第11話 異世界の蘭奢待①

 女の子改め、ルードラナが自分の名前と身分を明かし、再度秋房あきふさを勧誘する。


 ――それにしても、まさかこの子が目的地の皇女だったとはな。いや、断定するのはまだ早いか。


「……返事をする前に、1つだけ君に聞きたい事がある」


いぞ、話せ。それと、余の事はルードラナかルーナと呼べ。抽象的に言われるのは好きでは無い」


「分かった。呼びやすいからルーナって呼ばせてもらう。それで本題だけど、ルーナは何でこんな所に1人で居るんだ? 皇女なんだろ?」


「当然の質問じゃな。余は母上の病気を治す為にこの地に来た。秋房、コレを見よ」


 ルーナはそう言うと、先程持って来た本を開いて秋房に見せる。


「これは……何だ? 宝石?」


 本には宝石のような絵と、見た事が無い文字が書かれていた。


「これは蘭奢待らんじゃたいと呼ばれる琥珀じゃ。これを飲めば、と言われておる」


蘭奢待らんじゃたい? それって香木じゃ無いのか?」


 蘭奢待は東大寺の正倉院に所蔵されている香木だ。しかし、ルーナが言っているのは琥珀。同じ名前の別物なのだろうか。


「違う、香木では無い。蘭奢待は生命樹せいめいじゅと呼ばれる木の中にできる琥珀じゃ」


「成る程。俺が知っている蘭奢待とは別物だな。だけど、それなら余計に変だ。蘭奢待が欲しいならば部下に取りに行かせればいいし、大量の部下を引き連れて此処に来ても良かったはずだ。それなのに何でルーナは1人なんだ?」


 秋房の質問は的を得ている。ルーナが本当に皇女であるならば、蘭奢待を手に入れる方法など幾らでもあるはずだ。それなのにどう言う訳か、ルーナは1人で蘭奢待を取りに来ている。これは一体どう言う事なのだろうか。


「秋房、先程も言ったが蘭奢待はこの地……『テルセル地方』でしか採れぬ。そして今現在、このテルセル地方は『崙土連邦ろんどれんぽう』との係争地なのじゃ」


「ああ、だからあの時ルーナは『敵』と言ったのか。係争地って事は、2国は紛争状態にあるって事だからな」


 秋房はルーナに尋問された時の事を思い出しながら言う。


「うむ、そうじゃ。テルセル地方は肥沃な土地を占める平原地帯と、様々な樹木が生い茂る森林地帯に分かれておるのじゃが、我が帝国はその内の平原地帯の方を実効支配しておる。崙土はその逆じゃな」


「成る程。そうなって来るとかなり厄介だな。蘭奢待があるのは森林地帯。でも、その地帯は敵である崙土連邦が実効支配している訳だ」


「そうじゃ。蘭奢待があるのは敵地。そこに蘭奢待が欲しいからと言って迂闊に人を送れば、崙土ろんどとの軍事衝突が発生してしまう。紛争から戦争へ……それを避ける為に余は1人で来たのじゃ」


 ルーナはまだ子供だが、卓越した行動力と危機管理能力、そして先見の明を持ち合わせてるようだ。それは帝室ならではの帝王学から来ているのか、それとも自らの意思で導き出したのかは分からない。だが、秋房は後者だと思った。彼女が病の母親を思う気持ちがその根本にあったからだ。


「……分かった」


「分かったとな? それはどう言う事じゃ?」


「俺はルーナの配下になるよ。よろしく、お姫様」


「それは本当か!」


 ルーナが椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がった。


「嘘を言ってどうする」


「――っ! やったー!! 余に初めて配下が出来た!!」


 ルーナは嬉しさのあまり、その場で飛び回った。その声には今までにない晴れ晴れした調子がこもっており、顔を見ると年相応の満面の笑みを浮かべている。


「言っておくが、配下契約は5年更新。あと、最初の5年は長期有給を年何回か貰うぞ。それでいいか?」


「うむ! それでいぞ! では、誓いの儀は帝都に戻ってからするとして、まずは蘭奢待を手に入れる為の作戦会議じゃ! 秋房、何か妙案はあるか?」


「無い」


 秋房はキッパリと言った。


「随分と即答じゃな。少しは真面目に考えよ。蘭奢待を複数手に入れれば、お主の心の病いも治るやも知れぬのだぞ」


「考えろって言われても情報が少な過ぎる。せめてもう少し蘭奢待の情報が欲しい」


「確かにそうじゃな。少しばかり気持ちが先行してしまった」


 ルーナはそう言うと再び椅子に座り、本のページをめくる。


「秋房、この文面を見よ。蘭奢待は1000年に一度の――」


「ルーナ、ちょっと待て」


 秋房がルーナを止めた。


「何じゃ? トイレにでも行きたくなったのか?」


「違う。俺はこの本の文字を読む事が出来ない。だから文字を読むのでは無く、ルーナの言葉で言ってくれ」


「なぬ!? まさか西大陸文字が読めないとは……帝都に帰ったら意地でも頭に叩き込むから覚悟しとけ! ……それにしても、文字は読めないのに言葉は通じるとは不思議なものじゃな」


 言葉が通じるのは赤紙に書いてあったからなのだが、秋房も詳しい事情は分からない。どうせなら文字も読めるようにして欲しかったと言うのが本音だ。


「まあ、いずれにせよ文字が読めないなら仕方ない。この本は参考程度に使うとしよう」


「ああ、悪いがよろしく頼む」


「うむ、では話に戻るぞ。蘭奢待は1000年に一度しか採れない代物でな、100年周期で訪れる『ポラリスの涙』の日と、満月の日が重なる日にしか採れない代物じゃ。加えて全ての生命樹せいめいじゅから採れる訳では無く、月の光に照らされて光った生命樹のみから採れると言われておる」


「1000年に一度? 随分とスケールがデカい話しだな。それと、ポラリスの涙の日ってどんな日なんだ?」


 秋房は触れはしなかったが、どうやらこの異世界には月があるらしい。だが、よく考えてみると外の光は太陽……恒星の光であり、月もそのようなイメージなのだろう。とどのつまり、ルーナが言ったのは異世界の月であって、秋房が元居た世界の月では無いのだ。


「ポラリスの涙の日は、無数の流星が夜空に飛び交う日じゃ。普段は100年に一度の周期で起こる現象らしいのじゃが、帝室お抱えの占星術師が言うには、今回は80年程周期が早まったらしい」


「80年も早まったのか。凄いな」


「余もひと月前に聞いた時は驚いたぞ。だけど、そのおかげで蘭奢待を手に入れる事が出来る。人生とは何が起こるか分からんな」


「確かにそうだな。俺も色々と痛感してるよ。それで、蘭奢待はいつ採れるんだ?」


「今日じゃ」


「今日?」


 冗談だろ? と言う顔で秋房が言う。


「正確には今日の夜中から、明後日の明朝までじゃ。その間に何としてでも見つけなければならぬ」


「今日の夜中を仮に0時として、明後日の明朝を5時と考えると……大体29時間。多く見積もって30時間として、日中は月の光が無いから実質15時間くらいか。一応聞いておくけど、明後日の明朝を過ぎると蘭奢待はどうなるんだ?」


「うむ、いい質問じゃな。この本によると、残った蘭奢待は生命樹に吸収されると書いてある。故に、余達は30時間もの間、全力で敵地の森林の中を駆け回らなければならないと言う訳じゃ」


「敵に発見される事無く30時間……特に夜は重点的に捜索か。かなりハードだな。……いや、待て。蘭奢待なんて珍しい物を、敵がわざわざ放っておくなんてあり得ないだろ」


「ふむ、気付いたか。間違い無く崙土ろんどの連中も蘭奢待を探しに来る。敵との遭遇率は格段に跳ね上がるし、人数は向こうが上。完全に不利じゃな」


「奪い合いか。出来れば早々に見つけたいな。木が光る以外に特徴は無いのか?」


「特徴か……確か宮殿の書庫にあった本に、赤い流星がどうとか書かれてあったの」


 ――赤い流星?


 何となく国民的人気アニメに出て来るキャラクターの異名にも似ているが、ルーナが言ったこの情報だけでは参考程度にしかならない。赤い流星がどのような意味を持つのか……そこが1番知りたい所であり、不足している所だ。


「赤い流星か。一応覚えておくよ」


「そうじゃな。何かしらの役に立つかも知れぬし。それと秋房、そろそろ家を出ないと夜までに到着できなくなる。急いで準備して早々に出発するぞ」


「分かった。だけどその前に、靴とか着替えとか持ってないか? 最悪、靴だけでも欲しい」


 これから30時間……移動も含めたら40時間以上休めないだろう。流石にそれをスリッパで乗り切るのは不可能だ。せめて靴だけでも入手したい。


「服と靴か……確か隣の部屋にあったはずじゃ。見て来る」


 ルーナはそう言うと、再び隣の部屋に走って行った。

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