第2話 赤紙①

 幼馴染の相良さがら りんが死亡してから1ヶ月が経過した。


 その間、秋房あきふさは精神的な疾患を患い、今は都内にある精神病院に入院中だ。


 主な症状としては『感情の起伏の喪失』と『睡眠障害』で、投薬と心理療法を中心に治療を行っている。


 また、秋房の風貌もかなり変化した。癖っ毛の黒髪からは艶が無くなり、目の下には酷いクマが出来ている。身体の方も痩せ細り、元々の中性的な顔も相まって女の子のようにも見える状態だ。


 一方で凛の死亡した件についてだが、やはり他殺のようである。あの日、秋房以外にも屋上に人が居たのを見た生徒がおり、その事から確実に他殺だと判断されたのだ。


 だが、犯人については全く分かってはいない。警察が凛の交友関係を調べたものの、特に異常な所は無く、姿を見たと言った生徒も遠くから見ていたようで、顔はおろか性別も分からないようだ。


「……とまあ、以上が捜査の最新状況だね。結城君、今の話を聞いてみて体調の方はどうかな?」


 丸い眼鏡を掛けた若い医師が、秋房に聞いた。


「特に思う事は無いです」


 秋房は淡々と医師の質問に答える。


「そうか。この1ヶ月間、心理療法や投薬をして来たけど、自分視点で症状が改善して来てると思うかい?」


 再び、医師が聞いた。


「そうですね……心理療法の方は分かりませんが、薬は効いてると思います。少しだけ寝れるようになったので」


「おお、それは良かったね! じゃあ薬の方は都度調整するとして、心理療法の方はあまり実感が無いようだけど、此方こちらはもう少し継続してみようか」


「意味あるんですか? それ」


「意味? 心理療法の継続の事だよね?」


 秋房が頷く。


「うーん、どうだろう? それは僕にも分からないな」


「……」


「だけど、しない意味も無いだろ? もう少しやってみて心が楽になったらラッキーくらいに考えよう」


「……分かりました」


「後はそうだな……あっ、そうそう。結城君のお母さんから聞いたんだけど、プログラミングが好きなんだってね」


「別に好きって訳では無いです。ITエンジニアをしている母に、半ば無理矢理教えられただけです」


 秋房は母親はシングルマザーだ。父親は秋房が生まれた時には既におらず、何故か映像や写真すらも無いので一度たりとも父親の顔を見た事が無い。


「おや? 聞いた話とだいぶ違うね。でもプログラミングしてる時は色々と忘れられるんじゃないかい?」


「はい。大体いつも集中してますから」


「オッケー、それなら大丈夫だね。実は君の部屋にノートパソコンを置く事にしたんだ。今頃運び込まれてるはずだよ。ただ、充電ケーブルは部屋に持ち込めない決まりでね。もし充電したくなったら、少し面倒だけどナースステーションに行って充電させてもらってね。それと、治療にあまり関係無いサイトには飛べないようになってるから、そこはごめんね」


 ノートパソコンの貸し出しは治療の一環だ。ある程度の制約は致し方ない。


「分かりました。気をつけます」


「うん、そうしてくれると僕も助かるよ。パソコンの件は上と色々揉めたからね」


「そうなんですね。ありがとうございます」


 秋房は軽く頭を下げてお礼を言う。


「いやいや、お礼なんて要らないよ。僕としては君が元気になってくれればそれでいいんだ。あ、それともう1つだけ君に言う事があったんだ! すっかり忘れてたよ」


「先生って、よく物事を忘れるタイプなんですね」


 秋房は無表情のまま、鋭いツッコミを入れる。


「ああ、ごめんね。ちょっと色々あって身体がボロボロなんだ」


「医師って意外に大変なんですね。楽に高所得を得られる職業だと思ってました」


「うん。僕も此処ここに来るまでは楽な仕事だと思ってたよ……あ、話を元に戻さないとね。実は結城君宛にお手紙が届いたんだ。これもパソコンと一緒に部屋に入れといたから、部屋に戻ったら読んでみて。今の君にとってだから」


「……? それはどう言う――」


「おっと、もうこんな時間か! 僕は今から会議だから、また今度話そう。次に合う時は全て良くなってるといいね」


 そう言って丸い眼鏡を掛けた医師は立ち上がると、診察室の扉をゆっくりと開けた。


「結城君、最後に1つだけアドバイスだ。絶望に囚われちゃいけないよ。ほら、漫画やアニメでもよく言うだろ? ピンチはチャンスだって」


「今の状況を悲観するなって事ですか?」


「まあ、そんな感じだね」


「分かりました。努力します」


 秋房はそう言って診察室から出ると、自分の病室へと歩いて行った。

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