第4話 赤紙③

 ドアが開き、1人の女性が病室へと入って来た。


 見た目の年齢は20代前半。とても可憐でスタイルも抜群である。


「おはよう、アキ君! 体調はどんな感じかな?」


「母さん、また来たのか」


 そう、実はこの女性……秋房あきふさの母親である。名前は結城ゆうき 彩菜あやなといい、可憐な顔付きとプロポーションから若く見られがちだが、実年齢は既に30歳を超えている人物だ。


「当然でしょ、アキ君のお母さんだもの」


「仕事は? 新しいプロジェクトのリーダーになったんだろ?」


「あ、それなら大丈夫だよ。今の段階で出来る範囲の事は全部終わらせて来たからね。天才エンジニアにかかれば余裕なのだー!」


「相変わらず化け物だな」


「アキ君こそ相変わらず辛口だねー! 私は人でなしだけど、化け物では無いよ。……所でアキ君、右手に持っているソレは何かな?」


 彩菜が秋房が持っている物に気付いた。


「手紙」


「え!? お手紙貰ったの!? 相手は女の子!?」


 彩菜が目を輝かせながら、興奮気味に秋房へと詰め寄る。


「違うし、顔が近い」


「えー、いいじゃん。家族なんだし。それとも、お母さんが近くに来てドキッとしちゃった?」


「してないし、する訳ない。あと手紙だけど、内容は悪質な悪戯だったよ」


「あら、悪戯でお手紙が届いたの? アキ君って意外に恨みを買ってるのね」


「それ、入院中の息子に言うセリフじゃ無いだろ」


「あ、怒った? ごめんね! 私って人でなしだからさ、人の感情とか読み取るの苦手なんだよね」


「知ってるよ、母親だし。それと母さん、俺は怒ってない。そもそも感情的になれないからな」


 精神疾患の影響で、今の秋房には感情の起伏がほとんど無い。ありとあらゆる感情が一定の値を超えられず、そこで終わってしまうのだ。


「ふふっ、その事なら私も知ってるよ。私はアキ君の母親だからね」


 彩菜はしてやったりと、やや意地悪げな笑みを浮かべながら、色白の細い指先で秋房の頬をツンツンと触れる。


「……頬をつつくな」


「あれ? もしかして照れてるの? 感情芽生えちゃった?」


「芽生えて無い」


「それは残念。あ、それとアキ君。その手紙見せて貰ってもいいかな? 内容次第では病院や警察に言わないといけないし」


「分かった」


 秋房は右手に持っていた手紙を彩菜へ渡す。


「さてさて、どんな恨み節が書いてあるのかな?」


「それは書いて無い」


「本当かなー……って、あれ?」


 話していた彩菜の口が止まる。


「どうかした?」


「……赤紙」


 ギリギリ聞き取れるか位の声で彩菜が言う。


「赤……なに?」


「ねえ、アキ君。この手紙が入ってた封筒って真っ赤だったりする?」


「そうだな。赤い封筒に入ってた。机の上に置いてあるよ」


 秋房はチラッと机の上を見る。


「そう……やっぱり遺伝なのかな? それとも呪い? いや、それよりも今は……」


 彩菜は何やら1人でボソボソ呟くと、真剣な表情で秋房の顔を見る。


「アキ君、何も言わず私の話を聞いて。時間が無いの」


「は? 何言って――」


「いいから!!」


 彩菜が声を荒げ、秋房の言葉を遮る。


「……分かった。静かにしてるよ」


 感情が乏しくなっている秋房でも、今の彩菜の一喝には驚いたようだ。その証拠に、少しばかり顔が引き攣っている。


「大きな声を出してごめん。でも、聞いて欲しいの。貴方が異世界あっちのせかいで死なないように。生きて……私の所へ帰って来てくれるように」

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