ラノベ作家が大炎上!!

ぞう3

第1話 ラノベ作家が大炎上!!

 ちくしょう! 

 

 ――の上澄うわずみだけがべったりこびり付いた夜半やはん泥酔でいすいに、さらなるヤケ酒の代償だいしょうかすまなこの先がもうさっぱりなやっぱりでちくしょおおおおお!!

 上司じょうしだ! わけの分からない上司じょうし口先くちさきだけはやたらおさだまりの、やれお前が悪いだのお前がなってないだのとえらそうに!

 ホントはあんたのことまでかばってた俺のふところの深さにさえちくしょう! まったくがとうにさえ分けるこの理不尽りふじんな世のまれにほんのつい先刻せんこくからかぜから追い立てられて逃げ込みまぎれた此処ここだけが俺のわずかばかりの根城ねじろって訳なんだ。


「正気な俺だけがクソらえってな! 明日だって一体全体いったいぜんたい誰もがどうせさらなるクソなんだって!」


 腹立はらだまぎれにあおったビールの缶をぶん投げたその放物線ほうぶつせんに、結局な俺の人生の下降線かこうせんがオーバーラップしながら背中しで、無いちゅう皆目かいもくくすぶったまま、けれど、それが本当はもっとドン底にすら辿たどかないことだって分かってはいるから、結局このままどうにもならない今を過ごすことしか出来ない現実にすら、いつまでも向き合うことさえ出来やしないから。

 途中入社とちゅうにゅうしゃが数年前。れない営業職えいぎょうしょくがやっとこさだってまったくいたにも付きやしない。

 けれど一旦いったんられた“ダメ”のレッテルに、もの見事みごとに自分のことさえ分かっちゃいない連中れんちゅうむらがって、まないたの上で藻掻もがねる俺を、ここぞとばかりに“ねめつけ”一時のえつに入った挙句が、てんでもてんでで分かっちゃいるけど結局けっきょく始末しまつに負えやしない。

 ウゾウとムゾウの背比せいくらべ。ハンゾウとカンゾウは伊賀忍者いがにんんじゃってな言葉遊びだって、どうにもいまいちしぼんだまんま。


「――って言ったところで、所詮しょせんいぬ遠吠とおぼええは、あの月にだってとどきやしないって……」


 にぶくくすんだあのまどうつった、なん正体しょうたいもないすすけた俺の向こうで、あおかがく真ん丸“おぼろ”がうつろに浮かんでる。

 しばらくぼんやり夜空よぞら散歩さんぽ中にだって、流れもしない星達の機嫌きげん何処どこへやら、滅入めいりそうなこのままに、やっとでさがてた煙草たばこからっぽ玩具箱おもちゃばこあきれたみたいにこっちをにらんでる。


 「上出来じょうできだって……たったこれ位のハズレの人生って…………ちくしょおおおおお!!」


 おさまらない夜の苛立いらだちネットサーフの挙句あげく辿たどり着いた先。


「……何だこれ?」


 ビールかん片手のうつらな酩酊めいてい途中とちゅう記憶きおく記憶きおくの間にはさまってげたトーストが中途半端ちゅうとはんぱに飛び出して、頭蓋ずがい一巡いちじゅんはじんだみたいな感覚かんかく


すすめラノ……ベのみち……? “お願い!フラグの……神さま!!” ? ってなんだこれ……」


 いつの間にやらつながった先のオタクコンテンツを、何とはなしに続くしゃっくりにかされながら、特段とくだんなくもななみした挙句あげく ……つまんねえなこれ……だれがこんなどうにもなりゃしない話をって、まったくもって不愉快ふゆかいきわまりないクソだ! 俺の人生の渦中かちゅう、何をどう読んできたかなんてすらさっぱり覚えちゃいないけれども、それにしたってまったくもって決定けっていだ! おめでとうありがとうどういたしまして! ……からのクソだ!

 ……しかも、なんともまあ中途半端ちゅうとはんぱなラノベが、歯痒はがゆ歯切はぎれのまま中断ちゅうだんって、なさけないていたらくだこと……さいわいなことに熱心ねっしん読者どくしゃもいないようだし、まったくもってはじめたなら責任せきにんもって最後さいごまでって……!


 ――突然とつぜん唐突とうとつひらめいた先に浮かんだイメージが、最大最高マックスな描写びょうしゃをバッチリかたちしてえがいたから!


仕方しかたないな……この俺が、ここから先の続きを書いてやるから安心しな……これでも昔は卓球部たっきゅうぶだったんだ! 万年まんねん最下位さいかい伝説でんせつの、卓球部たっきゅうぶ所属しょぞくの“ペン使い”とは俺のこと! そうさ、その俺がきっちりと“ペン入れ”してやるからまかせとけ!」


 てっきりな自分がずっとフワフワで、なにを言ってるのかなんて全然ぜんぜん分かっちゃいないことすらきちんと“理解りかいして”何処どこへやらかとしゃべってるあたり、真面まともなリテラシーがわすられた戸棚とだなの奥の饅頭まんじゅうさながらカビだらけってる位には、なになんだかなんともはやな夜明よあ間近まぢかがつらつらと……って、いいから書き進めるんだおれ繊細せんさいかつ豪胆ごうたん文豪ぶんごうぱわあああああああああ!!


「だからさあ……ここ番外編ばんがいへんでも書いとけばいいんだって……みんな、もうこんなどうでもいい話なんてどうせおぼえてないんだからさあ……」


 そうだってばそうだ、閃光せんこうの〇サウェイが近日きんじつ公開こうかいされるじゃん! いいじゃんいいじゃん! 公開記念作品こうかいきねんさくひんってことにしてやろう! つまりなんだ……これがこうだろ……つまりここで……ああもう!! なんだこのわけかんねえあやしげな関西弁かんさいべんキャラは! もっとエロとかないのかよ! エロ挿絵さしえとかエロ描写びょうしゃとか! リビドーよろしくそれなりにチラチラとはさんでいかないと、昨今さっこんこんな地味じみコンテンツなんてだれわけないだろうって。


 それにしてもふぁぁああああぁぁぁ……半分てるみたいな俺だし……なんかもう、すべてがまったりで、どうでもいいほど無常むじょうにこのうえなくきてきたなあ……もう面倒めんどうだからこの番外編ばんがいへんってのを全部まとめて……逆襲ぎゃくしゅうのシ〇アとかでいいんじゃね? 適当てきとう逆襲ぎゃくしゅうしてればいいんじゃね? そうだまりだな! ええと……タイトルは……っと。 

 ――てな具合で、いつのにやらなになんだか完成かんせいだ! われながらなかなかのって……でも、ささっとした挙句あげくのこんなことに、一体いったいなん意味いみがあったかなんて……でも……それよりもうなんだか……ただねむたくて………。

 

 翌日は、パチクリ目玉めだま仰天ぎょうてん必至ひっしで慌てふためくも、なんとか通勤つうきんラッシュにすべめたのは、千載一遇せんざいいちぐう奇跡きせきとしか言い様がなくて。

 おもしたくもない昨夜さくや醜態しゅうたいが、けれどおもがしらにゾっと、背筋せすじもどっちもおぞましいことはなはだしいったら痛々いたいたしくて、それ以上いじょうあたまいたみだってこれ以上いじょうはお腹一杯なかいっぱい


 ちょっとした出版社しゅっぱんしゃのエンタメWebウェブ作品の企画きかくかかわってるたかだかしたが、この俺で。

 競争原理きょうそうげんりそこが、今にもけてしまいそうな業界ぎょうかい昨今さっこんなんとかしのいでるってだけの会社にいるのがそのじつまた、その俺であり、ドス黒い人間関係が今やてられない始末しまつ有様ありさまで、上司じょうし先輩達せんぱいたちのガスきにていよく利用りようされながら、今日きょう今日きょうすらただ小間こま使づかわれてるだけの日常が続いてるってだけ。


「ねえ? あのSNSのショートアニメの企画って結局けっきょくどうなったの?」


 ラフなパンツスタイルにワイドな眼鏡めがねが良く似合にあってるショートボブの彼女は、いかにもな先輩達せんぱいたちの中にあって、何の変哲へんてつも無く、こんな俺にだって普通にせっしてくれる“年下な先輩せんぱい”だけどなににもまして有難ありがた存在そんざい


「そいつがからんでミスしなかったことがあるのかよ」


 遠巻とおまきで嘲笑ちょうしょうきて、幾人いくにん揶揄やゆする様に俺をかこんだけれど、ぐにきたみたいにっていったゾンビみたいなれのて。


「気にしないといけないミスがあって、貴方あなた責任せきにんがあったことは当然とうぜんね。でもそれ以上は……ね」


 微笑ほほえみをたずさえたまま、っていった“年下先輩とししたせんぱい”が。

 なんともえない毎日まいにちは、ただなにかにえるだけの空疎くうそ演出えんしゅつに”いろど”られているだけなんだと信じるしかないまま。


 そらまぎんだきゅうな雨のした雨雲あまぐもとおみちたけけ続けやっと辿たどり着いた帰り道の終わり。

 コンビニめしわきに置きソファをにしてこしえ、そういえば……くらい気持きもわずかなテンションでPCを開いて、昨夜さくやの……なんだっけ? なあのラノベがあったページなんとなくひらいてスクロールしたその先にあるコメントらんが、ざわめき波立なみたつ嵐におおいつくされてって、ほとんまったなんなんだこれは一体いったい!?



『どうなってんだやべえ! 何事なにごとかと思ったら、伝説でんせつのアングラ作家さっかがまさかもどってるなんて!』

だれかがパクっていてるんだろ!?』

『!? 本物ほんものだろこれ! どれだけったとおもってるんだ! ろよ、“文体ぶんたい”が一緒いっしょだ! 本物ほんものだ! 本物ほんものであってくれ!』

『サボってんじゃねえよなまものがあああ! おまえきな火浦ひうら〇のパクリかよ! さっさとつづきをけ! かねか!? かねしいんだな!! ほらよってけ!! 』



 て、ってくれって!? なんだこれおい!? 送られてきたDMダイレクトメッセージいくぶんかのコードが添付てんぷされてって……おいおいおいちょ、ホントにちょっと待ってくれ!?

 ほんの泥酔でいすいすえ駄文だぶん駄文だぶんなあんなのに、きつねたぬきも“かされた”みたいな、ぎコメントのあらしがって、一体全体いったいぜんたいなん冗談じょうだんなんだよ!?



『生きてたんかおまえ! 10年も音沙汰おとさたいとか!』

10年? 10年って何だ!? そうえば……中断ちゅうだんしてたんだよなこれってたしか。

なんだよなんなんだよきゅうあらわれたと思ったら“番外編ばんがいへん”だと!? 面白おもしれえ!! もっとけ!! もっとだもっと!』

大変たいへんわらわせていただきました。出来できればぐにでもつづきを……』



 ほ、本当ほんとうなんだこれ!? なんなんだってさっぱりだ! だれんでる気配けはいなんて……読者登録どくしゃとうろくすらだれも……! コメントは、意味いみからないほどあふれんばかりのかずほとんど、しかも絶賛ぜっさんのハリケーンにぐハリケーンみたいにおそってるばかり!

 どうなってんだこれ!? お、おれゆうべ書いたんだぞ!? なんだってんだ本当のホントに!?  ってあわててページ詳細しょうさいを……。

 作者さくしゃは……ZOU3? 一応いちおうなんらかエンタメ業界ぎょうかい末席まっせき程度ていどにいる俺なんだから、その人気にんき一般いっぱんにまでとどいてないだけの、今時いまどきそんじょ其処そこら、いくらでもいる無名むめい物書ものかくらい名前なまえでもって……ぜんぜんからない! ってだれなんだこれ!?

 どこかのまとめサイトに、なんでもいからなにかないのか!?

 あわてふためく、べらぼうを重ねた検索けんさくクリックにやっとのこと、なんとかかったその先にあった結果が。


『知る人ぞ知る、今や伝説のネットデブリコメディラノベ『お願い!フラグの神さま!!』、その作者にまつわる様々さまざま憶測おくそくちまたに飛び交っており、しかしその消息しょうそく不明ふめいなまま10年がつも、一部いちぶ好事家こうずかの間でアングラファンサークルが密かに立ち上がっているいるらしく、なんらかの儀式ぎしき対象たいしょうにもなっているとの噂もあるが、未だに行方知れず。何度なんどか作品が掲載けいさいされたHPホームページ再立さいたげをおこなっており、その都度つど読者数どくしゃすうがリセットされているらしいとのこと』


 ……全然分からない! なんだこれ、なんなんだ一体!? 消息不明しょうそくふめいで10年!? の挙句あげくのこの怪しすぎる説明文もなんなんだ! 全然、作品紹介すらじゃないじゃん!? 儀式ぎしきってなんだ!? こわすぎるって!



『本編を早く書け!!』

『本編を早く書け!!』

『本編を早く書け!!』

『本編を早く書け!!』

『本編を早く書け!!』

『本編を早く書け!!』

『本編を早く書け!!』

『本編を早く書け!!』

『本編を早く書け!!』

『本編を早く書け!!』

『本編を早く書け!!』

『本編を早く書け!!』

『本編を早く書け!!』

『本編を早く書け!!』

『本編を早く書け!!』

『本編を早く書け!!』

『本編を早く書け!!』


 さっきからずっと、希望きぼうの“文句もんく”をよそおった、のろいとのろいとのろいの言葉がコメらん縦横無尽じゅうおうむじんくしてる!

 こ、これだけは言わせてくれ!!

 俺じゃないんだ!! 俺はZOU3ってやつじゃない!! ……って……ま、待てよ? こ、こんなカルトな素性すじょうのラノベの続きを俺が書いたって知れたらまさかのまさかで!


『お前の小説は面白いと言ったな……あれはうそだ』


 ――って? いやはやまさかいやそんなちょっと待ってってば!

 ……だ、ダメだダメだダメだ! こ、こ、困るドー…… ホントにコマルドー!!

行方知ゆくえしれずの作者を召喚しょうかんするための、あんなとかこんな感じの生贄いけにえとして捧げられたり!

 今更いまさら言えるわけがない! 昨夜のった挙句あげくのこの乱痴気らんちきなんて! 

 我に返ってみればただただ野放図のほうずいたすぎ行為こういを思い出して全力で落ち込んでる最中にも、けれど激励げきれい称賛しょうさんのコメントがくるったよう催促さいそくをやめられない止まらないから“カッパー”えびせんは“どう”ですか!

 ――バタン!

 一旦いったんだ、一旦いったん目の前の出来事からの現実逃避げんじつとうひ深呼吸しんこきゅうのその次からもう一度考えてみよう……そうだ……そうだそうさ……! 今じたノートPCの向こう側に、たった俺の血迷ちまよごとへのあんな訳の分からないコメントだらけのリアクションが来てるはずがない……ぽつりが連なったにわか雨みたいな俺の妄想もうそうが生み出した大袈裟おおげささらなる被害妄想ひがいもうそうがLANケーブルの向こう側HTPSのその向こう側に、そんなものなんて! そうだ! 向こう側の世界になんて!!

 パカっ!

 勢いよく開いたのち挙句あげく即座そくざにバタンっっ!!

 あるよあったよそりゃそうだ! だってさっき見たんだもんそりゃそうだ!

 ……素直にコメントくれた人達にあやまろう……俺が書いたんだけど、俺じゃないんだって……。

 でも! そもそもZOU3がちゃんと続きを書いてればこんなことになんて! ……ってめとこう……情けない逆恨さかうらみなんてかっこ悪いよな……はあ……。

 改めてきっちりな正座せいざに組み直し、何度もあせぬぐいながら真摯しんしに目の前のキーボードに向かってふるえる指先を………。

 ……な、なんだ……DMダイレクトメッセージが……とどいて……る?。


『いきなりこのようDMダイレクトメッセージまことにすみません。少しばかりのお時間を取って頂きたいのですが大丈夫でしょうか? 直接ちょくせつお会いして、作品についておうかがいたしたいのですが』


 ――って……角若出版かどわかしゅっぱんの……文野ぶんの……さん?

 ……か、角若かどわかって! 誰でも俺だって勿論もちろん、知らない人なんていやしない信じられないほど業界超最大手ぎょうかいちょうさいおおての……。

 ……ああそうか……俺、もう終わったんだな……結局、昨日も今日もってことはこれ……成程なるほどそうか……おそらく、ZOU3ってのが角若かどわかとのヤバい繋がりの“なにか”で。

 超法規的ちょうほうきてきなルートのあれやそれやで姿をかくしつつ、この作品を野放のばなしにしておいて罠を張って、まんまと引っかかる様な奴等は大抵たいてい、角若を良く思わないライバル会社だったりに良からぬ委託いたくでもされた作家とか……そいつらを消しさるって算段さんだんで……何やかんやこのページが地獄の入り口だったって訳だ……はああ……せめて詐欺さぎポルノ位でもんでりゃまだ良かった……おっぱいでしっぱいしたならくっぱい(苦杯)にかったとしても、けっしてちゅうかなぱいぱい!(オチがなかった)

 ……なんて馬鹿なことを考えて現実逃避げんじつとうひからの脱出なんてしてるひまはない……まあ普通に考えて、なんらか権利問題けんりもんだいについてのしってところかな……。

 ZOU3はもうプロデビューしたのち契約けいやくからすでに別名義で活躍かつやくしてるとかで……そして、ZOU3名義めいぎの権利も一緒に角若かどわか帰属きぞくしてたり……それで今回のことに気付いた本人からクレームが入ったとか……告訴こくそでもされたら一発いっぱつアウトかなあ……これはあくまでも二次創作にじそうさくで……なんて話、通る訳もないし……。


 『分かりました』


 ――って、項垂うなだれて、ただ返事を返すしかなかった。

 いずれは目ざとい誰かに気づかれるかもしれないし、早めの行動が結局は身持ちの延命えんめいほどこしてくれるってことに違いないから……。

 コメントらん徹頭徹尾てっとうてつびの謝罪文とはいえ、下手へたにそれをせた所で、あらぬ憶測おくそくが乱れ飛び交い話がややこしくなるだけかもしれない。

 炎上が更なる火種ひだねを呼んで、取り返しがつかなくなるってのがネットのつねで、噂ってのは倍々ゲームじゃまない位に燃え広がるから……。


 あの窓の向こうで空という空がかさなり合ったまま、何も知らないりしてこっちをのぞいてるみたいに。

 身から出たさびなら仕様がない……怒られて済むものならいくらでもって、覚悟を決めて……はああ……。



「いやあ~おはつにお目にかかります!  あなたがZOU3さんなんですね! しかし、ホントに実在したなんて!」


 切腹せっぷくなりくびなりって覚悟に覚悟を重ねた先に待ってたのは、どれ程か愛想あいその良いご対面たいめんからの初めまして。


「私達の間にも、ぐさま情報が回ってきまして! いやはや、びっくりにぐびっくりですよ! いやあもう!」


 都心も都心、今にもつぶれそうな心臓しんぞうかかえたまま呼ばれたのは、角若かどわか本社ビルの応接おうせつフロア。その恰幅かっぷくにはしゃぎまわるぷるんぷるんな体と艶々つやつや顔のまんまる眼鏡めがねが、いかにも業界人な中年男性が文野ぶんのさんで……。


「もう知っていらっしゃることとはぞんじあげますけれど、うわさうわさんで、もうすごいことになってます! なんたってあのZOU3さんですからね! いまだかつてだれ一人として、その存在そんざいすら見たことがないってうわさで! いやあ10年もの間一体何処どこへって……」


 目の前にされたスマホにうつった、まとめサイトの記事がって……何だこれ!? 


――奇跡的きせきてき復活ふっかつげた“ZOU3”がつい下界げかいに! いよいよ商業作品デビューか!?――って!?


 ふるえる指でスクロールするそのもっと下にも延々と連なり重なり、のっぴきならない考察こうさつのコメントが溢れんばかりに増え続け。


「ですが、プライベートな野暮やぼなことを聞こうとは思っていません。重要じゅうようなことは一つだけ。ウチからデビューしませんか? 今だに商業誌で活動してませんよね? 何か別名義べつめいぎでどこかの案件あんけんにでも入ってるとか? 成程なるほど、昨今のアプリゲーのシナリオとかですね? そりゃあそっちの方が当たれば大きいでしょうからねえ……と言うことはまさか、今ヒット中のアレのシナリオとか……」

 出鼻でばな機先きせんせいされて、文野ぶんのさんのその興奮こうふん気色けしきが、俺が想定してた話の要旨ようしえてきて!?

 我に返り頭をって卒倒寸前そっとうすんぜんで青ざめてた俺の脳内のうないが、ようやくこの状況じょうきょうからのリブートをはじめて……これはしかし……まった予期よきしなかった展開てんかい……だとしたら、だとしてもここしかない! 間髪かんぱつれずにおもむろにソファから飛び降りる!


「すみませんでした違うんです!! 俺じゃないんです知らなかったんです!! ただったいきおいでわけもなくなんとなく続きを書いたんです!! ZOU3なんてつゆともかすみとも知らないぞんげません!! あれを書いたのは確かに俺です!! でも、俺はZOU3さんじゃありません!! 本当に申し訳ありませんでした!!」


 ひざからくずれ落ちてれんばかりの謝罪しゃざい平身低頭へいしんていとうめて、さらにどん底のゆかにピッタリ寄せたひたいには、“死海”みたいなからさがにじあせ

 だから……だから殺さないでえぇぇ……って、どれだけか“か細く”ふるえる声で、一等いっとう最悪さいあくな未来をターゲットしてしまった妄想もうそうふるえる俺がうずくまっていた。

 時間の尺度しゃくどがびろんとびて、どれだけかこの空間が今のうちひねくれてしまったのだろうって、目の前を横切る無言の点と点と点の羅列られつが、もうひらきも出来ない今の俺を、一層いっそうどれだけかめ立てる“無音の希釈きしゃく”で辺り一面に広がり迫り来るのが恐怖でしかないけれど!

 つまり→…が→… ………… 。。。。。。〇〇〇〇 ●●●●みたいなスケール感増し増しで、この絶望のめ尽くそうとするんだ!


「……それは本当ですか?」


 やがてさえ、いつの間にかえた先、さっきまでの声色こわいろとは雲泥うんでいの引きまったむっちりした声が“天上”から聞こえた。


うそいつわりはございません! 本当に本当に本当に!!」


 なん因果いんがで、こんな大手出版社おおてしゅっぱんしゃいかりでも買ってしまえば、ギリギリエンタメ社会界隈かいわいと首の皮かつらむき一枚ほどでうすっぺらくつながってるだけの俺なんて、容易よういにチョークのこなみたいにパラパラにばされて終わりだ!

 ほんの一幕ひとまく沈黙ちんもくしばらく訪れたのち文野ぶんのさんが静かに語り出した。


「……ZOU3がどんな人だったか、会ったことがある人が誰一人いないんです……こもりだったとか、実は書き手が一人じゃなかったとか……自動書記じどうしょきで書いてたなんてうわさも……それどころか本当は、その書き手すら最初からいなかったんじゃないかなんてうわさも……」


 信じない信じない信じない! そんなこわい話信じない!!

 オカルトのたぐいは、自律神経じりつしんけいの不調から来る身体からだのセンサーの不具合ふぐあいに決まってる! 

 マンションやらで勝手に開くとびらの原因は部屋の気密きみつの問題! 金縛かなしばりは、レム睡眠中すいみんちゅうの出来事! 妄想もうそう妄言もうげん幻聴げんちょうは、全部疲れと疲れと不安が作りだすもの! TV番組だって99%の作り事と1%の予期よきせぬ偶然ぐうぜん

 この目で見てる目の前の世界だって、ほんのちょいおくれてのう認識にんしきしてるんだ! リアル世界なフレームレートのその合間にとらえきれなかったわずかな残像ざんぞうが、得体えたいの知れない物を映し出した気になってるだけ!

 犬や猫が全く関係の無い場所を見てるのは、たぐいまれな聴覚ちょうかく嗅覚きゅうかくの先にあるものに反応してるからってだけのこと!

 ゆえに、マヤカシオカルトに傾倒けいとうする前にずは一般常識・科学的見地けんち知識ちしきを正しく理解させることを学校教育が教えなきゃ!

 なんでもかんでも ♪妖~怪のせいじゃない! ♪そうじゃない! ♪ウォッチアウト!(気をつけろ!)! ♪今なんち~?(←方言やく:今なんて言ったの?) ♪命大事!!

 ……偶像ぐうぞう崇拝すうはい反対! フィギュアの収集に大賛成! この世界をカワイイモノでくせ!!


 あれ……でも……何かがあなたのよこえたりもうえなかったり……実はあれからずっと視えてたり……!


中断ちゅうだんしてしまったシリーズが、いつしか知る人ぞ知るカルト的な人気をほこるようになり、地下でZOU3信者しんじゃが増えていったんですよね。そこから10年、唐突とうとつに『番外編』とめい打った新作が発表された。そりゃあ、それを知る誰もが狂喜乱舞きょうきらんぶしましたよ」


 そ、それであんなことに……“生きてたんか”とか……作品の中身よりも、そのあやしげな存在そんざいが話題を先行せんこうしてるって、がたなに得体えたいの知れない本気のカルトかなにって線の方がやっぱり濃厚のうこうなんじゃ……。

 べたにったまま話を聞いてる俺が上げた顔の先に、そっとかがんでこのかたれた文野さんが、微笑ほほえみをかべた。


なにも心配することはありませんよ。貴方あなたには才能さいのうがあります。元のシリーズを参考さんこうにあれ程の物を書き上げたのですから」


 お、怒られてない……?

 全然……お、怒られてないよね……これ! なんでむしろめられてる感じに……いやでも良かった……勿論もちろん全部自分が悪いんだけど、大人になってガチ怒られなんて、へこんじゃうよね……泣いちゃいそうだったよ……!

 良かったホントに良かった……でも本当にお酒って怖い……んだストレスも怖い……そうだ! この際、もう色々辞めちゃおうそうしよう! 土台どだい、色んなことが俺には無理むりぎたんだって!

 

「いいですか? 良く聞いて下さい。貴方あなたがこれからのです」


 ……今、目の前のかみほとけよう文野ぶんのさんから、あやしげな啓発けいはつセミナーみたいなかたけがあった気が……多分恐らく私の幻聴げんちょうでしょうね……あ、その先に提示ていじされるであろう契約書けいやくしょに押す印鑑いんかんを、今ここで人間ポンプみたいに取り出してみせますからしばらくのお時間を頂いて……そう言えば出口はあっちでしたっけ? 色々いろいろ準備じゅんびしてきますんですみません、一旦いったん“ハケ”ますね。


「必ず売れます。売ってみせます。貴方あなた才能さいのうを、角若かどわかグループが全面的にバックアップします。今や伝説となったZOU3に“まして“ラノベ”を書き、大規模メディアミックスにってなんでもかんでも売りましょう! さいわいなことに如何いかにこれがこのたった数日のことだとしても、ZOU3本人が接触せっしょくしてくる気配けはいもありません。10年もの間、なんの動きすらないのです。勿体もったい無いと思いませんか? だれもが待っているんです、あの続きを! 読者の願いを無碍むげにする書かない作家が悪いのです、書いて書いて書くことに意味があると思いませんか! 熱心な読者のためを思えばこそなのです! その意義いぎのある仕事をあなたの手でやるのです! 今のあなたにしか出来ないのです! あなたならそれが可能なのです!」


 ……った挙句あげく仕出しでかしたとんでもない行為こういのことを、たったあやまりに来たはずなのに。

 文野ぶんのさんからあふれ出す功利こうりふくらむ甘言かんげんが、いつしか見たこともないほどよだれと一緒にこの目の前一面いちめんにドス黒いオーロラと一緒にれているだけのはずなのに。

 けれど、どうにもそれが如何いかにももっともなんだってに落ちて、さっきまでの人のさ気な善人面ぜんにんづらから、悪魔の様に植え付けてくるその真っ黒な“真言しんごん”が、俺をがなりるから!


「私達が貴方あなたを強力にサポートしますから……バレることは絶対にありません」

 そう言って文野ぶんのさんは、ただ俺に微笑ほほえんだままに。


「誰もが楽しみにしている国民的アニメだって、本当の原作者がとうの昔にこの世をっても、作品そのものは何時いつまでだって変わらず脈々みゃくみゃくと続いていることが日常茶飯事にちじょうさはんじ、当たり前のことなのです。けれど、そこで語られている言葉をつむぐ“言霊ことだま”は、本当は一体誰のものですか? だとしても、他の誰かの手にって変わらずその作品が誰かの心の支えになることこそがしんに正しいことだと思いませんか? 貴方あなたがこれから同じほこりある仕事をやるのです、他の誰でもありません、貴方あなたがそれをやるのです!!」

 …………

 …………

 …………

 …………

 …………

 …………

 そうだ……これからだって、まるでどうにもならない職場しょくばでこのままずっと同じ繰り返しを続けてたって、それが一体なんになるんだ?

 大した何かを書いたつもりもまるでなく、り場のない鬱憤うっぷんき出したすえの“あれ”が、誰かの値千金あたいせんきんになれるなら……こんな大きなチャンスがこの先二度とあるわけがない。

 ……そうだ文野さんが言うようにバレなきゃいいんだ……10年だぞ……10年音沙汰おとさたが無いなんて、もうきっと……だったら、なんとかなるんじゃないか? 

 だけど、おくいちにでも、もしもZOU3が俺達の前にあらわれたら?

 ……そうだ……“ZOU3”をこっちで商標登録しょうひょうとうろくしてしまって、俺がそのままZOU3を名乗なのり……そして作品の内容で勝てばいい……角若がバックに付いてくれるんだ……10年何もしてこなかったやつ今更いまさらこのうつろいやすいエンタメ業界で何か出来るとは思えない……文野さん達に力を借りて“内容”でこいつを上回ることが出来れば……その伝説だって風化ふうかさせることが出来るかもしれない。 

 だけど、誰が聞いてもこれが悪魔のさそいだとしたって……こんなことが、こんなチャンスが二度とこるわけがないから!

 でも……本当にそんなことをしていいのか……本当にこれが俺の……。

 いや違う……書かない奴が悪いんだ……書けない奴が駄目なんだ!! 

 読者の期待を裏切り続けて、ずっと何もしなかった方が悪いんだ!!

 それほどまでに獲得かくとくすることが出来できた人気を捨ててしまうなんて、どうかしてる奴のことなんて考えるな!!


「やらせてください」


 この世界は、誰もが誰かの功績こうせきのおこぼれを、さも自分の手柄てがらみたいにかたって生きてるんだ……日銭ひぜにかせぐ為のゴーストライターだって……それを俺がやって何が悪い……もしも、もしもるのならば……消えてしまったZOU3のわりにここに俺をえてくれるチャンスをくれたエンタメの神様が味方してくれたってことで、この運命が俺にとっては必然ひつぜんってやつにちがいないから。


賢明けんめいな判断ですね」


 文野ぶんのさんはただおだやかに俺にてのひらべ、そしてその手を俺は――。


「では、今日から……いえ、もうこの瞬間しゅんかんからあなたが“ZOU3”なのです。私達は、これからもずっとかぎりなくお互いのため運命共同体うんめいきょうどうたいでありたいものですね」


 そう言って、本当は本物のZOU3のため周到しゅうとうに用意されていただろう契約の書類を俺の目の前に並べ、うつろにまばたきも出来ない俺に何事かまくし立て始めた。


 

 ……悪い夢がはしかららう“桃源郷とうげんきょう”のかすみかった玉座ぎょくざをこれから目指す日々を、うそ欺瞞ぎまんのその高みの先に魑魅魍魎ちみもうりょういろどよう極彩色ごくさいしきのラノベをえがき出すことを。




 それからその評判ひょうばんは、悪魔がひらいた道筋みちすじ辿たどった様にあやしくもあまい匂いをただよわせながら、いとも易々やすやすたしかなものになっていった。

 中断ちゅうだんされていたシリーズのそのに“素知そしらぬり”で続いた続話ぞくわの発表後、またたくにそれを取り巻くうわさ波紋はもん殊更ことさらに広がり続け、復活ふっかつしたZOU3という存在は、出版社のこの上なくテクニカルな“喧伝けんでん”によってさらなる話題を呼んだ。

 けれど、表向おもてむきの俺はりをひそめその正体をかくし、ただひたすら”いびつ二次創作にじそうさく”を続ける本当はただの傀儡くぐつなんだって……その戸惑とまどいも焦燥しょうそうも、日々明け暮れる作業に沈殿ちんでんする、このけのかわすらいつしかいたまま、もう元にはもどれないドス黒いかたまりでしかないこの俺が。

 これまでブログに掲載けいさいされていたZOU3の作品は、何食わぬ顔で角若かどわかの商用Webに場を移され、人気イラストレーターと老練ろうれんな企画者達による巧妙こうみょう手練手管てれんてくだによって、確実かくじつにアニメ・ゲーム世代にさらに受け入れられる様、キャラクター描写びょうしゃにより重点じゅうてんをおいた、昨今さっこん流行りゅうこうモデルに落とし込まれた。

 ほんのわずかな時間をもって刊行かんこうされた初刊しょかんは、書籍媒体しょせきばいたいのラノベとしても、また電子版としてもここに異例いれいの売り上げを記録し“外連味けれんみ”かまことかなうわさ相合あいあわさってリアルの話題をも席巻せっけんし、人々の好奇心こうきしんまとにどれほどさだまって作品そのものだけでなく、その興味きょうみ対象たいしょう著者ちょしゃ存在そんざい実像じつぞうにまでおよぶこととなった。


勿論もちろん、それも想定そうていみです。あなたの替わりに代役だいやくを立てましょう」


 全てのプロジェクトにおいて文野ぶんのさんが何もかものあいだ仲介ちゅうかいし、角若かどわか絶大ぜつだい影響力えいきょうりょく庇護ひごもとかくされた俺のことを、そのじつ誰もが知ることもなかった。勿論もちろん、そのことに否応いやおう有無うむも無かったし、以前いぜんいたあの会社はとうにめていたから、もどる所も帰る所さえ今や何処どこにも無かった。

 今この瞬間しゅんかん、俺もふくめて誰もの眼前がんぜん異様いよう羅列られつする文節ぶんせつ集合体しゅうごうたいは、あの夜のぞいたZOU3の物でも、ただ酔狂すいきょうに書きなぐった他愛たあいもない俺の落書らくがきめいたものでも無くなっていた。

 けれど、あの日からたがえたままにふたをした俺の中の何かが、気が付くとふるえるこの指をえずえぐように顔をのぞかせるから……。


「私がZOU3です」


 いくつかのネット媒体ばいたいでのインタビューののち昼日中ひるひなかの地上波TVの情報番組に笑顔で登場した、顔も知らないだれかがそう名乗った。

 勿論もちろん、俺が“本物のZOU3”でないことは俺自身が一番良く知っていることだ。そして、“今のZOU3”の作品のベースを生み出している俺がも、最早もはやどこにも持たされていないことだってすで承知しょうちしている。

 ていい所で用済みと切られてしまえば、誰がいつZOU3になっても言いわけだ。

 ……もう何もかも、すでわけが分からなくなっていた。

 消えてしまったZOU3がすわっていた“無名むめい玉座ぎょくざ”に、本当はだれすわるべきだったのか……。

 

 いまさら、誰がZOU3である必要ひつようであるのかさえも……。


「ねえ、何か悩みがあるなら聞くけど」


 あの年下先輩とししたせんぱいがただ偶然ぐうんぜんのまま、自宅近くのコンビニの明かりまりに項垂うなだっていた俺が見上みあげた、そのぐ向こうにいた。


「ひどいクマにひどい寝癖ねぐせ、つまりひどい顔。あなたが今一体どんな事をしていたら、そんな風になれるのかしらね」


 あれからまたた続刊ぞっかんが続き、今やアニメにアプリゲームにフィギュアに、ありとあらゆるメディアミックスがそのあとに続けとばかりにれつしてあふれんばかりの大ヒットを作り上げ、一緒いっしょくたになって巨大きょだい奔流ほんりゅうに流れている。


 変わらず、俺はどれもに沿った原作げんさくえがき出し、文野ぶんのさんにわたす日々が続いてる。一方で、原作者ZOU3としてのいを、メディアの前であの代役だいやくがずっと演じ続けている。

 そのころすで角若かどわか株価かぶかげた功績こうせきした破格はかく一角いっかくとして、今やその地位がるがぬものとなった作品群さくひんぐん、その重要なIP価値としてのキャラクターは、すでに別のシナリオライター達の手によってひとり立ちを始め、あらゆる媒体ばいたいに登場し、圧倒的あっとうてき牽引けんいん役として新たな責務せきむ背負せおい続けていた。

 海外展開にいての版権はんけんビジネスもこうそうし、とどまる所を知らない勢いで各国地域に合わせた派生作品・派生物が生み出され、その全てが明らかな成功せいこうを収めていた。

 らばったピースでしかなかったラノベらしき断片だんぺんでしかなかったはずのモノは、今や“偽物にせもの”の手すらはなれて、文字通りな“大人”達の手にって芽吹めぶいたたねとなり、誰も手の届かない向こうにその果実かじつみのらせていた。

 今となっては、本当にそんな人がいたのかさえ分からない“本物”のZOU3はついあらわれることはなかった。

 何故なぜ、どうして……身勝手な言い訳ばかりが反芻はんすうする日々の中、けれど……ただこの目の前で、俺がやってしまった事に何か言ってくれれば良かったなんて。

 日々の苛立いらだちと焦燥しょうそうが、嫉妬しっとねたみが、上手うまくいくはずがなかった事の重大さに、今更いまさらただの腹いせに転嫁てんかした挙句あげく取返とりかしのつかない俺の罪が……!

 言い訳さえも押し殺して、これがチャンスだと……二度とあり得はしないチャンスだと思った。綺麗きれいごとなんてうそっぱちだらけのこのエンタメの世界で! 可愛い物の腹の奥でうごめいている、虫唾むしずの走る様な誰かの商利しょうり主義に!

 ……いや……違うな……ただうらやましかっただけだ……自分が生み出した物を、誰かが何の都合つごうもなく愛してくれるそのさまを。

 俺が考えだしたわけじゃないキャラクター達が無条件むじょうけんに受け入れられていく過程かていに、本当は俺なんて最初から存在していない現実がただくやしかっただけで……。

 書かないのが悪い……えがけないのが悪いなんて……それも自分を正当化するためいつわりでしかなくて……本当はそうじゃなかったんだ……本当に書きたいものがそこにえがかれていて……その作品をかこんで存在そんざいするコミュニティの面々がけれどひっそりと、でも確かに広がっていることが……いつか…いつの日から、俺がもうずっと忘れてしまった日々が其処そこに……それが終わることもなく続いていて……流行はやすたりとか関係無いその価値がそこにずっと芽吹めぶき続けていて。

 いつからか、手放すのがこわくなるほどの金が入ってきた。あの時誰かが寄越よこしてくれた幾らかのギフトコードなんて、何の価値かちすら無い金額きんがくでしかなくなっていた。

 もしも、この立場でいることをおどされこき使われ放り出されでもしていれば、だ何かの行動につながっていたのかもしれない。

 その点も文野ぶんのさんは巧妙こうみょうだった。

 俺を媒介ばいかいせずに好き勝手に出来るようコンテンツの権利をいつの間にか切り分けていきながら、ただ物語の基本をす俺のえがいた物の成果せいかだけは、ちゃんと俺の権利けんりとしてみとめてくれていたから……俺のこの有様ありさまとしては、それをうしなわないように他のことには、ただ黙ったままでいるしかなかった。

 俺はを、本当はいつまでもZOU3の作品の永遠えいえんの2次創作品に過ぎないそれを、淡々たんたんたゆまずえがきながら震えながら……それらが、この手の中からこぼれ落ちてしまわないようになんて。


 だけど……。

 だけど……!


「もう……もうめようと思うんです……」


 力無いてのひらからすべり落ちたコンビニ袋の中で、何の変哲へんてつもない硝子瓶がらすびん無造作むぞうさにぶい音で割れた。


「だって……俺にこんなこと、本当は出来るはずもなくて……どんな事もこんな事も……こんな……こんなことやっちゃいけなかったのに……! こんなのずっと続けるだけの事に何の意味もないなんて分かってたのに!」


 ようのない涙が、何もかもを流し消して目の前がゆがんだ。ぬぐすく両掌りょうてのひらはらがそのまま熱くなっていって。


わけからず書いた物が、ほんのちょっと誰かに面白おもしろがられて調子に乗って! 何も無いままただ乗っかって!」


めよう……とかじゃなくて、めなくちゃいけないって……」


 あたりの薄明うすあかりに人目ひとめなんてどうでも良くて……ただ終わりなく泣くしかない俺が。

 しばらくののちだまって俺の手にそっと重ねつないだ年下先輩とししたせんぱいぬくもりがいて辿たどり着いた先、星達すら消えた空の下の公園のベンチ。


「そうだったのね……」


 長くくもったままだったむねのつかえをき出してしまったこと、後悔こうかいはしていない。

 もうどうせ全部止めてしまえばいから……後ろめたさからすがり付いたすえの金だって、所詮しょせん本当は俺なんかが手にしてい物なんかじゃない。


「会社も辞めちゃって、あれからどうしたのかなって思ってたの。みんなしばらくは勿論もちろん色々言ってたけれど……この業界きびしいことばかりだもんね。誰かの所為せいにしながら、みんな自分の居場所いばしょを守る為に必死ひっしだったけれど結局は……そういうあたしも今は別の会社に移っちゃったし」


 そう……そうだったのか……ろくに思い出なんて無いし……ただの何もないやからまり場だとしか思っていなかった……でも、それぞれがそれぞれの事情だってかかえてるってことが……今になって良く分かるから。


「ねえ……勿論もちろんみんなみんなだれしもが自分のやりたいことばかりをやり続けることは出来できやしないけれど、あなたは確かにその手で何かを作り出して、それをちゃんとだれかがみとめてくれた。自信をもってそれを自分のものとして、これからもっと形作かたちづくってみればいいんじゃない?」


 年下先輩とししたせんぱいはそう言って、微笑ほほえんだ。

 ずっとうそばかりをかさねきた挙句あげく、何も知らない下らない遊びの延長えんちょうみたいなことが運良く転がっただけの今の俺に、そんな自信なんて……。


「それこそ今やってるみたいに無我夢中むがむちゅうで、ただやってみれば! 同じ流されるにしても、”自分”がやりたいことで流れてみないと! どうせいつかはみんな何もかも忘れられちゃうんだからね! あなたも、それこそ私だって!」


 それは……本当にそれが今、本当に本当にゆるされるならば……。

 くらての向こう、あの空を見上げてそう力強く言った年下先輩とししたせんぱいのその横顔を黙って見つめたままの俺が……。

 


 「めたいって……それは本気で言ってますか?」


 はじめに契約けいやくわしたこの部屋で、俺はあらんかぎりの勇気をしぼって、文野ぶんのさんにその決心を伝えた。

 ただ自分がどうしようもないおろかなことをしたこと、そして俺が保有ほゆうする権利を全て角若かどわか譲渡じょうとするむねを。

 この後悔こうかいの日々の中で、けれど使ってしまった金やらは今はどうしようも無いけれど、今持っている分はそのままあるだけ返し、のちに何とかして全て返金することも伝えた。


 けれど、たった一つだけ大切なこと。


「俺がZOU3の“偽物にせもの”だったってことを公表させてください。今メディアに出てる代理人だいりにんのことも」


 そのすべては、本物のZOU3の作品を読んでくれているファンの為に。ずっと待っていた人達に、“偽物にせもの”をもって“本物”だと信じさせていたつぐないのために。

 けれど文野さんは、俺をたしなめるよう溜息ためいきいて。

「……もう本当のZOU3はいないのも同様どうようで、貴方あなたが生み出した作品群の価値は、すでにZOU3そのものの存在を名実めいじつ共にえています。仮に本物が今現れようと、いくらでも“あちら”を偽物にせものあつかい出来るだけの状況証拠じょうきょうしょうこを作ったんです。仮にあちらが“穏便な解決”を望むなら、生涯しょうがい遊んで暮らせるだけの相応そうおう金銭きんせんを支う用意もありますし、それにおうじない人間など決していないでしょう。私もこの業界で、様々さまざまな人達と出会いましたから。貴方あなたは、安心して今までと同じことをただ続ければいだけのことなのです」


「もう書きたくないんです! ZOU3がどんな思いで作品を書いていたのかも考えずに、安易あんいに利用してしまった罪滅つみほろぼしをしたいんです!」


 引き下がることなんて出来やしなかった。

 自分をいつわって誰かをいつわってまで、これ以上書き続けることなんて!!

 文野ぶんのさんだけが悪いわけじゃない。

 むしろ、巨大な資本のもとでしか語れない夢だってたくさんある。エンタメの世界が、決して綺麗事きれいごとだけで成り立ってるだなんて思いはしない。

 一方いっぽう世相せそう流行はやりとすたりにだって、より以上にその相殺そうさいすらえるくるったスピードで競い合うチキンレースがそこら中で待ち構えてることさえ、そこに一から飛び込める程の才能なんて持ち合わせちゃいないのだって良く分かってるから。

 モラルの意味さえ片言かたことな世代が簡単かんたんに開くアプリの向こう側には、一ページごとにだって待てやしない、グロテスクな刺激のパレードが今やおどくるってる。

 だけど、それらすら内包ないほうする歴史の流れのたったほんの片鱗へんりんにでもれてみれば、何時いつだって何時いつまでだって変わりもしないほとんど同じことが続いてるだけなんだ。

 それでも! そんな世界がこれからだって広がり続けるのだとしても! ここにいたってさえずっとえがき続けられたこんな物語を、今も誰かがなお必要としてくれているのだとしても!

 それがZOU3が作り出した世界を、キャラクター達を盗用とうようしてしまった理由になんかけっしてなりやしないから! ミステリアスで刺激的しげきてきだったZOU3を取り巻く背景はいけいを利用したこのにせのエンタメで、取返とりかえしのつかない劇場化げきじょうかにしてしまったこと発端ほったんの俺がここで手を引かなきゃ! ただただ俺がやったことがこんな事になったのだから!

 必死で語る俺の独白どくはくを、文野ぶんのさんは目の前でただ黙って聞いていた……そして。


「……分かりました。ならば、貴方あなたは今日限りZOU3ではないということで……これまでに手にした権利関係を手放すことに後悔こうかいはないですね……二度とられるものではないですよ? 誰もが誰かの真似まねをしながらも、成功を勝ち取るためうそを重ねる……それが当たり前の世の中でしかないんです……そうですか……分かりました、権利関係の移動はこちらで全て行っておきましょう」


 ZOU3のこと、いつわってきた先にある真実しんじつまで全部公表させてください!! でないとZOU3だけじゃなく、ZOU3の作品のファンの人達にもうわけが立たないから……!


「それは、こちらが決めることです。貴方あなたにはまったく本当に大変お世話になりました。しかし、こちらもまたお世話を“した”ことをけっして忘れないで下さい。貴方あなたのことなど、この先どうにでもなるんですよ……」


 それはおどしでもなんでもなく……ただ、もっともな話なだけで……。

 俺の言葉と文野さん言葉、その先にもう何も交わるものが無いまま……俺は何も出来ず、だまってその場を離れるしかなかった。


 身から出たさびが、もりもったすえがこの結末けつまつだ……どうしようもないままに建物をあとにするしかなくて……。


「なあ……あれって誰?」

「知らね」

 

 ――って、編集部内の人間だろう二人と逃げる様にすれ違い様、耳の奥に何時いつまでも残ったその言葉が……。

 きっと俺は、誰も知らない誰でもない自分を、けれど本当の自分だと信じたくて必死ひっしにそこにしがみ付いていただけなんだろうって。


 一連のことが始まってから、かくれるように移り住んでいた豪奢ごうしゃなマンションをはらい、仕事を放棄ほうきした違約金いやくきんとしての名目めいもく代理人だいりにんを通じて文野さんに持っていたほとんどの現預金げんよきんわたしたから、今の通帳つうちょうの中身に見合うだけの住まいは、元いた安上りの部屋位なものだったから、あの頃と同じこの部屋に何とか再度さいど転がり込むことが出来ただけでも幸運でしかなくて、そしてただあのあと事態じたいすえだけが気になっていた。


「それで? これからどうするの?」


 文野ぶんのさんに一任いちにんした、契約違反の名目めいもく賠償金ばいしょうきんを支払った後、それでも何とか当分の間は食いつなげるだけの残高ざんだか位はちゃんと残してくれていたけれど、それは共犯者たるに相応ふさわしい代償だいしょうとして用意されたものでしかないのだと。

 年下先輩とししたせんぱいはあれ以来、事あるごとに俺の心配と面倒を、なんとはなしに見てくれる様になったあと、それは全く有難ありがたいままにいつの間にかほとんど毎日の様に、この部屋に出入でいりする様になってくれていた。


「何か食べたい物でも言ってくれれば、たちまちにってね」


 ――なんて笑いながら殊更ことさらに世話を焼いてくれ続けることがただうれしかったけれど、勿論もちろんこのままで何もかもが終わるわけも無く、全く突然に俺がいなくなった後、あの作品の続話ぞくわが発表されたのだ。


 

 お願い!フラグの神さま!! 【ギャラクシーバトル編!】


(一部抜粋)


 タブやんは、言った。

「もう終わりや。誰が、正しかったんかってことを」

 あたしは、おかしいと思ったから、こう言った。

「あなたは、操られている。だからこそ、ここからまた始まる。このエクスカリバーの力を、見よ」

 キンキンキンキンカキン。

「そんな攻撃で、わしを、倒すことは、出来ない」

 キンキンキンキンカキン。

「でやあ」

 キンキンキンキンカキン。

「俺達も、協力するぜ」

 ダイゴ・ザ・スターと、キング先輩と、トライアングルフォーメーションで、合体したあたし達が、空を飛んだ。

「ファイナルレーザービーム」

 ビビビビビビビビビビ。

「ぐおお」

 タブリスは、倒れた。


 なにこったのかさえ、まった理解りかい出来なかった。有り得るはずの無い作品本編ほんぺんへの路線変更ろせんへんこうが加えられ、又、元の文体と比較ひかくしても表現力の瓦解がかいだと言わざるを得ないその内容ないように、登場人物の設定せっていすらすべてがそのていを変えていた。

 変わらずZOU3名義めいぎ掲載けいさいされたWeb媒体ばいたいには、“新章しんしょうスタート”の文言もんごんの一つがえてあっただけだった。

 作風さくふうが全く変わったことにより、当然とうぜんのことファンの間で一斉いっせい大論争だいろんそうが巻き起こった。元々根強ねづよかった都市伝説の一つ、“ZOU3複数人説”を裏付うらづける証拠しょうこだとする論調ろんちょうすらが再燃さいねんし、なによりそのクオリティがあらぬ方向になったことに激昂げきこうしネット暴徒ぼうとと化した古くからのファンが、作品ページのコメントらんすさまじい攻撃を始めた。


『さっぱり意味が分かんねえ! 別人だよな? 別人が書いたんだよな!!』

『ずっと信じてたのに! 何なんだこの劣化れっかは! めちまえよ調子にのったド三流作家さんりゅうさっかが!!』

『これは仕手筋してすじの工作でしょうね。株価操作のために編集部内で陰謀いんぼうがあったと思われます』


 奔走ほんそうする事態じたいついには、大手おおてSNSが次々に“落ちる”など、大規模だいきぼネットワークインフラをも巻き込んだ大炎上に発展はってんした事態じたいこした角若かどわかには、その対応を求めて各社マスコミ媒体ばいたいが押し寄せ、およそ一介いっかいのライトノベルに起因きいんしたこの様な事態が起こるなどと、一体誰が予想よそう出来ただろう。

 大規模だいきぼメディアミックスが従来ターゲティングしたそうから、想定そうていより以上に波及はきゅうしたライトそう訴求そきゅうするあらゆる商品媒体しょうひんばいたいにまで、原作作品の影響えいきょうおよぼすのは必至ひっしわけだから、関連する各社共にこの事態じたいをまさか看過かんかすることが出来るはずもなく、だからこそ原作をかくとした派生物はせいぶつへのクオリティチェックが随時ずいじ必要となるんだ。

 俺が“偽物にせもの”をえんじていたころにだって、初期しょきころはメディアミックス各作品の下地したじになる細かい設定から、ちょっとしたエピソードまで各種かくしゅ統一とういつするための作業を当たり前に行っていたし、けれどまさか本編ほんぺんなんの、まして誰の予断よだんも無くこんな形で大本営だいほんえいのWebに掲載けいさいされるなんてまったく思ってもみないことで!


「ラノベには素人しろうとの私の様な記者きしゃが読んでみても、およそ今までのシリーズとはまったく違う物になっていると感じますけれど!」


「これで今までのファンがついて来るんですかねえ! キャラクターのライセンス商品がどれだけ多岐たきおよんでるか、角若かどわかさんは理解りかいしてますか!」


 この大炎上劇だいえんじょうが、角若かどかわ本社入口にむらがった無数のマスコミが押し寄せる撃鉄げきてつとなり、対応に追われる広報担当者が右往左往うおうさおう双方そうほうわさり混じって渦巻うずま濁流だりゅうと今やしていた。


「この場所で、緊急きんきゅう記者会見きしゃかいけんおこないますのでしばらく! しばらくお待ち下さい!」

 

 スーツ姿で現れた人物が、あわただしくもけたたましい怒号どごうを上げた。


「ねえ、なんだか大変なことになったんじゃない?」


 ソファから離れ、最早もはや収拾しゅうしゅうがつかないこの騒動そうどうながすネット中継にって物言わぬ俺は、差し入れを抱えて部屋に上がり込んだ年下先輩とししたせんぱいけてきた声にすら反応出来なかった。


 作品の表現力においての比較論とは別に、この文章に多用された擬音自体は決して劣化れっかした表現というわけじゃない。

 一つの目的論として端的たんてきに作品のアニメ化をプロジェクトの中心にえて、その原作の大量生産が、しかも長期維持可能な路線にえて方向性を変えたんだと思う。

 いちラノベのたった数行の文章の修飾しゅうしょくに多大な時間を掛けた所で、メディアミックス全体の利益に貢献こうけん出来るわけではない。アニメ・アプリ化されるさい、実際にそこに入る音が必要なだけであって、リアルなやいばまじえる表現を数多あまた考えるための時間をキャラ描写の掘り下げと“名言”作成にく方が、キャラクタービジネスの展開においては余程よほど有益ゆうえきだろうし、アニメで描かれる舞台背景の描写は手慣れた美術監督の手で如何様いかようにもなるから、原作に必要なのは、台詞せりふが大多数をめるキャラ劇の内容であって。

 勿論もちろん、元の文章から文体を引きげる人材がいなかったのかもしれないと考えることも出来るけれど……所詮しょせん俺だって“偽物にせもの”だ……著者ちょしゃ特定とくていにくい文体を使い回すことに決めたのだろうか、その意図いとするところが全く読めない。

 原作をかくとした総体そうたいとしてのビジネスは上手くいってるのに……ここでいきなりの路線変更ろせんへんこうに一体何の意味が……。


「おい! ZOU3が出てきたぞ!」


 代理だいりZOU3……? 

 角若かどわか広報部長こうほうぶちょう取締役とりしまりやくとかじゃなく?

 作品の内容についてなら本来、その読者層に向けた発表の仕方があるはず。これだけ大掛おおがかりな報道のもとで、一般層にまで届く様なやり方をする程の巨大きょだいコンテンツにまで辿たどいたと言うべきか……。

 今や、罪人ざいにんを取り囲むよう殺気さっき立った異様いよう群衆ぐんしゅうに深くこうべれ、そしてぐにこちらがわ見据みすえた人物こそが、メディア用に仕掛しかけた代理だいりZOU3その人であって。

 

「お集まり頂いた皆様にはおいては大変ご心配をお掛けしており、誠に申し訳ございません。このたび騒動そうどう、ご指摘してきの点についてですがず始めに申し上げます。今回の作品はわたくしみずから”が書いたものでございます」


 ……ど、どういうことだ!?

 

「そりゃそうでしょうよ、あなたがZOU3さんなんですから! どうしていきなり作品の路線ろせんを変えたのか、その説明をお願いします!!」


 代理ZOU3をぐるりと取り囲むマスコミのカメラから数多あまたのフラッシュがかれ、辺り一面が、ほこるまるで火花の様な舞台ぶたいになって……だけど……だけど!


「違う……そいつは違う!!」


 思わず俺は、このすえを見守る眼前がんぜんのモニターの画面のふちを、両手に任せて飛びつき張り付いてさけんでいた!

 そいつは違う! 違うんだ! そいつはただだまだ! 俺という“にせZOU3”を、世間から隠匿いんとくする為に対メディア用として用意された……!


「ご説明させて頂きます」


 重々しい一礼から直ると、代理ZOUがカメラ越しの向こうで続けた。


「従来作品における文体は、およそマニアックな表現を多用した修飾過多しゅうしょくかたな方向性で、勿論もちろん、それがあらゆる方々に受け入れて頂いた事は大変有難ありがたいことだったのですが、今後更なるアニメや漫画化に際して、より一層多方面へのターゲティングにより、今以上に作品の訴求力そきゅうりょくを上げていきたいと考えました。現段階より幅広いマスマーケティングを視野に、原作の生産性の向上を念頭に文章の簡素化・基礎的な句読点の導入など、あらゆる方面に作品群を届けやすくするための、原作ライトノベルの更なる“ライト化”を模索もさくすることにいたりました」


 よどみ無くその言葉をつむいでいく代理ZOU3を、俺はほとんど何も知ることはなかった……あのころの俺は、ただ自分がつな災厄さいやくの上でずっと転がっているだけだったから……。


「加えて、世界的にヒットを飛ばした商品群しょうひんぐんにおけるキャラクタービジネスのさらなる拡充かくじゅうという点において、新たな局面きょくめん見出みいだすことで、角若かどわかのビジネスにもっと貢献こうけんしたいとも考えました。つまり、他作品とのコラボなども考えております」


「今、世界的にキャラクター展開をされておられるパペットモンスター……いわゆるパペモンが、私が描く作品のキャラクター達の“お供”になる展開なども、今後考えておりまして」


「それなら、それを違う作品でやればいいんじゃないんですか! 新たなシリーズを立ち上げるとか! 何故なぜ、これだけ多くのファンをかかえる作品を、ここまで変える必要があるんですか! 」


 そうだ……同じことをさっきから考えてた……なぜ、今までの作品をここまで変える必要があったんだ……。


「……大変申し訳ございません……それについてご報告を」


 何だ……代理ZOU3の雰囲気が何か……そうだ……本来、会社の人間が矢面やおもてに立つべき場であってしかるべきはずなのに……おかしい……この記者会見は……何かが……。

 それまでの喧騒けんそう途切とぎれた一瞬いっしゅん空白くうはくが、会見の場の全ての人達をんで、それから……。


角若かどわかの“ある社員”が、ネット上で評判ひょうばんの高かった“ZOU3”をかたる“偽物にせもの”と共謀きょうぼうし、これまでのシリーズを制作せいさくしていましたことをここにご報告ほうこく謝罪しゃざいさせて頂きます。なお、その社員はすで解雇かいこ処分になっておりまして、元社員の個人情報等はひかえさせて頂きますのでご了承下さいますようお願い致します。なお、この様な事態じたい発覚はっかくしたことにより、これまでの作品シリーズに対しての何らかの対応を検討中けんとうちゅうでありますので、現在この件については何卒なにとぞ容赦ようしゃ下さいます様お願い致します」


 代理だいりZO3の語ったその言葉に、その場からつなぐカメラ越しも含んだ全ての場所から音という音が消え去ったかのように、この時間・空間を共有する誰もが、自分達が今聞いたはずのことの意味を理解することも全く出来ず、ただ呆然ぼうぜんとするほかなかった。


 そ……そんな……まさか…こんなことって……!


「私はこの作品群さくひんぐんにおいて、本当の原作者ではありませんでした……今まで何度も、何度も……この欺瞞ぎまんに本当はえられず……しかし……ずっとおどされてきました……けれど、皆さんをだましていたことに最早もはやえられず……ですが……! 勇気を振り絞り、ここにこのことを告白こくはくいたします! 大変申し訳ございませんでした……みなさん……みなさんをずっと……ずっとだましていたことを……!」

 唖然あぜんとし、ただ固唾たかずんだまま呆然ぼうぜんとなる群衆ぐんしゅうの目の前で、突然地面にし、嗚咽おえつを上げながら代理だいりZOU3のこの告白劇こくはくげきが……こ……これは一体いったい!!?


「ですが……勿論もちろん、私も“偽物にせもの”とは言え、あの原作小説の一部分ではありますが主要しゅような箇所を、片棒かたぼうかついだという意味で大変恐縮きょうしゅくなのですが担当たんとうしていました。具体的な作品名で申しますと、“~~”の部分になります。大変恥ずかしながらも、かなりご好評頂きましたシナリオ部分でございましたので、これからきっと、この新しい路線を受け継ぐ原作者のはしくれになっていけると信じております!」 


 違う……だましていたことには間違まちがいないけれど……! おどして何かさせてたなんて話は聞いたこともない! それに……文野ぶんのさんがめた!? どういう事なんだこれは……代理だいりZOU3が作品の執筆しっぴつだって!? 各派生物かくはせいぶつにシナリオライターが起用されていることは知っていたけれど……代理だいりZOU3の著作物ちょさくぶつなんて聞いたことも……一体これは……!?

 

「これって大変なことになったんじゃない?」


 ――って俺の肩越かたごしにモニターをのぞ年下先輩とししたせんぱいのその声も、何処どこか遠くにかすんで消えてしまうだけで。


「私は勿論もちろん、当事者としてこのけんについてのばつを受けます! 今こうして正々堂々せいせいどうどうみなさんの前に現れたのですから!! けれど、正真正銘しょうしんしょうめいあなた達をだました“本当の偽物にせもの”がいるのです!! そして、これだけたくさんの方々をだまし続けた偽物にせもののラノベ作家を決してゆるしてはなりません!! 今現在も、その人物はこの街の何処どこかにひそんでいます。みなさんの手で! みなさんの手で、狂ったその偽物にせものとらえるのです!!」



うそだろ……今の今まで俺達が読んできたものが全部偽物だったって!? ……本物のZOU3は一体……!!』

『おい、これってどこからが本当でどこまでが現実なんだ! 信じられねえ!!』

『じゃあ、番外編からが全部偽物の作品だってことなのか……うそだろ!! 絶対ぜったいゆるさない!!』

『文体は一緒なんじゃなかったのか! おい!! 鑑定班かんていはん仕事しろよ!』

『にしても路線変更ろせんへんこうじゃ……もう終わりかなあ……良いか悪いか別にしてこれはこれでファンがついてたのになあ……がっかり……』

『本物のZOU3は何処どこなんだよ!! お前が出てきて本編を書けば済んだことだろうが!!』


 炎上どころのさわぎでは無かった。

 大パニックになったマスコミの質問攻めをかわして、代理だいりZOU3は消えていった。

 何故なぜ……何故なぜ今になって……こんな……こんな事が……初めから……初めから何かがおかしかったんだ……角若かどわか関係者が直接マスコミ対応をしなかったことも含めて……。

 最初からこうなるつもりでこんなことを……? 

 代理だいりZOU3がこの筋書きを書いた? でも彼がどうして? 何のために? 

 ……勿論もちろん、このまま俺がマスコミの前に出ていって謝罪しゃざいすることはいくらでも出来る……でも……何だ……何かがおかしい違和感いわかんぬぐえないまま……。


 突然のこと、部屋の玄関げんかんドアをひそやかにも、しかし“けたたましい”リズムで叩く音が!


 だ、だれだ!? こんなタイミングに! って身構みがまえた俺と、フライパンを片手剣かたてけんなべ木蓋きぶたをシールドに! って、俺の横にぴったりった年下先輩とししたせんぱいと二人顔を見合みあわせて、――どうする――!?” って!!


「た、助けてください! 誰も、誰もれてません本当です!! ぶ、ぶんのです! 文野ぶんの! 助けて! お願いです!!」


 ぶ、文野ぶんのさん!?

 俺はふるえながらも、いつのにか手にしていた卓球たっきゅうのラケットをほうげて、あわてて玄関げんかんドアをはなった! その先に、ただ無我夢中むがむちゅうで俺の横をすれちがって部屋の中に飛び込んだ文野さんが!

 

「……いやまいりました……突然とつぜんのこと、代理だいりZOU3から全てを告発こくはつされ、何もかも社内での地位ちいうしないましてね……貴方あなたからすればい気味ですかね……ただそのままに、貴方あなたの昔の住所だけたよりに……本当にすみません……他に行く場所も無くて……」


 面目めんぼくもないって今や、まったく小さくなってしまった文野ぶんのさんは、がちでほんのたまに俺の目をチラチラのぞいてはまた下を向いて、そのかわいた声で続けた。


勿論もちろんのこと、他のだれにも社内の関係各所にも貴方あなたのことは言ってませんでしたから……それが裏目うらめに出た形ですね……他の誰とも連携れんけいも無く……そりゃそうでしょうね……私だけが追い出されました……こんな立場になってみて今更いまさらですけれど……本当に貴方あなたには大変もうわけないことをしたと……この通りですゆるしてください……」


 かすかにふるえながらこちらに向き直り、何よりも深い土下座どげざかたまった文野ぶんのさんに『お茶でもどうぞ』って年下先輩とししたせんぱいが……『あの……その……こりゃすみません……』って、顔を上げてなみだぐみながらすすり始めた湯気の向こうで、その恰幅かっぷくも少しゆるんだ文野ぶんのさんがずっと泣いている……。


「いえ……こっちこそ……しかし、何故なぜ今になってこんな……他にやりようはいくらでもあったと思うんですけれど」


 突然とつぜん路線変更劇ろせんへんこうげき? 

 俺が“偽物にせもの”としてデビューするさいにだって、俺が書いた作品を昨今さっこん流行りゅうこうラノベのテンプレにとしんだ経緯けいい勿論もちろんある。あるにしても、おそらく“本物”のZOU3がデビューしていたとしても、その作品そのままが世に出ることもおそらく無かっただろう。

 広告こうこく宣伝せんでん、一冊の作品を売るために当たり前にお金が掛かる以上、売り上げの最大化のためにも“今”売れる必要な要素ようそむことが求められるのは当然の話だから。

 ”偽物にせもの”としての作品作りの葛藤かっとうたしかにあったけれど、文野ぶんのさんを始め角若かどわか集合知しゅうごうち結実けつじつした結果が“今ヒットしている偽物”を生んだのであって、それと同じことをこの状況の中、本編ほんぺんでやる必要があったんだろうか? 何だろう……この強引ごういんなやり方は? ともすれば、何もかもすべうしなほどけなんじゃないのか……代理だいりZOU3は、そもそも一体……。

 それに俺はもう、この“うそちたプロジェクト”からすではずれている……俺にはもう何もないし、権利関係でゴネて――今までの全てをさらしてやる――みたいに角若側かどわかがわ楯突たてついていたなら、作品の歴史から俺を全て消し去る為の刷新さっしん劇の目論見もくろみって話で、標的ひょうてきを俺にさだめたって理屈りくつならとおる。でもそれにしたって、刊行かんこうしたすべての作品にどろる様なやり方であって、相当そうとうのリスクが生まれるはずで……。


「実は私……本当に昔からZOU3の大ファンでして……」


 すっかり小さくなった文野ぶんのさんが、細々ほそぼそとさめざめと、そう話し始めて、『羊羹ようかんでもどうぞ』って年下先輩とししたせんぱいすすめられ、『ご親切にどうも』ってわたされた爪楊枝つまようじで突っつきながら……。


「いやすみません……信じてはもらえませんよね……でも本当に……本当にこのチャンスに何かしたいと思ったのも本当なんです……それに貴方あなたあらわれて、貴方あなたが書いた作品も素晴すばらしくて……他の出版社になんて行って欲しくなくて……いやでも……ぎたよくよくを呼びましたね……すみません……本当に……どうかしてました……」


 話し終わりにまた両目になみだめた文野ぶんのさんが、『お茶のおかわりどうぞ』って言われて、『あ、これは本当にすみません』『よろしかったら最中もなかもどうぞ』『いや奥さんすみません、お気遣きづかいなく……』


 ――って……。

 ……奥さん?


「彼とは以前いぜん……仕事上、ちょっとしたトラブルがあったさい仲裁役ちゅうさいやくとして入ってくれまして……それで知り合ったんです。あれでなかなかうでっぷしの方も……実際じっさいべんも立ちますし」


 茶柱ちゃばしらたおれましたねって、モクモク湯気ゆげのその向こうへ、ちょいちょい指差ゆびさしながら微笑ほほえんだ年下先輩とししたせんぱいに、もう色々いろいろりですねって、小さくまるまりはにかむ文野ぶんのさんが、今更いまさらながら暗黒あんこく象徴しょうちょうきわまったみたいな貫禄かんろくからキャラ変が確変で。

 まあこの際、あれやこれらの諸行無常しょぎょうむじょうに、取り立てて絶世ぜっせいのパターン化されたイベント後の憎めなさと落ち着きを取り戻したってことも……ホントにそれはまあ、ってことで。

 大体、一番悪いのは勿論もちろんのこと俺なんだからさ……。

 しかし、徹底てっていした秘密主義ひみつしゅぎつらぬいていたことが、つまり俺のことを代理だいりZOU3が何も知らないはずなのが、今はさいわいにして幸か不幸か、しばらく考えをめぐらせる猶予ゆうよわずかばかりはあたえられたってことで。

 中継ちゅうけい最大さいだい目的もくてきが、街中まちじゅうてて、“くるった俺”がばらいた悪夢あくむ清算せいさんでもさせようってことならば、あの本編ほんぺん改変劇かいへんげき一体いったいなんためなんだ? あくまで代理ZOU3の役目やくめは作品制作以外の対外的たいがいてき範疇はんちゅうでタレント活動を行うこと。随分ずいぶんと色んな“ZOU3”の趣味しゅみやら人となりが彼によって設定せってい、付け加えられたらしいけれど、その役割をえて、彼がまして本編ほんぺん、派生作品に執筆しっぴつで加わった記憶きおくなんて一切いっさい無いし、それについては勿論もちろん文野ぶんのさんだって首をる。


 だとしたらなんだ? あの文体に、表現方法になにか意味があるのか……? 殊更ことさら強調きょうちょうされた、たどたどしいらかった初歩しょほみたいな文章に……?


 おどされていたと主張しゅちょうすることで、彼も当該とうがい事件の当事者とうじしゃではあるから、無論むろん責任せきにん回避かいひはかりたいってのは理解出来る。

 けれど、仮に自分自身に矛先ほこさきが向いた時にあばかれることだってたくさんあるはずで。

 何故今、あんなうそが必要なんだ……何か……何かが引っ掛かる……。

 

「“田中たなか一郎いちろう”と名乗ってましたね。何度なんど厄介やっかいごとを……作家やファンやら作品のが作りだす人間関係やら、どうしてもどうにもならない手段しゅだんたよらざるをない時と場合もありまして……いつの間にやら……で、裏にいた人間ですけれど、人当たりもいし仕事はきっちりこなしてくれるしで、あの役にはうってつけだと思ってお願いした次第しだいで……事が事ですけれど、けっしておどしたりはしていませんし報酬ほうしゅうなんかも、そりゃ十分じゅうぶんに……」


 ちまたを走り回ってファンタジーを売っているのは、妖精ようせい女神めがみ達じゃなくて、襟元えりもとから心臓の鼓動こどういたるまで、すっかり真っ黒にすすけたサラリーマンってわけで……文野ぶんのさんと俺、おたがいの今までのことが、今更いまさら世間せけん清流せいりゅうに流せるって訳じゃないけれど……だけど、てられたネズミみたいに駆除くじょされてこのまま終わるわけにもいかない。

 年下先輩とししたせんぱいにあの時言われたこと、あれで少しばかりの決心がついたんだ。きっぱりとあんなことなんてめて、だれにも知られなくていいから……いつか自分の作品で世の中に……って。

 そう思うことすらも虫が良すぎたってすえに、今幾万いくまんの人達にだって糾弾きゅうだんされるのはすべてが自業自得じごうじとく因果いんがってやつで……だけど、そうだとしても、このままでやっぱり終われやしないから。


 「彼の素性すじょう結局けっきょく分からなかったんですけれど、実際じっさい、口もかたかったんで……すっかり安心しきってましたね……」


 「……彼のねらいは何なんでしょうか?」


 ただ、正義感にられて決起けっきした英雄えいゆう行為こういだとしても……。

 

義憤ぎふんられて血気けっきまかせる様な人間が、人々の先頭せんとうに立つさいうそまじえることなんてありないでしょうね……私が道中どうちゅうで、さおになりながらたあの会見かいけん主導権しゅどうけん掌握しょうあくしていたあのたたずまいといい……もう随分ずいぶん前から角若かどわか内部にんでいたとしか思えない手際てぎわで……ライセンス・スポンサー問題もからんだ問題に、およそ“作者”だけを表に出すなど考えにくいですし……尚更なおさら、作品の大元おおもとのターゲットであるコアなファンそう逆鱗げきりんれるようなあんなこと……勿論もちろんのこと、まったくくの寝耳ねみみにも寝耳ねみみな話でしたし、原作シリーズのあんな路線変更ろせんへんこう企画きかくなんて、ちかってかかわってませんし……しかし、いつまでプロジェクトが私の統括下とうかつかだったのかすら、今となっては……」


 あれが、文野ぶんのさんのえがくシリーズのロードマップの一過程いちかていだったとはとても思えなかったけれど、本当に一体いったいあれは……。


とん

とん とん

とん とん とん

とん とん とん とん 

とん とん とん  とん  とんとん


なんだ……上のかいからなにか……に、横からも……?」


 この部屋の三人が、同時に順番も無いままたがいに見合みあわせ、やおら年下先輩とししたせんぱいが、となりとを仕切しきるそのかべばそうと手を……!



            ドオオ轟おおお轟オオオ轟おおおん音音音!!!

         どおお轟おおお轟おおお轟オオオん音音音!!!

                どオ轟おおお轟おオお轟おオおん音音音!!!

 どおおおおおオオオおお轟おおおおおお轟おおおおオオオおおおおおおんん!!



「うひゃああああっ!」


 ぶ、文野ぶんのさんっっ!?

 “びっくり”かえって手足をバタつかせてるそのぐ向こう! 先輩せんぱいっっっ!! こっちへっっ! 轟音ごうおんから、幾重いくえにも重なりまれる振動しんどうにうずくまった年下先輩とししたせんぱいが、懸命けんめいにこっちにばした右手を、俺は強引に手繰たぐって無理矢理むりやりってせ!

 同時どうじに、爆音と轟音が辺り一面をとどろめぐって一緒いっしょに上のかいが落ちてきた!

 部屋中の何処どこまさぐ灰塵かいじんまたたれて、まるでそれが意思いしを持ってるみたいに視界しかいほとんどをうばって!


 な、なにこって……じゃないっ!!


 バレたんだ!!


 あちこちで割れ折れたりな建材けんざい一緒いっしょに落ちてきて、そこにたおれてるような人の形が見える程だけ、うっすらいた目の向こう!


げなきゃ!! 文野ぶんのさん! 手!!」


 は……はいいい~!! って俺の足下あしもとで震える文野ぶんのさんが“、こっちがわ”の足のすねから必死ひっし手繰たぐって、ようやくのぼ辿たどこうとするその手を真面まともに引き上げる!

 みながらも俺のむねの中でえる先輩せんぱい一緒いっしょ文野ぶんのさんを!

 

玄関げんかん!」


 俺の声を合図あいず一気いっきに走りぬける最中さいちゅうにも、もつれる足が千鳥ちどりにクロスしながらの文野ぶんのさん! その先にゆがんだドアが! かぎが先! ってチェーンを強引ごういんいてガチャリ!


「ひ、開きません~!」

 ドンッドンッドンッッ! って、ドアのくずれた平衡へいこうに生じる圧力あつりょく無我夢中むがむちゅうかえそうと文野ぶんのさんが!



轟おおおおおオオオおおおおおん音

   轟どおおおおおおオオオおおおおおん音

      轟どおおおおオオオオおおおおおおおおん音!!



「横っ! だれかいる!!」


 先輩せんぱいした指先の砂塵さじんのあっちでやぶられた横壁よこかべが!

 ばああアアあん! ひ、ひらいたあぁぁって、いきおあまってもんどりのめったドアの向こうにころがり出た文野ぶんのさんがした先に、同時どうじに俺と先輩せんぱい二人が手を取り合ってって!!

 古惚ふるぼけたアパートの木造もくぞう2階の外廊下そとろうか! 廊下ろうかまわり! 階段! 階段の下! 一応いちおう見渡みわた確認かくにんの上で、先輩せんぱいっ! 文野ぶんのさんっ! こっち!!

 文野ぶんのさんが三人のうちん中ちょいおくに! 俺と先輩せんぱい両翼りょうよくで前! 

 それぞれが、それぞれどうささってるのかなんて、まるで分かるわけもないままに!


 ゴン!

   ゴン!

     ゴン!

        ゴン!

          ゴン!


 び付いた階段を、今にも抜け落ちそうなほどの音を立てながらりながら!!


 ゴン!

   ゴン!

     ゴン!

        ゴン!

          ゴン!


 後ろをかえってるひまなんてない! ようやく辿たどいた地面を最後の力でく俺と先輩せんぱい文野ぶんのさんが!!!


 


 轟ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんんんんんん音

 爆OOOOOOO音NNNNNNNNドオオオおおんんん音

 轟音オオオオオオオオオオOOOOOOOOオオオオオオオん音……




「建物が……(俺)」


   「……ととと、倒壊しちゃいましたね……(文野さん)」


            「ガスの元栓もとせんめてるから大丈夫だいじょうぶ(年下先輩)!」



 どおおんオオオン どおオオオおん どおオオオオンンおん……


 って……木造もくぞうかいちく数十年で耐震性たいしんせいもまるであやしい、けれどなんうらみも買いっこ無いはずの、良心的に安価あんかなアパートが……目の前で……こんな派手に大袈裟おおげさ滅茶苦茶めちゃくちゃにバラバラって!?


 ――ヴゥウンヴゥウン――


 呆然ぼうぜんと、ただその光景こうけいながめるしかない俺のポケットにんだスマホに突然とつぜんのショートメールがとどいて……!



「“お前”が誰だか知っている」



 ……これは……田中一郎たなかいちろう……いや、代理だいりZOU3……!


 何故なぜ……どうしてここがかって……いや、まさかそんな……。


「わ、わたしじゃありません! ちかいます!! こんなことわたしっ!」


 べたにえたキノコみたいにすわんだ文野ぶんのさんが、けれどたゆんだその顔に必死ひっし形相ぎょうそうで首をりながら弁明べんめいかえして。


かく、ここからはなれましょう」


 ……そ、そうだ! 年下先輩とししたせんぱいの言う通り! 完全に倒壊とうかいしたアパートの瓦礫がれきこうにだれ姿すがたも見えないけれど、いまやいつどこでだれに見つかるかなんて!

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