第29話 未来を背負って
ルーカス王子の即位式が無事終わった日の夜遅く、私は部屋の中に気配を感じて目が覚めた。
私たちの部屋でゴソゴソと何かをしている音が聞こえている。
恐る恐る目を開けて確認すると、それは黒いマントコートに身を包んだレイラだった。焦った様子でカバンに私の服や貴重品をつめこんでいる。
私たちを起こすことも厭わない、むしろ起きてしまえば楽だと言わんばかりに音を立てながらタンスの中や机の引き出しを漁っている。
「どうしたの?レイラ、そんなに焦って」
その私の声に振り返ったレイラが私が起きたことに気がついて、ベッドまで駆け寄ってきて、
「あぁソフィア様、起きたのですね!今すぐシャーロット様の荷物で必要な物を見繕ってまとめてください!私たちは逃げなければなりません!」
そう言ってカバンを私に差し出して、またタンスやクローゼットの近くまで走って戻った。
只事ではなさそうな雰囲気でレイラは私の荷物をまとめている。その雰囲気にのまれて私も急いでロティの荷物をレイラに渡された小さなカバンに詰めた。
ロティの服や小物、ロティが食べられる軽食もカバンに詰める。とりあえずこれくらいで大丈夫かなとカバンのチャックを閉める。
その音を聞いて、私の荷造りが終わったのを確認したレイラが私に子供用の黒いマントを手渡した。
「これをシャーロット様に着せてください!着せ終わったら椅子にかけてあるコートをソフィア様が着てください!」
「わかったわ!でも何があったの?」
私のベッドですやすやと寝息を立てているロティにレイラから手渡されたマントを着せる。
着せるために抱き上げたせいでロティが起きてしまい、泣き出しそうになったので優しくあやしながらレイラの話を聞く。
「我が国は国民による反乱が起きました。反乱の結果、現国王であったウィリアム王が亡くなりました。
そのことを知った隣国、アヴァリーシア帝国の帝王が、新しい王が即位してすぐのまだ国としての機能しきっていない隙を狙って攻めてきたのです!大勢の軍隊を率いてアヴァリーシア帝国の軍団長が道中の街や村を破壊しながら進軍してきているようです。
前々から領土拡大を狙っているという噂がありましたが、まさか我が国を狙うだなんて!
あぁ、シャーロット様を抱いたままでいてください!ソフィア様には私が着せますので!」
荷物を入れ終えたレイラが、私が拾えていなかったためにまだ椅子にかけられたままになっているコートを手に取って近寄ってきた。
「ありがとう、お願いするわ」
「はい。かしこまりました」
「ロティ、お母様にしっかり掴まれるかしら?」
「うん、できるぅ」
ロティは寝ぼけたまま頷いた。
レイラにロティを抱いたままマントコートを着せてもらう。ロティにしっかりと捕まってもらって片手ずつ袖を通す。前のボタンを閉めてもらって、しっかりとロティを抱きしめる。
私にコートを着せたレイラがしゃがみ、足元に置いてあった私の荷物を入れたカバンに、ロティの荷物が入った小さなカバンを詰める。そしてそれを背負って立ち上がった。
「アヴァリーシア帝国の兵士はもうすでに国境を越え、次々とこの王都に迫ってきています。王族の血を引くものは全て抹殺の対象でしょう。シャーロット様を守るためにも私たちはいち早くここから逃げ出さなければなりません。
行きましょう。王妃様の部屋には緊急時用の脱出経路がいくつもあります。その中からいくつか安全そうな出口につながる道を候補に入れてありますので私についてきてください!」
レイラは本棚の前まで歩いた。そして、
本棚の中でいくつかの本を選んで押し込んだ。押し込むたびにカチリと音がして四冊目にしてガッチャンと重い音が響いた。数秒の静寂の後、音を立てて本棚が横に動いた。
元々本棚があったところに人一人が通れるくらいの大きさの穴があった。壁は石レンガでできていてしっかりとしたつくりだった。中は暗く、ここを進んでいくには灯りが必要そうだ。
「ここに入ります」
レイラはそう言いながら魔道具のランタンを用意した。属性関係なしに使えると優れもの!なんて前に聞いた気がする。こんな時に考えることではないけど。
「こんなところがあったのね」
「私が先に入って道案内しますね。あと、本棚を元に戻す操作をしますので入ったら少しだけ待ってくださいね」
ランタンを手に持って中に入ったレイラの後をついて私も中に入る。私がしっかりと中に入ったことを確認したレイラが自分の近くの壁際にあるレンガを三箇所押し込んだ。
するとまたさっきと同じ低い音が鳴って本棚が閉まった。するとさっき以上に中が暗くなった。
レイラが持っているランタンの灯りだけが頼りになった。
「おかあさまぁっ」
普段から暗いところが嫌いなロティが泣きそうな声で私を呼びながら抱きついてくる。優しく頭を撫でて声をかける。
「大丈夫よ、お母様がいるからね」
そう言ってさっきより強く抱きしめてあげると少し落ち着いたようだった。
「うん」
「では行きましょう」
暗闇の中をレイラが前を歩いて案内してくれる。一寸先は闇のこの状況で、ランタンの灯りだけを頼りにレイラは迷いなく歩いていく。歩きながら私は気になっていたことをレイラに話すことにした。
「王妃の部屋にこんな通路があったなんて知らなかったわ」
「この通路のことを知るのは王妃と王妃付きの侍女一人のみになります。これは非常時に王妃と幼い王子王女の命を守るための道なのです。少しでも王族の血を継ぐものが生き残れる確率を増やすため、王やその他の王族との避難路とは別になっているのです。
その上で他者にバレるかもしれない可能性を少しでも減らすために、ここのことを知る人間は必要最低限にとどめられているのです。
本来であれば王妃が変わる際に、前王妃から教わるのですが、不慮の事故等で亡くなられた場合は引き継ぎがなされないことがあるようです。
ソフィア様が知らないのはこのためでしょう。」
暗闇の中を歩きながらレイラはそう説明した。レイラの説明通りだとレイラがこの通路を知っていることに違和感がある。王妃も王妃付きの侍女長もみんなあの事件の時に亡くなったはずだったからだ。
もしかしたら、知られてはいけない通路を王妃や侍女以外が知っていてレイラに教えたことになるのだろうか?
「ではどうしてレイラは知っているの?」
「この道のことを知っている前王妃様付きの侍女長も事件の際に亡くなられたと思われていたのですが、どうやら上手く逃げ延びたようです。
その噂を故郷の村の人から教えてもらいまして、それならば今後ソフィア様を危機が襲った時にきっと重要になるだろうと、暇をみては探し、何度目かのお休みの時に彼女を見つけ出しまして聞きました。
なんでも、国王も王妃も救えなかったのに自分だけ生き延びた、なんてことを誰にも言い出せずずっと隠れて生きていたようでした。
責められ処刑されるなら城に戻るけれど、きっと誰も私のことを責めないで同情することだろう、そんなことをされてしまったら私は自分を許してしまうかもしれない、そんなことには耐えられないと。私は一人国王陛下も王妃様も守れなかった罪を罰を自分に与えながら生き続けるのだと言っておりました。
私はそんな彼女を再び表舞台に出したいとは思えませんでしたので、己が現王妃様の側付きの侍女であることを伝え、この通路のことを教えてもらうのと引き換えに彼女を見逃しました。すみません」
「いいえ、そのおかげで逃げられているのだから責めたりしないわ。ありがとう。
ところで、ルーカス様やノア様はどうなったの?」
そういえば、私達に逃げろと言うだけで他の人がどうなったかについては教えてもらっていなかった。私やロティに逃げろと言うのであれば、王族であるルーカス王子やノア王子も逃げるべきなはずだ。
そう思った私はレイラなら知っているだろうと聞いてみた。
「ルーカス様もすでに王室専用の避難経路から非難されております。ノア様は一人城に残られて、他の王族や貴族が逃げられるまでの時間稼ぎをするとおっしゃっていました。」
「そんな!」
「王族として騎士団や国民への指示を出す者が誰が一人残らねばならなかったのです」
「それじゃあまるで囮...」
私がぼそっと呟いた言葉に対してレイラは過剰とも言えるくらいに反応した。誰かにバレないように声は小さいけれど、気持ちのこもった声で彼女は言った。
「そうです!ノア様は己の命とこれから先のこの国の未来を天秤にかけ、これから先この国を建て直す際に必要となる初代聖女の血筋や聖女を生かすために己の命をかけることを決めたのです!
それだけではありません。騎士団員の多くもノア様を守り、国を守るためにアヴァリーシア帝国軍と戦っています。国民も武器を取り、魔法を手に戦っています。
この国において今逃げている人はいないのです。」
「...」
「わかりましたか?ソフィア様とシャーロット様を生かすために色々な人が命を差し出しているのです。
こう言ってしまっては重く感じるかもしれませんが、それらの人々の命を無駄にしないためにもお二人は生きなければならないのです」
「わかったわ。必ず生きのびる。そしてきっとこの国を建て直すわ」
「私もお手伝いしますので一人で気負わないでくださいね。それにまだ負け戦だと決まったわけではありませんので。この国の騎士団も魔道師団も強いですから!」
そんな話をしながらも私達は暗い通路の中を歩いていく。右へ左へ何度か曲がりながらどんどん進んでいく。
そして遂に出口に出た。
外もほとんも真っ暗で月の明かりだけがこの辺りを照らしていた。レイラはある程度月の明かりがあることを確認するとランタンの灯りを消した。そして、カバンの横にかける。
月の明かりだけになったこの場所がどこかを知るために私は辺りを見渡した。ここがどこかは結局わからなかったけど、木々が生い茂っていて森だということだけはわかった。多分、結構な時間を歩いているから城の近くの森ではなく、少し離れたところにある森のどれかだと思われる。
見渡している時に一瞬だったけど、木々の隙間から遠くの方に炎のような光が見えた気がした。私はそれが何かを考えないようにした。考えてはいけない気がしたからだ。
「とりあえず、無事に外に出られましたね。」
「レイラ、私達はここからどこへ行くの?」
「戦争時においてこの国の中で一番安全な場所に行くのです。」
「そんな場所があるの?」
「はい。どこで誰が聞いているかわからないので詳しくは言えませんが、そういう場所がこの国にはあるのです。ほとんどの人は知りません。」
「そうなのね」
「はい。では行きましょう。こんなところで止まっていては危険なので」
「えぇ」
暗い森の中をひたすら歩いていく。足がどんどん疲れてくるけれどいつ追いついてくるかわからない追手に怯えながら休むこともできず私達は歩き続けた。
しばらく歩き続けて森の中で木やツタに覆われて隠れている小屋に辿り着いた。よく見て確認しないとそこに小屋があるとはわからないくらいに上手く擬態している。
レイラ曰く、ここも王族の避難路の中継地点のようで非常食や衣類など色々なものが蓄えられていた。ここならしばらく暮らせそうなくらいには物がある。夜が明けそうになってきているので、また夜になるまでここで隠れているそうだ。そして、夜になったら再びここを出発して安全なところに行くそうだ。
「私が見張りをしますのでソフィア様はお休みください」
レイラはそう言ってこの小屋を中心に円形に魔力のこめた土を配置していた。それを誰かが踏むことで敵やここにくる人を探知するそうだ。
「え、でもそれだとレイラが...」
「問題ありません。どんな時でも聖女様を守れるよう、我が村の成人済みの人間は三日三晩寝ずに動けるように訓練していますので」
「そうなの?」
すごいなぁと感心しながら私は聞き返した。
「はい。ですので、お気になさらず眠ってください。また夜には歩かなくてはならないのですから」
「わかったわ。ありがとう」
「はい」
レイラの言葉に甘えて私とロティは寝かせてもらうことにした。
すでに疲れて寝ているロティの体調を確認するとちょっと熱が出ているような気がした。夜に起こされて朝まで寒い風に当てられ続けたせいだろう。私は治癒の魔法をロティにかける。眠るロティの寝息が少しだけ落ち着いたように感じた。安心して私もすぐに眠った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます