第7話 出会い①

 スマートフォンのフラッシュが光ったかと思うと、秋房あきふさは見知らぬ土地にいた。


 何処までも続く広大な小麦畑。所々に西洋風の建物が建っており、近くからは水が流れる音が聞こえてくる。


「――……ああ、そうか。俺、異世界に来たんだ」


 母親である彩菜あやなとのやり取りを思い出し、秋房は今の現状を理解する。


 ふと地面を見ると、そこには漫画本程の大きさの黒い手帳が落ちていた。


 恐らくだが、これが赤紙に書いてあった手帳なのだろう。


 秋房は地面に落ちている手帳を拾い上げると、特に警戒する様子も無く手帳を開く。


「……成る程。序盤はただのルールブックと言う訳か」


 手帳に記載されていたのはゲームのルールと参加人数。そして、秋房の『個人スキル』の名称だけだった。参加人数に関しては309人となっており、秋房が通っていた高校の1学年全員と、教師を足した合計人数と合致している。


「それにしても、此処ここは異世界のどの辺なんだ? 少なくとも国の首都って感じでは無いよな」


 彩菜はバリオセキュア帝国の首都に向かえと言っていた。だが、現在地が分からない。目的地の名前は分かっていても、出発地の名前が分からなければ目的地に辿り着くことは困難だ。


「仕方ない、人を探して聞いてみるか。幸い言葉は通じるみたいだし」


 赤紙には『異世界では各プレイヤー様と同じ音声言語でお話し頂けます』と書いてあった。過信は禁物だが、恐らく大丈夫なはずである。


 秋房は病院服のポケットに手帳を無理やり押し込み、現在地から1番近い建物を探す。


 ――1番近いのは……あの建物だな。


 現在地から600メートル程離れた所に、少し大きめの建物を発見した。人が住んでいるかどうかは分からないが、それはどの建物でも同じ事である。


「少し距離があるけど、これくらいなら大丈夫だろ」


 秋房はそう言うと、目的地に向かって歩き始める。


「うわ、やっぱりスリッパで畑の中を歩くのはキツいか。母さん、絶対服の事忘れてただろ」


 再度確認するが、秋房が着ている衣服は上下共に病院服だ。靴に至っては底の薄いスリッパで、靴下さえ履いていない。


「おっと、石か」


 小麦が生い茂っている為、地面が中々に見えずらい。なので、一歩一歩慎重に歩く必要がある。


 ――危なかったな。俺の『個人スキル』は回復系じゃないし、『役職スキル』は持っていない。下手な怪我でもしたら命取りだ。


 ゲーム開始時に与えられたスキル。このスキルは不思議な事に極自然的に使えてしまう。深呼吸をするように、歩くように、箸を持つように、ただ意識を向けるだけでいいのだ。


 そして数分後、秋房はようやく目的地の建物に辿り着いた。たった600メートル程の距離を歩いただけなのだが、既に足の筋肉が張っているのが分かる。


「何か……酷くボロいな。人居るのか?」


 遠くから見た時は分からなかったが、近くで見ると建物の至る所に穴が空いている。窓のガラスは割れて地面に散乱しており、庭にある井戸に至っては半壊状態だ。


「取り敢えず、ノックしておくか」


 秋房は穴が空いてボロボロのドアを軽くノックする。


 しかし、返事は無い。


「すみません、誰か居ますか?」


 秋房が建物内に向かって声を掛ける。これで何の返事も無ければ無人状態と見るべきだろう。


「――……返事無しか。どうやら誰も居ないみたいだな。さて、どうするか」


 秋房には現在2つの選択肢がある。建物の中に入るか、それとも別の建物へ行くかだ。だが、再びこのスリッパを履いて行かなければならないと考えると、後者の選択は憂鬱である。


「仕方ない、中に入るか」


 中に入る事を選んだ秋房は、ゆっくりとボロボロのドアを開けて建物の中へ足を踏み入れる。


 と、その時だった。


「動くな。動いたら刺し殺す」


「……!?」


 秋房の背中に、鋭いナイフが当てられたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る