第28話 貴方の終わりを見届ける
次の日の朝、私はレイラを連れてとある場所に来た。そこは王都で一番大きな広場の全てを見渡せる場所にある王室御用達のレストラン。その三階にある窓側の個室だ。
ここから見下ろせる広場の真ん中には、かつてと同じように処刑台が設置されており、その上で処刑人が、牢屋から
かつてここで処刑された二人よりも多い観衆が今日の処刑を見にきていた。その誰もがあの頃より見窄らしい姿で痩せ細っていた。
広場の全てが見下ろせるここからならばきっと良く見えるはずだ。ウィルの最期の姿が。少し遠いから表情は見えなくても、声は聞こえなくても、姿だけ見られればいい。私がいることをウィルに気付かれたくないから。
「よかったのですか?」
レイラは処刑台へと歩いていくウィルを睨みつけるように見ながらそう言った。その瞳には憎しみや怨み、いろんな感情が見てとれた。私の心配をしながらも彼女はウィルを睨むのをやめなかった。
そんなレイラには素直に言ってもいいだろうと少しだけ話すことにした。
「本当ならば見たくはありません。」
レイラは私のこの言葉に少しだけバツが悪そうに目を伏せた。
「ですが、もし私が彼を止められていれば、今日彼が処刑されることもなかったかもしれないのです。ロティが幼いうちに父親をなくすこともなかったはずなのです。
これはそうできなかった私への罰なのでしょう。どれだけ悲しくても辛くても苦しくても私には最期まで見届ける責任があるのです」
「無理はなさらないでくださいね。何かあったらすぐにここから帰りましょう。」
レイラは優しくそう言った。私を心配して何かあったらここから去ろうと言ってくれているけれど、本当はレイラこそ、今日の処刑を見届けたいはずなのだ。死んでしまった妹の復讐なのだから。
「ありがとう」
だからレイラのためにも、そして自らの罪を忘れないように心に刻むためにも私には最期まで見届ける責任がある。
そもそも、私のせいでウィルがこんな結末を迎えてしまったかもしれないのだ。
もう結構前のことになってしまうからうろ覚えではあるけれど、私が遊んだゲームである『真実の愛に魅せられて』の中で、ウィリアムルートのエンディングには『悪役令嬢は追放され、貴女は皇子様と結ばれて幸せに暮らしました。めでたしめでたし』と書いてあったはずなのだ。
あの日の私は本当に捻くれてたからゲームが終わった後、二人は本当に幸せになれたのかな、なんて疑ったけど、ウィリアムがソフィアと幸せに暮らす未来が確かにそこにはあった。幸せそうに笑いあう二人のイラストが添えられていたのだから。
それを
この悪夢のような未来は私が引き起こしてしまった。そう思えて仕方がないのだ。
だというのに、私は聖女というだけで他者に守られ庇われ今日をまだ生きている。本当に今を生きたかった人が他にもたくさんいたはずなのに。
グレースさん、ロゼールさん達、前国王陛下と王妃様、キースさん。失った人たちの顔が脳裏によぎる。
そして今日私はウィルを失う。
ゆっくりとした足取りでウィルは処刑台へと昇った。彼の登場で周りの人たちがグレースさんの時とは比にならないくらいの罵詈雑言を浴びせている。小石や物を投げる人もいた。
“お前のせいで我が子が死んだ!”
“娘を返せ!”
“死ね!死んで詫びろ!!”
“人殺し!”
“王族の恥晒しめ!”
“人の心を持たぬ悪魔め!”
失ったものの大きさでウィルに対する憎しみや怨みの重さは違うけれどここに集まったすべての人間がウィルを嫌い、その死を望んでいる。
学園ではあんなにも好かれていて人望に溢れる人だったのに、この数年で本当に変わってしまった。子供が大きくなって、国も落ち着いたらまたあの頃のように笑い合えると信じていたけど、その日はもう来ることはない。愛すべき国民に嫌われた王の末路はこんなものだ。
レイラ曰く、ここまで国民に嫌われた王は歴史上初だそうだ。王家は初代聖女の末裔。女神と同じくらい聖女を崇める国民が殺したいほど憎む対象になることが珍しい。
そんな彼は過去に愛した一人の女のために、己の婚約者とその同級生を送ったその台の上で、今一体何を考えるのだろうか。
ウィルは少し空を見た後、すぐに何かを探してきょろきょろし始めた。そして、見つけることができなかったのか諦めてどこかを眺め始めた。
処刑の時間は午後三時。奇しくもグレースさんが命を失った場所で七年後の同じ日、同じ時間に彼はここで己の未来を摘み取られる。
ウィルの下に一人の男性が歩いていく。彼の伯父のジェームズさんだ。ジェームズさんは七年前のあの日ウィルがグレースさんに話しかけたのと同じようにウィルに話しかけ一言二言話してすぐに立ち去った。話しかけられたウィルは特に何か反応を示すわけでもなくただぼーっと空を見上げていた。
ゴーン ゴーン
午後三時を告げる鐘の音が鳴る。
そして、それと同時にウィルの頭が地に落ちた。処刑人が剣を振りかざし、その刃がウィルの命を断ち切る、その瞬間だけまるで時がスローモーションになったように感じた。一瞬の静寂とその後観衆から起きる歓声に、胸が締め付けられるような感覚に陥った。
少し気分が悪くなって手で胸を抑えている私に、すぐに気がついたレイラが処刑台の方向を見ることをやめて近寄ってきて声をかける。
「ソフィア様!大丈夫ですか?!」
背中に手を当てて優しく撫でながらこちらの様子を伺っている。レイラを安心させるために、
「ええ、大丈夫。少し気分が悪くなっただけよ。」
そう優しく言ってから深呼吸をして気分を落ち着かせる。
ふっと目があったレイラの表情が少し申し訳なさそうになっていた。私のことを何よりも大事に思ってくれている彼女のことだ、いくら罪人とはいえ聖女様の愛した人を殺してしまった罪悪感があるのかもしれない。
「もう帰りましょう。裏に馬車を待たせております。シャーロット様が城でソフィア様のおかえりをお待ちになっていますよ」
「そうね。乳母が一緒とはいえ、きっと寂しがっているわよね。そうしましょうか」
「かしこまりました。」
少しだけ気分が落ち着いたので、帰るために椅子から立ちあがろうとした時、レイラが私に手を差し出してくれた。
「気分が優れないのでしょう。良ければ私を支えにお使いください。」
レイラの心遣いに私を好いてくれていた頃のウィルを思い出しそうになりながらも、その記憶を振り払ってレイラの手を掴んだ。
「ありがとう、レイラ」
立ち上がると少し足の力が入らなくてふらついたが、レイラが支えていてくれたおかげで転けることなく馬車まで辿り着くことができた。
店の裏に待たせていた馬車に乗って私達はロティの待つ城へと帰った。その道中、心配そうにレイラが私のことを見つめていたけど、何も話さず、馬車の動く音だけが聞こえる静かな空間だった。
部屋に入ると少し涙目になったロティが、乳母の手を振り払って私に飛びついてきた。私が帰ってきたことで少しホッとしたような顔をした乳母に礼を言って下がらせてロティと話を聞くことにした。
「おかぁさまぁ、おかえりなさいっ」
今にも泣きそうな声でロティはそう言った。一体何がロティをこんなにも悲しませたのだろうか。
「ただいま、ロティ。どうしたの?そんなに悲しそうな顔をして」
「ばぁや、ばぁやがぁっ」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら乳母のことを呼ぶロティ。乳母が何かしたのだろうか?
そういえば帰ってきてすぐ普段なら手を繋いで歩いてくるというのに、振り払ってきていた。それに思い返してみれば、今日は手を繋いでいるというより乳母がロティの手首を掴んでいつも通りに見えるようにしていた気がする。
全て憶測に過ぎないのでとりあえずロティから話を聞こう。
「ゆっくりでいいのよ。お母様、今日の残りはロティのそばにずっといるからね」
「ほんとぉ?」
「えぇ、本当よ。だから落ち着いてからでいいわ。ゆっくりとロティの言いたいことをお母様に教えて?」
「うんっ」
ロティはゆっくりと深呼吸して息を整えるとまた話し始めた。
「ばぁやがね、ロティはもうおとーさまとはあえないっていったの」
は?
「ばぁやがそんなことを言ったの?」
「うん」
あの人はなんで勝手にそんなことを言うのかしら!
元々この子は父親に会うことがほとんどなかったから気づかなければもう少し大きくなるまで真実は告げないでおこうと思っていたのに!
誰の許しを得てそんな残酷なことをまだ4歳に満たない子供に伝えるのかしら!!
「ソフィア様」
レイラも私と同じくらい怒りを含んだ声色で私の名前を呼んだ。
その顔は“私とソフィア様の大切なシャーロット様を傷つけた乳母の始末は私にお任せください”と言わんばかりのものだった。
「レイラ、あなたに任せるわ」
「かしこまりました。任せていただきありがとうございます。ご期待に添えられるよう努力いたします」
「ええ、よろしくね」
レイラは私たちに恭しく礼をしてこの部屋から去っていった。それを見届けた後私はロティに向き直る。
私と目があったロティが目をうるうるさせながら口を開いた。
「おとーさまはロティがきらいだからもうあえないの?」
「違うわロティ。お父様はね、お空のお星様になってしまったのよ」
「おほしさま?」
「そうよ。ごめんなさいね、ロティ。お母様は今、ロティにこんな説明しかできないの。お母様もお父様がお星様になってしまって混乱しているから」
「ロティだけじゃなくておかあさまもおとーさまとあえないの?」
「そうよ。だからお父様はロティが嫌いになったわけではないわ」
「よかったぁっ、おとーさま、ロティにいままであんまりあいにきてくれなかったから、もうおとーさまにあえないってばぁやにいわれて、もっときらわれたのかとおもってかなしかったの。」
「そうだったのね。お父様はもうロティと会えないけどその分お母様が一緒にいるからね」
「うん!おかあさまがいてくれるならロティだいじょーぶ!」
そう言って私にぎゅーっと抱きついてきたロティの頭を優しく撫でる。しばらくそうしているとすやすやと寝息が聞こえてきた。
ゆっくりと抱き上げてベッドに寝かせる。そのそばに座って眠るロティを見つめながらこれからのことを考える。
明後日、即位式が行われこのセレスティナ王国にルーカス国王が誕生するのだそうだ。私はまだルーカス王子には会っていない。最後に会ったのは卒業式の日だけでそれ以降は基本私が出歩かなかったから会うことはなかった。
レイラ曰く、ルーカス王子はミラさんとの婚約を破棄している上、王妃として自分の伴侶に相応しい人をまだ見つけられていないため、即位してすぐに王妃を迎えることができないらしい。
そのため、ルーカス王子の王妃様ができるまで私に城で住んでもらい王妃としての仕事を引き受けていて欲しいとのことだった。そして将来ルーカス王子が王妃を迎えた時に仕事を教えてあげて欲しいと。
私としても急に住む場所がなくなるよりはここに住まわせてもらえてお仕事ももらえるなんて願ったり叶ったりな状況だ。将来迎える王妃と揉め事にならないようにだけ注意すればいいかな。
そう考えるとロティは女の子でよかったかもしれない。ルーカス王子の子供が男の子だったら王位を争うことなく済むし、女の子でも破棄すればいいだけの話だ。最終手段としては私と一緒に神殿に帰ってしまえばいい。神殿はいつでも聖女の帰りを待ってくれているらしいから。
そんなこと考えているとレイラが満足そうな顔をして帰ってきた。
「乳母には然るべき罰を与えてまいりました。夕食はいつ頃お持ちしましょうか」
「ロティが安心して寝てしまったの。起きてからでいいわ」
「かしこまりました」
その後しばらくしてからロティが起きて、お腹が空いたと言ったので私はレイラに食事の用意をお願いした。するとロティがレイラに
「いつもおいしいごはん、つくってくれてありがと、れいら」
と言って抱きついたのでレイラが感動の涙を流していた。嬉しそうに
「すぐにご用意しますね!」
と言ってスキップしそうなくらい浮かれて出ていったレイラが持って帰ってきた料理が今までにないくらい美味しいご飯だったことをここに残しておこうと思う。
その後は久しぶりにロティとお風呂に入って、二人でいろんなお話をしてから眠った。
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