第8話 出会い②

「今からいくつか質問する。答えろ」


 ――日本語? いや、違う。これが赤紙に書いてあった事か。


 秋房あきふさは赤紙に記載されていた一文を思い出す。しかし、今はそんな事を考えている場合では無い。背中にナイフを突き付けられてるのだ。


「……分かった、全て答える」


 秋房の心臓の鼓動がより一層早くなる。精神疾患の影響で感情の起伏が乏しい彼だが、恐怖心が全く無い訳では無いのだ。


「では聞く。お主は何者じゃ?」


結城ゆうき 秋房あきふさ。迷子だ」


「迷子? ふっ、簡単にバレるような嘘を言うな。確かに歳は若いようだが、迷子になる程の歳だとは思えぬ」


 謎の人物は秋房の話を一蹴した。


 ――まあ、そうなるよな。


 事前に確認したとは言え、勝手に建物の中に入ったのは秋房だ。迷子と言った所で信じてくれるはずもない。秋房もそれは重々承知している。


「嘘は言ってない。俺は現在地を知る為に此処ここに来ただけだ。教えてくれたら直ぐにでも出て行くさ」


「駄目じゃ、お主は帰さぬ」

 

「なら、この時間は何だ? 帰す気が無いなら俺を刺し殺せばいいだろ。それなのに、何故お前は俺を尋問する?」


「愚問じゃな。お主を尋問し、敵ならば直ぐに刺し殺す。仮にそれ以外の者ならば地下室に閉じ込め、来るべき時が来たら解放する予定じゃ。いずれにせよ、余が此処に居るのを部外者に知られる訳にはいかないからな」


「成る程、尋問は判別の為か。だが、君は本当に人を刺し殺せるのか? 手、震えてるだろ?」


「――っ!? 余の姿も見ていないのに戯れ言ばかり言いおって……余程死にたいらしいな!」


 謎の人物の声が僅かに強張る。


「図星か? 強がった所で何の意味も無いぞ?」


「うるさい! 黙れ! お主は今の状況が分かって無いのか!?」


「状況? 状況は圧倒的に?」


 すると突然、何の予兆も無く秋房の姿が消えた。ただ忽然と、一瞬にして消えたのだ。


「――なっ!? 消えた!?」


 謎の人物はその現象に戸惑い、驚きの声を上げる。


 すると、次の瞬間――


「悪いな。少し触るぞ」


 謎の人物の耳元で秋房が囁く。


「っ!? 何故後ろに……ひゃう!?」


 秋房は謎の人物の身体を強く抱きしめる。逃げられたら困るからだ。


「は、離せ! この――んぐっ!?」


「話さない方がいい。舌を噛むぞ」


「ん!? ぅぐッ!!」


 謎の人物のうめき声と共に、パチン! という乾いた音が部屋中に響き、続いて金属が床に落ちる音が部屋の中に広がった。どうやら、謎の人物が持っていたナイフが床に落ちたようである。


「……っ! 俺も少し痺れたな」


 秋房の表情はいつも通りだが、少しだけ額に汗を浮かべている。


「くっ……! 何じゃ今のは!? 身体に力が入らぬ……!」


 謎の人物が言う。


「軽い電気ショックだ。直ぐに治る」


「うるさい! 離せ! 余に触れるな!」


 謎の人物が秋房の腕の中で暴れる。


「ちょ、暴れるな。何もしない」


「嘘をつくな! 早く余を離せ! 余はまだ、死ぬわけにはいかぬのじゃ!」


「だから何もしないって言ってるだろ。俺は此処が何処か知りたいだけだ。君に危害を加えるつもりは無い。だから落ち着け」


「……信じ……られぬ!」


「ハァ……分かったよ。離すから、お互い顔を見て落ち着いて話そう。それでいいか?」


 秋房からの提案に、謎の人物は少し考える素振そぶりを見せる。そして……


「……分かった」


 謎の人物が了承の言葉を口にした。


「よし」


 秋房はそう言うと、謎の人物をゆっくりと床に座らせる。


「身体の痺れは取れてきたか?」


「……多少はな。それより、お主も座れ。そのような約束だったはずじゃ」


「そうだな。俺も座る」


 秋房が床に座るのと同時に、謎の人物が被っていた黒いフードを脱ぎ、その素顔が現れる。


「……」


「なんじゃ、その目は?」


「いや、正直驚いてる」


 謎の人物の正体は11から12歳くらいの女の子だった。


 艶の長い銀色の髪に、紫色の虹彩。顔はおとぎ話のお姫様のように整っており、肌は透き通るように白い。そして服装だが、その見た目に反してかなり軽装だ。黒色のマントの下には薄紫色の半袖Tシャツと、クリーム色の短パンを着用しており、腰には革製のウエストポーチ。靴は短めのブーツを履いてる。


 彼女を分かりやすく例えるならば、活発なお姫様と言った感じだ。


「声色からして女性だとは思ってたけど、君が子供だとは思わなかった。悪い事をしたな、謝るよ」


「うるさい。勝者が謝るな」


「今回のは偶発的な事故だ。勝者なんて最初から存在していない」


「……お主、何か不気味じゃな」


「不気味? いきなり散々な言われようだな」


「だって、そうであろう。お主は話し方が平坦へいたんすぎる。言葉に感情が乗ってないから、全く重みが無い。まるで返事をする石や木のようじゃ。あと単純にクマが酷い」


 ――返事をする石や木か。言い得て妙だな。


 流石は子供と言うべきか、一切の遠慮が無い。


「それは悪かったな。俺は精神疾患のせいで感情の起伏が少ないんだよ」


「……せいしんしっかん? 何じゃそれは?」


「君が知る必要は無い。それより、此処が何処か教えてくれ。聞けば直ぐに出て行くから」


「駄目じゃ、教えろ。余は知りたい」


 女の子は真剣な表情で秋房の事を見つめる。


「……分かった。だけど面白い物では無いぞ」


「うむ、大歓迎だ。早く話せ」


 ――変わった子供だな。精神的には年相応だけど、興味を示すベクトルがちょっとズレている。


 秋房は軽く溜め息を吐くと、自分が患っている病について話し始めた。


「精神疾患は心の病気の事だ。まあ、人によって色んな解釈はあるんだろうけど」


「成る程、心の病か。して、それは治るのか?」


「さて、どうだろうな。治る人もいれば、治らない人もいる。普通の病気と一緒だ」


「ほう。それで、お主は治したいのか?」


「……やけに踏み込んで聞いて来るな。まあ、治りたいとは思っているよ」


「そうか。お主……いや、秋房あきふさだったか? 余と一緒に来い。その心の病、もしかしたら治るやも知れぬぞ?」

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