第27話 崩れ去った日常
私の側付きのメイドであるレイラがいる。彼女は本当に多才で、料理も掃除もなんでもできて基本的には彼女一人で私の身の回りのことを全て終えてしまう。
そんな彼女が毎朝用意してくれる朝食をロティと二人で食べることで私の一日は始まる。
彼女は私とロティそれぞれに合わせて毎食用意してくれている。私はそのロティ用の食事を少しずつロティに食べさせながら自分の食事も口に運ぶ。初めは慣れなくて乳母さんに手伝ってもらいながらだったけど、最近は少しずつできるようになっていきていてそんなちょっとしたことでも幸せを感じている。
「おかあさま、きょーもごはんおいしいですね!」
口の端にちょこっと食べ物をつけたロティが、にぱーっと笑いながらそう言った。まだ小さいからか、それとも私(とソフィア)が平民出身だからか、ロティにも貴族らしさはあまりない。
ロティの口周りの汚れを拭きながらロティに笑いかける。
「そうね。毎日私たちにご飯を作ってくれているレイラとその食材を育ててくれている人達にありがとうって感謝しましょうね」
「うん!」
満面の笑みで頷いたロティに微笑ましく思いながら頭を撫でていると普段食事中部屋に入ってこないレイラが表情を強張らせて部屋に入ってきた。そして静かに鍵を閉める。その只事ではなさそうな雰囲気に怯えながらも私は口を開いた。
「どうしたの?レイラ」
「ソフィア様、今日は絶対にこの部屋から出ないでくださいませ。」
「どうしてかしら?」
私が理由を聞くとレイラはすごく困った顔をした。話せないということだろうか。
「申し訳ありませんが全てが終わるまで理由は言えないのです。しかし、私はこれまでずっとソフィア様とシャーロット様のために行動しておりました。勿論これから先も。どうか私を信じて今日は私とソフィア様、シャーロット様の三人でこの部屋で過ごしましょう。」
レイラは今までなかったくらい真剣な表情でそう言った。私達のためということがわかったのでとりあえず彼女の言う通りにすることにした。
「レイラがいつも私達のためを思ってくれていることはよく知っているわ。そんな貴女がそう言うんだもの、きっとそうした方がいいのよね。私達は貴女の言うことに従うわ。全て終わったら教えてね」
「あぁ、勿論です!ソフィア様!」
嬉しそうに笑ったレイラ。この選択が間違っていないことを、私達により良い結果をもたらすことを願おう。
朝食が終わってすぐに外に出たがるロティに、今日は外に出られないのよと言うとなんで?と聞かれた。
最近はなんで?どうして?これはなに?と質問することが多くなってきていて、説明すると少しずつだがゆっくりと理解しているようだったので今回も説明することにした。
とは言っても、私自身も深い理由を知っているわけではないので、簡単に理由を
“レイラが今日はお母様とロティに外に出て欲しくないみたいなの。外に出ちゃうとレイラが悲しい思いをするんだって。だから今日はお部屋でいようね”
と説明し、ロティにも納得してもらって三人で部屋の中でできることをしながら過ごした。
昼を過ぎたあたりから少しずつ外が騒がしくなっていく。金属がぶつかるような音、爆発音のような低音、雄叫びのような叫び声、そんな音が時々小さく聞こえてくる。
音の小ささからきっとここからは離れているんだろうけど、遠くで何か起きているのかわからない不安が私を襲う。なんとか窓から外の様子を確認したいけど、レイラがカーテンを閉め切ってしまって外を見ることは叶わなかった。
不安ではあったけど、私達がいる部屋の周りはいつもと変わらないくらい静かで平和だったからそのまま過ごしていた。
しかし、そこから一時間経った頃、私達の部屋の前もうるさくなってきた。ドタバタと走り回る音、何かを呼びかけるような叫び声、キィンという金属音が飛びかった。
剣術の見学に行った時にしか聞いたことのない金属音に誰かが戦っているのではと考えてしまって怯える私と、そんな私の不安を感じ取って心配そうな顔をしたロティの横でレイラが魔法を唱え、扉のある壁ごと扉を土属性の魔法で塞いだ。
塞いだ瞬間にどんどんとノックする音と王妃様!と呼びかける声が聞こえ始めた。王妃の部屋の扉をそんなに叩くということは一大事なんだろう。そう思って彼らに答えようとすると、静かにとレイラに合図を出されたので私達は何も話さず音も立てずやり過ごす。
その男たちの声が扉の向こうで会話を始めた。それもこちら側にはっきりと聞こえるくらいの怒鳴り声で。
「王妃様はもうここからお逃げになられたのか?!」
「国王陛下がなんとしても連れて来いと言っていたぞ!どうするんだ!俺たちが罰せられるんだぞ?!」
「そんなこと俺に言われてもどうしようもねぇんだよ!大体国王があんなことしなきゃこんなことになってねぇのに、ほとんど部屋から出ず仕事と子守してる王妃様に責任取らせようなんて虫が良すぎるんだよ!」
「チッ!じゃあどうすんだよ!部屋にでも入って痕跡でも探すか?!」
「は?お前、王妃様の部屋に勝手に入ってみろ、首が飛ぶぞ!!」
「がぁぁぁ!!!もうどうすりゃいいんだよ!!」
「外を探すしかないだろ!俺は王妃様には逃げ切って欲しいから必死そうに見えるようにテキトーに探すけどな!!」
「なんで俺らがこんな目に合うんだよ!あー!!もう俺も逃げ出してやろうか!!」
そんな会話をして男たちが去っていった。その後も何度か入れ替わり立ち替わりで人がやってきて扉を叩くが全て無視し続けた。
その状態を二時間くらい続けていると、ついに全く音が聞こえなくなった。気味が悪いくらいの静寂だ。
泣いてはいけないことを幼いながらに理解したのか怖がりながらも泣くのを我慢して私にずっと強く抱きついていたせいで疲れてしまったロティは私の腕の中で眠っている。
そんなロティをほっとした顔で見たレイラは私の方に向き直ると土下座した。そしてロティを起こさないように、それでも私にしっかり言葉が届くくらいの大きさの声で話し始めた。
「怖い思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。」
「レイラ、貴女のおかげで私達は生きているのでしょう。貴女のことを責めたりなんてしませんからこれがどういうことか説明してもらえるかしら?」
「勿論です」
レイラは顔を上げて、申し訳なさそうな顔をしながら話し出した。
「今まで黙っていましたが、私も現国王の退位、ルーカス様の即位を望む反乱軍の一員なのです。連絡は全て手紙でしておりました。」
時折コソコソと誰かと手紙のやり取りをしていることは知っていたが、恋人でもいるのかなと深く聞きはしなかった。まさかあれが反乱軍の他のメンバーとのやり取りだったなんて。
「でもどうして貴女が反乱軍に入ったの?手紙のやり取りはロティが生まれて少し経ってから始まったわよね?何か貴女をそうさせてしまった理由が私達にあるのかしら」
「ソフィア様とシャーロット様には全くもって原因はありません。
私が反乱軍に属すことになった理由を話すと長くなりますが聞いていただけますか?」
「えぇ、時間が許す限り聞かせて欲しいわ」
「わかりました。
私は王都から遠い村の出身で、その村は昔流行り病が村の住民を襲った時に聖女様に助けていただいたことから聖女様に信仰を捧げている村でした。その信仰と忠誠心の高さから聖女様付きのメイドや執事になる者を多く輩出しております。今代は私が選ばれました。
ソフィア様の側に仕えながら、いただいた給金の一部を村に仕送りしながら過ごしておりました。数年してシャーロット様も誕生されてお祭り騒ぎだったちょうどその頃、私の故郷の村を歴史上類を見ないほどの豪雨が襲いました。
その大雨で水嵩が増した川によって故郷の村と周辺の村を繋ぐ唯一の橋や村の数少ない畑そして家が流されました。復興のための資金と人員を支援して欲しいと王に手紙を出したそうですが...」
レイラが少し言い淀む。その先は言われなくても私も良く知っている。
「愛人に国の予算、財産を貢ぎ続けた国王に、そんな貧相な村に出すお金も人員もないと拒否されたそうです。
なんとか周囲の村と助け合って復興を目指して頑張っていましたが、結局、故郷の村と周囲の村の住民の半数が病気や飢餓で亡くなりました。その中に私のまだ幼い妹も含まれていました」
「そんな...」
「国王が予算に手を出さなければ、少しでも資金や物資、人員の手配をしてくれていれば妹は死なずに済んだかもしれない。そう考えた時、私は復讐を決意しました。でも国王をただ殺すだけでは何も変わりません。腐った貴族がまた新しい傀儡の王を立てるだけ。それでは意味がないのです。
私はなんとかこの国を変えようと反乱軍に入りました。そして王妃様の側付きとして得た城の情報を必要なことだけ話しました。
情報を得た反乱軍はルーカス様を味方につけ、反国王を掲げ進軍を始めました。各地で志を同じくする仲間を集いながら反乱軍はついに王都へと辿り着きました。そして今日城へと乗り込んだのです。」
「では昼過ぎから聞こえていた音は...」
「そうです。反乱軍と近衛騎士団が戦っていた音です。きっとこの戦いで何人もの人が亡くなったでしょう。それでも、現国王の退位が望まれるのです」
「私も国民が苦しんでいる時に平然と暮らしていたわ。私も罪を裁かれるべきね。」
私がそう言うとレイラは強く否定した。
「そんなことはありません。
私は知っています。ソフィア様が国民のために良き王妃になろうと努力をし続けていることを。」
レイラの視線が私の執務用の机の方に向く。つられて私もそちらを見る。机の上には王妃教育で使われた歴史書や世界地図、そしてノート。そのどれもがヨレヨレになるまで使い込まれている。辛い日々の中、王妃になるために必死で食らいついて勉強していた日々を思い出す。
ふっと気がつくとレイラの目はいつの間にか私を優しく見ている。思い出に浸りそうになった自分を止めてレイラの話に集中する。
「ソフィア様が国民の生活のために色々と考えてくれていることを私は知っています。
ソフィア様は王妃として苦しむ国民のために何かできないかと夜遅くまでお一人で考えてくださっていましたよね。そして、国王に何度も進言しようとしてくださっていたことも知っています。
それだけではなく、聖女として病に苦しむ人々のもとへ治療に行けないか神殿や教会と相談しようと手紙を出してくださっていたことも。」
「でも、どれも上手くいかなかったわ。私の未熟さ故にね」
「それも違います。神殿も各地の教会もソフィア様のお考えには賛成でした。出産直後にもかかわらず国民のことを考えられる素晴らしい聖女様だと感動していたんですよ。そしてすぐに行動に移すべきだと言う意見で纏まったのです。しかし、国王がそれら全てを却下しました。
ソフィア様の国王への進言は聞く耳を持たず、ソフィア様への神殿からの返答の手紙は燃やし、無かったことにしたのです!」
神殿に送った手紙の返事がいつまで経っても戻ってこないから何か不備でもあったのかと心配していたけどまさかウィルが私宛の手紙を燃やしていたなんて!
「本当にウィルがそんなことを?」
「はい。間違いありません。そしてこの事は国民皆が知っているのです。ですので王妃様を心配する声はあっても、王妃様を罰せよなどという声は一つもありません。
ルーカス様からも反乱軍のリーダーからも王妃様と王女様をお守りせよと命を受けております。
その彼らが口を揃えて王妃様にとって最も危険なのは国王本人だと言いました。聞きましたでしょう?国王はソフィア様の安否を心配して探しているのではありません。己が生きるための身代わりを探しているのです。
ですから私は近衛騎士団の何人かを買収し、国王が王妃を探せと指示を出した時、王妃は危機を察知して逃げ出したと思わせることにしたのです。一番最初に来た男達のうち一人はその買収した誰かなのでしょう。
そして、私が一番安全な部屋で立て篭もりソフィア様とシャーロット様を全てが終わるまで守り続ける。これで我々反乱軍の計画は完璧に終わるのです。」
「では今ごろ...」
私がそう言った時、窓ガラスをコンコンと叩く音がした。レイラは立ち上がりそちらに近寄るとカーテンを開けた。するとそこには白い鳥が一枚の紙を足にくくりつけられて立っていた。
レイラがその紙を受け取ると、鳥は仕事は終えたぞと言わんばかりに飛び去っていった。
受け取った紙を広げてレイラは真剣な表情でそれを読んだ。そしてその紙に書かれている内容を淡々と読み上げた。
「国王が反乱軍によって捕らえられました。そして、国王の処刑が明日の昼執り行われるそうです」
愛していなかったとはいえ、ウィルはこの世界における私の夫つまり家族の人だったのだ。ショックのあまり血の気が引いていくのがわかる。
「今日はゆっくりしましょう。お食事も食べやすいものをご用意いたしますね。」
「えぇ、ありがとうレイラ。少し理解が追いつかないけれど明日までゆっくりと考えてみるわ。」
「そうなさってください。今日は私が部屋におりますので何かあればすぐにおっしゃってくださいね」
私の腕の中で眠るロティをベッドに寝かせるようにレイラに頼み、私はその近くのソファーに腰掛ける。
そして考える。
父親であるウィルの死をロティになんと伝えるか。これからの生活はどうなるのか。私ができることは何もないのか。不安や悩みは尽きることなく、私はその日を考え事をするのに費やして終えた。
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