第10話 出会い④

「お、ちゃんと座っておったな」


 女の子が隣の部屋から戻って来た。手には一冊の古びた本を持っており、何故か服が埃まみれになっている。


「座って待ってろって言ったのは君だろ」


「……ほう。意外じゃな」


 女の子はそう言うと、秋房あきふさの真向かい側にある椅子に座り、持っていた本をテーブルの上に置く。


「意外?」


「秋房は警戒心が高そうに見えたからの。警戒して椅子には座らないと思っていた。案外チョロいのだな、お主」


「チョロくはない。この椅子やテーブルが安全だとはからな。特に気を使う必要が無かっただけだ」


「知っていた? 秋房は此処に来るのは今日が初であろう? ……まさか、余が寝ている最中に何回も忍び込んでいたのか!?」


「俺がチョロい奴なら、君は被害妄想の固まりだな。先に言っておくけど、この家に来たのは今日が初めてだ。第一、君が寝ている時間を把握していたら、君が起きている時間に堂々と入って来ないだろ」


「むっ……確かにそうじゃな。なら、どうして椅子やテーブルが安全だと分かったのじゃ?」


 不思議な物を見るような目で、女の子が秋房を見る。


「それは……魔法を使ったからだな」


「魔法? もしかして、スキルの事か?」


「――っ! 君はスキルを知ってるのか?」


「知っているも何も、余も使えるぞ。かなり弱い回復系じゃがな」


 女の子の話を聞く限り、彼女もスキルが使えるようだ。この異世界において、スキルは案外ポピュラーな存在なのかも知れない。


「それで、秋房はどんなスキルを持っておるのじゃ? 先程は特に詠唱はしていない様に見えたのじゃが、予め家に入る前に詠唱していたのか?」


「詠唱? それは初耳だな。スキルを使う時は詠唱が必要なのか?」


 秋房は詠唱なんて知らない。スキルを使いたい場合は、心の中で思うだけで容易にスキルを発動できる。


「なっ!? 詠唱を知らないじゃと!? ……まさかとは思うがお主、『異邦のウィザード』なのか!?」


 女の子が驚いたように言った。もしかしたら、秋房は何かしらの地雷を踏んだのかも知れない。


「それはよく分からないが、異邦という言葉はいささか俺に合っているな。俺はこの世界の人間では無いし」


 秋房は自分の正体を暴露した。女の子がどの様な反応を示すのかは分からないが、仮に危害を加えて来てもスキルを使えば制圧は容易だ。その後は現在地だけ聞いて、家から出て行けば当初の目的は達成できる。


 ――さて、どんな反応を示す?


 秋房は女の子の口の動きを注意深く見つめる。


 そして――……


「す、凄い! 初めて見たぞ!」


 女の子は目を輝かせながら、興奮気味に言った。


 この様子だと、少なくともマイナスの感情は持たれていないようである。


「そんなに驚く事なのか?」


 秋房が女の子に聞く。


「当然じゃ! 秋房、お主は自分の価値をもっと知った方が良いぞ! 何なら余が教えてやろうか?」


「それは正直助かる。俺はこの異世界……じゃなくて、この世界を全く知らないからな。出来れば可能な限り教えて欲しい」


 少し意味が異なるかも知れないが、所謂いわゆる棚から牡丹餅という奴だ。これで当初の予定よりも、より多くの情報を得る事が出来る。秋房にとっては、まさに願ったり叶ったりの展開だ。


「うむ、いぞ。だが、1つ条件がある」


「条件? 君が一緒に来いと言ってた事か?」


「まあ、それの上位互換じゃな。秋房よ、お主は余の配下になれ」


 ――……は?


 ただでさえ変化に乏しい秋房の顔が、より一層真顔になる。


「配下? 君の?」


「うむ。期限は一生涯。給金はお爺様に頼んで何とかしてもらうし、衣・食・住は全て面倒見てやるぞ。だが、出奔しゅっぽんは許さん。どうじゃ?」


 ――いや、どうじゃ? って言われてもこの条件は流石に……


「駄目だな。その条件なら断る」


 秋房は女の子の提案を断った。魅力的な内容ではあるが、色々と受け入れ難い点が複数あったからだ。


「むっ、何故じゃ? お主にとっても悪い話しではなかろう。それに、余に仕える事はとても光栄な事じゃぞ?」


「確かに悪い話しでは無いけど、流石に一生涯は長過ぎるな。それと、俺にも色々とやる事がある。それを達成出来なくなるのは御免だ。そして、最後にもう1つ。俺は君の素性を知らない。辞退の理由は大体こんな所だな」


「うぬぬ……注文が多い奴じゃのう。では秋房よ、余に仕える期間はお主が決めよ。それと、色々とやる事があると言っておったが、これも好きにやれ。ある程度の制限は付けるが、長期休暇もやろう」


 女の子は淡々と秋房の要望を飲んで行く。


「最後に余の素性についてじゃが……余は皇女じゃ」


「皇女? ……つまり君は、お姫様なのか?」


「うむ。余はルードラナ・シヨン・バリオセキュア。偉大なるバリオセキュア帝国の第一皇女じゃ。そして秋房よ、もう一度お主に言わせてもらう。余の配下になれ、秋房!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る