスカレーターの流れに乗って、ホームに入る車両を目で追いながら。


「お前、“にせ”ZOU3だろ」


 かすかに、けれどこの耳にしつけるその声が生んだ“戦慄せんりつ”が、俺の心臓の鼓動こどうに割って入った。


「せんぱ……!」


 しぼったその声が届く前に……!


「こいつだ! こいつがZOU3の偽物にせものだ!! 見付けたぞ!」


 近づく眼下がんかれが、その声を合図に一斉いっせいに俺を見た。一瞬いっしゅん静寂せいじゃくがただ一点につどい、一転、俺目掛けて群がり弾けた怒声がれた、見も知れぬ人々の感情のほころびがやぶれた。


「捕まえろ!」


 地下鉄のホームを限り無い憎悪ぞうおくし、占拠せんきょしていた。乗車じょうしゃもままならなくなった車両が、この場を煽動せんどうした者達によってめられ、そこに有無うむも無く引きずり込まれ、しつけられたシートでだまった年下先輩とししたせんぱいと俺と文野ぶんのさんと。


「お前がにせZOU3だと?」


 リーダー格らしい男が目の前で俺達を見下みおろして、嘲笑ちょうしょう侮蔑ぶべつ塗付とふされた鈍器どんきで打ち付けるみたいなその声で。


「何か書いてみせろ」


 そう言ってバッグから取り出したタブレットとペンを、無造作むぞうさに俺に投げて寄越よこした。


「グッズをたくさん買った子供達が泣いている!」

「学校でファンサークルを作っていたのに……裏切うらぎられた!」

二次創作にじそうさくの漫画をコミケで売ろうとしてたのに台無だいなしになった!!」


 車内でしあうどれだけかの罵倒ばとうに踏み続けられながら、渡されたタブレットを手にした俺が、ただふるえていた。


「“フラグ”の続きを書け」


 目の前の男がそう言い放った。

 ……違う……あれは俺が書いたんじゃない……あれは俺のものじゃないんだ! あれはZOU3の作品だ!! もう二度と書ける訳がない! ZOU3をかたった俺が書いていい物じゃないんだ!!


「いいから書くんだ……書け……お前が書くんだ!」


「書け偽物にせもの!!」

「書いてみせろ! このうそつき!!」

「異常者!!」

「本物ZOU3を何処どこにやった!! この犯罪者!!」 


 開かれたままの車両のとびらの向こうでは、エスカレーターの真ん中辺りに駆け付けた鉄道警察隊てつどうけいさつたい暴挙ぼうきょに狂った人々が、ライオットシールドをはさんで問答もんどうを繰り返してる。


はなれなさい! 車両を解放かいほうしてホームから出なさい!」

「やかましい! 今それどころじゃないんだ! 偽物ラノベ作家に粛清しゅくせいを!」


 本来あるべき秩序ちつじょさえ飲み込んだ濁流だくりゅう事態じたいを支配して、常軌じょうきすら中心のうずに飲み込まれてしまったまま。


 ……たかがラノベなんだ……作者が置き去りにしててていった、ただのなんでもない物だったはずなのに!


「最初から俺の物なんかじゃないんだ! 今更いまさら書けるはずがない!」


 ペンすら投げてて両手で頭をはさかかえ、シートにうずくまった俺が、そうわめらした。


「いいから書くんだ!!」


「本編を書け!」

「本編を書け!」

「本編を書け!」

「本編を書け!」

「本編を書け!」

「本編を書け!」

「本編を書け!」

「本編を書け!」

「本編を書け!」

「本編を書け!」

「本編を書け!」

「本編を書け!」


 かさなる怒号どごうが車内にひしめいて、この俺のふるえる指先に否応いやおう無し、もう一度無理矢理むりやりに押し付けられたそのペンをにぎるしかなくて。


 何を書けばいい?

 どうすればいい? 

 誰のために何を書けばいい!? 

 俺に何が書けると言うんだ!?

 何も無い偽物にせものの俺が!

 でも……。

 でも……。

 そうだ、それでも俺は……!!

 俺は……!!

 

 俺は……!!!












お願い!フラグの神さま!!(48)


 その体を真っ白に着飾った勇猛さから伸びる天を衝く程の神聖な一角を、今からポキンと一刀両断しに行くんだけど。そもそも気持ち大根でも切っちゃうだけで! みたいなお手軽クック〇ッドに従ってたらあら簡単! 上手にパラサイトなハントが出来ました~! みたいな……そんな甘い話な訳ないわよね。

 ぶるるるるっ!って鼻を鳴らしながら首を振ってる群れがあっちにもこっちにも。小高い丘に一面続く草原に、一際輝く超常の生き物なんだからそりゃそうなんだけど、正直怖いったらありゃしない。


 サイの角の主成分はケラチンだから、あたし達の爪とか髪の毛とかと一緒。だったら、なんとかかんとか大き目爪切り片手に、大悟を盾に“装備”し立ち回る術がまあ何となくぼんやりとイメージ出来ない訳ではないし、どうせ装備品なんて1回位“ロスト”した所で、そこらの山小屋の隅にでもまた立てかかってるってね!

「ゼ〇ダが主人公じゃないって何度言ったら」

 誰に向けて言ってるんだかな大悟には素知らぬ振りを、ジュブナイル入門編みたいなタイトルの“~冒険”の方がやたら難易度ハードなのは、やったことある人にしか分からない“あるある”なんだからね!

 葉っぱもまばらな小枝の束を適当な紐で頭にくくりつけ、両手には、そこらからむしり取った野草だか何だかをもっさり握りしめ、地面に紛れダイブしたみたいにぴったり匍匐で、ターゲット先の対象に、にじりジリジリ向かうあたしの肘が確かに痛い。

 でもねえ……どう見たってあのトルネードに巻いた一角が、そんなケラチン由来の生成過程を経てるんだとは思えないし……なにがしらかの理由を持って物の形って決まってるんだと思うから、つまり単なる削岩に使うんだったらあんな螺旋なんて必要ない訳だし“わあユニコーンの角って海峡トンネルでも掘る為に活躍したシールドマシンみたいですごーい!”な話で終わるんだけど(形状からしても全然違うけどね)。

 どう考察したって、相手をぶっ刺した後にねじり込むあの形状は、喧嘩以上なんてあたりき上等、よしんばファンタジーバトルな落としどころで? ネジリ込んだ相手をどこら辺にか“止める”みたいな使い方だと納得しても? だとしたら、一旦ぶっ刺した後に馬体(?)そのものをクルクル回転させていくってこと? どうやら遠目から観察したところ、奇蹄目じゃなくて偶蹄目持ちみたいだからウマじゃなくて牛に近い? ってことはどう考えてもユニコーンの話なんて今してる場合じゃないったら! そうだったらそうだった!!

「俺達がポッキリ半分にされそうな気がしてならない」

 腹ばいも同じくに“大草原の小さな”あたし達が“Yeah~!”なんてハイタッチグータッチ気分で特攻かませる下郎なチーム程の豪胆さなんて持ち合わせてる訳ないんだからね!

「ユニコーンは清純な女性に懐くという話を読んだことがある」

 そう言いながら、あたしの右側そっちの大悟がいそいそと、半身分はもうずり下がっていってるってことは、あたしに先陣切れってこと? あんたこそライオンキンググループの後継者なんでしょ! たまにはその名に相応しい体(たい)を表してったら!

「こんな所で俺に何かあったら、グループの全員に申し訳が立たない。くう……こんな所でなければ俺はお前の為に何でもしてやるというのに」

 今でしょ!(古い) どう考えても今じゃなきゃ何時なのよ!

「SDGsな昨今、奪う側の象徴であるライオンなんて今さら流行りもしないだろう」

 アメリカンな笑いに載せながらな喋りもムカつくし、己の存在価値すら都合よく見失うんじゃないわよ!

「生存確率が高い選択肢を選ぶのが、より良く賢いリーダーの役目なんだ。お前の清純さ、奴等に見せつけてやれ!」

 グッドラック! って結構流暢な発音(スターフォ〇クス64の発進時みたいにね!)だけ残して見送ろうとするな! 全くもう……チーム編成にガチャ運がなかったって諦めるしかない!

 いいわ……圧し折ってやる! 清純さに群がるパパ活オヤジ達の財布やらカードやら心やら、何もかも全て破壊してやるみたいに!

 うおおおおおお! いったるわああああ! 馬刺しか、牛刺しどっちになりたいか選べえええええ!!(生肉は大危険だからちゃんと焼いて食べようね!)

「それのどこが清純可憐な乙女なんだ!」

 目ん玉ひん剥いた仁王像みたいに立ち上がったあたしが、突撃も一閃! 脱兎だかダート適正だか! 形(なり)振り構わずうおおおおおおっっっ!!!

 って気づいたら、あらゆるユニコーン“様”達にいつの間に取り囲まれてたあたしが大ピンチ!!

 何だか偉そうな威厳がすっごい立派な一角を持つ一際ホワイトニングユニコーンが、その輪からあたしに向かって一歩前に進み出た。

 い、いやあのその! あ、あいつが悪いんです! 全部あいつがあたしを無理やり押し出した結果がこれって!!

 振り向き指差したその先に大悟……の姿なんて何処へやら!?  あ、あいつううう!! 何処行ったあああ!!

 ユニコーンの大サークルに行き場も失くしたあたしが、しどろもどろどしどろもど!って早口言葉みたいに! でも? この群れの長みたいな風格のそのウマウシが(ウミウシみたいに言うな!)何かあたしに言ってるみたいで? ……にしても、真近で見るその巨体の尊さが、すこぶる尊い程に尊く“てえてえ”からのそっち、語彙力が壊れたATO(←伏字)Kみたいなあたし!……そうか、そうよね! あたしの聖母並な清純さをみんなが囲む、これはいわゆる“えなこリング”!

 まるで神の遣いみたいな荘厳さがあまねくその口の動きを辿ってみたら!


「お・ま・え・く・さ・い」


 一番それ乙女に言っちゃ絶対ダメなやつだから!!!! 

 ざっけんな駄牛馬野郎共おおお!!!!

 じゃあもうずっと先輩にも臭いって思われてたって訳じゃない!!

 いやあああ!! もおお死ぬううう!! でも同じ命散らす位ならあんた達の角なんてうおおおおおお!!!

 ボキいいいッッ!!! バキいいいッッ!!  

 勢いの勢いが勢いづいた挙句に勢いでえええ!! 一心不乱に両手がもぎ取るのは、失礼な奴等のその礼儀の無さまでなんだからあああ!!

 “聖なる”とかだったら何でも言っていいと思ったら大間違いなんだからねえええ!!!

「ひひーんもー!」

 我先にと逃げ惑いながら中途半端な鳴き方するなあああ!!! どっちなの!? ウマなの牛なの!!? なんじゃこんな“一角”なんて、“さすまた”の方がよっぽど使い出あるわあああ!!

 あたしが臭いんじゃないんですってば先輩!! こいつらの鼻がよっぽど野趣的なアレなんです!!

 うわあああん!! ゴロゴロゴロって草むらに体を擦り付け転がるあたし!!

「さ・ら・に・く・さ・い」

 やかましいいいっっ!! 蟻浴(ぎよく)でもしてろあんた達なんてえええ!!!

「強くなったな遥果」

 いつの間にやらの腕組み頷きで、最後もやっぱりスータフォッ〇ス64ネタで締めるな! って大悟あんたホントに何処にいたのよ!?

 ゼエゼエがハアハア言ってるあたしの小脇から零れ落ちた“一角”を、ヒイフウと数える大悟。

「丁度三十本だ。良くやったな遥果、さあ戻ろう!」

 役割が絶対逆なんだからねってもう!


 二人で両手一杯に一角をわんさか、急いで戻った学生課にドン! さあこれで文句ないでしょ! って……あれ?

「あ、お帰りっス。丁度ネットフリ〇クス観てたっス。今ならイカゲームっスかねえ? 悪いんスけど、コンビニ行ってイカフライとビール買ってきてくんないスか?」

 イカにして!? ねえ、こっからどうやってイカに!? じゃない!! そっちの奥の畳に寝っ転がってタブレット観ながらこっちを振り向きもしないっておかしくなイカ!? いイカ減にしてクラーケン!

「ユニコーンの角には解毒作用があるんスけど、そんなことはこの際どうでもいいっスね」

 どうでもいいんかいっ! これが何か次のクエストに繋がるとかそんなんじゃないの! キズナクエストは? ガウル平原のBGMはいつ流れるの!?  

「そろそろ本題に入るっスか」

 急に真面目な感じで、学生課窓口越しにちゃんと対面し直した天使が、クルクル回る椅子をクルクルもせずに、ちょこんとそれに座って厳かにあたし達に対峙した。

「私の名はラファエル。七大天使の一人にして“神の薬”などと称される存在」

 ☆〇☆え~~と? ん? は?…………またまたあ~そんな畏まった感じに、あたしでも何となく聞いたことあるみたいなドメジャー級な名前出してきて? そうか成程ね? もう騙されないわよ! そんなパンクスみたいなカッコなんかした大天使? がいる訳ないじゃない!! はっはあ~ん? あれでしょドッキリかなんかでしょ? Y〇(←伏せ)UTUBEでしょ? Y〇(←伏せ)UTUBEにアップするドッキリの撮影か何かでしょ! 異世界お〇さんみたいなどうせアレなんでしょ!!

「ユニコーンの角の“薬用”も私の担当の一つ。一方で“旅人・若者の守護者”でもあるからね。難解になり過ぎた音楽シーンへのアンチテーゼでもあるパンクロック・パンクムーブメントに敬意を表しながら同時に、“ヤングブラッド”に向けた自由への象徴をパンキッシュなこの出で立ちで表現してるってところかな」

 そう言って笑いながら、カウンター越しに座ったままの天使は、さっきまでの豊楽さ加減だって何処へやら。

「取り次ぐべき筈の者とは、私自身であったってことだね。お前達のことは勿論知っているし、ほんの数刻、些細な戯(ざ)れ事に戯(たわむ)れてみただけのことさ」

 その所為で、何もかも全て失ったみたいになったあたしへのケアはどうしてくれるのよ? 取り合えず……取り合えずシャワーだけ貸してくれない? べ、別にドコのナニがどうとかってある筈もないんだけどね! 

「此処はエデンの中枢。“生命の樹(セフィロト:決して変えることの出来ない運命を司るサーバー)”が宿りしこの世界の全ての始まりの場所。“新東京大学”に聞き覚えは?」

「そうだ、そもそも“新”も何も“東京大学”とは何だ? 聞いたこともないんだが?」

 大悟が、そう呈した真っ当な疑問にあたしも頷いて……東京? そうよ……いつも東京ばっかりじゃ……って? でも、あれ……? 新東京だいが……。

「お前は“知って”いるんだな遥果。“新東京大学”を。東京大学とはそもそも“日本”において最高学府としての地位に“あった”もの」

 そう言ってラファエルは、静かに目を閉じた。

「最高学府? 何を言ってるんだ。この国における最高学府は、国立“某大学“だろう、俺達が住むこの“某県某市”に存在する。だからこそ、このライオンキンググループ次期総裁たる俺が、そのうちに通うことになるであろう学び舎でもあるのだから、俺はずっと“ここ”を拠点に」

 そうよ……いつだって舞台が東京だなんて……だって……某市の方が……。

「そもそもお前達はどうやってここに来れたのだ? どれ程か防壁があっただろうに」

 そんなのって、だってハチハチが案内してくれたから……。

「ハチハチ? ああ……“知恵の樹”のことか。ルシファーめ、余計な懐古趣味の記憶など辿るから……」

「知恵の樹には厳密に言えばアクセス不可能だ。秘密の質問を設定しているのもフェイク。権限のある認証コード付きカードはタブリスが持ってはいるが、万一の場合まで考慮した上で、そこまで辿り着いた存在を随時追跡・特定する為の仕掛けになっている。つまり、その問いかけすらもフェイクであって、セキュリティとして機能している訳ではない。疑似人格による防壁に繋がった時点で我々にその報せが来るようになっている。翻って結論を言えば、あのカードを使えるのは“タブリス本人”でしかない」

 でもだって……! あたし達ずっと一緒にいた訳でって……ちょ、ちょっと待って? ど、どういうこと!? タブリスは……だってこれをあたしに寄越したってことは、追いかけてきて欲しかったってことじゃないの!?

「お前の運命“だけ”が変わった訳ではない。ならば、“お前を中心”とした運命の輪が崩れることもない。タブリスが今回の事態の報告を怠った理由は未だ分からんが、これとて許容範囲においての“予測出来得る不測の事態”でしかない。タブリスがお前と再度会う理由もないだろう。先の大戦で一応の決着は着いているルシファーとて、今更そう無理は出来まい」

 どう言うこと……じゃあ、あの外商カードを投げて寄越したのは……。

「ルシファーは天界における権限を、その翼と共に失い地上の世界に堕ちた。今さらカードをどうにかすることも出来まい。だが、万が一にもを考えて安全な“お前”に託したのだろう」

 でもだって! 現にハチハチの認証はちゃんとパスしたし、こうしてあたしがここにいるってことは……。

「それこそあり得る筈がない。“此処”に直接繋がる唯一のパスは我々以外“お前の中”にしかないが、かと言ってそれをお前が使える筈もない……待て……まさか」

「そうか……そういうことか……“生命の樹”の真似事をなどと、ガブリエルから報告はあったが……その演算処理の中に確かに“お前”がいる……そうか……その処理の際のデータ量増大によって“バッファオーバーフロー”を起こし、その結果見つけたお前の“セキュリティホール”からパスを盗み出したのか……人間達の運命など操ってなどと思ったが、それすらがフェイクであって……“お前そのもの”にアクセスした後の結果が分からん奴でもあるまいし、正気の沙汰でもあるまいと高を括っていた我らを欺いて……」

 バックドアであたしに繋がったって言ってたけれど……。

「権限の問題だ。そのバックドアの先は、お前の記憶やらの一部だけしか見ることは出来ない。ここの景色やらが見えただろう? ……そうか……何もかも奴が仕組んだこと……だが“サタン”の気配など何処にも……」

 ここに来たのはあたしと、今一緒にいる大悟と、明日多と典子と“先輩”と、おまけにハチハチで。

「“先輩”とは誰だ?」

 え? 先輩はだから、守護地先輩って言って、同じ学校の先輩で……。

「どう言うことだ? 私には何れの報告も無いが……その者と会ったのは何時だ?」

 ラファエルは、タブリスが“そう”してたのと同じに、あたし達からは見えないキーボードを“カチャり”ながら何やら確認している。でも何時からって……入学式の日、部活の新入生争奪戦の真っ最中で、これがまた! あたしの人生を変えた先輩との運命の出会いだったって思い出しニヤケがついつい感無量で!

「まさか……サタンへの“マーカー”さえもフェイクだったと言うのか? タブリスめ……どういうつもりだ? 何を考えている?」

 そう言えば……ハチハチにエデンへの道を教えてって頼んだ時に、一瞬ノイズの様なものがあって……。

「その“先輩”とはどういう関係だ?」

 そ、それって今必要なこと!? い、いやだからまあいつかそのうちにって“想い”ながらのマジで恋する5秒前位かなあなんて前前前世から実はそんな関係をこじらせたりだったりって! え? そんな関係ってどんな関係ってそんなこと聞かれても伏字でしかまだ説明出来ない純情可憐なあたしの物語が今始まったりしそうでしなさそうでどうなんだい! ってつまりそういう!

「お前の“恋人”はそこにいるその大悟だ」

 あたしの隣にぽつねんと突っ立つ大悟を、左肘も綺麗に伸ばした先からの人差し指でピシャリと示した大天使様が……って? は? はぁぁぁぁあああああ!?からの、えぇぇぇぇえええええ!?の上の、うぅぅぅぅううううううう!?

「どういうことだ……! 誰もが羨む御曹司で知性も併せ持ち、お前だけを好きでいてくれる理想の存在。誠実さを愚直に絵に描いた様な乙女☆漫画の様なキャラそのままで……何がどう、何時から“変わった”のだ……!」

 「やはりそうか……! 大天使よ! その言葉“誠”であるのだろうな! 聞いたか遥果! 何だか良く分からない話が続く中でこれだけは分かったぞ! ライオンキンググループ御曹司である俺の運命のホロスコープに一際輝く天体、それはお前! 遥果! やはりそれはお前だったのだ!」

 三文芝居も甚だしい安いミュージカル俳優みたいに“セリフる”な! ほら! 見てよ聞いてよ! 全然真逆じゃない! こんなのと赤い糸なんて、そんな見えもしないPCだか何だかの“なんちゃってエ〇セルワ〇ド”で適当に引き繋げないでってば! どうなってんの!? 何で“一角”の件からずっとあたしの人権メーターの残量、天界総出でガシガシ削ってくみたいなことばっかりしてくるの!? 


 いやあああもう帰るうううレン子ちゃんとのアルバイトの日々にもう帰るうううう!! 

「うんうん遥果、そうだな! やはり俺の店に帰りたいんだな!」

 そうだった! けどそうじゃないっ! あんたの企業の系列のお店ってだけであんたのお店じゃないじゃない! し太鼓持さん元気かしら! もう十年以上会ってないみたいにパラレル全開なこの時間感覚って、天界に流れる竜宮城時間がこれって全くウラシマ効果なんだってばね!

 でも、1年生の終わり頃から何やら大悟の周辺が騒がしくなったのは間違いない。中学生の頃の例の明日多も含めてのことは、そんなこともあったよね位の思い出だし今更だしって、こっちだってやり返しちゃった訳だしね。だけど、顕著に大悟の増長が過ぎる様になってから、明確な嫌悪感を抱き始めたのはそうね、やっぱりあの何だかな色んな女子達が周りに群がって来た所為でかな。傍から見てたってそりゃいい気分はしないのが当たり前でしょ?

「“恋愛フラグ”か……その唯一にして最大の選択肢に介入し、お前を取り巻く全体の運命を前もって変えながら、お前自らがセキュリティホールを作り出すように……!」

 ちょっ……ちょっと待って!? そんなまさか……ルシファーも含めて誰かが“外商カード”を万が一にも使わない様に、タブリスが敢えてあたしに渡して寄越したってだけ? そうだとしたら……そうだとしたら! あたしがここに来ようとしたことが全部裏目に……まさか……まさかそんな!!

「お前達を利用して“知恵の樹(ハチハチ)”を手中に収め、こちらに戻ってくる権限を失くしたルシファーが満を持しての帰還……次は“生命の樹(セフィロト)”を狙っているのか……まさかそんな……奴はこの世界を道連れにするつもりか……奴が望む自由が、その振る舞いこそが“逆説的にその中心である遥果そのものの振る舞いを変えてしまい覚醒”させることになるのかもしれないと、何度も我らで議論を重ねた筈だ……! サタン……いやルシファー……我らも元より貴様も消えてしまうかもしれないと」

 ど、どういうこと!? 

「“知恵の樹”は今何処にある(本体ではなく)?」

 先輩と典子と明日多と一緒に……!

「炎の剣とは、お前の親友“今日日明日多”、ケルビムは“指南寺典子”のことだ……ポセイドンとはギリシア神話における“海”を司る神のこと、つまり“海馬(かいば)”を暗喩した只の言葉遊びだ……だから……」

 それは……それが何のことだかあたしには何も……何も!!!


続く







「今、この目の前で書かれたこれが“偽物にせもの”の書いたものだと?」


 リーダーの男はそう言って、俺が書き上げた文章がったタブレットをにらみつけながら、そううなった。

 他愛たあいもない、まるで書きなぐっただけのほんの一篇いっぺんでしかない、けれどこの幕間まくあいにただ懸命けんめいつづったものだ。


「これを回せ」


 無造作むぞうさに隣の男にそれが渡され、静まり返った車内にむらがった人々の間で次々と共有きょうゆうされていった。



「そういうことだったのか……」

「まさかあれが……」

「次は……次はどうなるんだ!」



 さっきまでの激情も何処どこかに忘れ、口々をいて出た言葉が人々の間をけ、その手から手へ、ホームに押し寄せた狂気のし合いが、車内にまであわや到達しようとしていた衝突しょうとつにまで緩衝かんしょうをもたらすことになった。


「すぐさまに信じられるものではないが、これは“本物”だ」


 目の前に立つ男が、ゆっくりとうなずいた。

 その言葉が車内に広がり、人々の間で今までとは違うざわめきが巻き起こった。


「俺は世間では名も無いが、作家活動を続けながら校正こうせいの仕事をやっている。一応いちおうは院でも文学を研究してきた上で、ネット上で“鑑定班かんていはん”を名乗っているが……お前が現れた時に、お前の文章の“文体ぶんたい”を本物だと確信かくしんしたのは俺だ……ずっとZOU3の作品のファンだったから……だからこそ偽物にせものだと分かった際に随分ずいぶんたたかれくやしい思いをした……しかし、どう読んでもこれは本物だとしか思えない。だが……何故なぜだ? お前が偽物なら何故なぜZOU3のHPホームページに“アクセスすることが出来た”んだ? お前は一体……一体”だれ”なんだ」

 そううめく男がなおも口を開こうとしたのを、けれど年下先輩とししたせんぱいが、それをさえぎようにシートから立ち上がった。


「もうなにもかも分かるから」


 川原先輩……。


「さあ、退いてみんな。あたし達は行かなくちゃいけないから。“誰が本物なのか”、“何が本当なのか”、それももうぐ全部分かるから……」

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