第5話 赤紙④

 ――あっちの世界? 生きて帰る? 母さんは何を言っているんだ?


 秋房あきふさの頭の中に複数の疑問が生まれる。


「アキ君、この手紙は『赤紙』と言ってね。ここに書いてある事は、今から本当に起きる事なの」


 ――手紙に書いてある事が本当に起きる? いや、普通に考えて有り得ないだろ。


 彩菜が言っている事は非現実的だ。例えるならオカルトの部類。オカルト話が好きな人は信じるかも知れないが、秋房としては到底受け入れられる内容ではない。


「信じられないよね。でも、これを見れば信じてくれると思う。アキ君、そこにある花瓶を見てて」


 彩菜に促され、秋房は机の上に置いてある花瓶へと視線を移す。


 すると次の瞬間――!


「なっ!? 嘘だろ!?」


 驚くべき事に、花瓶の真上に淡く光る光輪が現れたのだ。


「か、母さん!?」


 秋房は信じられないとばかりに彩菜の方を向いた。


「大丈夫だから、このまま見てて」


 花瓶を凝視しながら彩菜が言う。


 するとここで、光輪に動きがあった。


 花瓶の真上にあった光輪が、まるでスキャンをするかのように降下し始めたのだ。


 やがて光輪は花瓶の底へと辿り着き、再び上昇を開始する。


 そして――……


「え?」


 秋房の口から驚きの声が漏れ出した。


 原理は不明だが、光輪が上昇する際に通過した箇所を見ると、明らかに花瓶では無い物体へと変わっているのだ。


 目が眩む程の金色。表面は滑らかで、触らなくてもそのドシッとした重みが伝わってくる。


 そう――……この物体の正体は黄金だ! 花瓶が黄金に変わっているのだ!


 そして光輪はそのまま上昇を続け、最終的に元々あった位置に辿り着くと、空気に溶け込むように消えた。


「アキ君、今見せたのが赤紙に書かれていた『個人スキル』だよ。どう? 信じてくれた? 赤紙に書いてある事は、全部今から起こる事だって」


「……信じるよ。否定出来ないからな」


 超常現象が実際に自分の目の前で起こったのだ。否が応でも信じるしかない。


「良かった。やっぱり見せて正解だったよ」


 彩菜は安堵の溜め息を吐いた。秋房が信じてくれて安心したのだろう。


「アキ君、ベッドに座って。色々と疑問があると思うけど、とにかく今は聞いて欲しい」


「分かった。聞くよ」


 確かに彩菜には色々と聞きたい事があるのだが、秋房はその感情をグッと心の奥に仕舞い、ベッドに腰を下ろした。


「ありがとう、アキ君」


「――っ!?」


 彩菜は前屈みになって秋房の頬にキスをすると、その隣に座った。


「それじゃあ、一方的に話すね。このゲームで生き残る為には、スキルと呼ばれる異能力が重要なの。スキルは大きく4つに分けられるんだけど、特に覚えて欲しいのが『個人スキル』と『役職スキル』の2つ。さっき私が見せたのが『個人スキル』の方ね」


 『個人スキル』と『役職スキル』に関しては赤紙に書いてあった。しかし彩菜の話を聞く限りでは、どうやら他にも存在しているようだ。


「『個人スキル』は名前の通り個人に与えられるスキルで、種類は実に様々。『役職スキル』はゲーム開始時に『個人スキル』とは別に与えられるスキルなんだけど、こっちは勝利条件の達成に役立つ能力で、役職の種類によって内容は決まっているのが特徴よ」


 仮に『役職スキル』を得た場合、自ずとスキルが2つになる。これは大きなアドバンテージだが、それと同時に敵陣営から狙われる可能性も必然的に高くなる。故に『役職スキル』持ちは、その事を常に考慮しながら行動しなければならないのだ。


「あと、スキルは異世界(あっちのせかい)に行くと普通に使えるようになるから安心して。だた、使い過ぎるとガス欠状態……『ロスト』状態になるんだけど、その時は丸一日能力が使えなくなるし、身体に異変が起きるから気を付けて。それと、『ロスト』した場合は絶対に隙を見せない事! 場合によっては反撃すら出来ないからね」


 ――『ロスト』か。赤紙にも書いてあったけど、これは捉え方次第だな。


 『ロスト』は自分がなった場合は不利だが、相手がなった場合は有利に立てる。ただ、実際に命のやり取りに直面した場合に、このような考えができるのかは不明だ。


「次に2つ目だけど……その前にお水飲んでもいいかな? 走って病院まで来たから、喉がカラカラなの」


 彩菜はそう言うと、先程まで花瓶だった黄金をペットボトル飲料へと変え、口を付けてゴクゴクと飲んで行く。


「それ、飲んで大丈夫なのか?」


「ん? 全然大丈夫だよ。生体と生体に連動している物以外なら好きに弄れるから」


「そ、そうか。じゃあ、人の死体とかも……」


「変えれるよ」


 左手を閉じたり開いたりしながら、彩菜が言う。


「はい、休憩終わり。ゲーム開始まであと3分ちょっと。1分前にはアキ君に抱き着きたいから、ちょっと駆け足で行くね」


「別に抱き付かなくてもいいだろ」


「聞こえなーい」


「……」


「じゃあ、次に行くね。異世界(あっちのせかい)に行ったら、『バリオセキュア帝国』の首都を目指す事。これは絶対だからね」


「バリオセキュア?」


「そう、バリオセキュア。着いたらシリウス騎士団の本部に行って、ホルベック団長に会うの。、状況を察して力になってくれると思う」


 ――ああ、そういう事か。だから母さんは異世界の事を知ってるのか。


 秋房は妙に納得した。彩菜は過去にこのゲームに参加し、無事に生還した人物。だからこそスキルや赤紙に詳しかったのだ。


「あ、1分前だね」


 彩菜が秋房に抱き付く。


「アキ君、生きて帰って来て。勝ち目が無ければ逃げてもいいし、隠れてもいい。惨めなんて関係ない。命さえあればそれで良いの」


「……分かった」


「よし、良い子!」


 秋房の頭を彩菜が優しく撫でる。


「ねえ、アキ君。一緒に写真撮ろ?」


「写真?」


「ほら、立って! いい感じの所で写真撮ろ!」


 そう言って、彩菜がグイグイと秋房を引っ張る。


「良いけど、何処で撮るんだ? 外に出る時間とか無いだろ」


「場所は……あの向日葵の絵の前にしよう! ほら、早く早く!」


 秋房が向日葵の絵の前に立つ。左には彩菜。久しぶりの家族写真だ。


「ほら、撮るよ! 笑って! 3、2、1」


 スマートフォンのフラッシュが光る。


「おー! 良い感じに撮れた! アキ君も無愛想だけど、ちゃんと笑えてるね!」


 彩菜が笑顔で横を見る。


「……」


 心に深い傷を負った1人の少年と、その母親が居た空間。


 その空間に、母親の嗚咽が響き渡った。

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